月の光は、確かに太陽と比べれば輝きで負けてしまう。
それでも、その光は確かに届くのだ。
そしてその光を頼りに古くから生物は生きてきた。
そして今も、飛来するナイフに気づくためのきっかけとなってくれた。
湖の上空、香りに誘われて移動していたルーミアは前方から襲い来る確かな光を認めた。
体を横に逸らすことで避けるも、まるでそこに来ることがわかっていたかのような軌道で次のナイフが飛んできていた。
横に動くだけでは避けきれないと判断し、真下への急降下をもって
何度ナイフを避けただろうかと愚痴りたくなる気持ちを抑えて攻撃してきたであろう人間を目視した。
「こんばんわ」
唐突な挨拶に、思わず驚愕のルーミア。
「ただの挨拶にも返してくれないなんて、失礼ね」
言葉は空に溶けていき、気がつけばその人間はそこにいない。
どこへ行ったのかと周囲へと目を向ければ見つけるのは容易だった。
なにせ隣にいたのだから。
――
腹部へと伝わる衝撃、やられたと思うよりも痛みによる思考の鈍化が大きい。
それでもその場から離れねばという思いから全力で後方へと下がる。
「私は
そう言いながら、咲夜はルーミアよりも上空へと浮かび上がる。
月を背に、咲夜は頭上に両手を掲げた。
そこから、まるで礼をする様に身を折りつつ咲夜は両の手を時計、反時計回りに動かすと自分の前方へと持っていった。
手の動きを追うように出現する銀色のナイフは、まるで時計に刻まれる数字のように間隔をあけて現れた。
見上げていたルーミアは、月という盤に咲夜という針が時を刻んでいるように見えて、危険という状況にもかかわらず『美しい』という感想を得ていた。
そして、ルーミア自身も口を開いた。
「『わたし』はルーミア、自己紹介をするのなら、そうね・・・宵闇の妖怪とで呼んでちょうだい」
言葉を口にしながら、ルーミアは確かな違和感を覚えていた。
頭が冴えているのだ。
普段なら思いつかないような言葉がスラスラと出てくるのだ。
出てくる・・・というよりもむしろ、思い出している?
自分の頭の中で起きている不思議な現象に、ルーミアは不思議な喜びを感じる一方で不気味だという感想も覚えていた。
頭の冴えからなのか、ルーミアは己の能力を『思いだし』、『引き出す』ことができた。
闇を操り、ルーミアは自分の手に闇の剣を創りだす。
無論、闇は霧のようなものなのでこの剣に刃はない、人を傷つけることはできないが、それでも・・・
「あら、物騒なご挨拶ね」
相手を警戒させることはできる。
「物騒なのはどっちなのかな、『わたし』は貴女に対して攻撃的な行動は何も
「あらそう、ならその剣は日常的なものということかしら?随分と原始的な生活を送っているのね」
言葉の応酬、それ自体に大して意味はない。
どちらともが、その言葉の裏で駆け引きをしている。
ルーミアが右手、剣を持っている腕を動かせば咲夜は投擲の危険性を考えて周囲に出現させたナイフの一本へと手を伸ばす。
一方で、咲夜がその警戒とは別の行動を見せればルーミアも右手の剣とは別の対処法を模索するために自分の内面へと集中する。
一触即発、どちらかが動けば展開は早く、戦闘の流れへと動き始めるだろう。
「(お嬢様をあまりお待たせするワケにはいかない)」
先に動いたのは咲夜だった。
時計の数字と同じく咲夜の周囲に用意された12のナイフ、それらを一本ずつ投擲することでルーミアを追い立てた。
投擲後、避けられたナイフもルーミア目掛けて自動で追尾をするかのように迫ってくる。
ルーミア自身、避けようと努力をするが、十六夜咲夜という人間はそれを許さない。
7本目に投げられたナイフを避けたルーミアだったが、再度牙を向いた6本目のナイフが確かにルーミアの肩へと吸い込まれた。
肌に差し込まれる刃物特有の鋭さに肉が裂け、ルーミアの肩を
「(いや、おかしい)」
咲夜は知っている。
自動追尾のナイフが肉を裂く程の威力を持ち合わせていないことを、それどころか、あれら自動追尾のナイフの目的は本命の投擲ナイフが避けられぬ場所へと誘導するためのものだ。明らかな過剰威力、咲夜は喜びを捨てて冷静を務めた。
肩を貫かれたルーミアは黒い霧へと姿を変え、殺気溢れるこの土地の空気へと溶けていった。
と、なれば、ルーミアは
咲夜は舐めていたのだ。
ルーミアという少女にこそ見覚えはあった。
昨日の昼間、衛宮士郎と名乗ったあの男と一緒にいた少女だという認識程度だが、その時の少女から殺気はまるで感じられず、それどころか現在咲夜が戦闘している
衛宮士郎に守られる存在だろう。
そんな先入観が咲夜に油断を生んだのだ。
しかし同時に、夜というこの舞台が咲夜の味方をした。
月明かり、背から浴びる咲夜の影は湖の水面へと映し出される。
気がつかれたことに気がついたのか、それとも気がついたほうが先なのか、咲夜は自分の影が2重になっていることに気づき、即座に自分の背後にルーミアがいるのだと推理、放置していた投擲済みナイフを一斉に背後のルーミアへと向かわせる。
「面白いけどそのナイフ、遅いのよ・・・だから、バイバイ」
背後からかけられた声は間違いなくルーミアのもの、声と一緒に殺意が伝わってくる。
間違いない、なんらかの攻撃を仕掛けようとしている。
背後で腕を振り上げるルーミアの勝利の確信に満ちたその言葉に、
「そうね」
咲夜は笑顔で返した。
「貴女、速すぎるわ」
ルーミアは舐めていたのだ。
所詮は
見てみろ、奴のひ弱なその腕を、見てみろ、私のこの爪を。
どこに負ける要素があるというのだ。
「ほんと、速い」
賞賛ともとれる言葉はただのカモフラージュ、本命は――
「だから、止まりなさい」
――
咲夜の主観では、唐突に湖の小さな波が、風が、木々が、月明かりを隠そうと遠くから動いてきた雲でさえも停止した。
『止めた』時の中で咲夜は振り返り、その爪を持って咲夜を仕留めにかかるルーミアの姿を確認するとその場から大きく離れた。
現状を確認する。
動き出せば、ルーミア目掛けて迫っている自動追尾のナイフが
だが、それだけでは生ぬるい、
いや、正確には運動エネルギーを与えたとでも言い直そうか、
それは咲夜の手を離れた時点で空中にて静止した。
いや、正確には速度は『持っている』、時が動き出せば現在ナイフが『持っている』咲夜に与えられた速度を取り戻し投げられた方向へとたちまち動き出す。
攻撃の予約、それは『止めた』世界を自由に動くことができる咲夜に許された戦闘方法だ。
「さぁ、踊りなさい」
刹那、ルーミアの視界が捉えたのは一瞬で遠距離まで移動した咲夜とこちらへと飛来してくるナイフ達。
防御・・・するにはナイフの数が多く。ルーミアは強制的に回避行動を取らされる事になった。
上半身だけを反らして前へ後ろへ、それだけでは避けきれずに移動を加えて右へ左への舞踏会。
止まない攻撃、それは当然だ。
自動追尾のナイフは避けることができても再度追撃をかけてくる。
だからこその自動追尾。
それだけではない、咲夜もただルーミアが攻撃を避ける様を見ているだけではなく、一本、また一本とナイフを追加していく。
それを止めようと、ルーミアも隙を見ては妖力を弾として撃ちだして牽制を図るも・・・無意味、十六夜咲夜はその牽制を新たに取り出したナイフ一本で切り裂いて見せる。
それでも諦めずに16発の妖力弾を闇の霧を載せて、つまりは闇の霧で弾が隠れるような形で撃ちだした。
思わぬところで思い出す形となったこの技、しかし、それさえも――
「
――届かない
攻撃に転ずることができないという現実にルーミアは直面した。
そして、時間がやってきた。
「・・・さてと、いい
親指と中指、2つの指の腹を合わせる。
「
摩擦、そこからはじき出された大きな音に合わせるかのように、変化が生じた。
変化は目に見えて起こった。ナイフの通過した場所に現れる青く光る線の様なもの、追尾するナイフを避けていたルーミアはその線にも触れないようにと気をつけた。
しかし、気がつけば残された青い線はルーミアを捉える格子のように囲っていた。
狙い通りの展開に、咲夜は微笑みながら最期の言葉をつぶやいた。
「
収束する青い線、避けようにもその線は幾重にも重なり隙間を埋め尽くし、遂にはルーミアの手足の動きを封じるに至った。
動けない以上に、動くことを許されない状態。
「くぅ・・・!」
いつも以上に冴えた頭、いつも以上に使い方がわかる能力、自分よりも明らかに身体能力の劣る人間が相手、そうした要素がルーミアに隙を生んだ。
捕縛されたルーミアの傍に来た咲夜が実に楽しそうな笑みを浮かべた。
しっかりと聞こえるように耳元で、それは勝利宣言にも似た形で呟かれた。
「それじゃあ運命さん、一緒に来てもらいましょうか」
――物語は引き続き過去へと―ー
「仲間に・・・か、単独ではないと思っていたけれど、君の他に何人ぐらいいるんだ?」
アフガニスタンはヘラート、その居住区の地下に張り巡らされた石壁造りの地下通路を衛宮士郎は歩いていた。
前を行くのはラミア、居住区の一角、静然とした家屋の中で出会った少女だ。
「すぐに会えるわ、それと私のことはラミアでいいわよ」
歩き方を見て分かることは熟練・・・まではしてないにせよ訓練を受けたものであるということだ。それも、無意識におこなっているのかは知らないがこの歩き方は
「ラミア、というとギリシャに似た名前の市があったな」
会話をしながらの観察、あまりいい趣味とは言えないが必要なことなのだ。
衛宮士郎は単独だ。
ラミアについていった結果が袋叩きでは誰も救えずに悲しみだけが残ってしまう。
単独と
「あら物知りね、普通ならそこで半人半妖の蛇女が出てくるところよ?子どもの血を吸ったりする妖怪だってね」
地下に潜りフランス軍をやり過ごす・・・か、アメリカの鎮圧部隊と何か関係があるのだろうか?
彼女の容姿はどちらかといえば北欧に近い、透き通るような金の髪に整った顔立ち、少し高い鼻元なんかはまさに北欧のソレだ。
「その蛇女だってなかなかに悲しいエピソードを抱えているんだから侮蔑なんて出来ないさ」
話し方は見事なまでに訛りのない英語だ。
ここが、何よりもおかしな点だ。
アメリカで生まれた人間であったとしても多少の訛りは出る。ほかの国であればなおさらのことだ。
例えばロシアの人間であればRとLの発音が巻き舌になってしまいがちであったり、日本であればカタカナ読みに慣れているせいか文章ではなく単語としての言葉のつながりになってしまったり・・・
そうした訛り、というよりも癖のようなものを彼女からは感じられない、商業に身を置いたベテランの人間であったり、軍事関係のお偉いさんともなれば矯正することで職務の円滑化を図るというものだが、彼女からはそうした威厳も感じられない。
少女兵士、もしもそうなのだとしたら悲しい現実だ。
「少し興味のある話を始めてくれたところ悪いんだけれど、もうすぐで私たちの拠点に到着するわよ」
言われ、思考を中断する。
「入口は全部で3箇所、中の広さはかなりのものよ、なにせ昔死刑囚を閉じ込めておくために設計された迷路を拠点としているんだもの」
意識すれば、先ほどと比べて通路の幅が狭くなっている。そしてその狭い通路の先に、壁があった。
「今では弾薬の貯蔵庫も兼ねてるから凄い香りになってるわ、その中で眠ってると鼻がイカレちゃってね、それで外に出てたら・・・誰かさんに」
そこまで言い終わってこちらを振り返る。
粘っこい、ジトっとした瞳で見られ、士郎は思わず申し訳なさが胸中から溢れてきた。
「ん・・・まぁ、その件は悪かったよ」
「・・・ふーん、ふふっ」
謝罪に気を良くしたのか、口元に笑みを浮かべてラミアは壁へと向かっていった。
ラミアはその壁の前に立つと、壁の一部、少し変色している部分に手をついてそこを押した。
何かを引きずるような音がして壁が・・・、いや、壁だったものが横へとスライドする。
「!?」
「着いたわ」
スライドした時、確かに『感じた』
戦場で嗅ぎ慣れた火薬の匂いだ。
匂いから分かる。なんて火薬の量、これでよくバレずにいられる・・・いや、待て、
「相変わらず火薬くさいわね~」
ラミアは変わった様子もなく、平然とした様子で拠点の中へと足を進めていく。
付いていく。
迷宮という名は伊達ではないようで、ラミアは迷った様子もなく進んでいくのだが士郎はついて行くのがやっとであった。
先ほどの入口から今までの道を記憶しておきたかった士郎だったが、一つの要因がその記憶という作業を邪魔していた。
気づいていないのか?
「ジャルー?ショーレイ?」
仲間・・・の名前だろうか、その声は広い迷宮へと迷い込むかのように消えていく。
消えて言った言葉を追うかのように、ラミアは迷宮の中心部へとさらに歩を進める。
どうやら、気づいていないようだ。
「みんな、帰ってないのかしら・・・」
そう、先程から士郎の記憶に残す作業を邪魔する物の正体に気づいていないのだ。
この、微かだが確かに香る血の匂いにッ!
音がした。
発生源は士郎でもラミアでもない第3者のモノ。
第3者によるすり足による移動、場所が場所だけに気づくことができた。
死刑囚を閉じ込めていたという時代からの摩耗だろう。
石造りの迷宮にできた僅かな傷、荒れ、そうした物がすり足に気づかせてくれた。
「ラミア、静かに」
「はぁ?」
ラミアのこの様子、恐らくは普段であればこの場所は賑やかなのだろう。
そうでなければ大声など出すはずもない、
「静かに」
言葉に圧を込めたのが良かったのか、しっかりと口を閉じた。
応えるようにラミアはその場にしゃがみ込む。
そんなラミアの手を引いて、先ほどとは違う位置へと移動する。
地面を解析することで最も損傷の少ない、歩いても音が立ちにくい部分を選んで移動する。迷宮ということもあり道が分からずに困る・・・なんてことは無く、士郎の解析によって最善の道を選んで
先ほど聞き取ったすり足の音は段々とこちらへと近づいてきている。しかし、移動したことがバレていないらしくその行き先は先程までラミアと士郎のいた場所だ。
恐らくは軽装備、もしかしたら重装備の人間もいて動いていないだけかもしれない、とはいえ、現時点で確認できる人数は・・・すり足の方角とズレ具合から察するに3人だ。
今になってラミアも『何か』がいることに気がついたらしく、驚きを隠せない表情だ。
「(いつもは帰ってきたらバカみたいに迎えてくれるのに・・・今日はそれがない、だから変だなとは思ったけど、もしかしてみんなやられてしまったの・・・?)」
ラミアの脳裏に最悪のビジョンが映り込む。
必死にその可能性は無いと否定する。
火薬の香り、それが日常のこの拠点、この拠点に来てそれほどの月日は過ぎていない、しかしラミアはこの火薬の香りに安心を感じるようになっていた。
必死に嗅覚を働かせ、安心を得ようとする。
しかし、得ることができたのは、
「(何よ・・・なによこの血の香りはッ・・・!)」
湧き出てくる恐怖、認めたくない現実、想定される最悪の未来、得ることができたのは混乱だけだった。
逆に、安心を失ったラミアは自らの膝が震えていることに気づかずにいた。
「嘘よ・・・うそ、よ・・・」
小さな声、しかし確かに発声された事で『奴ら』は情報を得たのだろう。
続いていたすり足が一度止まり、方向が修正されて再度こちらへと進路を取り直した。
段々と近づいてくるすり足の音、もしもこのすり足の音が聞こえなければここまで緊張もしないだろう。
「はぁ・・・やるしか、ないか」
怯え、混乱しているラミアをそのままに士郎は立ち上がった。
ラミアはその士郎の行動に気づかない、それどころか瞳を閉じて何かを呟き続けている。
「(まずいな・・・
とはいえ、
ラミアは言った。このくだらない争いを終わらせる方法を知っていると、ならば彼女を守るのが最優先だ。
どちらの命が重たいのかというその決断は神でもない
聖杯戦争で出会った『
平和のために生まれる犠牲に、悲しんだんだと思う。
俺は後悔しない、悲しみはする。
犠牲だって生む、時には間違えたりもする。
でもその先に喜びに満ちた平和があるのなら、俺はすべてを背負って前へと進むだけだ!
「ラミア、今ここに味方はいないんだな?」
問うた士郎に、ラミアは気がついたかのように慌てて何かの機械を取り出す。
センサーだろうか、緑色の画面に水面に起つ波紋のようなものが何度も映し出される。
「生体センサー・・・私の仲間限定の、首に埋め込まれたチップが脈と呼吸と温度から健康状態まで表示してくれるの」
説明を聞き、最初から使えよと思いながらも結果が表示されるのを待つ。
そして、文字が表示された。
『ALL DEAD』
ラミアが口元を抑えた。
咄嗟に飛び出しそうになった悲鳴を抑えたのだろう。
そして、それと同時にラミアの瞳に熱が
怒り、憎悪、悔しさ、悲しさ、そういったものを含んだ瞳だった。
「みんな、みんないないよ、ここに味方は・・・誰も」
伝えた。
悲しみや怒りに襲われてなお、衛宮士郎が投げかけた当初の質問に対しての答えをしっかりと伝えたのだ。
押しつぶされず、流されず、自分に求められたことを成したのだ。
「ラミア、ありがとう・・・それと、それは間違いだ」
――
――地形把握、通常構造把握――
――異物確認、人間と断定――
――位置確認、修正、位置確定――
――頭上、死角への投影を開始、完了――
――
「
迷宮に迷い込んだ愚かな狩人達の頭上に出現した刃渡り70cmの短刀が一斉に彼らへと降り注いだ。
位置を解析し、その頭上に投影することで音もなく敵を殺す暗殺魔術、それが今の士郎がたどり着いた己の魔術の1つだった。
倒したからといって、安心してはいけない、衛宮士郎自身もラミアに対して言わなければならないことがある。
「俺は、君の味方だ」
ラミアを正義と信じること、衛宮士郎はその道を選んだ。
投稿遅れてしまってすいません!
少し急ぎのペースで書いたので誤字などございましたら申し訳ございません