※2この話は本編のかなり先の展開まで終わった状態です。
具体的には、
①こいしちゃんが居候してる。
②ルーミアも居候してる。
③萃香がたまに遊びに来る。
という点を踏まえてお読みください。
「あけましておめでとう、霊夢」
「…あけまして、おめでとう」
時間は十二時を超えた所、少女である霊夢には時間が辛いのか、それとも昨日の夕方に唐突に発生した妖怪騒ぎの疲れが尾を引いているのか眼を擦りながらの挨拶だった。
元の世界ならともかく、幻想郷では年越しという行事自体があまり意味を持たないらしい、年柄年中お酒を飲んでいる彼女達からすれば年が越そうが誰かが引っ越そうが飲む物は酒、槍が降ろうが雨が降ろうが飲む物は酒だ。
霊夢と一緒に住むようになってからはお酒を出来るだけ抑える様に言っているのだが、実はある出来ごとを境に霊夢は少しだけお酒の量を減らした。
発端は私の知り合いを呼んで行った忘年会まで遡る。
――――――――――――
十二月二十九日、雪が積もり一面を白銀に染め上げた外の世界とは打って変わって、衛宮士郎の自宅はカラフルな色合いをしていた。
壁が、床が、天井がカラフルという訳では無い、右を見れば金色の髪、左を見れば緑色の髪、前には黒髪、自分は白。
中には銀色の髪の人(?)もいれば、呼んだ覚えも無い茶髪の鬼までいる。
「さて、何度言えばいいか分からないがもう一度言うぞ」
そんな文字通りの魑魅魍魎が混沌跋扈している我が家にて、私は口を開いた。
「炬燵にはそんなに人は入らない」
視線の先にあるのは炬燵、紅い水玉の炬燵毛布に暖かさを求めて何人もの客が身を寄せている。
私はというと、座布団の上に胡坐を掻いて紅い作務衣の上に黒い半纏を着て寒さを誤魔化している。
そんな私の胡坐の上に古明地こいしが乗っているのだが、不思議な事に誰も彼女を気にした様子は無い。
私としても胸元に頬ずりをされるくらいならば許容範囲なのだが、時折彼女が現在の姿勢から肩車に移行しようとするのだけは肩が凝るので阻止している。
「ほら、まーた言われたのぜ?霊夢はいつでも入れるんだから出ろって」
「なによ、魔理沙だってしょっちゅう遊びに来てわ炬燵で眠るじゃないのよ」
「ぐーすかぴーなのかー」
争い合う黒と金、そして寝てしまい退く気も無い小さな金の声が聞こえてくる。
私からすれば、彼女達が一番退くべき対象だとは思うのだが…話し合いをするのならばその結果を待つとしよう。
「そんなことを言うのならそこの胸が大きいの二人こそ脂肪が身体を温めてくれるのだから退くべきよ」
「しっ…!?」
「あら…?」
黒から銀と緑に攻撃が飛んだ。
霊夢?隣で胸元をぺたぺたしながら悲しんでいる金色にもダメージが及んでいるぞ?
「博霊の、私は士郎に招待されてやってきた身だ、それに自宅には炬燵も無い、今くらい入らせてくれてもいいじゃないか」
と、銀色。
まぁ慧音も週に三回は遊びに来ているのだから『今ぐらい』も何も無いと思うが。
「本当ね、胸には余裕があるのに心には余裕が無いなんて悲しいわね、霊夢」
幽香も中々に喧嘩を吹っ掛ける。
頼むから我が家の崩壊だけは止めてほしい、それと萃香、お酒を求めて私の飲みかけを飲もうとするのは止めてほしい。
「む、胸で全てが決まるとは思えませんが、私も偶にしか来れない身としてはこの暖かさを楽しみたいのですが」
咲夜は文字通り偶にしか来ないからな、確かに炬燵も珍しいだろうし暖かさを楽しんで行って欲しいところではある。
あと萃香、炬燵に戻る気力が無くなったからって私の身体に張り付いて暖を取るのはやめなさい。
「おや?士郎じゃないかぁ~」
と、もたれながら私をなんとか認識する始末。
ふむ…注意喚起も意味が無い、となると、実力行使に出るしか…。
と、脚を崩して立ちあがろうとした所、胡坐に座っていたこいしが私に抱きついた。
これでは立ちあがれないうえに、こいしは私を涙目で見上げている。
「ゃ…」
と、これまたか細い声で言われては立ちあがる事など出来るはずも無い。
腰を降ろせば頬を染めて再度胸元に頬を擦りつけてくる。
うむ…可愛い。
「さてと…とはいえどうしたものか」
見れば、一人我関せずと人形に針を通し続けているアリスと目が合った。
彼女もお酒は飲んでいるけれど、酔いはまだ回っていない様で平静を保っている。
「お手洗いなのかー…」
「あぁ、ルーミアそんな足取りでは危険だ。どれ、私が付き添おう」
どうやら一人脱落…良心に負けた慧音が炬燵を出た。
すぐさまその隙間を埋める幽香の表情が勝ち誇っているが…これは、女性的な勝者は圧倒的に慧音だな。
とはいえこれで炬燵に入っているのは霊夢、魔理沙、幽香、アリス、咲夜となったワケだ。
人数的にも丁度いいし、これ以上何かを言う必要も無いだろう。
―――――――――――
さて、時間も過ぎて皆も中々に酔い始めた頃、こいしも私の胡坐の上で器用に丸くなって眠っている。
萃香は私の背中に背中を合わせて眠っているし、炬燵に入った面々も酔いが回ったのか会話も成り立っていない。
布団の用意をしなくては…そう思い私を眠り道具にしている二人を優しく床に寝かせて、寝室と客間の二室に布団を敷く。
「さて…誰から運んだものか…」
ただ一人、優雅に熱燗を口元に運びながら霊夢と魔理沙に慈母の視線を送る幽香だけは心配せずとも平気そうだ。
となれば、壁にもたれて眠っている慧音から運ぶとしよう。
Case.1 慧音
「慧音、慧音、意識はあるか?」
少し揺すってみるが、反応は返ってこない。
揺すってから少しして、遅れた様にして慧音の胸元が揺れて思わず目が奪われてしまった。
危ない危ない、そんな目的の為に揺すったわけでは無いのだから。
起きそうにも無いので壁に持たれた背中と投げだされた足に腕を通してお姫様抱っこで持ち上げる。
と、その上昇感が切っ掛けになったのか、慧音が小さく声を漏らした。
「うぬ…ぅ…?」
うすぼんやりとした視界で何を捉えているのか、慧音の視線は私の視線と合わさった。
「られらぁ?」
呂律の回っていない口調でそう尋ねられ、「誰だ?」と聞かれているのだと解釈する。
「同僚の先生だよ、ほら、布団に運ぶぞ」
答え、居間から出て廊下を進んで寝室に敷いてある布団に彼女を寝かせようとする。
「……しろうか?」
むしろ今まで誰だと思っていたのだろうかと聞くのも変な話だろう。
膝を着いて、彼女を優しく布団に…寝かせられなかった。
「しろうだぁー!」
普段の慧音からは想像出来ない陽気さで、彼女は私の首に両手を回して抱きついてきた。
姿勢もあって、それを止める術を持たなかった私は受け入れるしか無かった。
「しろうがちかいぞー?」
耳元で囁く様に言われ、不思議な感覚に思わず身震いする。
お酒の香りに混ざって、女性らしい柔らかで甘い香りが鼻孔をくすぐり動悸が速くなる。
「あはっ…しろう、どきどきしてるな」
これは、誰だ。
普段の彼女からの変貌ぶりに思わず困惑し、同時に蠱惑的なまでの妖しさに身体が硬直する。
「ふんふん…しろうから、おとこのひとのかおりがするぞ」
首筋に顔を埋め、鼻をひくつかせて私の匂いを堪能し始める。
同時に、彼女の豊満な胸が私の胸部に接触し、どうしても彼女が女性であるということが、そして私が男性であるという事を意識してしまう。
「ぐ…っぁ…」
慧音が私の首筋に舌を這わせ、思わず声が漏れてしまう。
だが、彼女の行動に大人の艶めかしさは感じない、どちらかといえば、子供が甘えている風に思える。
「しろうからは、ぎゅってしてくれないのか?」
―――ドクン。
心臓が跳ねた。
可愛い。
拗ねたような言い方が、その言葉と一緒に込められた力が、どこまでもいじらしくて可愛い。
だが…だが、彼女は酔っている。
いや、酔っているのだから、忘れる可能性も…。
違うだろ、違うだろ衛宮士郎。
私自身、酒に酔わされてどうするというのだ。
「また…今度だ、今日はもう寝ると良い」
そう言って、半ば無理やり慧音を引きはがして私は布団の中に彼女の身体を収めた。
居間に戻るのには、少し時間が必要だ。
…みなまで言わせるなよ?何故かは察して欲しい。
Case.2 ルーミア
「うぁー、世界がぐるぐる回っているのか―」
流石にルーミアにも酔いが回っている様だ。
今のルーミアは子供の身体なので仕方が無いだろう。
「ほら、布団だぞ」
「あぅー、たべていいのかー?」
「だめだ」
ガジガジと歯を立てるルーミアの頭を撫でてやるとすやすやと寝息が聞こえてきた。
「ルーミア…」
紅魔館での一件以来、この子の真相を知って私は幾つかの葛藤を得た。
だが、それも意味の無い物だ。
この子が生きてきた世界と、これから生きて行く世界は別だ。
恐らく、時折生きてきた世界が彼女の前に顔を覗かせることもあるだろう。
だが、そんな世界にこの子を引き戻させはしない。
この子が望んでいるのは生きて行く世界だ。
そして、私もそれを望んでいる。
もしもそれを邪魔する輩が現れたのなら…。
「私が、君を守るよ」
誰にも聞かれずに呟いたその言葉、そのハズだったけれど、ルーミアの表情が安らかな笑顔に変わっていた事を、私は気付いて少し恥ずかしくなった。
Case.3 古明地こいし
「む…」
抱き上げた時、こいしが不意に抱きついてきた。
幼いながらも発育は確かにしている彼女に抱きつかれると微かとはいえ膨らみを持った胸が私を刺激する。
先程の慧音との一件もあって、そういった事に敏感になっているのかもしれないが、何にせよ…くっ…我慢だ。
「おにいちゃん…?」
胸元から私を見上げるこいしの顔が、お酒の所為か紅潮していて妙に艶めいてみえる。
「がまんしてるの…?」
それは、それは恐らく、無意識に呟いた言葉。
彼女が意図しての物ではないだろう。
「心臓、とくんとくんいってる」
私の胸に耳を押し当てて、呟かれた言葉。
そこで、自身の動悸が早まっている事に私はようやく気がついた。
「ねぇ、おにいちゃん?」
分かっている。
その言葉が魅力的な続きを紡ぐ事は、だが、それを聞いたらいけない。
それを聞いたら、私は無意識に彼女に―――。
どう…す…あ…。
思い、付いた…が…。
これをするのは、なかなかに…、
えぇい、ままよ。
「んっ…んん…ぷはぁ」
私の選択した行動は、口付け。
それも、一度では無い。
「んっ!んん~~!?」
喋る事が出来ない様に、意識を失うまでだ。
何度も、何度も、途中でこいしが身体を跳ねさせていたが、それも気にせずに何度も口付けをする。
途中から誤って口内を舌で蹂躙してしまったが無意識にやってしまっていたらしく仕方のない事だ。
「ふぅ」
うむ…なんというか、とてもイケナイことをしてしまった様に思えるな。
※とてもイケナイことをしています。
Case.4 萃香
「やだ~まだお酒飲む~」
酔いながらも抵抗を続ける萃香、これが並の人間であれば可愛い抵抗だと流す事も出来たのだが、相手は鬼、そうはいかない。
いやいやと駄々をこねて振るった腕が私の頬に当たり、思わず赤い悪魔の着替えを覗いて…というよりも当時の私の部屋で何故か着替えをしている所に出くわして、強化を施した拳で殴られた記憶がフラッシュバックした。
「萃香、今日はもう充分呑んだだろう?」
「う~…だって…」
「だって?」
「呑むのをやめて寝て起きたら…帰らなきゃいけないじゃないか…」
帰らなきゃいけない、それは、何処か萃香が決めているルールでもあった。
我が家で寝て、そして起きたら帰宅する。
別に、誰かが言いだしたワケでも、誰かが萃香に強制している訳でも無いのだけれど、何故か萃香はいつもそうしている。
私には、その行動の理由が分からないけれど、萃香は何故かそうしているんだ。
「別に、明日もうちに居ても良いんだぞ?」
「え…?」
「むしろ、何故毎回帰っていたのかが私には分からない、萃香は…その、もう家族の様なものだろう?居候とは違うかもしれないが、別に居てくれて構わんぞ」
「…ほんとう?」
まるで怒られた子供の様な、怯えた眼で私を見ていた。
「あぁ、酔い潰れの明けというのは辛いのだろう?霊夢が毎度厠の住人となるからな、お陰でうちの厠は三つある程だ」
「ほんとうに、居てもいいの?」
「…何か、怖いのか?」
無神経な質問かもしれない、それは本人の口から語られるのを待つべきなのかもしれない、だが、私は踏み込んだ。
私は知っている。
本人の口から語られるのを待っていて、手遅れになってしまえば意味が無い事を。
ならば、こちらから踏み込む。
踏み込まれたくない事ならば、一度踏み込んで内側に入ってしまえばいい。
私は決めたのだから、そう生きると決めたのだから。
「だって、しろうに迷惑かと思って…」
「…ん?」
どうやら続きは無いらしい、ただ、私に迷惑が掛かると思ったから、だから次の日には帰宅していた。
成程、鬼というのは長生きと聞く。
迷惑を掛ける事も、迷惑を掛けられる事も何度も繰り返して生きて来ている。
故に、誰よりもそこに敏感に生きてきたのだろう。
故に、誰よりもソレを無視して生きてきたのだろう。
故に、時として誰よりも、繊細に生きるのだろう。
そんな可愛らしさに、笑みが零れた。
「それなら、明日は意地でも帰さない」
「え?」
「悪いが萃香、私は我儘でな…明日は萃香を家に帰さず、ずっと居てもらうとしよう」
「しろう…」
ならば、私はそんな鬼に迷惑を掛けよう。
少しばかり私の我儘に付き合ってもらうという迷惑を…。
「構わないかな?」
「…うん!」
Case.5 咲夜
「あら、もう寝なくちゃいけないのかしら?」
「咲夜、それは壁だ」
酔っていない様に見える人が一番厄介、そんな事を何処ぞの教師も言っていた。
咲夜は酔っていない様に見えるが、確実に酔っている。
何故なら、服が零したお酒で濡れてしまっているというのに、気にした様子も無いからだ。
「あぁ、そちらに居たのね、相変わらず人間離れしているわね」
「君は先にお風呂に入るのが先決の様だな…」
手にお猪口を持っていないのに、そこにお酒を注ごうとする姿を見て頭を抱えた。
咲夜の手を引いて浴場へと向かい、お風呂に入る様に指示をした。
「お風呂くらい一人で入れるにゃ」
「語尾がおかしくなっていることには突っ込まないでおこうか…」
少し可愛いと思ってしまったのも仕方が無いだろう。
以前、彼女が我が家に泊った際に置いて行った寝巻を引っ張り出して洗面場に置いた。
彼女はソレを見て、私を見て、何故か頬を赤らめた。
「私の服を持っているなんて、何処から持ってきたのかしらん」
「君の置いていった物なのだがね」
最早記憶も曖昧らしい、心配になる。
うちに来てからもずっと着けていたドレスヘッドを外した所で、洗面場から退出する。
このままでは着替えの場に居る事になってしまう。
と、そこで服の裾に力が掛かった。
「待って」
「…何かな?」
嫌な予感しかせず、そこで振り返ってみると咲夜が何故かバンザイをしていた。
なんだろうか、これは、もしかして私が戦地に赴くと勘違いをしての行動だろうか?
だとすれば実に謙虚な行動だと感心するが、どうにも状況から察するにそういう訳では無いだろう。
「脱がして」
うむ、違った。
違ったが、どうした物か。
どうした物か…。
本当にどうした物か…。
「脱がして!」
語気を強められても困る。
私が何も行動し無いのを見てか、咲夜は目に涙を浮かべた。
「脱がしてよぉ…」
古今東西歴史参照人物百欄該当漏無、泣く子に勝てる者おらず。
無論、私もだ。
咲夜の白いエプロンに手を掛けて、肩から外して腕を通して脱がす。
次にフリル付きのドレス、バンザイの姿勢のまま停止している咲夜の腕を通して脱がしてみると、黒いレースの下着がお目見えした。
白い肌に映えて、綺麗な体躯がより優美に見える。
そこで、どうしたものかと咲夜の顔を見てみると僅かに頬を赤らめていた。
「わたしだって…恥ずかしい…にゃ」
「―――――――――ッ!」
クラッときた。
いや、これは…まて、状況を整理してはいけない。
状況を整理したら下着姿の女性と二人きりで、女性は恥ずかしさを隠しながらも頬を赤らめていると言う魅惑の場面に…しまった。
私は聖人君子では無い、流石にこの状況はまずい。
私は男だ。
それを嫌でも意識する。
何故なら、いや、この状況だぞ、みなまで言わずとも分かるだろう。
「さく…や…」
息が、荒くなる。
鼓動が速くなる。
気持ちが高ぶる。
「士郎…」
名前を呼ばれ、唾を飲み込む。
いつの間にか咲夜の腕は頭の上でクロスし、まるで何かに拘束された姿に見えた。
「私は…」
駄目だ。
駄目だ。
駄目だ。
誰か私を止めてくれ。
誰かこの時を止めてくれ。
誰か…誰か…!
「そこまでよ」
声がして、眼に何かを被せられた。
「古典的な方法だけど、異世界に住んでいた士郎には効く物なのね」
声はアリスの物だ。
そして、私は視界が暗くなったと同時に、気持ちが冷静に戻っていた。
「これは魅了の魔法…それも、時間を掛けて使うタイプのね」
「時間を…?」
「えぇ、どうやら咲夜本人が掛けた物では無い辺り、あのレミリアとかいう吸血鬼の仕業でしょうね」
レミリアの…あぁ、それはつまり…、
「まぁ、悪戯…でしょうね」
「はっ…ははは、助かったよアリス、それにしても妙だな、私はある理由から精神や感覚を変化させる物には耐性があるハズなのだが」
体内にある『鞘』のお陰で、身体も精神も一定以上の耐性を得ているはず…なのだが。
「だからこその古典的な方法だったんでしょうね、この魅了の魔法は時間経過で掛かった人物への効力を強めて行くの、最初は平気に感じても段々と…ね」
「それは…随分と手の込んだ事をする吸血鬼もいたものだな」
「ま、咲夜の方は私が何とかしておくわ、士郎は他の子達をお願い」
アリスの優しさに今回は甘えさせてもらうとしよう。
私は咲夜の頭を少し乱暴に撫でると、その場を後にした。
「あぁ、それと士郎」
「ん?」
去り際に声を掛けられ、脚を止める。
「そ、れ…大きくしたままあの部屋に戻ったら、幽香に何を言われるか分かったものじゃないわよ」
思わず停止。
咳払い一つ。
「了解」
なんとも、困った物だ。
Case.6 魔理沙
「まだ寝たくないんだぜ~」
「寝なさい」
「嫌だったら嫌だ!」
「寝なさい」
「やーーーーだーーーー!」
困った。
泣く子では無いが、魔理沙は幼児退行したかの様に駄々をこねる。
「寝ないと怒るぞ」
「ッ…や、やだ」
少しびくっとする所が可愛らしいが、和んでいる場合では無い。
今もなお、この私のやり取りを肴にして酒を飲んでいる性根の悪い女性がいるからだ。
「幽香、見ていて楽しいか?」
「えぇとっても」
極上の笑顔だ。
育てる花の根まで腐らなければいいが。
「士郎!幽香とお話するの駄目だぜ!」
「あぁ、すまないな」
子供ながらの嫉妬、だろうか。
頬を膨らませて分かり易い嫉妬をされると笑みも零れる。
なにせ、私の周りでは嫉妬をする事ですぐに暴力に訴えかける人間が多かったからな。
いや、私はまだマシか…私よりも魔眼のアイツの方が…。
思いだすのはやめよう、鳥肌が立つ。
「寝るなら士郎と一緒に寝る!」
「…それなら先に布団に入っていてくれ、後から行くのでな」
その答えはお気に召さなかったらしく、魔理沙はぶんぶんと顔を横に振って否定した。
「一緒にお布団はいる!」
「おっと」
体当たりにも近い抱きつき、離すまいと込められている力が強い。
「士郎は私と一緒に寝るの!」
「困ったな…」
子供の頃は人肌が恋しい、なんてことをよく聞くが、それは大きな間違いだ。
むしろ、大人になってからの方が人肌というのは恋しくなる。
大人になると、誰かに甘える事が難しくなり、人肌や人の優しさが恋しくなる。
故に、私は誰かに抱きつかれるという行為が嫌いでは無い。
だが現状、それすら肴にする困った女性がいる訳で…。
「幽香、助けてくれる気は無いかな?」
「博霊神社のお賽銭箱の中身くらいには」
ゼロじゃないか…。
この前、賽銭箱を振ったら音がすると霊夢が喜び勇んで中身を見てみたら季節柄散った葉が中に入っていて発狂していたぞ、誰か入れてやってくれ。
「だから士郎は幽香としゃべっちゃめなの!」
「あぁ分かったすまない魔理沙」
「ほんとにわかったのじぇ」
「あぁ、魔理沙も落ち着いてくれ」
そう言いながら頬に手を添えると、頬ずりをしてきた。
思わずそのまま顎に手が伸びて撫でてしまう。
「えへへ、えへへへ」
まるで猫の様な反応に、心が和む。
あぁ、子供とは良い物だ。
「ロリコン」
…。
「幽香、その言葉を何処で?」
「さぁ?何処かの奇妙なお店で売っていた本に書いてあったけど」
霖之助だな…。
「うぅ…?」
手の動きが止まったからか、魔理沙が首を傾げて私を見上げた。
愛でたい欲求が脳天を貫き宇宙へと放たれる思いだったが、なんとか堪える。
「むぅ」
不満気な呟きを漏らして、自分から手に頬ずりをし始めた魔理沙に、不覚にも…なんだ、胸がキュンとした。
反応して、指先を微かに動かした時、魔理沙の耳に指先が掠った。
「あんっ…」
魔理沙の漏らした声が、何処か艶めいていた。
「ロリコン」
違う。
今のは意図して行った事では無い。
思わず涙目で幽香を見るが、口元を隠しながらこちらに目を向けている。
あぁ、楽しんでいる。
次いで、魔理沙に目を向けると、魔理沙は自分の帽子で胸元と口元を隠しながら私から後退した。
警戒されている。
流石に先程まで信頼ですり寄って来ていた子が、いきなり警戒心を露わにして離れて行くのは心に来る物があった。
「ま、魔理沙…」
一歩近づくと、びくぅっ!と身を震わせて魔理沙が一歩下がる。
動けないまま、唾を飲み込んだ。
そこで、魔理沙が一言。
「し…士郎の、えっち」
ぱたぱたと小走りで寝室に向かう魔理沙に、私は声を掛けられなかった。
その代わりに、背後から言葉が投げかけられた。
「ロリコン」
Case.7 博霊霊夢
「霊夢、寝ろ」
「…あによぉ」
絡み酒か…!?
勘弁してくれ、絡み酒には良い思い出が無い!
「呑み過ぎたぞ霊夢」
「あらしはまらまらのめるわよぉ」
あぁ、これはダル絡み酒だ。
絡み酒には二つのパターンがある。
何かしらの上戸と合わさって絡んでくるパターンと、ただ単に絡んでくるパターン。
霊夢のこれはただ単に絡んでくる一番ダルい…もとい手に負えないパターンの絡み酒だ。
「もうお酒も無い、大人しく寝よう、な?」
「やら!のむの!」
霊夢のことなのでなんとなく、この行動や言動は明日になって冷静になってからも覚えている様に思える。
だとすれば、あまり構わずに寝かしてしまうのが一番良いのだが…むぅ。
「しろーも呑みなさいよー」
「がっ」
徳利を口に突っ込まれ、否応なしに中に在る液体が胃へと落ちて行く。
ぐっ…流石にお腹も膨れている現状、こんなに飲んでは体調がおかしくなる。
「えへへー、呑んだ呑んだー」
「ぷはっ…あぁ、呑んだから、ほら、寝よう」
「えぇー、なら一緒に寝る!」
「駄目だ」
今は本当にそれは駄目だ。
お酒と先程からの誘惑でギリギリのラインで抑え込んでいる現状、霊夢と一緒に寝たりしたら確実にマズイ。
展開的には美味しいかもしれないし霊夢は不味い訳が無いのだが、そんな考えが過る時点でかなりマズイ。
「なんでぇ」
「駄目な物は駄目だ」
「何よ士郎、正直に言ってあげたらいいじゃないの」
「…幽香は黙っているように」
正直になど言えるものか、正直に言ってみろ、私が死ぬぞ。
肉体もだが社会的にも死ぬぞ。
「なら、キスして」
「なっ…!?」
「キース―!」
「れ、霊夢、落ち着くんだ」
「慌ててるのは貴方よ士郎」
「…幽香は黙っているように」
「ね?」
手は力無く座った足元に下げられており、姿勢はだらしなく崩れ、巫女装束も少し気崩れして肌の露出が目立つ。
紅潮した頬に、少しの涙目、小さく傾げられた首に掛かる髪がサラリと流れこちらを誘うかのように小さく揺れた。
「だめ?」
少し眉を下げて、つつましく困って見せる。
狙ってこれをやっているならともかく、酔っているのだから性質が悪い、いや、狙っている方が余計に性質が悪いか。
ともあれ、霊夢のお願いの仕方はこれだけでもお願い!といった風だ。
「…分かった」
膝立ちになって霊夢の頬に手を添える。
霊夢が求めているのは決して熱烈な口付けでは無い、お姫様を扱う様な口付けだ。
「んっ…」
唇を触れさせるだけの、柔らかくて短い口付け。
「えへ、えへへ、えへへへ、しろーはこんでー」
「あぁ」
軽く返事をして、布団まで運んでいく。
その背中に、言葉が投げかけられた。
「ロリコン」
…幽香は黙っているように。
Case.8 風見幽香
「…よし、寝ろ」
「ちょっと、私だけ雑なんじゃないの?」
酔ってもいない人間に対しては眠れというだけでいいだろう。
「はぁ…もう少し飲むのか?」
「あら、お付き合い願えるのかしら?」
「縁側に行こう、今宵は良い月が出ている」
「確か貴方の世界の文学で『月が綺麗ですね』と告げたら告白になるんだったわね」
彼女の食指はどこまで働くのだろうか、勤勉だといえば聞こえがいいけれど耳聡いといえば褒め言葉とも受け取れない。
縁側に腰掛けると、冬の寒い風がお酒で暖まった頬を撫でた。
虫の声も聞こえない幻想郷の夜、私の知らない夜だ。
「やっぱり、夜に見る花はいいわね」
我が家の庭には幽香の植えてくれた花々が咲き誇っている。
種類も多く愛でるに飽きない良い並びだ。
「それは、自画自賛とも取れるが?」
「過ぎたことかしら?」
「いや、そうでも無いらしい、確かに美しいよ」
「…真顔でそういう事を言うのは控えた方がいいわよ」
不思議な注意を受けてしまい、私は頬を掻いてごまかすことしか出来なかった。
「ふふっ…本当に貴方は分からないわね、こちらをドキッとさせる様な事を平然と言って見せるのに、それは狙っての事じゃ無くて指摘されれば困り顔をする」
「そうは言われてもな…意識していないのだから仕方が無いだろう」
「あら?それは私を女性としてという意味かしら?」
「はぁ…以前も言った通り、君を女性として意識しない事は月を曇らせる以上に難しい事だよ、幽香」
彼女は自分が女性として認識されているかという点に不安を抱いているのだろうか。
だとしたら無駄な悩みとしか言いようが無い。
「貴方は本当に…はぁ、理解できないわね」
「理解しようと努力してくれているだけ嬉しいよ」
「貴方もこちらを理解しようとしてくれているかしら?」
「それは長い時間を共にしていれば理解出来るだろう?」
「…貴方は、前の世界で女性に刺された事は無かったかしら?」
…刺されたどころか、殴られ蹴られ、刺され斬られ、縛られ操られ、あぁ、散々だ。
「…」
「その顔で聞かない方が良いと分かったわ」
「そうしてくれると助かる」
「ふふっ」
お猪口を口に運びながら幽香は笑った。
月は変わらず、私と幽香を見守っていた。
こんな下らないやり取りを見守ってくれていたのだろうか。
「二人でお酒を飲むのはいつぶりかしらね」
「さぁな、何にせよ、君と二人で飲む時はいつも疲れた後の気がするよ」
「あら?癒しになって良いんじゃないかしら?」
「…答えは花のみが知るということで、どうだろうか?」
「だとしたら、私はいつか答えを知る事が出来そうね」
優雅に笑った彼女の横顔を眺め、勝てそうにないなと吐き捨てて私も酒を煽った。
空にある月の輝きが、何処か優しい物に感じた。
――――――――――――――――
「士郎、貴方何を思い出してるの」
霊夢から声を掛けられ、数日前の思い出に浸っていた自分を引っ張られた気がした。
「いや、あの時は本当に酷かったと思ってな」
「う…わ、忘れなさいよ」
そうは言われても、忘れられない記憶という物はあるものだ。
ましてやアレ程のインパクトを兼ね備えているのだから忘れる方が無理という物だ。
「すまないが、しばらくは忘れられそうにない」
「いつだったか、男性の前でお酒は控えろって誰かに言われたのが痛い程に理解できたわ」
「勉強になったかな?」
「翌朝の悲鳴の元凶になったわよ…」
あの日以来、霊夢はお酒を抑えている。
あくまでも抑えているだけであって、飲んでいない訳では無い。
とはいえ、あぁした騒ぎがあっても時には良い物だ。
変わり映えしない平和の中で覗かせる一騒動くらい、何の問題にもならない。
「清々しい顔をしている所悪いけれど、士郎だって少し酔ってたじゃないの」
「何の事かな?」
そして自分に都合の悪い事はふざけた素振りで受け流す。
さて、私はお酒に呑まれてはいなかった。
ただ、ただ一つ。
耳に残った「ロリコン」の呟きだけは、しばらくは消えずに残りそうだ。
新年会、来る年明ける年を気にしない幻想郷とはいえ、お酒を飲む口実だけは目敏く見つけるのがこの世界の住人たちだ。
前の世界では月にちなんで飲む口実を見つけた歌が存在したが、それだけは彼女達に教えるのは止めておこうと思う。
さて、調理場で酒の肴を作っている私の耳に、怪しげな会話が聞こえてきた。
「なぁなぁ、今回はアイツにお酒を飲ませないか?」
「士郎にってこと?私は賛成だけど」
「し、士郎に呑ませるのか?まぁ仕事は明後日だし良いとは思うが…」
「あら、いいじゃないの、面白い事になりそうよ?」
「おー?士郎にお酒をのませるのかー?」
「お~、士郎にお酒をのませるのか~」
「はぁ…私は人形弄りをしているから巻き込まないでよね」
「…良いかもしれませんね、私も仕返しがしたいですし」
「えぇ…咲夜さん、やめましょうよ…」
「あら、面白いじゃない、人間、私も賛成してあげるわ」
魔理沙、霊夢、慧音、幽香、ルーミア、萃香、咲夜、美鈴、レミリア…よくもまぁ悪だくみをするものだ。
ちなみにこいしは何処かで寝ている。
先程は縁側で毛布にくるまりながらゴロゴロしていたので今もそこにいるのかもしれない。
見掛けたら寝室に寝かしてやるとしよう。
とはいえ、私も今日くらいは呑んでもいいかもしれない。
ふむ、久し振りに『鞘』への魔力供給を止めて、お酒に呑まれてみようか。
結果。
「さて、何とか士郎の居る寝室との間に結界は張れたけど、どうするのよアンタ達」
責める様な瞳で皆を見回すアリスは非常に迷惑そうな顔をしている。
「だ、だって、士郎があんなになるとは思わなかったんだぜ…」
答える魔理沙は今にも泣きそうだ。
「さ、咲夜~」
レミリアも半泣きになって咲夜に抱きついている。
恐怖、その場には恐怖があった。
「いきなり霊夢の事を後ろから抱き締めたかと思ったら、耳元で『愛してる』だものね、霊夢はそれで脳の処理が追い付かなくなったのか倒れちゃうし…あれは恐ろしいわ」
「まさか、酔うと口説き魔になるとはね…」
経緯としては、士郎がお酒を飲み、それに加えて皆がお酒を飲ませ、それに応じた士郎が大量にお酒を飲んで、口説き魔として覚醒した。
意識を失った相手には何もしないのか、霊夢が気絶すると優しく床に横たえて私達に視線を向けた。
そこで、幽香と慧音がなんとか寝室に押し込んでアリスが結界を貼って今に至る訳だ。
「あー、皆、少しいいかしら」
どうするか、その会議をしている面々にアリスが声を掛けた。
「結界、破られそうなんだけど」
「「「!?」」」
全員が一斉に慌てる。
アレはまずい、力強く迫られたら危険である事は誰もが承知していた。
気絶出来ればいいけれど、気絶出来なければ一体どこまでされてしまうのか、一人興味を持っている変態メイドもいたけれど書き記すのも可哀想なので置いておこう。
そこで立ちあがる勇者、風見幽香。
「私が時間を稼ぐわ、その間に各々、隠れなさい」
「だ、だったら自宅に戻れば」
「忘れたの?私達が騒ぐと迷惑になるからと士郎自身が彼の世界における結界を家の周囲に張り巡らしているのよ?流石にあれだけ意味不明だとどうしようもないわ」
「むぅ…」
キリキリキリと、糸が限界まで伸びる音が小さく響き始める。
「だめ…もう、限界」
「アリス、貴女も行きなさい、ここは私に任せるのよ」
「…ッごめん!」
アリスが部屋を飛び出すと同時、他の面々も散り散りに駆けて行く。
幸い、この家は広い、もしかすれば士郎が酔い潰れる方が先かもしれない。
問題は、見つかった後、何をされるか分からない。
そしてその、第一の被害者は…。
「…来たわね」
ゆらり、ゆらりと身体を左右に揺らしながら、寝室の襖を開けて士郎が姿を見せた。
幽鬼の様な足取りに恐れを感じるが、数瞬とせずに背を伸ばし直立した士郎の瞳に風見幽香の姿が映った。
Case.1 風見幽香 士郎への好感度 65/100
警鐘が鳴り響く脳内、私は生きて来て初めて、これほどまでの緊張を覚えている。
敵…と呼ぶには害意も敵意も殺意も一切無い目の前の男性に、私は緊張している。
「幽香」
その声に魔力を含ませているのか、距離に関係なく、耳の奥に直接響く彼の声。
平穏と共にいつも聞いているその声に、身体の力が抜けてしまいそうになる。
「なにかしら?口説き魔さん?」
牽制をしながら、いつでも蹴りだせる様に姿勢を変えていく。
「口説き魔なんて、酷いな…私はそのような不埒な輩では無いのだが」
心底落ち込んだ彼の表情に、胸がずきりと痛む。
蹴りだそうと、攻勢に出ようとしているのは私だけ、彼はそんな素振りは全く見せない。
「そうは言っても、今貴方は私を口説こうとしているのではなくて?」
問いかけに、士郎は首を振るだけで返した。
ゆっくりと近付いてくる彼の足さばきに、距離感を失いそうになる。
「待ちなさい、ソレ以上近付いたら怒るわきゃぁっ!?」
言葉には言葉で返すはずの彼が、唐突に私を抱きしめた。
力強い腕、顔に当たる胸筋、お酒とは別の、ふわりと香る彼の匂い。
「あ…」
思わず蕩けそうになる脳に渇を入れて、彼を振りほどこうと力を込めようとするが、
「んんっ…!」
背に這わされた指がその行動すら阻害する。
「嫌…か?」
ずるい、非常にずるい質問だ。
嫌な訳が無い、好意的に思っている男性の胸元に抱かれる事を嫌がる女性が居るわけが無い。
だけど、ここで拒否の姿勢を示さなければ、このまま流されてしまう。
「嫌…よ…」
「それは嘘だ」
すぐさまの否定に、私は思わずムッとなる。
「嫌ならどうして、君は私の背中に手を回しているのかな?」
ムッとなって、直後に顔が熱くなった。
自分でも気が付いていなかった。
「素直じゃ無い所も、素敵だよ、幽香」
そう言って彼は、私の顎を持ちあげた。
乱暴にでは無いが、少し自分勝手な振る舞いだ。
それが、これまで自分の思うがままに行動してきた私のプライドを刺激する。
甘く、刺激する。
「きっと君は、誰かに組み敷かれたりされるのは嫌うだろうね」
「え、えぇ、勿論よ」
それでもこちらを配慮した言葉を彼が述べ、私はすぐさまそれに同調した。
こちらが嫌がる行為をしないのであれば、これで…。
いや、でも、嫌がっては、いないのかもしれない。
「なら、誰かじゃ無くて、私になら…どうだろうか」
「ふぇえ!?」
髪をさらりと撫でられ、頬に手を添えられる。
どこまでもこちらのペースを無視した、一方的な話しの展開。
こんな行動、彼以外なら許しはしない。
だけど、私のプライドにかけて、ここは拒否を――――。
「んっ―――んんっ、はっ…ちょっと、まちなさっ…んっ…あっ、やっ…ちょっと…んんっ―――」
蹂躙。
まずは唇を塞がれ、驚きに言葉を発そうとして開いた所に舌をねじ込まれた。
そのまま舌が私の口の中をねぶるのかと思えば、一度離されて拒否出来ると希望を持った所で、再度舌がねじ込まれる。
こちらの行動を全て遮断する。
そしてなおかつ、彼の行動は全てこちらを躍らせる。
ここまでされてしまうと、抵抗する気力も…。
あ、まずい…。
それ、以前に…。
酸素、が…。
―――――。
「ごちそうさま、可憐な太陽のお姫様」
風見幽香 撃沈。
Case.2 霧雨魔理沙 士郎への好感度 85/100 自覚無し
こ、こ、こ、怖くなんて無いんだぜ。
昔からかくれんぼは得意だぜ。
それに相手は士郎だし、幾ら口説いてくるからって士郎ならそんなに意識はせずとも…。
あ、でも、私、そういえば三ツ星に泊った時に士郎の夢を…。
あわわわわ!
お、思い出すのは止めておこう。
なんだか恥ずかしくなっちゃうのぜ。
私が隠れているのは調理場の大きな収納の戸の中、士郎の家には収納が一杯ある割に、意外と物が仕舞われていないから身を隠すにはもってこいだ。
ここに隠れていればしばらくは大丈夫だろう…と、思う。
もしかしたら、幽香が一人で士郎の事を寝かしつけておしまいっていう展開も有り得るし、数刻もしたら出て大丈夫だと思うんだけど…。
その時、ギシリと音がした。
廊下を、誰かが歩く音だ。
私や霊夢ならあの音はしない、重たい音だ。
可能性として慧音が有り得るけれど、慧音もここまでの重たさは無いだろう。
つまり、士郎だ。
きっと他の皆も、同じ様な感覚を味わっている。
恐怖にも似た、不思議な感覚。
怖いハズなのに、士郎に口説かれると思うと何故だか胸がドキドキする。
あの時、大切にしたいと思ったこの気持ち…今でも正体は分からないままだ。
カラカラカラと、扉がスライドする音がした。
廊下から厨房へ続く扉の音だ。
あ、つまりこれは、士郎が近くに居る。
む、胸がドキドキする。
この鼓動の音だけで見つかってしまうんじゃないかって、張り裂けてしまいそうだ。
どうするのが正解なのか分からない。
どうすれば今をやり過ごせるのかも分からない。
ただ、ドキドキする。
もう私の中でこのドキドキが恐怖なのか期待なのかも分からない。
ただドキドキするんだ。
ガチャりと、何かを開ける音がした。
きっとあの音は冷蔵庫だ。
何かを飲みに来たのだろうか、もしかしたら、士郎はもう冷静になっていて水を飲みに来たのかもしれない。
そうだよな、士郎がお酒に呑まれてしまうのは想像出来ない。
そうなれば、私もここから姿を出して…。
「はぁ~~~~」
!!?
な、なんだぜ今の声。
まるで妖怪の様な…血に飢えた獣の様な…。
ドキドキが一気に恐怖に変わる。
何をされるか分からない、こ、怖い、怖いよぉ。
小さく身動きをして、体勢を変えようとしたその時、私の脚が、収納の壁に当たった。
トンっと小さな音が狭く暗い収納の空間に響く。
私の耳には、その小さな音が何十倍もの音量で響いた様に感じた。
「ふにゃ…」
自分で立てた音なのに、それに驚いて悲鳴が漏れた。
そして、
「あぁ…そこに居たのか」
完全に、見つかった。
「さて、何も手荒な真似をしようというわけでは無い」
私は今、よく分からない状況に置かれている。
何故か士郎は厨房にある椅子の上に座り、その士郎の膝の上に私は座らされている。
一体どうしてこうなったんだぜ…。
「すまないな、魔理沙の髪がふわふわとしているからついつい触ってしまう」
更には、私の髪を撫でている。
私の帽子は厨房の調理台に置かれていて、私が手を伸ばすとその指先から肘にかけてを士郎の指がつつーっとなぞるものだから容易には手も伸ばせない。
手櫛が私の髪を優しく梳かす。
「ふぁ…」
心地よくて、思考が何処かへと飛んでいく。
まるで犬か猫にでもなった気分だ。
「…飼われてみたいかい?」
「!!」
思わず跳ねる。
そ、そりゃそうだろう。
そんなこと、耳元で言われたらびくんってなってしまうにきまっているぜ。
「すまないな、変な事を言ってしまって」
「ま、まったくだぜ…士郎は時折いきなり変な事を言う」
「それよりも、私と君はもっと親密な関係だったな」
「ふえぇえぇえぇ!?」
士郎の腕が私を包み込むように前に回されて、身動きが取れなくなった。
「今日は、どうされたい?」
「どどどどどどうされたいってなにをいっているんだぜ!?」
「甘く?激しく?」
「な、なんなん、何の話しをしちぇるのかわからないんだぜ!?」
頭の中が混乱していて、私は爆発するんじゃないかってくらいに動悸が早まった。
想像上で、士郎と私が…わああああああああああ!!
「は、はなして!はなしてぇ!」
「おっと、暴れないでくれ」
より強く、士郎の腕が私を抱きしめる。
力強い腕が、私を抑え込む。
あぁ、これは逃げられるはずが無い、そう思わされる。
「うぅぅうう!」
「あまり暴れていると…」
ふと、私の唇に微かな感触を感じた。
?
自分の唇を触って、士郎を見てみる。
「次は、もっと長く唇を封じる事になってしまうよ」
「あにゃ、にゃにゃああぁあ…!!」
そこで、私の意識は途絶えた。
――――――――。
霧雨魔理沙 撃沈
メモ:今回はその限りでは無かったが、衛宮士郎は対象が気絶するまで口説くわけでは無い。
Case.3 上白沢慧音 士郎への好感度 95/100
か、か、隠れなきゃ。
隠れ無ければ士郎に口説かれてしまう。
隠れ無ければ隠れ無ければ!
…ん、待てよ?
隠れ無ければ、士郎に、口説いてもらえる…?
ほほぉ…。
じゃ、無くて!
私は一人の教師だ!
恋に現を抜かしては…いけなくもないな。
んん?
ならば私が隠れる理由とはなんだ?
そういえば、今の士郎は酔っているんだったな…。
うーん、その状態で口説かれてもあまり嬉しくは無いな。
って、私は何を考えているんだ!?
『あにゃ、にゃにゃああぁあ…!!』
な、なんだ今の声は…魔理沙か?
厨房の方からしたな…ごくり。
す、少し覗いてみるか。
私は厨房へと繋がる廊下を抜き足差し脚で歩きだした。
途中、居間を通った時に倒れている幽香を見て、幽香の顔があまりにも幸せそうなので少し羨ましいとか感じたりしていない決してしていない!
「おや」
目の前で、声がした。
その声は私の知っている人の物だった。
そう、衛宮士郎の物だった。
「慧音、どうしたんだそんな恐る恐るな様子で」
ゆったりとした足取りで近付いてくる士郎はいつもの様子と変わらなく思えた。
本当に酔っているのだろうか?
「いや、なに、皆して士郎の事を警戒していてな、本当に危険なのきゃ!?」
気が付けば腰に手を回され、勢い良く士郎に抱き寄せられていた。
な、なんだこの状況は、夢か!?
「慧音は、警戒していないのか?」
目と目を合わせてそう聞かれ、私は頷いた。
言葉を発そうと口を動かすけれど、上手く言葉が出てこない。
「そうか…それなら、私は何処まで警戒せずにいてもらえるのか、悪戯をしてみようかな」
腰に回された手が、段々と下へと…。
私の胸は士郎の胸に当たっていて形を変えている。
「あっ…」
漏れた声に、士郎が意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「いや、今のは…あっ…まって…んぅ…」
士郎の手が私のお尻の形を変える。
強く揉みしだくその動きに、私は身じろぎをしてしまう。
その様子を、士郎は楽しそうに見ている。
私の表情が、声が、段々と変わる様子を見て笑みを浮かべている。
じわりじわりと、内側を焦がす感覚が大きくなっていく。
身体が自分の物では無いかのように熱を帯び、自然と口元が緩んでいく。
「は…ぁっ…はぁっ…んぁあ…あぁ…」
目元に力が入らず、浮かんできた涙を拭う事も出来ない。
士郎から与えられる感覚の一つ一つが身体に刻まれていく。
決して強引では無いが、抗いようの無い感覚に私は溺れかける。
身を任せてしまいたくなる緩やかな水の流れを彷彿とさせた。
なのに、突然その動きが止まった。
「先程、待ってという言葉が聞こえたのでな、待ってみた」
本当に意地悪だ。
意地悪なのに、それすらも心地よく感じる。
今、私が告げたい言葉を口にしたら、彼ははしたない女だと思うだろうか。
「どうした慧音、何か言いたそうだが」
指を口に差し込まれ、舌を撫でられる。
そのまま士郎は私の後ろに回り込んで、お尻に回していた手を今度は私の腹部に当てた。
少し強くお腹を押されただけなのに、甘く痺れるような快感が走った。
「あ…あぁっ…あぁあぁあっ…」
漏れ出る言葉が意図した物とは大きく違った。
拒絶も要求も出来ない、そんな状況。
「なぁ慧音、言葉にしてくれないと…伝わらないよ?」
これ以上、何をされるのか、これ以上、何が待っているのか。
「っ―――!」
一瞬、自分のイメージした光景に顔が爆発したんじゃないかという程熱くなった。
「おや…何を、想像したんだ?」
言葉に出来るはずが無い、言葉にできるはずが…。
「慧音はエッチだな」
―――――!!
上白沢慧音 撃沈
メモ:衛宮士郎は酔った時、口説き相手が自身に求める対応をある程度理解したうえで行動する。
Case.4 ルーミア&萃香 士郎への好感度 90/100
かくれんぼのつもりで隠れている間に、睡眠!!
まさかの睡眠!
士郎に見つけられ運ばれ、布団にて安眠!
まさかの安眠!
健康への第一歩だ!
Case.5 レミリア 士郎への好感度 80/100
庭、衛宮士郎のデザインした物というのが気に食わないが、非常に趣のある良いデザインだと思う。
私の知る常識の外にあるこのデザインには心惹かれるものがある。
先程は少し躊躇いもしたが、なに…口説かれるだけならば流せばいい。
私は吸血鬼、夜の支配者にして絶対の君臨者。
その私が衛宮士郎を恐れるなど、有り得ない話だ。
「月夜に散歩とは、寒さは大丈夫かなレミリア」
「あぁ、士郎か…かぁあぁあぁあ!!?」
ま、待って、私は目がおかしくなったのかもしれない。
人という生き物について学びが足りなかったのかもしれないけれど、人という生き物は上半身を露出して生きる生物では無かったはずだ。
しかし、現状の衛宮士郎の服は下半身のみを守っている。
引き締まっているという次元では無い、なんだあの肉体は、鋼か。
筋肉の分かれ目がくっきりとした磨きあげられたその肉体、美しさすら感じる。
「な、何故服を着ていない士郎」
「む…?ふむ、はっはっは」
「ど、え…気、気でも狂ったのか?」
「いや、すまないな、吸血鬼の中の吸血鬼、夜の帝王にして五百年の月日を生きた君がまさか服などという仮初の衣を気にするとは思わなかったのでな」
なっ…。
確かに言われてみれば、私がそんなことを気にするのはおかしな事なのだろうか?
パチェから貸してもらった帝王学の本にも『王たる者、細事を気にするは愚かなり』と書かれていたし…ぬぬぬぬぬ。
「フッ…人の程度で考えてやったまでだ、貴様の目線で考えれば妥当な指摘であったと考えるが?」
「ほぉ…それは有り難いな」
「ま、待て、どうして近付いてくる」
「可笑しなことを言う、会話をする為に決まっているだろう?」
ぜ、絶対におかしい。
近付いてくるだけなら警戒もしないが、両手を広げて自らの肉体を見せびらかす様にして、なおかつわざわざ息を吐くときに白煙が多く出る様にしている。
威圧感が異常なんだ。
「どうしたレミリア、ふぅん!何かおかしな所でも、ふぅん!あったかな?はぁ!!」
「き、貴様がポージングを取りながら近づいて来ている現状が最もおかしな所だと思うのだが…」
「はっはっは、それこそ人の程度で考えればおかしな事の範疇でしか無い、吸血鬼の世ではただそれだけの事をおかしな事だと判断するのか?」
「…うぅ~」
咲夜…助けて…。
絶対に士郎おかしいよ。
お酒、良くない…。
「はーはっはっは!涙目になってどうしたというのだぁ!月夜に涙を流すのは幸せな恋中の男女だと決まっているというのに」
「私の中で常識が崩れ始めているのが悲しくて涙が出ているんだ…」
「はっはっはっはっは、そうか…それは、申し訳ないな」
「え…?」
士郎は外套を何処からか取り出すとそれを着た。
少し寂しそうな表情をしている。
「君は、とりわけ私への警戒心が強かったのでな…この機会に親睦を深める事が出来ればと思い、人の世の言葉にある『裸の付き合い』をしたかったのだが、すまない、逆に警戒心を煽ってしまったようだ」
…この男は、この男なりに私に歩み寄ってくれたという事だろうか?
不器用…そんな言葉では済ませられない程に気味が悪かったが、酔いが回ってもなお私を考えて行動してくれたのだとしたら、少しばかり好感も持てるという物だ。
「先程も言ったが、今日は月夜だ…この庭はよく映えるとは思わないか?」
すっかり元の調子に戻ったようで安心する。
その視線は私を見ておらず、ただ月を眺めている。
「そうね…悪くは無い庭だと思うわ、特に池のデザイン、周りに石を置いてあるだけに見えるけれど、不揃いに見えて景観を損なわずに引き立てているわ」
そのバランスは素晴らしいものだといえた。
何も美しい物に目が無いワケでは無いけれど、この庭は、素直に美しいと感じた。
「それならいつでも我が家に来ると良い、この庭と一緒に、私は君を待っていよう」
「…一緒に来る咲夜が目的なんじゃないかしら?」
「レミリア、怒るぞ」
「…?」
何を怒っているのか分からず、首を傾げる。
何か気に障る事でも言っただろうか。
「私は、君を待っていると言ったんだ」
「!」
「生憎とこの身は他の人よりも寿命が長い様でね、五十年先も百年先も、君と語らう楽しみを捨てずに済むらしい」
「…ふふ、誰かに待っていると言われたのはいつ以来かしら、それも、良いわね」
もしもこれが口説きなのだとしたら、あぁ、上手くやられてしまったらしい。
月を見上げて、恥ずかしさを紛らわせる。
夜で良かった。
きっと頬の赤さは隠せているだろう。
「さて、私は家に戻るとしよう…レミリア」
「なにかしら?」
月から士郎へ視線を移すと同時、肩に何かがふわりと乗った。
「悪いが私は再び君が警戒心を露わにする姿になってしまったが、それも仕方ない物だよ、なにせ、私は冬の夜長に女性を寒さに晒す事が出来ない男でね」
乗せられたのは士郎の紅い外套だった。
微かに香る士郎のぬくもりが、今は何故だか心を落ち着かせた。
女性とは、これまたいつぶりに言われた言葉だろうか。
少女と言われる事は多かったけれど、女性と言われたのは何年ぶりのことか…。
「私も少ししたら寝室に戻るわ、ありがとう上半身裸の紳士さん」
「いいや、なんてことはない、しかし、その外套も似合う物だな…おやすみ、
はぁ…これは、上手いコト、口説かれてしまったらしい。
肩に羽織った外套があって良かった、これで少しは、頬の赤さも誤魔化しが効くだろう。
レミリア撃沈
Case.6 美鈴 士郎への好感度 85/100
「ここは、道場でしょうか…?」
士郎さんの御自宅、その離れに大きな道場が在った。
清掃の行き届いた綺麗な室内、入り口で素足になり、一歩踏み出してみると木の床が滑りを抑えてくれて力が込めやすかった。
「あそこにあるのは…剣、でしょうか」
壁際に置かれた箱の中に、幾つもの竹で出来た模造刀が入っていた。
手にとって確かめてみると、竹で出来ているからといってヤワな作りをしている訳では無かった。
むしろ、竹同士が密接に合わさって頑丈な作りをしていた。
「剣は普段使いませんが…少し、振ってみましょうか」
姿勢を正し、冗談からの振り下ろしを数度行ってみる。
風を切る音だけが室内に響く。
拳を打つのとは違う身体の動き、段々と力を入れずに振る方法や、力が最も入れやすい振り方を試していく。
自分の芯をぶれさせずに振るという点は同じ様に思えた。
そういえば、士郎さんから逃げる様にしてここに来たけれど、皆はどうしているのだろうか。
士郎さんに…というよりも誰かに口説かれるというのが、私には想像出来ない。
口説かれるとは、どういう状況の事を指すのだろうか。
私も女性だ、興味が無いわけでは無い。
だからこそ、思う。
私に魅力はあるのだろうか…と。
「素振りか、精が出るな」
声の主は士郎さんだった。
酔った様子は窺えない、もう酔いが覚めたのだろうか。
「この剣…不思議ですね、重さはあまり無いのに、確かな修練の成果を感じます」
「それは竹刀という物でな、刀という種類の刀剣になる」
「カタナ…ですか」
「まぁ刀剣と呼ぶには肝心な刃が無いが…竹刀でも人を殺す事は出来る、刀として扱われても問題は無かろう」
士郎さんはその手に竹刀を握ると、私の目の前で佇まいを直して風を切った。
たった一振りの中に収められた動作の全てが美しくて、思わず見とれてしまった。
「さて、稽古でも付けようか?」
「よろしいんですか?」
「なに、少しばかり汗も流したかったところだ」
距離を開けて、互いに構える。
士郎さんの構えは私に剣先を向けるのでは無く、二刀持った竹刀を斜に構えて防御を重点に置いている事が見て取れる。
対する私は竹刀を逆手持ちして、片手は空けている。
格闘と剣術を併用する魂胆は恐らく士郎さんに筒抜けだ。
「いきますっ!」
一足で士郎さんとの距離を詰め、逆手持ちしている竹刀を振るい胴を狙う。
対して士郎さんは後ろに下がる事で避けたけど、私もただ振るった訳では無い、振るった腕を途中で止め、士郎さんの腹部に竹刀の先端を突く。
ただでさえ小さな竹刀の先端だというのに、士郎さんはそれを手に持った竹刀で止めて見せた。
突きに対して勢いを付けていない武器の、それも決して大きく無い表面積で止める事は非常に難しい、これだけでも士郎さんが竹刀を使い慣れている事と、剣士として並々ならぬ努力をしてきたことが分かる。
一度後ろに飛び退いて体勢を立て直そうとした私を追撃する形で士郎さんが迫った。
私もすぐさま応対するべく、逆手持ちから通常の握りに直して二刀の竹刀を防ぐ。
熾烈という表現では足りないその乱戟に、私は活路を見出そうと必死だった。
「どうした、その空けた手は飾りか」
士郎さんに言われ、空いた手で振り下ろし終わりの士郎さんの竹刀を掴む。
真剣であれば手を傷つける行為だが、竹刀であれば可能なことだ。
「そうだ、相手の武器によって行動を変えろ、必勝のパターンなど存在しない」
掴まれた竹刀をすぐに手放し、空いた手で竹刀を掴む私の手に手刀を叩きこんできた。
痺れが走り、今度は私が竹刀を手放してしまい、結局士郎さんは二刀に戻った。
「やっぱり強いですね…士郎さん」
「竹刀を使い慣れているだけさ、私は何度も何度も幾度となく繰り返し戦う事で技術も戦法も身に着けていった戦闘狂に過ぎない」
「それでも…強いですよ」
士郎さんは竹刀を足元に置いて、私へと歩み寄った。
「何か、自信を失っている様に見えるが」
「あはは…分かりますか?」
「君は…強いと思うがな」
「…でも、士郎さんの方が強いです。咲夜さんの方が強いです。お嬢様の方が、妹様の方が強いです」
私は自分でも、門を守る仕事をするくらいには強いと考えていた。
自負していた。
だけど、この前の異変で私は士郎さんに負けて、門を守る務めを果たせなかった。
そんな私に、存在意義はあるのか。
誰かに聞きたい、だけど、誰かに聞いて無いと答えられたら?
私は立ち直れるか、そこにも自信が持てない。
一つのことに自信が持てなかった所為で、幾つもの出来ごとに自信を持つ事が出来なくなった。
まるで鎖、一つの繋ぎ目が砕け、他の繋ぎ目も段々と弱っていく。
私の自信は、まだ砕けていない…そう思う。
だけど、いつか砕けてしまえば…。
「確かに、私も、咲夜も、レミリアも君より強い」
「…はい」
「私は昔憧れた強さを目指し、倒して来た者達に恥じぬよう目強く、咲夜は守るべき存在の為に強く、レミリアは己のプライドと矜持、そしてフランの為に強くある」
「そう、ですね」
「では君は?」
「え?」
「君は、何の為に強くあろうとする」
私は、何の為に?
「君は確か、門を守る為に強くあろうとするのでは無かったか?」
「はい、でも士郎さんに突破されちゃって、守れませんでした」
「ならばこれからは?」
「…これから?」
「私はこの先、紅魔館に攻め入る事は無いだろう…ならば安心か?」
…ふと考える。
士郎さんが攻め入らなければ、安心なのか。
士郎さん以外の人からなら、守れるのか。
どんな人が攻めてくるのかも分からない中で、答えは見つからなかった。
「どうだ、安心など出来ないだろう?」
そこで士郎さんは私の手を取った。
「私とてこの先、相対する相手に確実に勝てるなど豪語は出来ん、だが、その時が来れば必ず勝とうとするし、守るべき存在や助けるべき存在がいるのなら私は何をしようとも勝って見せるだろう…だが、だからといって今、自信を失くしていては動き出せない」
士郎さんはまるで見てきたかのように言う。
「いかに相手が強くとも、いかに強大な敵であろうとも、戦えば勝つこと以外を考えずに戦う…勝てるかでは無く、私は勝たねばならん」
士郎さんの手は暖かくて、寒さに冷たくなっていた私の手を温めてくれた。
「君はどうだ美鈴、君のその拳は、ここで全てを諦めるのか?」
そしてその言葉は、燻っていた私の心に、火を灯した。
他の人が私より強いからって、どうした。
なら勝てないのか?
違う、相手が強いからって勝てないとは限らない。
自分が弱いからって、勝ちを諦める理由にはならない。
私は、ここで諦めない。
「ありがとうございます士郎さん、なんだか、見えた気がします」
「…そうか、君の力になれたのなら、私は嬉しいよ」
!
い、今、士郎さん、握った私の手に、く、く、口付けを…。
「美鈴、やっぱり君は落ち込んだ表情よりも笑顔の方が似合う…その為なら、私は何度でも君を笑顔にしよう」
うぇ…うっ…。
「な、なれ、慣れてないので…あんまりそういうこと言われると、誤解、しちゃいます」
「そうか、それならば今は誤解ということにしておこうか…美鈴」
名前を呼ばれて、私は自然と士郎さんを見上げた。
「私も、諦めるつもりは無いよ」
「んっ…」
髪を梳かれ、そのままの流れで頬に手を添えられ、私は唇を奪われた。
凄く優しい口付けだった。
「それでは、これで失礼しようか…それではな」
いつもの調子で去っていく士郎さんは、とても格好良かった。
そして私は、一人先程の士郎さんが酔っていたのか酔っていなかったのか、そのことに苦悩し続けた。
Case.7 アリス=マーガトロイド 士郎への好感度 90/100
隠れるのも馬鹿馬鹿しい、もう二時間近くが経過した。
酔いも醒める頃合いだろう。
私は厨房で簡単な肴でも作ろうかと廊下を進んでいた。
途中、ちらりと寝室を覗いてみるといつの間にか布団が敷かれ、そこに霊夢、幽香、魔理沙、慧音、ルーミア、萃香が寝かされていた。
炬燵で顔を突っ伏しているレミリアが気になったけれど、別段不機嫌という訳でも無さそうなので放っておく事にした。
多分、寝かされている面子は口説かれたか…隠れている途中に寝てしまったのだろう。
厨房に着いて、冷蔵庫から適当に食材を取り出して調理を開始する。
とはいえ、そこまでガッツリ食べたいワケでも無いので、入っていた魚を刺身にでもしようかと包丁を冷水に浸した。
「おや、調理中か」
そこに士郎が来た。
酔った様子は無い、少しお酒臭いけれどあんなに飲まされれば仕方のない事だと思う。
もう酔いは醒めているのか少し心配だけれど、霊夢を口説いた時の様子からすると元に戻っていると感じた。
コップを一つ取り出し、そこに水を淹れて士郎に渡す。
「すまないな」
水を飲みほした彼は私の横に立って手元を見てきた。
魚を捌いているけれど、彼の料理と比べると幾分にもシンプルなその料理に少し恥ずかしくなる。
「アリスは普段料理するのか?」
何気ない質問だった。
私はすっかり気を許し、いつもの調子で会話をすることにした。
「まぁ一人暮らしだから多少はするわよ、だけど士郎ほど上手でも無いから見ていても面白くないわよ?」
「…いや、うちの霊夢を知っているだろ?料理をしないぞ?出来るのだが、以前私の調理した物を食べて以来土下座をしてまでせがんでくる始末だ」
それは…気の毒に思う。
何も料理が女性の仕事だと言うつもりは無いけれど、一緒に住んでいるのに士郎だけが料理をするというのは何だか可笑しなことだと思った。
「けれど気持ちは分かるわ、私も士郎と暮らしていたら料理を任せてしまうと思うもの」
「いや…アリスはなんだかんだ、色々と世話を焼いてくれると思うがね」
「あら?どこから来たのかしらその信頼は」
「君は優しいからな、私はその優しさを知っているだけだよ」
…ほら、そうやって偶にドキッとすることを言う。
料理とか関係なしに、一緒に暮らす事が出来たら士郎ととても頼りになるし、一緒に居たいと思う人になってくれると確信出来る。
もしも、霊夢より先に私が会っていたら、そんな考えを持った事がある。
きっとそれは、咲夜も同じ、幽香も同じ、彼に惹かれている人は、皆思った事があると思う。
だけど、時は巻き戻せない。
否応無く進む物は、残酷だ。
「ねぇ士郎、私、今度新しく人形を作るのだけれど、武器の参考に貴方の助けを借りたいの、いいかしら?」
「それは、君の御自宅にご招待というわけかな?」
「え…えぇ、そうなのだけれど、難しいかしら?」
その問い掛けに、士郎は私の頭にぽんと手を置いた。
少し乱暴に撫でられて、止まった手からぬくもりが伝わる。
「な、なに、この手は」
「いや、捻くれ者だと思ってな」
そんな、彼のこちらの気持ちを見透かしたような言葉が少しムッと来た。
私の気持ちは、そんな単純な物じゃないのに。
「ムッとしている様だが、魚を捌く手が止まっているぞ…どれ」
「きゃっ」
後ろから補助の為に彼は私の手の上から包丁を持った。
先程までは頭で感じていたぬくもりが、手に、そして後頭部に彼の胸から鼓動が伝わる。
手が、震えていないだろうか。
私の鼓動は彼に伝わっていないだろうか。
これは酔っての行動なのだろうか。
それとも素でこんな事をしているのだろうか。
だとしたら、私に対しての遠慮とか、無いのかな。
だとしたら、嬉しいなんて、思っちゃう。
「あぁ、少し芯を残す捌き方になっているな、魚は筋繊維を残し過ぎると刺身にした時に口の中で嫌な残り方をする…ここは、こうして…」
「あう…うぅ…」
彼の手が、私の手を操る。
彼の声が、私の鼓膜を震わす。
彼の身体が、私の身体に触れている。
ドキドキする。
柄でも無い。
ドキドキする。
誤魔化せない。
誤魔化せなくて、柄でも無くて、恥ずかしいのに…離れてほしいとは思えない。
呪いの様で、甘く優しく、それでいて頼もしい…。
「ほら、これで良しだ」
それでいて、離れる時はすぐに離れる。
だから、また欲しくなる。
「…ありがとう」
でも、彼の言った通り私は捻くれ者。
それを言葉にすることは出来ない。
包丁を置いて、手を洗い、刺身を皿に移す。
エプロンを外して、お皿を持とうとしたところで士郎が肩に手を置いた。
たったそれだけの行動で、動きが止まってしまう。
何も出来なくなってしまう。
いや、これは何も出来なくなったんじゃなくて、何かされるのを待っているんだ。
何かをして欲しいんじゃ無くて、彼からされる、その何かを待っているんだ。
あぁ、自分でソレが分かるということが恥ずかしい。
こんな気持ちが自分の中に実るなんて…。
切っ掛けは分かっている。
あの日、あの言葉が私の心の中にこの感情を実らせた。
忘れられない、決して落ちないこの果実を。
「…お疲れ様」
優しく、彼が耳元で囁いた。
そして彼は廊下を歩いて去っていく。
それだけ、それだけなのに…。
「なに…赤くなってるのよ私は…」
ふと眼についた刺身の赤身が、今はとても近しく思えた。
Case.8 十六夜咲夜 士郎への好感度 90/100
はぁ…鬱よ…。
この前の呑みの席…士郎を除いて皆呑み過ぎたあの日、私はとてつもない羞恥を味わった。
アリスには感謝しないといけないわね、本当に…。
私はあの日、士郎の前で脱いだ。
文字通り脱いだのだから、他に言い方も無い。
あの日は恥ずかしながら、少しだけ意識した下着を身に着けていた。
…そんなことはどうでも良くて、それを士郎に見られたのが問題なのよ。
士郎は、きっと誰かを好きという訳じゃない。
霊夢の事も、この前家族だと言っていた。
きっと、誰かを好きという訳では無い。
彼は誰にでも優しくて、だから、色々な人が彼に惹かれる。
色々な…人が…か、
「私も、その中の一人という訳かしら」
恥ずかしいけれど、この感情を否定する術を私は知らない。
それが恥ずかしい事なのかも私には分からない。
「はぁ…」
彼に期待した事、幾つもあった。
私と同じ、時の中を動く住人。
彼ならば、私のこの能力の正体も分かると思っていた。
だけど、そんな事は無かった。
彼には彼の理由があった。
それは、当然の事だと思う。
むしろ、彼が同じ能力を持っていたからとして、彼がこの能力の謎を知っているとも思えない。
それ以外の期待には、答えたくせに…。
彼は卑怯だ。
そう想わせる彼が、卑怯だ。
「士郎…」
そんな風に呟いてもここは屋根の上、聞こえるはずも無い。
聞こえるはずも無いのに、
「呼んだかな?」
彼はいつの間にか、背後に居た。
瓦屋根に座る私の背後に立っていた。
「呼んだら現れるって、貴方はヒーローか何かなの?」
「いいや、正義の味方だよ」
「…そうだったわね」
そう言う事を臆面も無く言える所が、羨ましい。
ただ正直に生きているだけ、そんな風に返される事が分かっているから言わないけれど。
「月を…夜空を見ていたのよ」
「あぁ…今日は月が綺麗だからな」
…知識人で無くとも、この言葉を二人きりの状態で言われたらドキッとしてしまうんじゃないかしら?
「それは、分かっていて言っているのかしら?」
「お望みのままに」
「…意地悪」
意地悪な良い方をしておいて、こちらには表情の見えない所に居る。
これで赤面の一つもしていれば可愛げもあるのに、絶対にしていないと言い切れる所が彼の意地悪な所の一つね。
「今日は十六夜では無いけれど、君は夜が似合うな咲夜」
「それは当然よ、私が仕えるのは夜の帝王のレミリア様、私は夜と共に生きているのよ」
「夜と共に…か、レミリアは星か、月か?」
「哲学的な質問ね、けれど残念、お嬢様はどちらでも無いわ」
「ならば?」
「言ったでしょう?お嬢様は夜、月でも、星でも無いわ」
だからこそ、困るのだ。
私はあの方に恩を返せているのだろうか。
私は、あの方に満足いただけているのだろうか。
「なら君は?」
私?
お嬢様が夜だとして、私?
「私は…何なのかしらね」
その答えを、私は持ち合わせていない。
何故なら、私は結局の所、自分自身が何者なのか分かっていないからだ。
そんな私に居場所を与えてくれたのが、お嬢様だった。
「君は自分の事よりもお嬢様の、レミリアの事を第一に考えているんだな」
「当然でしょ?それとも何かしら、貴方は私が何なのか答えを持っているの?」
答えられるわけが無い、私は私、私が私を知らないのなら、誰も私を知らない。
「月下美人」
一瞬、口説かれたのかと思った。
思わず振り返った私の瞳に、薄く笑う彼の顔が映った。
「君にピッタリな花だ」
花の名前、そう理解するのには少し時間が掛かった。
ただ、初めて聞く花だった。
言葉として知ってはいたけれど、花だとは初めて知った。
「その花は夜にしか咲かない…夜が無ければ美しく咲き誇る事は出来ず、夜が無ければ名前も付かなかっただろう…そんな花だ」
…この男は、本当に。
私は士郎の顔を見る事が出来ない。
とても嬉しかったから。
その花があまりにも、私だったから。
「最も、君が何者かと聞かれた時でも、私は答える事が出来るがね」
その言葉に、かつて失った期待が甦る。
そう、それも知りたい。
私は何者なのかと、何故存在するのかと。
この能力は何の為にあるのかと、それを知りたい。
「…教えてもらえるかしら」
「あぁ、だが、君の期待している答えとは違うと思うよ」
「君は、紅魔館のメイド長の十六夜咲夜だ。少なくとも、私にとっても、そしてレミリアにとっても、君という存在はそう認識しているよ」
悔しいけれど、正解だ。
他に答えを用意出来ない程に、正解だ。
私が何者『だったの』かであれば、それは過去の事だ。
けれど、私が求めていた答えは私が何者か、それは彼の答えだ。
「もしも君が過去に固執しているなら申し訳ないが、君を形作っている物は何だ?」
それは、お嬢様だ。
間違いなくお嬢様だ。
私が何者であろうとも、例え時の狭間に生まれた異分子だとしても、私はお嬢様が居るから今の私でいられる。
なら、私が気にしていた事は?
「…ふふっ」
「悩みは晴れたかな、月下美人」
嗚呼、晴れた。
すっきりとした気分だ。
私が気にしていたことなんて、どうでもいいことなんだ。
これから先も悩む事はあるかもしれない、だけど、その度に思い出せばいい。
私が月下美人である事に変わりはないのだから。
「ねぇ士郎?」
「何かな?」
「今日は月が綺麗ね」
「…少しすれば、桜も綺麗さ」
きっとそれも、文学的な言い回しなのだろう。
後で調べたら、『また此処で逢おう』という意味だった。
気障な言い方をする人だ。
私は見上げる。
星を、月を、そして夜を。
ふと視界の端で、綺麗な大輪の花が揺れた。
何故だかその花は、私にとても似て思えて笑みが零れた。
―――――――――――――
「…私は、なんてことを」
記憶を抹消する方法があるのなら、今すぐ知りたい。
過去を否定するなんて事は間違っていると何処かの騎士王に言った私だが、今ならばその気持ちも少しだけ分かる。
今ほど、聖杯が欲しいと思った事は無い。
こんなことならばもっとメディアに魔術を習っておけばよかった。
簡単な記憶倒置の魔術は使えるが、記憶障害を併発する様な代物、皆に使えるはずも無い。
「とはいえ…」
一人、居間に座っている私は寝室へと目を向ける。
「ふっ」
ここまで笑顔で寝ているのでは、そんな考えも消えてなくなる。
酔いが醒めて冷静になれば、私が彼女達にした事は恥ずかしさの込み上げてくるような事だ。
だが、もしもそれで彼女達が嬉しかったのならば…。
「時として、酒に酔うのもいいものなのかもしれないな」
年も明けて数日の夜。
もうすぐで日の出という時間、私は一人そう呟いた。
今日もまた何処かで、誰かが笑っているのだろう。
彼女達のように。
おまけ
Case.9 こいし 士郎への好感度 90/100
目が覚めた。
居間に行く。
おにいちゃんが居た。
一人でお酒を飲んでいるみたいで、皆は寝室で眠っているみたい。
今ならおにいちゃんを独り占め出来ると思って、私はおにいちゃんの膝の上に乗った。
ほとんどの人は、私の行動に気が付かない。
私がそこに居る事にも気が付かない。
けど、おにいちゃんだけは何故か違う。
絶対に気が付いてくれる。
たまに、無意識に私の頭を撫でてくれたりするけれど、少しすると手の動きが変わって、意識的に撫でてくれる。
おにいちゃんは無意識で行う行動と、意識的に行う行動に変化が少ない。
私を抱きしめてくれる事もある。
おにいちゃんは抱きしめるのが上手だ。
痛くないし、暖かいし、優しさが伝わってくる。
それに、おにいちゃんからは良い香りがする。
ずっと、ず~っと抱きついて居たいと思う安心する香り。
私が地底から来た事を、おにいちゃんは何も言わなかった。
帰りたく無いという私に、おにいちゃんは笑顔で頭を撫でてくれて、居たいならずっと居ればいいと言ってくれた。
今の私はおにいちゃんに甘えているんだと思う。
ずっと甘えていたらだめ、おにいちゃんは優しいから、それを許してくれると思う。
だからだめ、私はいつか、此処を離れなくちゃ。
…そんなことを考えるだけで、涙が出そうになっちゃう。
ルーミアちゃんと仲良くなれたのに、霊夢との将棋も楽しいのに、私はそれを全部捨てて、地底に戻らなきゃいけない。
そんなことを考えていたら、おにいちゃんが私を抱きしめた。
暖かい。
優しい。
いつか、いつかその日が来るまでは、この暖かさと優しさを楽しもう。
きっと地底に行っても思い出せるように、深く、深く。