正確には、買う・・・ではなく交渉の結果として商品を得たワケなのだが、
その商品を扱っていた花屋、フラワーショップ幽香の店主こそが風見幽香だ。
衛宮士郎と上白沢慧音のハプニングを生み出し、そのあとまるで何もなかったかのように姿を消した彼女は、後日、上白沢慧音から衛宮士郎が博麗神社に寝泊りしていることを聞いた。
あんなに面白いものを傍に置いておけるとはなんと羨ましいことか、
そんな考えを持って風見幽香は博麗神社を訪れていた。
番外編1・風見幽香
「はろー♪」
上機嫌を隠す様子もなく挨拶の声と共に石畳を掃除している士郎に声をかける。
時刻は昼、衛宮士郎が自分の居場所を見つけようと決めた日の午後であった。
「あら士郎、今日は水着じゃないのね」
風見幽香を見た士郎は一瞬、目を見開いて驚愕したかのように見えたが、その後に頭痛を我慢するかのように頭を抑えた。
事実としては思い出したくない過去がフラッシュバックして頭をかかえたというのが正しい表現になるのだが、
「あ、あぁ、元気そうだな幽香」
ギクシャクとどこか堅苦しい口調で話す士郎を見て、幽香はそれはそれは面白いものを見るように士郎を観察した。
「へぇ、作務衣っていうのかしら?その服も似合ってるじゃない」
衛宮士郎が現在身につけているのは青い作務衣だ、本来であれば工場や作業所でしか見られない格好なのだが、体格の良い士郎が着ているからなのか、褐色の肌も相まってとても似合っていた。
石畳を掃除していれば自然と砂が服に付着してしまい、普段着で行うには難儀なものがある。
そのため、衛宮士郎は自分の家事スキル、この場合は裁縫スキルを活かして作務衣を縫った。
衛宮士郎が持つ人の常から外れた身体能力を持って縫われた作務衣は美しく、同時にミシンを使用したと言われても疑わないほどに縫い目が細かく作られていた。
「あぁ、自分で作ったんだ」
「買いなさいよ・・・そのくらい」
それを言われては返す言葉もない、しかし万年金欠のこの神社に何かを買う余裕などない、その割に暇ばかりは持て余すので売れるものといえば時折来る参拝客や妖怪を話し相手にしてあぶらを売ることくらいしかできない、
ならば自分で作ってしまったほうがいいのではと士郎は空いた時間を見つけて(1時間)作務衣を作ったのだ。
「今は何をしているのかしら?掃除?」
「そうだな、まぁそろそろ修行するんだけどな」
「修行?」
衛宮士郎の現在行っている修行、それは彼が毎朝行っている鍛錬とはまた違い、こちらに来て学んだ『弾幕』と博麗霊夢が使用していた『結界術』のことである。
まず『弾幕』だが、こちらはどうにも慣れないものだ。
衛宮士郎の行う魔術とは自らの体内で精製した魔力をもって行うものである。
対して、『弾幕』で使用する魔力弾は幻想郷に満ちた魔力を用いるもの、つまりは外界から魔力を自らの体内へと取り入れ、それを打ち出すというものだった。
魔術であれば、生命力・変換・魔力・使用といった流れで行使が可能である。しかしこちらの魔法は、外界に満ちる魔力・取り込み・自分の魔力に変換・魔力・使用という工程を踏む必要がある。
この中で、士郎が苦手なのは外界に満ちる魔力を取り組むことである。
とはいえ、取り込むこと自体は難なく行えるのだが、取り込む量を調整できないというのが難儀な点である。
今の士郎は自らのスペックを上手く抑えられておらず、一を作れと言われて十を作ってしまう。そういった状態なのだ。
『コツを掴めば簡単だぜ』とは師匠である魔理沙の言葉、そのコツがどうにもつかめずに現在も難航している。
一方で結界術だが、これは霊夢との模擬戦を行った次の日に軽く教えてもらっただけなのだが、思いのほか相性がいいようだ。
衛宮士郎はその観察眼をもって、『結界の起点』にふさわしい場所を見つけるのが得意なのだ。
例えば、5×5のタイルがあったとする。衛宮士郎はその中から瞬時に最善と思われる一点を見出すことができるのだ。
衛宮士郎は外界からの魔力的干渉に対する免疫が薄い、そのため、自己の活動を補助する結界などを貼った場合、彼は驚くべきほどにその身体能力を増加させることができる。
霊夢自身は相性から使用を控えていた結界、『結界術・剣の陣』という自己強化の結界や、『結界祇術・断』という他者の結界をその空間に作らせない結界を貼ることが士郎には向いているようだった。
「もしよかったら見ていくか?実は今日、ちょっと試してみたいことがあってさ」
「へぇ、新しい魔法の開発でもしようってわけ?」
「うーん、新しい魔法ってわけじゃないんだけど、昔ある漫画で読んだ物を再現できるんじゃないかと思って・・・」
「漫画・・・って確か外の世界の画集だったかしら?創作の世界のものを再現だなんて思い切ったことするわね」
衛宮士郎は自身の取り込みやすいというその体質を利用して、あることを再現しようとしていた。
体に魔力を走らせ、強化を行うことを得意とする衛宮士郎はそれがもしもできれば同じ要領でうまく扱えるのではとも思っていた。
「まぁ・・・闇の魔法ってその漫画だと言ってたっけな」
「面白そうじゃない・・・」
「とは言っても、その作品の中でもその魔法を作った人は自分でも使いこなすのにかなりの年数を費やしたみたいだからな・・・今日は実験第一回目ってところだよ」
闇の魔法、またの名を《マギアエレベア》、
自らの魔力を呪文に置き換え、具現化、固定化することによって自らのうちに取り込み、呪文の特性を得るという魔法。
使用することで魔族へと近づくことから禁呪とされる闇の魔法ではあるが、強さを手に入れるという意味では必要な代償だと士郎は思った。
「まぁ、見て行ってくれよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結果からいうと、大失敗だった。
まず、士郎が今回行おうと考えたのは投影魔術で創り出した剣を取り込むということだった。
投影魔術自体はなんら問題なく行使できた。しかし、それを固定化するというのがどうにもうまくいかない。
この場合の固定化は、剣の形での固定化ではなく剣の性質を保有した魔力体の固定化を指すもので、つまりは、投影魔術として投影したものを一度変換しなくてはいけないのだ。
身近なものに例えると、MP3形式の音楽ファイルを、再度MP3に変換するというものだ。どちらかといえば、圧縮と言ったほうが意味合い的には近いのかもしれない。
「これに関しては修行するしかないなぁ」
士郎自身、これで諦めるつもりは毛頭無かった。
「ふぅん、剣を出す手品なんて面白いことやるのね士郎は、魔力をあんな形で固定化させるなんて珍しいものを見せてもらったわ」
幽香には投影自体が珍しいものだったため、士郎がやろうとしているその先よりも投影そのものが気になっていた。
密かに、自宅に帰ったら少し練習してみようかしらと考えているのは胸の内に隠して、幽香は賞賛を送った。
「どういたしまして、幽香、もう飯は食べたのか?俺は今からなんだけど、もしよかったら食べていかないか?」
先程から遠くの方で「し~ろ~ぉ~、お~な~か~す~い~た~」とぼやいている巫女の声が聞こえている。機嫌を損ねると長い間へそを曲げたままになってしまうので士郎は早急に手を打とうと考えたのだ。
「そうねぇ、いただこうかしら」
衛宮士郎は気づいていなかった。自分の選択の過ちに、
衛宮士郎の手料理という物の素晴らしさに、
この日、ひとりの女性が衛宮士郎の手料理の味を知り、まるで麻薬とでも言うかのようにその料理に執着を見せるようになった。
後に、この料理を巡って七度にわたって大きな戦いが行われることをこの時の士郎は知る由もなかった。