東方剣創記   作:スペイン

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 一本のナイフが飛んだ。

 空を駆ける鷺が見れば嫉妬する程に綺麗で、それでいて速かった。

 甲高い音が風を切って走る。

 何の速度も乗っていない刃では出せない音だ。

 しかし、音が止んだ。

 宙を駆けたナイフは一人の男の手に収まった。
 衛宮士郎だ。

「これが紅魔館流の挨拶かな、咲夜」

「あら、貴方には過激だったかしら?」

「あぁ、このナイフに先程まで君が触れていたと考えると胸がときめくな」

「ば…馬鹿な事を言っていないで返しなさい」

 対するはメイド服に身を包んだ十六夜咲夜、顔を赤らめて取り乱しながらも、その視線は衛宮士郎を捉えて逃さない。

「美鈴、この男は規格外よ…流石に貴女一人の手には余るわ」
「あぁ…ですよね、とはいえ二人でも勝てるかどうか」
「安心なさい、お嬢様から魔力を込めた宝石を頂いてきたわ、胃に落とせば溶ける様に魔力が補給できるから三つ持っておきなさい」
「ありがとうございます」

 そう言いながら宝石を渡す咲夜に、士郎は睨みを利かせた。

「二人掛かりか、だが…私に有効打を与えられるかな?」
「それは…やってみないと分からないわよ!」

 士郎の手に持ったナイフが輝いたと気が付いた時には熱を持ち爆発へと繋がった。
 その爆発を受けながらも士郎は動じない、しかし、確実に視界は塞がれた。

「(ッ!)」

 好機と見られたのか、飛来したナイフを投影した無銘の剣で斬り落とす。
 その動作が終わらぬうちに、土煙りを晴らしながら美鈴の拳が腹部へと迫った。

 片手で拳を防ぎ、煙の外へと離脱する。

 視界の端に咲夜を捉え、その脚力を持って咲夜の前方へと移動し掌底を叩きこむ。
  
 だが、それは横から突き出された美鈴の腕によって狙いをずらされ空を切る。
 すぐさま咲夜の背後に現れたナイフが士郎に向かって飛来するが後退し難なく避けた。

「連携が取れているのは同じ職場だからか?」
「さぁ、これまで一緒に戦ったことなんて無かったし」
「そうですね、これが初めてです」
「だとしたら末恐ろしいな…」

 前方から迫る美鈴に対して蹴りを放つが、その隙に斜め方向からナイフが飛んでくる。
 そのナイフを指に挟んで受け止めて、握りを変えて逆に投げ返すがその時に使用した腕を美鈴に掴まれた。

 筋力に物を言わせて勢い良く引っ張ると釣り上げられたみたいに美鈴が宙に浮かんだ。

 驚きに目を見開いていた美鈴だったがすぐさま目線を鋭くすると士郎の腕に脚を絡め、そのままあらぬ方向へと力を込めて折ろうとしてきた。

 また、咲夜も地を滑る様に迫り横一列にナイフを放ってきた。

 気は進まなかったが士郎は腕に絡まっている美鈴を盾に防ごうとしたが、腕の位置を低くした事で美鈴は地に脚を着け、絡みを解き、地に伏す事でナイフの邪魔をしないようにした。

 さらにそこから足払いを掛けてきた美鈴、恐らく士郎は喰らおうとも対したダメージは受けないだろう。
 だが、対したダメージは受け無くとも蓄積はする。

 ならば油断する訳にはいかない。

 士郎は後退と同時にバク転で足払いを避け、宙にいる間に顎すれすれをナイフが通り過ぎて行った。
 着地、そこに同時に駆けてきた咲夜からのナイフによる刺突が襲ってきた。

 首を僅かにずらす事で避け、勢いの乗った咲夜の身体に肘を打ち込む。

 触れた瞬間に魔力を感じたことから身体強化を一部分に集中させて士郎の一撃を耐えた事が分かった。

「ぐ…」

 一か所に魔力を集めてもなお身を揺るがせるほどのサーヴァントの腕力に、咲夜は声を漏らして苦悶を示した。

「(身体強化に時間の停止を掛けた魔力障壁すらぶち破るって…出鱈目ってレベルじゃないわよ…時間という概念を超えていないと成し得ない芸当よ!?)」

 正確には、『咲夜が施せる時間の停止』を超えただけなので時間の概念そのものを超えた訳では無い、魔理沙のマスタースパークであっても突破が可能なレベルだ。

 それでも、その防御力は頑強な物だ。

 だが超えた。

 結果から言えば、ただそれだけなのだ。

 悶絶する咲夜に対して追撃の拳が放たれるが、身体が起きないのならば沈めばいいと咲夜は地に伏せてそれを避けた。
 美鈴により半ば強引に救助され、再度距離を開ける。

「(これなら…!)」

 咲夜は先程避けられたナイフを士郎の背後から再度強襲させるが、振り向きもせずに士郎はそれらナイフを投影した無銘の剣で払って見せた。

「(はぁ…溜息しか出ないわ)」

 理不尽と嘆きたくなる程の強さを士郎は見せつけた。

 だからこそ、踏ん切りが付く。

 奥の手を使う踏ん切りが。

「美鈴、勝つ為にもアレ(・・)を使うわよ」
「…ですが咲夜さん、使えば魔力がかなり消費されると仰っていたではありませんか」
「普段なら有り得ない選択よ…けど、この男は先を考えていたら相手に出来ないわ」
「…分かりました」

 二人の小声での会話に、士郎は警戒を強めた。

 いくら身体強化の魔法を使用しているとはいえ、サーヴァントクラスのスペックに喰らいついて来ているのだ。
 ましてや今の衛宮士郎は全盛期以上の実力だ。

 宝具も強化魔術も使用していないとはいえ、驚嘆に値する。

 その驚嘆を上塗りするかの如く、咲夜が言葉を並べる。



「いくわよ…自己加速術式、三倍速付与」






第34話 加速する戦い 10:15

 

 暗い、暗い地下の部屋。

 

 二人の少女がそこには居る。

 

 金の髪を持つ二人、心に闇を抱える二人。

 

 しかし決定的な違いは、一人が蹲り、身体を震わせている事だった。

 

 

「ねぇ、どうしたの?いつもと様子が違うけど」

 

 

 

 そう問うたのは宝石の様な羽根を持つ少女だった。

 

 その言葉が一体だれの口から出た物なのか、少女の顔に貼り付けられた表情は心配とは程遠い三日月の様な笑みと狂気のみが存在した。

 

 蹲るは黒いドレス姿の少女、いつもならば身体から闇を生みだし、もう一人の少女を翻弄する事さえあったというのに、今は蹲り嗚咽を漏らすのみだ。

 

「が…あぁ…駄目、駄目よ、あなたでもこれは駄目」

 

 その言葉が誰に向けられたものなのか、恐らくは目の前の羽根の少女だろう。

 

「もう、早く始めようよ…何かが邪魔してるのかな?」

 

 手がゆっくりと上がる。

 

 フランドール・スカーレット、紅魔館の主であるレミリア・スカーレットの妹にして狂気を宿す破壊の子、持ち得る能力は、『なんでも破壊する程度の能力』。

 

 手はもう一人の少女、ルーミアへと向けられていた。

 

「うーん…なんだろう、これかな?」

 

 明確な認識はしていない、フランはルーミアの内に、扉にも似た物を見つけた。

 眼には見えないが、何かを抑えつけているであろう扉だ。

 

 それは概念すらも破壊するフランだからこそ見つけ得た物だろう。

 

 そして、そんなフランだからこそ、

 

 

 

 

「壊しちゃえ」

 

 

 

 

 止まっていた運命の歯車を、回してしまった。

 

 

 

 弾けた。

 ルーミアの身体の内側から、闇が弾けた。

 

 いや、溢れた。

 

 だがその様子は弾けたと表現するのが正しいだろう。

 まるで水面に落ちた水滴が周囲へ散るかの様に、ルーミアの身体から闇が漏れ出たのだ。

 

 暗い部屋、豪華な調度品が幾つもあるその部屋に、夜よりももっともっと暗い何かが溢れ出る。

 

 水を吐き出し続けるホースの様に、ルーミアの身体は微弱な振動を繰り返しながら闇を吐き出し続ける。

 何度も何度も身体を跳ねさせて、その度に闇が周囲を埋めていく。

 

 

 

「ア…ハッ…」

 

 

 

 声が響いた。

 夜道、トンネルの中に響く靴底の硬い音よりもずっと響いた。

 

 音としてというよりも、聞く者の耳に響いた。

 聞いたフランは、無自覚にその笑みを深くした。

 

 口元が裂けるのでは無いかという程に深く。

 

「なんていうか…初めまして?」

 

 目の前で繰り広げられる奇怪なショー。

 

 何度も命を賭けたやり取りを繰り広げたルーミアの身体が、みるみる内に変貌していく。

 

 少女の姿から、女性の姿に。

 

 幼さの残る顔は美しい大人の顔に。

 ドレスの胸元は押し上げられ、脛を隠していたハズのドレススカートは太股の半分程までになっていた。

 

 蹲っていたその女性が立ちあがり、垂れていた前髪が後ろへと躍る。

 

 爪と見紛う程に指先は鋭く、立てられた人差し指が口元へと運ばれた。

 人差し指を強く噛み、出血が起きる。

 

 その血で、女性は自らの口紅とした。

 

 その手が降ろされると、もう出血は終わり、傷跡すら無くなって見えた。

 

 その視線の流れで思わず足元へと目を向けた。

 女性の足元には闇が巣食っており、時折そこから泡が浮かんでは宙で弾けていた。

 

 一度だけ闇が女性を包んだかと思えば、女性の腕に黒いウェディンググローブが現れていた。

 レースの施されたそのグローブは女性の白い肌を引き立てていた。

 

 

「えぇ…始めましてね、こちらの『私』では」

 

 

 大人びた声に、フランはガクンと九十度首を曲げた。

 

「あは…不思議だね」

「そう見えるかしら、だとしたら残念だわ答えは教えられないの」

 

 まるで闇に溶ける様な声だ。

 静かで、不快感は無く、気が付けば忘れてしまいそうな声。

 フランの耳元で囁かれたのは、そんな声だった。

 

 

「ごめんなさいね、けれども言うでしょう?真実はいつも闇の中…ってね」

 

 

 そう、耳元だった。

 既に移動し、フランのすぐ後ろまで移動していたのだ。

 

「あ…」

 

 カクンと力無く崩れ落ちたフランをルーミアは支えた。

 そして、ゆっくりと地面に寝かせて頭を撫でた。

 

「何も問題無いわ、貴女がここで寝ている事は当然の事…だってここは闇の中だもの」

 

 深く深く、黒よりも濃い黒。

 漆黒の闇。

 

 星の輝きを持つ夜とは違う。

 何も見えない闇が、そこに広がっていた。

 

「さぁて、外は随分と騒がしいみたいだし…」

 

 鼻をひくつかせる。

 何かを探す。

 

 探して、見つけた。

 

「あは…あはは…もう我慢出来ないワ…」

 

 扉に掛かる厳重な魔法の鍵を難なく開けて、ルーミアは踏み出した。

 

「いるジャないノ、いっぱイ…人ガ、ひと、ヒと、ヒト、ひト、人、人、人人人人人人人人人ォ!!」

 

 廊下の壁に亀裂が走り、まるで影が伸びるかの如く亀裂から闇が溢れだし廊下を走る。

 

「ッ」

 

 ふと頭に痛みが走り、ルーミアの歩が止まった。

 

「士郎…あぁ、士郎…士郎ォ…」

 

 覚え立ての言葉を繰り返すみたいに、口から連なり漏れ出る名前。

 

「『わたし』は、やっぱり人食い妖怪で…貴方とは一緒には居られないみたいだわ…」

 

 その言葉を聞いたのか、それともただ、苛立ちをぶつけたのか。

 

 ルーミアの身体が、大きく横に飛んだ。

 

 壁に打ち付けられ、長い髪が振り乱されて片目を隠した。

 

 見える片目で何が起きたのかを確認しようとして、眼を疑った。

 

 

「楽シそうダね」

 

 

 フランドール・スカーレットがそこに居た。

 

 二人居た。

 

 何故か手を繋いで、仲の良い姉妹の様に見える。

 

 ただし、互いが互いの手を血が滲むほどに握っていなければ。

 

「遊ぼうヨ」

「そうしヨう」

 

 紅い靴で闇を闊歩する。

 

 響く音が嫌に不気味なハズなのに、ルーミアの心は昂っていた。

 

「あハ…すごい、真っ暗ね…」

 

 

 二人の狂気が、激突する。

 

 

 

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