気が付いたら、自分が『妖怪』で、『食料』が『人間』ということだけが頭にあった。
だから、食べた。
『人間』を、『人間』を、ただひたすらに『人間』を食べた。
食べれば食べるだけ、私は頭が良くなっていった。
食べた相手の知識を得ている・・・そんな感じがした。
その『人間』のこれまでの
何より便利だったことは、『人間』を食べれば他の『人間』がどこにいるのかがわかるということだった。
その、『喰らう能力』と『闇を操る能力』が私の生きるための武器だった。
『闇を操る能力』はとても便利だった。
当初こそ、自分の周囲にしか闇を発生させることはできなかったが、慣れてくると周囲にも発生させることができるようになった。
他にもいろいろできるようで、この『闇を操る能力』には底が未だ見えないのが面白い。
常套手段としては、餌の視界を闇で奪い、その隙に研がれた爪で息の根を奪う。
食べるときは生で構わなかった。むしろ、筋肉繊維がちぎれる歯ごたえがぷちぷちとしてクセになるほどだった。
なにより、どこを食べても血管が通っているためみずみずしいのだ。
そんな、奪って喰らう生活を続けていたある日のことだった。
その日も私は襲った『人間』の腕を貪り喰らっていた。
唐突、空間が歪んだ。
歪み・・・その奥に見えた多くの瞳、そしてその瞳に背中を見られる形で紫色のドレスを身に纏った女性が現れた。
顔にかかった美しい金の髪をかきあげながらその女性は私に言った。
「こんにちわ、『人喰い妖怪さん』」
言葉を受けて、その女性を見る。
肌ツヤ、たわわに実ったその胸元、美味しそうだと思った。
しかし、
「教えてあげる」
その言葉に、『私』のカラダは凍りついた。
誰かに教えられる。
『私』には無い経験だった。
知識とは奪う物、そう考えていた私の前に唐突に現れた教える者に、どう対処すれば良いのかが分からなくなった。
「貴女は『妖怪』、『人食い妖怪』のルーミアよ・・・いい?食べてもいい人間は貴女が今いる森に迷い込んだ人間だけよ・・・決して、自分で入ってきたやつは食べちゃだめ、そういうやつらは誰かに行き先を告げていたりするからね・・・いい?食べてもいい人間だけを食べるのよ?」
頭の中に、『
それまでは喰べた『人間』の
恐らくはそれが、私の誕生の瞬間だったのかもしれない。
その女性は怪しげに、しかし優しげにほほ笑むと私の額をつついた。
「貴女・・・どうして
言葉を聞いていると、意味は理解できないのに、頭の中に情報だけが流れ込んでくる。
紫色の
「ごめんなさいね、今の『貴女』に『貴女』でいられると困ってしまうの、だから少しだけ眠っていて頂戴、『貴女』に気付ける人間がいつかやってくるその時まで」
そういって、私の頭を撫でながら、何かを結びつけた。
「ソレがあれば、『貴女』の衝動が抑えられるはずよ」
頭が・・・いや、意識が引っ張られるような不思議な感覚、まるで身体という外側を残して、内側である『私』が奪い去られるかのような感覚。
段々と身体が小さくなっていく。
それと同時、私の意識は吸い取られていった。
そんな中で、確かな別れ、何かとの、別れ。
残ったのは、『わたし』・・・無知だけど、その分純粋な『わたし』
紫の
無知で純粋で、『私』とは確かに違う『わたし』、
・・・あぁ、ごめんね『わたし』、私の意識もそろそろなくなりそうだ。
まるで兄弟と別れるかのようなさみしさに、『私』は残された時間がすくないであろうということを悟りながらも出来ることを探す。
せめて、私の
本来の
――ごめんなさいね『わたし』、私は眠らせてもらうわ・・・。
気がつけば、頭の中で話しかけてきていた声は聞こえなくなっていて、それでも、自分がこれまでどういう風に過ごしていたのかはしっかりと覚えていて、それなのに、そのことを真面目に思考しようとすると
いつ頃からだろうか?
『わたし』は『わたし』が『私』であったことをどこか他人の話のように思えてきた。
そうした話があることは知っている。そう、伝え聞いた物語のように話すことはできる。けれども、それが自分の身に起きた物事であるとは考えられないのだ。
そうして、『わたし』は生まれた。
今の『わたし』に分かることは、『わたし』の名前がルーミアであること、そして『人喰い妖怪』であるということ、食べていい『人間』と、食べてはいけない『人間』がいるということ、
そして、『人間』と一緒にいるとその衝動が再び『わたし』を
気がつくと『わたし』は森から出ることが出来なくなっていた。
森の出口とも呼べる方向へと意識的に進もうとすると足が動かなくなり、無意識下で森の外へとつながる道を進んだ際にも頭痛がしてそちらへと進めなくなってしまう。
喰べるのは森に迷い込んできた『人間』だけ、それは・・・誰だっけ、もう忘れてしまったけど誰かが選んだ『人間』だ。
多くの悲鳴や、悲しみの言葉を聞いた。
夜になると不思議と頭が冴えて、様々なことを思い出したり、悲しむことができた。
そんな中で、人間を食べ続ける日々が続いた。
続いて、続いて、今日を迎えた。
今日も、いつもと同じで『あいつ』が運んでくる『
しかし、今日は違った。
その人は、迷い込んだ人間ではなかった。
とても変わった『人間』に出会った。
いつもならば、『人間』は虚ろな瞳で『わたし』の元にやってきて自分から
彼は違った。
確かな目的をもって。その鷹の様な目を前に向けてやってきた。
彼は呼んだ。
「ルーミア」という名前を、かつて名付けられ、誰からも呼ばれることがなかった『わたし』を表す『わたし』だけの名前を呼んでくれた。
彼は手を引いた。
彼と一緒だと、何故か森を出ることができた。頭の痛みも、足が動かなくなることもなかった。
彼は教師で、彼は優しい『人間』だ。
食べていいとか、食べてはいけないではなく、食べたくない『人間』だ。
だから、彼とは一緒にいられない・・・。
先程、彼の家について、彼は『わたし』に夕食を食べていくようにと言ってくれた。
今が夜でよかった。夜になると少しだけ思考がまともに回転するのは昔から変わっていない。
・・・昔とは、一体いつのことだろうかと、自分で思った言葉に対して自分で疑問を抱く始末だ。
それでも・・・。
今ならわかる。
どんどん、『人喰い妖怪』としての本能が表に現れはじめているのだ。
彼を見るだけで口の中が乾き、爪が鋭利な刃物のような鋭さを得る。
彼の元を離れるには十分な理由だった。
できることならば、彼ともっと長く一緒にいたかった。
できることならば、ずっと出られなかったあの森の外をもっと楽しみたかった。
できることなら・・・それがいくつも積み重なって後悔へと繋がっていく。
しかし、できることなら、彼を殺したくなかった。
そんな後悔だけは絶対に嫌だ。
だから、『わたし』はここを去ろう・・・。
『わたし』が『わたし』で居られる内に…。
こうしてルーミアは衛宮邸を飛び出して森の中へと帰っていった。
その選択が、彼女の運命を多く左右するものだとは思いもよらずに。
時は流れる、止まる事を知らぬ激流の様に。
「なるほど・・・それでは危険かもしれないですね」
湖・・・というよりも紅魔館に行った次の日、士郎はさっそく同僚の
もちろん、ルーミアの事は省いてある。
「あぁ、妖精というのがどの程度のものなのかは分からないけれど、俺の知っている民間伝承の中には妖精が同族を増やすために人間の子供を攫って背骨を抜く・・・なんてのもある」
言葉に、久朗が冷や汗混じりに身震いをする。
露骨に残念そうな顔をする久朗だったが、士郎の浮かべる申し訳なさそうな表情を見るとすぐさま笑顔へと変わった。
「それじゃあ、今度の遠足はまた別の場所を考えますね、今回はありがとうございました!危険かもしれないところへと行ってくださって、なんとお礼すればよいのか」
切り替えの早い、良い教師だと士郎は判断した。
人によっては、他人に物事を頼んでおいてそれをすぐに
「お礼なんて・・・」
そう言ってみせるも、久朗はなんとしてでも何かお礼をしようと考えている。
「うーん、何か・・・何かないですかね」
感謝は嬉しいが、危険を取り除くことができなかった士郎は自分の職務を果たせなかったという申し訳なさがあった。
そんな中、
「士郎ー、少し手伝って欲しいことがあるのだがー!」
「分かった!すぐに行くー!」
士郎自身、心の中で久朗に対してお礼を言い、遠くから聞こえた慧音の声に反応してその場を後にした。
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「さて・・・士郎、すまないがこの本を
慧音に呼ばれてたどり着いた書庫で、本と巻物がいくつか積み上げられていた。
なるほど、確かに女性一人で運ぶには結構な量がある。
「よーし任せろ!悪いんだけど慧音、私の荷物を持ってくれないか?」
「あぁ、こっちは私が持とう」
流石にこの本と自分の鞄を一緒に持つのはホネが折れる。ということで士郎は慧音に鞄を持ってもらった。
寺子屋から出て、慧音の邸宅までの道のりを進んでいく。
「どうだ士郎?新しい家での生活は慣れてきたか?」
その道中、慧音との世間話の中で士郎の新居の話題が出てきた。
「そうだな・・・場所が変わったというだけで生活自体は前とあまり変わりはないからな、そこまで辛さというのはないさ」
博麗神社での生活との違いは場所くらいのものだ。
霊夢との生活という面でも変わりはないし、食生活だって相変わらず士郎が面倒を見ている。
「そうか・・・私自身、様々なことで士郎には助けられているからな、少しでも早く士郎が幻想郷に慣れてくれると嬉しいよ」
なんの冗談なのかと言いたくなる。
慧音にはむしろ、士郎の方が多くのことで助けられている。
例えば、子どもたちとの話題、寺子屋に来てまだ間もない頃、子どもたちの趣味も流行りも何もわからなかった士郎に対して、子どもたち一人一人の趣味や家庭環境、果てはどの子ども同士が仲がいいかということまで教えてくれた。
他にも買い物だ。
それまでは露天商などから買っていたのだが、しっかりとした店の位置とその店で買うといい野菜や具材を教えてくれた。
それに対するせめてものお礼として士郎は慧音の悩みの解決に手を貸しているだけであって、むしろこれ以上慧音に助けられるようなことがあっては一体どのようなかたちでその恩を返せばいいのかわからない。
「ありがとう慧音、でも大丈夫だ。久朗や慧音、子どもたちも俺を助けてくれるからな、それに最近だと霊夢も家の掃除とか(事務)
と、そこで静止。
唐突に歩を止めた慧音を見ると、士郎を凝視して顔を赤くしていた。
「・・・ま、まて士郎、その・・・前からお前が一緒に住んでいると言っている霊夢さんというのは確か博麗の巫女の霊夢だったよな?」
何かを気にするように警戒しながら聞いてくる慧音、とはいえ現在こちらは本と巻物で足元以上の情報は得られない形にある。
慧音がどんな表情をしているのだろうかと気にしながらも肯定をした。
「そ、それはつまり女性ということだろ・・・?まさか士郎、女性に
慌てる様子で確認をしてくる慧音、何に興奮しているのか腕を振り回すものだから士郎の鞄がシェイクされていく。
「あ、あぁ、何か手伝えることはないか…と、自慢はしていなかったが霊夢は学があまりないみたいでな、あまり頭を使わないことがいいと言うものだから、ならば手を動かすだけで大丈夫な(事務)処理をお願いするよ・・・と言ったらやってくれたよ」
まぁ、実際のところは事務処理に関しても結局のところ頭は使う。とはいえこれはいい機会だ。ということで軽い数式や読めない漢字を教えるなどして、霊夢自身の知力の底上げも同時に行ういい機会だった。
「(む、むぅ、士郎が元々住んでいた世界ではあまりそうした性交渉が重要視されていなかったのだろうか・・・だとしたらここで変に否定するのも失礼に値するか・・・)」
「まぁ、苦い経験だと漏らしてはいたな」
その言葉から何を連想したのか慧音は少しの沈黙をおいて、
「苦い経験・・・ま、まぁ味は知らないが、士郎もやはりそういうところは男なのだな」
と、何かに納得したような、どこか恥ずかしいような態度でその先の道を歩いて行った。
と、そこで士郎はあることを思い出した。
「慧音、もし時間があればでいいのだが、今日は霊夢が巫女として別の山に祈祷しに行っていて帰ってこないんだ・・・なので、(事務)処理を手伝ってもらえないだろうか・・・?」
「・・・はぁ!?」
「(いやいや落ち着け上白沢慧音、これまでの人生でそういった事に触れてこなかったわけではないだろう!いや実際経験を聞かれれば未だないけれど、所詮は書物で得た知識と自主鍛錬だけの女だけれども・・・なんて、そういうことではなくて、確かに士郎にはお世話になっているし嫌いではない、きらいではないどころかむしろ・・・ってそうじゃなくて、確かに衛宮士郎という人間は素晴らしい人間だ。気立ても良くて、顔もそこそこ整っていて、身長だって私より高くて筋肉質だ。頼りがいがあって包容力もあって私の命の恩人でもあって同僚でもあって・・・えっと、えっと、えっと、私が今日の夜手伝う!?しょ、しょ、しょ、処理を!?それってつまり、その、そういうことだよな・・・ど、どうなのだろうか、士郎にとってその
慧音がもやもやと頭の中で台風を発生させていたら、いつの間にか上白沢邸に到着していた。
寺子屋から持ってきた書物を慧音の書庫へと運び、家に着くなり慧音が向かった居間へと顔をのぞかせた。
居間で慧音が何かをブツブツとつぶやいていて、傍らには先ほど預けた士郎の鞄が無造作に放置されていた。
流石にそろそろ帰らないと夕食の準備ができないと思い、どこか上の空の慧音をおいていくのは気が引けたが、しっかりと書置きを残して士郎はその場を後にした。
言葉の間違い勘違い、それは怖いながらも人に夢を与えてくれるものでもあるのだ。
「って、士郎が…えぇ!?ま、待ってくれ士郎ー!」
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士郎たちがそんなやり取りをしている頃、彼女は・・・
ルーミアは再び、森の中、
いや、森の中を超えた湖、その先。
紅魔館へと、訪れていた。
最近、Amebaのプリンセスコネクトというゲームにはまっております。
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2017/01/10
この時の自分はプリンセスコネクトに嵌まっていたのか、今の僕はシャドウバースに嵌まっております。