息子が装飾師になろうと言い出した時はどうしようかと思ったが、その息子が連れてきた嫁さんは畑を継いでくれると言ってくれた。
最初こそ、慣れない畑仕事に苦労しているようだったが、結婚をしてから3年も経った今日に至って、嫁さんは一つ一つの指示がなくとも自ら考えて動けるようになっていた。
そんな嫁さんが、この前妊娠した。
これからはより一層忙しくなる。息子の装飾屋の儲けと合わせて、なんとか嫁さんが安全に出産できるようにそうした道具を揃える必要があるからだ。
自分もそろそろ60を迎える。背負った農具が腰へと負担を掛け、それが自分の体力が落ちたことを実感させる。
「どうするべかな・・・なんとか持ってくれるといんだけど」
自分が今倒れてしまえば一家を支える人間がいなくなってしまう。
それだけは避けねばならない、無理をせず、それでも最上の結果を残すことが大切だ。
扉を開ければ今日が始まる。
昨日の夜中に見た空の様子からすると今日は快晴だろう。
「まぁ、がんばんべ!」
そう自分に言い聞かせて扉を開け放つ。
そんな彼を迎えたのは、一面の紅だった。
それはまだ、衛宮士郎や博麗霊夢、霧雨魔理沙が英気を養うために睡眠をしている時間帯の出来事だった。
霧の湖へと続く深い森、そこには紅魔館の者達に命令された野良妖精達が『遊び』という名目で衛宮士郎や博麗霊夢の行く手を遮ろうと立ちふさがっていた。
地上はもちろん、上空にも展開されたその部隊は指揮官がいないことから統一性はなく、されども、目的は『遊び』であるという奇妙な集団になっていた。
ここを突破するだけでもかなりの労力を必要とすることは見て取れた。
故に、
頼まれたから、そして、自分自身も彼の手助けをしたいから。
黒装束の男が足音も気取らせずに地上を快走する。
森の中、彼からすればそこは狩場だった。
妖精達が暇そうに、されどもどこか楽しそうに待機をしているその
妖精が振り返った時には既に遅い、妖精は糸が切れたかのように倒れ込んだ。
黒装束の男は右手に握った苦無で殺めたのだ。
「(妖精は死なない・・・といいますからね、気兼ねなくやらしていただきますよ)」
物騒な考えをそのまま行動に移す。
人々から『竹林の忍者』と呼ばれるのがこの男、『山根久朗』だ。
衛宮士郎の同僚にして気の優しい他人のために動ける人間、自分の身よりも他者の身を案じることができる美徳を持つ男。
と、いう
確かに彼の根幹はそれに近い、人のために動くし、誰かを守ることに疑問を持たない。
しかし、それは全て彼が望む限りの行動である。
自分の今の地位を崩すのであれば行わず、まるで関わりのない他者の為であればまるで動こうともしない。
自分に関わる、自分の手の届く範囲を守るというのが彼が彼自身に課しているルールだった。
故に、今回は衛宮士郎のため。
同僚であり、尊敬すべき人間であり、自分と何処か似たところを持ち、何よりも・・・友人である彼のために。
「(全力で・・・行きますよ!)」
――火遁・
竹林の忍者である彼は、祖父の残した巻物から火遁・雷遁・水遁、そしてオリジナルの忍術を習得していた。
忍術とはいえ、それを行使する際に使用するのは魔力、気で代用することもできるが、気の扱いに長けているわけではないので身に纏うことで基本スペックを上げることしか今の彼には出来ない。
そして、いま発動した火炎は火遁の中でも中級の難易度と魔力消費量を誇る術だ。
指で輪を作り、その間に優しく息を吹きかける。
そこから出ずるのは燕、その身体を火で燃やした燕だ。
久朗の周囲を飛び回り、走り去る際にすれ違う妖精を触れるだけで燃やす。
――火遁・
久朗の衣服に灯る蒼い焔、実際に燃えているのではなく、その焔を久朗は纏っている。
彼が走ったあとには灯火程度の蒼焔が残り、3秒の経過の後に激しい火柱を上げた。
走り去った後に残るのは灰だけとなる、それが上級火遁術、鬼炎だ。
しかし妖精もやられてばかりではない、五大属性を有する妖精がそれぞれの属性をぶつけてくる。
飛び込んでくる火、水、風、土、雷の刃、タイミングを揃える者がいない、統一性の無さから生まれたその不規則な攻撃は予想すら出来ない。
久朗の周囲を飛び回っていた燕が久朗の周囲2mに円を作るように飛び、地面を片翼で傷つけながらもそれらの攻撃をかき消していくが、とてもカバーしきれる量ではなかった。
とても短い5秒にも満たぬ膠着状態の末で、ついに妖精達の攻撃は燕の円を突破する。
それを皮切りに次々と円の中心へと五大属性の刃が襲い来る。
しかし、それらが切り刻んだのは・・・影。
――影操・姿写し
燕を周囲に飛び回らせることで創り出した影を集め、固め、自身の姿を模したのだ。
本物の久朗は既に近くの木の上に、
この技を使うことを想定した上での黒装束、影の中で影を利用して生きる。
それが彼の生み出したオリジナル
そして、それは『戦い方』である故に、影はただ切り刻まれただけでは終わらない。
防戦ではなく攻撃こそが彼の戦い方だ。
――影操・影写し
まるで逆再生のように、姿写しで作られた影人形に飛来した刃達がそれを放った妖精のもとへと飛んでいく。
与えられる威力、速度はそのままに、妖精達は自らが放った刃に自らの身を切り裂かれた。
多くの妖精が敗れたはず・・・そのはずなのに、未だに妖精達は攻撃の手を緩めない。
武器を携えた妖精が一人、未だ木の上で影を操っていた久朗の背後を取った。
このチャンス、逃す手は無い!
そう言わんばかりの殺意でもって繰り出された一撃だったが、久朗は視線を向けるでもなく、ただ人差し指と中指の間でその一撃を防いで見せた。
「気配が消せていませんね」
――雷遁・電龍
中級雷遁術である雷龍は周りの魔力を利用することができる忍術だ。
燕が傷つけた事で地面にできた2mの円、その傷跡から雷の柱が立ち上る。
火燕が纏っていた魔力をその場に残し、後の攻撃に利用したのだ。
雷の柱は妖精達に実害、並びに視覚的ダメージを与えた。
近寄ることは難しい、そう思わせることに成功したことを妖精達の様子から久朗は読み取った。
「気をつけてください、貴方達の影、貴方を裏切りますよ」
――影繰・裏切り大殺陣
雷で映し出された妖精達の影、その影が鋭利な棘を持って影の持ち主へと襲い掛かった。
妖精達は初めて見るその技と、背後から襲い来るという予想外の展開に対応できず、その時雷の光を浴びたもの、総勢にして59名の妖精が命を落とした。
残るは空中戦力200、地上戦力40だ。
正直なところ、大技を連発したせいでかなり残りの魔力が少ない。
元々、体術をメインで戦闘を行っていたので最初だけ数を減らす目的で大技を放ち、後は個々に片付けていく予定だったのだが、
「(困ったことに、空中戦力の方までは手が回りそうにありませんね)」
せめて地上だけでも、そう思い魔力切れの体に鞭を打って走り出す。
相手からしてみれば戦闘開始わずか1分たらずで地上の戦力を大半消滅させられたのだ。警戒の色は濃く、妖精達は空中からの遠距離攻撃に徹しようとした。
地上部隊は持ち得る武器で攻撃するのではなく防御に徹することで足止め、相手の動きを僅かでも止めることを目的とした。
左手は常に開けておき、遠距離の敵に対して時折苦無を投げる。右手には忍者刀を持ち、近距離戦闘をこなすために身を粉にする。
戦いは続き、苦無の数も残り一本になったところで敵の残存戦力を確認する。
「(地上はあと2人・・・とはいえ、他の妖精とは格が違いそうですね、空中もまだ180はいますね・・・ん?)」
確認の最中、空中の妖精の1人が落ちた。
抵抗もなく、まるで時が止まったかのように落ちていったのだ。
否、それは違う。
目を凝らして見えたのは、その妖精が火を纏っていることだった。
次に訪れたのは熱。
久朗が見上げたその空を覆うほどの、膨大な熱。
あまりの熱量に目を細めた久朗は、その異常なまでの光景に目を疑った。
いないのだ、空を覆っていた幾百もの妖精が、
「(まさか・・・今の一撃で・・・?)」
考えを巡らせていた久朗の元へと、確かな声が届く。
「あぁ、久朗さんか、慧音に頼まれて助けに来たけど、あんまり意味はなかったかな?」
その声には聞き覚えがあった。
以前、同僚である慧音先生が助けたという少女、その少女の声と合致していたのだ。
声のする方へと目を向ければ、炎の翼を背に、紅い月夜に浮かぶその少女がいた。
「ふふ、助かりましたよ、それにしても、これほどまでに強いとは思いもしませんでした」
素直な賞賛の言葉に、少女はそっぽを向いて照れを隠しているようだった。
「ま、まぁ、助けられたって言うならそれでいいんだ。慧音からは久朗さんが考えている以上の手助けはしなくてイイって言われているんだけど、どうする?もうひと暴れするか?」
どこか楽しそうにそういった少女の顔は年相応・・・いや、外見相応のものだった。
どうするか、思考を巡らせた久朗は溜め息一つをおまけに首を振った。
「やめておきましょう、これ以上の干渉は彼らとしても望むところではないでしょう」
脳裏をよぎった士郎の姿に、久朗は「それに、彼の活躍する姿を見たいものですので」と付け加えたが、案外、こちらのほうが本音だったりする。
言葉を受け取った少女は満足そうに頷くと、その翼をはためかせて人里の方向へと飛び去っていった。
その場に残った熱が、彼女がそこにいたことを確かに証明していた。
久朗は周囲を見渡し、残った妖精がいないことを確認すると紅魔館の方向へと目を向けた。
「(それでは、あとは任せましたよ士郎さん・・・助けたい物があるというのなら、「それを助けられることを証明して見せてください、私は一足先に舞台袖で見学させてもらいますよ)」
そう言って、彼もまたその場へと一本の苦無を残して消え去った。
衛宮士郎がその森を通るわずか2時間前の出来事だった。
「・・・さて、それでは帰って明日の授業の用意でもしますか」
竹林の忍者は今日も駆ける。
明日のために、親しき人を守るために。
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