衛宮士郎という男は変わっている。
『助けるな』というルーミアの伝言を受け取って、『助ける』と言ってのけたのだ。
普段からレミリアの言葉を受けてそのとおりに活動している咲夜からすればその判断は信じられないものだった。
咲夜は考えた。
彼にも譲れないものがあるのだろうか?と。
十六夜咲夜は自身の誇りを持っている。
レミリア=スカーレットに仕えている誇りだ。
それはなにも、レミリアが強大な力を持っているからではない、自らが仕えたいと心のそこから願った存在、その存在に実際に仕えているという現状が彼女の誇りだった。
故に、レミリアの言葉は絶対。
譲れぬものであり、守るものだ。
メイド長という役職を与えられ、半ば手探りの状態で、それでも誠心誠意お役に立とうと努力し、彼女はその役職にふさわしい立ち振る舞いと実力を得た。
それまでの経緯、考え、経験は今の己を支えるもので、彼女が彼女たる理由でもあった。
紅魔館の一室、咲夜のために割り当てられたその部屋で、彼女はベッドに横たわりながら窓から見える月を見た。
十六夜とは程遠い、薄く伸ばされた口元の様に笑う月が咲夜を見下ろしていた。
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博麗霊夢は、弱い。
自身の能力をしっかりと理解していないというのも原因の一つとして挙げられるのだが、一緒に住んでいる衛宮士郎が強すぎるという風にも言えた。
そして、それを誰よりも理解しているのは博麗霊夢だった。
ある日、衛宮士郎の強さに憧れに似たものを抱いていた霊夢は衛宮邸の庭でただひたすらに新しい巫術を研究していた。『言霊』、『呪符』、『護符』、『霊符』・・・工夫をすることで相手に勝利をする。それが霊夢の見つけた強さへの道だった。
努力を重ねる霊夢を見て、衛宮士郎は基本を大事にすることが何よりもの強さになると言った。
「いいか霊夢、剣の基本は振ることだ。剣道の初心者なんかは姿勢を正すことすり足、それと素振りを最初に教えられる。あぁ、あとは礼儀だな、多くの人間は、素振りよりも実戦だ!なんて事を言って抜かすがそれは違う。振るという動作を繰り返す。繰り返していく中で、角度をつけていく。様々な角度から振ることに慣れてきたら、次は移動しながら振る。一心不乱に振るという動作を繰り返したら、面や胴、小手を教えられる。実戦に重きを置くやつは最初にそうした攻撃を覚えるわけだが、これがどうにも形にならない、その反面、最初に基本をやってきたヤツっていうのは覚えが早い、『振る』という動作と、その際の『姿勢』を分かっているからだ。基本ができている奴ってのは、それから派生する発展も応用もソツなくこなす事ができるってわけだ」
その言葉を聞いてから、博麗霊夢は、自分にとっての基本を探し始めた。
彼女の攻撃主体は『結界術』だ。
戦闘の最中に自分に有利な
しかし、それは基本ではない。
博麗霊夢の基本とは・・・?
考えに考え抜いた結果、彼女が至った答えは『思考』であった。
考える・・・という武器、『結界術』を発動するうえで大事になってくる大切なことは相手の動きを把握することと、それを予測することだ。そのためには、『考える』という
それからの日々、霊夢は日常の生活においても考えることをやめなかった。
考えることは様々なこと、目に映る人々の生活からその人の生まれと現在を、木々が奏でる新緑のささやきからその木の行先を、帰宅につれて香ってくるその日の夕食の香りからその日の料理を・・・考えて考えてたまに空腹に耐えながらも彼女の『思考』は段々と柔軟に、それでいて多様な物事へと対応できるように進化していった。
強さはそこから生まれる。
霊夢は自身の成長を感じ取りながら、その日も帰宅の路へとついていた。
その日の勤めを終えて家に帰った博麗霊夢は、迎えてくれるであろう衛宮士郎の笑顔を想像し期待をふくらませた。
「(私がこんなに誰かに依存するなんて、思いもしてなかったけど・・・)」
博麗霊夢はそれが嫌ではなかった。
誰かが家にいて、帰ってきたらその人と過ごす。それが日常化しつつある今を受け入れていた。
今日もまた、衛宮邸の玄関を開けて、居間へと向かう。
「お邪魔しているわ、博麗の巫女、私は十六夜咲夜、よろしくね」
女性がいた。
銀髪の、美しい女性だった。
スレンダーな体型に身に纏ったメイド服、そして、少し短めのスカートから覗く白く、長く、程よい筋肉のついた健康的な脚は霊夢の目をもってしても美しいと思わせるほどだった。
問題は、そこではない。
衛宮邸に、女性がいるのだ。
「おかえり霊夢、待っててくれ、すぐに夕飯の準備をする」
そう言って彼女の向かいに座っていた士郎は席を立った。
・・・士郎がいる。
そして、女性がいる。
霊夢は『考えた』。基本を大切にしたのだ!
結論・・・
「連れ込んだなこの
霊夢が懐から取り出し、士郎に向かって突如飛来したお煎餅、反応が遅れた士郎はそれをよけられず、モロに頭に喰らうこととなった。
「なんでさ・・・」
帰ってきて早々に暴力を振るう同居人に、士郎は困惑せざるを得なかった。
山に陽が沈み夕暮れの
蒼い流星はその輝きを尻尾のように後ろになびかせて夕暮れの空を色づけていた。
「うーん、もっと速度が出ると思ってたんだけど、まだまだだなぁ」
そうぼやくのは流星を創り出した本人、霧雨魔理沙だった。
魔力を収束して箒の後部から射出、同時に脚から魔力を微量放出することで上昇の助けとする。
収束は彼女の得意とする部分であり、妖力との併用で魔力を使用するアリスと違い、魔力の総容量があくまでも人間である彼女にとっては最大の武器でもあった。
「士郎の家まであと少しだし、この前のビー玉戦法の改良も考えながら向かうと・・・す、る・・・か、な」
先日、霊夢と模擬戦をした際に使用したビー玉に魔力を込めておくという戦い方、士郎曰く、『純度の高い宝石程溜め込んで置ける魔力の量は多くなる。ビー玉にも・・・まぁ、一応溜め込めるには溜め込めるんだが、どうしても人の手が携わっているからなぁ、宝石に魔力を溜め込む際の基準は原初の
しかしビー玉なら話は別になる。
香霖が拾ってくるガラクタの中によく紛れているため、入手には労を呈さず、しようにおいても気兼ねなくといった自由っぷりである。
そして今、魔理沙は新たな使い道を見出した。
「(もしかして・・・箒の横の部分にビー玉を付けてそこから後ろへ縮小放射、魔法で併走する形にしてビー玉に魔力を流し続ける形にすれば溜め込んでおける総量を気にせずに使える・・・?)」
つまりは蛇口、魔理沙という貯水タンクから流れ続ける魔力の出力先としてビー玉を用意するということだ。それを箒の横・・・というよりも後部の横に設置することで加速に利用しようという目論見だ。
「(へへっ、今度試してみるとするか!)」
士郎から教わった僅かな情報から、彼女は自分の武器を磨きさらに成長を遂げようとしていた。
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「・・・つまり、明日には貴女達が起こす騒動で幻想郷が混乱に陥るって言いたいの?」
時を同じくして衛宮邸、なんとか誤解を解いた士郎は霊夢にも話があると言ってきた咲夜に対して霊夢を紹介してやり、話の出来る場所を用意した。
『この前は保健体育の教師みたいな身体したやつ連れてくるし・・・聞いたわよ、あんたこの前生徒の一人からお菓子をもらったらしいじゃない、お、お菓子なんて私だって作れるんだからそんなので惹かれるんじゃないわよ?それでなに?今度はメイド?一国の主にでもなったつもり?ご主人様って呼ばれてちやほやされたいって言うんだったら人里にあるっていうそういうお店に行ったら・・・行ったら・・・だめよ!もしもそう呼ばれたいんだったら私が呼んであげないこともないから言いなさい』
と、霊夢からの叱責。
『見損なったわよ衛宮士郎、まさか博麗の巫女と寝食を共にしているとは、確かに背徳的であり男性の視点からすれば魅力的なのだとは思うけど、それは彼女の将来を壊しかねない、寺子屋で最初に出会った女性もそうだったけど、貴方は何かと綺麗な女性と縁があるみたいね』
と、咲夜からのお小言。
『あぁ、俺には勿体無い女性とばかり知り合いになれて嬉しいよ、もしもそんな縁があるなら感謝しないとな、おかげで咲夜とも知り合えた訳だし』
と、士郎の無意識
『あっ・・・貴方ね・・・も、もう、どこか行って頂戴!私は博麗の巫女と話があるの!』
結果、士郎は居間から追い出され、今は玄関先で軽い清掃をしている。
そして居間では咲夜より告げられた未来に起きる・・・いや、起こすという出来事に霊夢は警戒の色を濃くしていた。
「それで・・・それを私に教えてどうするつもりかしら?申し訳なさを感じることもなく私はそれを止めに行くわよ」
博麗の巫女は幻想郷を守護する立場にあり、それは外からだけでなく、内で暴れた者が出たのであれば粛清するという役目にもある。
「ふふ、それでいいのよ、私の主であるレミリア様は遅かれ早かれ博麗の巫女が止めに来るのであれば早い内に処分してしまった方がいいとお考えなのよ」
笑いながら告げる昨夜に対して、霊夢は怒りや呆れ以上に不気味さを覚えた。
「聞くところによると、貴女はまだ先代と比べてかなり劣るとも聞くわ、それでも有する力はそれなりのものだとか・・・」
その言葉に、霊夢は眉をピクリと動かしたがそれ以上の感情の表出はしなかった。
これは事実である。
博麗の巫女である霊夢は先代と比べてかなり劣る部分がある。
彼女は自身の能力を最大限に活かすことも出来ず、その最たる使用方法である『夢想転生』に関しても未だ使用できずにいた。
「咲夜・・・って言ったかしら?貴女が何を望んでいるのかは知らないけれど、幻想郷全体に迷惑をかけるっていうのならそれを止めようとするのは私だけじゃないはずよ」
それこそ魔理沙やアリス、人里に住む人々だって黙ってはいないだろう。
それに士郎も・・・もしも幽香が出張ってくるというのなら、それこそ霊夢に活躍の場など無いのでは?と思えた。
「それこそ上等よ、私に、そして私の主に勝てると思わないことね、運命は常に
意思の灯った瞳、それを確認した霊夢は衝突は避けられないと察した。
そして同時に、誤解をした。
「譲れない
「えぇ、決して譲れないものよ」
「おーけー決定、あんたは敵よ」
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「それじゃあお邪魔したわ」
庭掃除へと移行していた士郎は、玄関から出てきた咲夜を見て駆け寄った。
咲夜は伝えることは伝えた・・・と、衛宮邸を後にしようとした。
「夕飯は食っていかないのか?」
「・・・貴方ねぇ、一応この後、私は敵になるんだけれど?」
呆れながらも指摘する咲夜はどこか嬉しそうだ。
「まぁ、今回はお
「へぇ、咲夜も料理するんだな」
と、純粋な感想を漏らしたのが、咲夜は『お前に料理の何がわかるんだよ』と言われたような気がして少しイラッとした。
「何よ、私だって料理くらいするわよ」
咲夜の脳裏に女子力という言葉が横切る。
胸がない=女子力がない=料理ができない、十六夜咲夜の頭部に搭載された脳みそという名のデタラメコンピューターが導き出したのはその思考プロセスだった。
「あぁ、咲夜には料理が似合いそうだ」
「え?」
脳内プロセスの変更。料理が似合う=女子力が高い=胸がある。
「ほ、褒めたって何も出ないわよ」
別に褒めていないのだが、士郎は咲夜がどこか嬉しそうにしているのを見て笑顔を作った。
と、そこに飛来する1つの流星。
速度から考えると有り得ない程に綺麗な着地をしたその流星は、士郎の方へと一目散に駆けてきた。
「士郎ー!聞いてくれよ見てくれよー!ビー玉の新しい使い方を思いついたんだ!」
元気よく駆け寄ってきたその少女は咲夜には目もくれずに士郎へと話しかけた。
こんな時間に家に来るとは思ってもみなかった士郎は面食らい、その隣にいた咲夜は『また女か』とでも言いたげな表情だ。
しかしそこはメイド長、すぐさまに彼女の戦力の分析に入った。
「(魔力容量はそれほどでもないわね、けれども彼女の四肢、中々に鍛え上がっているわ、近接戦闘も出来る魔法使いといったところかしら、手に持っている箒に跨って来たみたいだけれども、お話の中の魔女みたいで面白いわ、だけれども彼女の口にした言葉・・・ビー玉?戦力としてカウントするには少し幼稚すぎるわね・・・でも・・・)」
「あ、そーだ士郎、私まだご飯食べてないんだけど一緒してもいいか?」
快活に話しかける彼女の姿は人を惹きつけるものを感じさせた。
格好良さすら感じさせる彼女の整った顔立ち、そして・・・
「(この娘、私よりも少し大きい!!)」
十六夜咲夜は表にこそ出さないが、明らかに自分よりも幼いその少女の持ち得る女子力に敗北を感じていた。
そんなことは露知らず、士郎は魔理沙に対して笑いかけながらも「あぁ、これから夕飯なんだ、霊夢も居間にいると思うから中で待っててくれ」と流すように言った。
「おう!あれ?その人は誰だ?士郎の知り合いか?」
そこで初めて咲夜に気がついた魔理沙は純粋な興味からか質問を投げかけた。
「んー、知り合い・・・なのかな?」
士郎自身、現在の自身と咲夜の関係を言い表す言葉を見いだせないでいた。
「敵じゃないかしら?」
との咲夜からの言葉に「敵なのか」と驚きながらも敵意を感じさせない咲夜に対して魔理沙はこれといった興味を示さずにいた。
「安心して頂戴、少なくとも魔法使いのお嬢さんをいきなり襲ったりするような人間ではないわ」
「ふーん、でもまぁ、士郎の敵っていうなら私にとっても敵だな!」
そう言って魔理沙は口元に笑みを作った。
「敵・・・ね、同じ魔法使いのパチュリー様と比べてあまりにも脆弱な貴女を敵として見るのは難しいわね、せめてもう少し力をつけてから敵対して頂戴」
余裕を見せる咲夜の表情と、彼女の口から出てきた『パチュリー』という魔法使いの存在に魔理沙は小さな苛立ちを覚えた。
「へぇ、そのパチュリーっていう奴は強いのか?」
同じ魔法使いであるならば興味があるのか、魔理沙の興味は咲夜からパチュリーへと移された。
「えぇ、貴女が衛宮士郎の味方をして紅魔館へ訪れるというのなら、必然的に会うことになるでしょうね」
「・・・わかった」
承諾の言葉とともに愉快さから浮かべられる笑みとは違う、どこか戦闘狂の片鱗を感じさせる笑みを魔理沙は作った。
「とにかく、私はそろそろ紅魔館に戻るわ、衛宮士郎、貴方が来るというのなら容赦はしないわ、全力を持って貴方を叩き潰す」
「あぁ、ルーミアを助けるまでの道程に咲夜が立ちふさがるのなら、俺は咲夜と相対するよ」
敵でありながらもどこか親しさを感じさせるその会話、そこに士郎も、咲夜も、奇妙な繋がりを感じていた。
そして、士郎は宣言する。
「それじゃあまた
向かってやる。
言外にそう告げた士郎を咲夜は一瞥するとその場から飛び立った。
一連の会話の流れが一旦途切れ、静けさと夜の涼しさを伴った風を感じ、士郎は魔理沙と共に自宅へと入っていった。
居間で待っていた霊夢は士郎を見ると一言、
「私は異変を、士郎はルーミアを」
「あぁ、止めよう、助けよう」
「私はパチュリーとかいう魔法使いに興味がある。ついて行かせてもらうぜ」
加えるように魔理沙がそう言いながら霊夢の対面へと着席する。
全ては明日。
士郎は確かな思いを胸に、霊夢は先代より受け継がれた使命を胸に、魔理沙は咲夜よりも少し大きなサイズの胸でそれぞれが決意を新たにした。
「それより士郎、夕飯」
「『それより』は無いだろ・・・」
そして、時は経過し、
「お嬢様、時間になります」
月を望む部屋で咲夜の懐中時計が機械的な音を鳴らしながら迫る時を告げていた。
秒針が段々と進む中、紅魔館の各部屋に設置された大きな古時計達もまた時を刻んでいた。
そして、秒針が?を刻んだ。
鳴り響く鐘の音、まるで紅魔館を包むかのように屋敷内のすべての古時計からその音は鳴り響いた。
同時、紅魔館の正面に位置する霧の湖、平時であればそこから生じるのは白い霧だった。
しかし、そこに混じり入る別な色。
「さぁ、始めましょうか、紅い、紅で彩られた世界を」
紅い霧が、幻想郷を覆う。
始まります。