肌を焼く太陽の光が市場に並んだ野菜達を引き立てている。
今日の夕食はどうしようかと考えを巡らせてみたが、今の自分が優先すべきことへと思考を切り替えた。
せめて花を贈ろうと思い立ち、士郎は市場の隅、なぜそこに露店を広げているのだろうと思うほどに目立たぬ場所にある『フラワーショップ幽香』に立ち寄った。
階段作りの物置棚に花が並べられ、どれもこれもが充実した生を主張していた。
いい花だ。士郎は素直にそう思った。
昔、花を育てたことを士郎は思い出していた。
誕生日を迎えた素直になれない悪友のためにプレゼントを考えた結果、士郎は菊の花を栽培して送った。花言葉は『高潔』、プライドの高い彼にピッタリだと士郎は考えた。
だが、花を育てるというのは難しいものだった。贈ろうと決めてから育て始めてみたものの、何本かの花は病気を抱えてしまい枯れてしまった。
花を育てるというのは人を育てることと同様、愛を持って望まなくてはいけないと学習した。
そこを踏まえて並べられたこの花々を見てみるとなんと素晴らしいことか、生に溢れ、まるで育ててくれたことへの感謝を述べているようにすら見える。
惜しげもなく広げられた花弁はみずみずしさをもっており、陽の光を浴びて爛々と輝いている。
「いい、花だな」
士郎がそうつぶやくと、店主であろう女性が「へぇ」と感嘆を漏らした。
「珍しい人ね、花の善し悪しはわかるのかしら?」
その言葉に花から店主であろう女性へと目を向ける。
ふわりと軽いウェーブのかかった新緑の髪色、ハリのある健康的な肌、見通すようなお大きな眼、そこから覗く朱が士郎を捉えていた。
「花の善し悪しなんて私にはわからないけど、けど・・・この花はどれも素敵だと思う」
多くの生き死にを見てきた。
死ぬと決められ、その決められた時までを生きる少女もいた。
生きることしかできず、ただただ生き続ける女性もいた。
死と生の概念を持たない超越者や、死を見続けてきた少年にも出会った。
死を乗り越え、新たな生を得た男がいた。
今、ここにその男がいる。
「どれも素敵で、どれも生きている」
士郎の言葉を受けて、それは嬉しさからか、それともどこか面白さを感じたのか、女性はクスリと笑った。
「む…、変だったか?」
思わず顔をしかめる士郎に対して、女性は「そんなことはないわ」と、
「あなた、本当に珍しい人ね、気に入ったわ」
心からの賛辞に、士郎はこそばゆさを感じていた。
「よしてくれ、私は思ったことを言っただけで、それを言うのであれば貴女の方こそ珍しいと思うが」
その言葉に女性は興味深げに首をかしげた。
「珍しいって、どの辺がかしら?美しすぎるとでも褒めてくださるのかしら?」
「美しい…ふむ、自称するだけの事ははもちろんのことだが、それ以上に」
一度言い淀み、首の後ろのあたりを掻いて恥ずかしさを紛らわせる士郎、
「太陽の様だと感じてな」
唐突な言葉、それも褒め言葉ともなんともとれない発言だったというのにもかかわらず、女性は心の奥をノックされた。
女性の容姿は美しかった。
その肢体はグラマラスの一言では語り尽くせないほどだった。
豊満なバストはこれでもかと服を押し上げて主張をしており、それとは対照的に腰元はきゅっと引き締まっている。
白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカートを着用し、その上から同じくチェック柄のベストを羽織っている彼女を太陽と称するのはなんら違和感は無かった。
されど、彼女がこれまで受けた褒め言葉は「可愛い」「美しい」「いいスタイル」など、ありふれたものだった。
言葉に重みはなく、温度のない風のように体をすり抜けていく。
彼女にとって、目の前の男が言った言葉は嬉しさを感じさせた。
太陽とはなんと素敵な褒め言葉か、女性は、自らが育てた花々を見た。
美しく、爛々と輝かしく咲くその花弁。
それはまぎれもなく自らが育てたものであり、自らを費やして咲かせたものだ。
それを育てた自分を太陽と呼んでくれるのは、なんと嬉しいことだろうか。
「これでも感じた事をそのまま告げただけなのだがな」
少し拗ねた風にそっぽを見ながら士郎は呟いた。
「ふふ、変に感じたりしたわけじゃないわよ」
それを、女性は即座に否定した。
「(あぁ、なんだか長い付き合いになりそうだ)」
それは乙女の勘か、それとも決意か、静かに女性は心の中で呟いた。
「私は
そう言って幽香は右手を士郎へと差し出した。
「あぁ、私は
それに応えて士郎も幽香へと手を差し出す。
固く結んだ握手、幽香はそこで聞いてみることにした。
「そういえば、今日は何をお求めなのかしら?」
聞かれ、士郎はお見舞いの花を買いに来たこと告げた。
「あら、もしかして寺子屋の教師のことかしら?」
寺子屋の教師、そう聞いて士郎は慧音と呼ばれたあの女性がこの間の少年から先生と呼ばれていたことが引っかかった。
「もしかしたらそうかもしれない、慧音という名前の人なんだけれど」
「へぇ~、お見舞いっていうことはあなたが彼女を助けた人だったり?」
士郎は考えた。
自分が助けたと言ってもそれは嘘ではない。
寺子屋の教師という存在、それは人里にとってとても重要な立ち位置にある人だろう。そして、その人を助けたとなれば士郎に対する人里の住民の接し方は穏和なものとなるだろう
かつて、アフガニスタンでレジスタンス運動をする市民たちのリーダーを助けたとき、士郎は大きな感謝を受けた。齢は20を迎える頃だった士郎は目の前にいる人を助けただけだった。しかし、それが大きな混乱を招くこととなった。
士郎が助けたという事実はすぐさま国防側へと伝わり、レジスタンスのメンバーの一人だと捉えられた。士郎は困惑した。人助けをした結果、自分は国賊という扱いを受けたのだから。
しかし、その困惑、悩みはすぐさま払拭された。
それが自分の行動によって生じた結果だったからだ。
そして、衛宮士郎はその時には既に決めていた。
『己の正義のあり方』を、
それには、冬木の土地で行われた聖杯戦争の話まで戻らなくてはいけないのだがそれはまた別の話において語るとしよう。
衛宮士郎は迷わなかった。己が正義を貫き通し、レジスタンスと国防軍の争いを止めた。
その結果としてアフガニスタンという土地にいおいて衛宮士郎は入国を禁止されている。
しかし、衛宮士郎はそれでいい、誰かに感謝されるのは嬉しい、しかし衛宮士郎の行動理由は誰かに付随するものではない。
衛宮士郎は己の為に、正義とは常に己の傍にあるものなのだ。
そう、衛宮士郎にとっての正義とは、
「いや、私は手を貸しただけだ」
己に正直であり続けること。
「助けたのは彼女の生徒だ」
「へぇ・・・」
風見幽香は感心していた。
衛宮士郎は新参の身、そして名前こそ知れども風見幽香とは初対面の身。
そうなれば通常、人は己の株を上げようとするもの。
しかし、この衛宮士郎はそれ以上に誠実であることをとった。
「本当に…面白い人ね、そういえばある書物で、男性とは得てして女性に対して自身を大きく見せようとする物だと読んだのだけれど、これは私が女性として認識されていないと言う事かしら?」
その問いに士郎は肩をすくめて答えた。
「無茶を言わないで欲しいな、これ程美しい女性を前にして意識をするなと言われては私は眼を潰す以外の…いや、五感全てを封じなければ女性として意識してしまうな」
それはつまり、『五感全てで君を女性として意識している』という意味でもある。
幽香はそれを意地悪に捉え、瞳を閉じながら謳う様に言葉を返す。
「何だか少し変態チックな言葉をどうもありがとう…ところで」
何かを言い掛けた所で、幽香は動きを思わず止めた。
髪に何かが触れたからだ。
何かしら?と瞳を開けてみれば、先程よりも衛宮士郎が接近して、髪に触れていた。
「あぁ、失礼、髪に花弁が付いていたものでな、その姿もそれで美しかったのだが、どうしても気になってしまってな」
口元に花弁を運び、そうしてから幽香に対して花弁を差し出した。
「あ、ありがとう」
「さて、ところで何か言い掛けていたようだが…」
「なんでもないわ、ふふ…なんでも」
『五感というのならまだ触感を試されていない気がするけれども…』そう言おうとしていた矢先に髪に優しく触れられ、言葉を逃してしまったことをここに記しておこう。
「あー…それよりもそろそろ花を購入したいのだが」
士郎は花に目をやるが、どれもこれもが美しくて選ぶことができない、助言を求めようと幽香をチラと見てみる。
「あら、私は購入できないわよ?」
「!?」
「目に見えて焦られると面白いわね、達観してる風だったから可愛さすら感じるわ、そうねぇお見舞いなんだったらガーベラあたりが手頃かしらね」
そう言われて士郎は購入を考えたが、そこで動作にストップが入った。
「あら?どうしたのかしら?そうそう、ちなみに花言葉は希望ね」
いや、そんなことより・・・士郎は自身の現状を正確に把握していなかった。
問題は簡単な、ごくありふれた物だった。
「金銭が…な…」
そう呟いたことによって、風見幽香の口角が鋭く上がった。
士郎の脳内を宝石が横切る。そう、あまりにも風見幽香の笑顔がどこぞの赤い悪魔の笑顔を彷彿とさせたからだ。
「あらあらあらあらそれは困ったわよねぇ、お見舞いに行くのに花の一つも持参しないなんてダメよねぇ」
心に来る幽香の言葉に口を開けなくなる士郎、頭の中ではどうすべきかという思案がぐるぐると渦巻いている。
こうなったら無理やり…いや、だめだあの女性に似た部分がある風見幽香のことだ。一体全体何をされるか、させられるのかわからない。
いっそのこと料理を作ってそれを持参するかと考えたところで、幽香が助け舟を出した。
泥で出来た船を…、
「士郎、条件を出すわ」
幽香の出した条件、それは…。
それは、まるでショートケーキのようだった。
波のように躍動感のあふれるフリルが先端についた白のロングスカート、中程にはバラの形の装飾が施されており、上品さと可愛さを兼ね備えている。
薄い青のブラウスがロングスカートの白さを強調させると共に、自らの存在感さえも際立たせる。よく見れば薄く透けてしまっており、内側に着込んだものが見えてしまっている。
手にはバスケットをもっており、どこかにお出かけをしようものならそこから取り出されるサンドイッチに同行した者は感嘆の声を漏らすだろう
なんと清純な外見か、美しくも気品にあふれたその姿、
風見幽香ほどにスタイルの良い女性が身に着ければ周囲の異性を、強いては周囲の同性さえも目を向けるだろう。
そんな服装をした人がいまここにいる。
そう衛宮士郎だ――
何を隠そう、衛宮士郎だ――
否定したいが、衛宮士郎だ――
――美しき女性ここにありを体現した服装をした衛宮士郎だ――
ここに1枚の写真がある。
水と戯れる一人を撮った写真だ。
髪からしたたる水滴が陽の光を浴びて輝いている。
周囲に映った同性とは明らかに違う。ひとりだけ明らかに胸が大きいのだ。
日に焼けたのかその肌は健康的に映り、水着の端で黒と白のコントラストを演出している。
そんな、プールサイドで一際人目を引く、スクール水着を着た。
――――――衛宮士郎
人里の憩いの場、夏には人気になるこのプールで、男性でありながら女性用のスクール水着を着用している。
――――――衛宮士郎
「あーっはっはっはっはっはっはっは!はーっはっはっはっはっは!」
風見幽香のお願い、それは女装であった。
衛宮士郎は最初こそ戸惑ったものの、それでお見舞いの花がもらえるのならと了承した。
その結果、予想以上にひどい…というよりも予想以上にえぐい格好をさせられた。
ここに記述をするのもはばかられるのだが、他にもホットパンツやメイド服、白いワンピースやウェディングドレスなども着させられた。
この一件で衛宮士郎の名前は人里で有名になり、色々な意味で多方面から注目を集めることになるのだがそれはまた別のおはなし。
「あっはっはっはっは!あー、久しぶりにこんなに笑ったわ」
風見幽香が満足気に士郎に対して賛辞の拍手を送る。
もっとも、衛宮士郎にとってはまるで嬉しくない賛辞であり、なおかつその拍手によってなおさら周囲から視線を集める結果となっているのだが、
「く…こんな辱め、初めてだ」
衛宮士郎はといえば、現在身に着けているパンクなファッションの裾を握りしめて恥ずかしさから顔を紅潮させている。
この一瞬を捉えたとある鴉天狗の妖怪がその可愛さに心を奪われていたりするのだがそれはひとまず置いておこう。
「ふふふ、いいわぁその顔…」
幽香の顔がだらしなく蕩け、士郎を見る目に熱がこもっているのが見て取れた。
「そ、それよりも、約束は守ってもらうぞ幽香」
「えぇ、いいわよ、えぇもちろんですとも」
こうして、士郎は無事にお見舞いの花をもらうことが出来た。。
代わりに払ったものは、お金以上に価値のあるものだったと彼は後に語った。
~上白沢低~
「ふぅ、いい湯だ」
上白沢と書かれた表札の下げられた邸宅、家と呼ぶには大きく、豪邸と呼ぶには小さい、
純和風な外観、それなりに広い庭、知識の宝庫たる本の蔵まである。
そんな上白沢邸の一角、長方形に作られた檜の湯船に浸かる一人の女性がいた。
長髪がお湯に着いてしまわぬように頭の後ろでおだんごに結ってあり、元々は胸元に巻いていたタオルも今は軽く冷水を当てて頭頂部にちょこんと乗せてある。のぼせることの防止と、頭部に重みがあるという安心感を得るためである。
豊満な胸部が浮力を受けてお湯から浮いてきてしまうのに苦悩しつつ、彼女は方までお湯に浸かっていた。
この家の主、
怪我も大分落ち着いてきて、お湯に浸かっても軽く沁みる痛みしか感じなくなってきて、そろそろ本格的に一度お風呂に入っておきたいと思っての入浴だった。
香りをつけようと浮かべた桃が少し型崩れしてしまっていた。
慧音はその桃を洗面器へと移し、自分の体からする桃の香りに頬を緩ませた。
いいお湯、いい気分。
慧音はふと口元が寂しくなりお酒でも・・・と考えたが、さすがにこうも真っ昼間から飲むのはやめておこうと押しとどまった。
お風呂でのアルコール摂取はまわりを早めてしまい危険なことしかない、慧音はその危険性を顧みずにお風呂の中で酒を煽って溺れかけた頭の弱い人間を何人も見たことがあった。
「(
なんて思いつつも、自分がその行動を一寸前には実行しようとしていた事を棚に上げた。
お湯に浸かり始めて30分程たっただろうか、慧音は「そろそろ出ようかしら」と考えた。
そこで、ガラガラと聞きなれた。自分の自宅の玄関が開けられる音が聞こえた。
この時間、昼間に慧音の家に来る者といえばまず寺子屋で自分の教えを受けている生徒であり、よく昼食を食べに来る生徒もいるのでその
「いつまでもまたしていては悪いか・・・」
そう思い、風呂から上がり後ろ髪を引くかのように体にまとわりつく水滴をふんわりとしたやわらかなタオルで拭き取る。
いつもどおり子供たちは居間で待っているのだろう、そういえば新しい着替えを居間に置いてきたままだと気づいて、慧音は思い立ったが即行動とばかりに居間へと向かった。
とはいえ、流石に子供の前でも全裸では恥ずかしいのでバスタオルを体に巻いて、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
衛宮士郎はその日、自分という人間の学習能力の無さにほとほと呆れた。
カラスだってゴミ捨て場からゴミを盗もうとした際に電流の通ったネットに一度阻まれれば警戒をするようになる。
それにも関わらず衛宮士郎は生前、そしてこの幻想郷に来てからの自分特有のトラブル体質の事を失念していた。
これから先、幻想郷で続く人生の中で忘れることはないだろう。
それもそうだ・・・なんせ、お見舞いに行った先であんなことがあったのだから・・・
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何故か家の前まで付いて来た風見幽香に対して、一応のこととして「案内をありがとう」と告げたところ、
「今なら彼女もちょうどいいみたいね、居間でまたしてもらいなさい」
そう言われて「おじゃまします」の言葉とともに入ろうとしたが、幽香に何故か口元を抑えられたため言うことができなかった。
「私が挨拶してくるからそれまで居間で待ってなさい」
そう言われてしまっては返す言葉もない、士郎は居間へと向かい、誰もいないのを見ると足を崩して彼女たちを待つことにした。
幽香はその士郎の姿を見ると満足気に家の奥へと消えていった。
挨拶に向かったのだろうと士郎はふんで、つい癖になっているようなもので、居間の中に修繕が必要なところが無いのかを見て回った。
欄間が傷ついていたり、畳の目が擦れてしまって傷んでいるところ、テーブルの脚が軽く折れかけているところなど気になる点をいくつか発見した。
そして、さらなる発見として大きな大きな下着を見つけた。
「ん?ランジェリーか」
ランジェリー、言い方を変えようともその存在は衣服を身につける際の土台、下着という区分になる。
つまりは、
下着を見つけた。
「なんでさ」
思わず口を突いて出た懐かしい言葉も何処へやら、意識はすっかりその下着へ。
黒色の大人びた下着は未だに純情といっても差し支えのない士郎には少し刺激が強く、炊事洗濯の達人である士郎をもってしても流石に他人の下着、さらに言えばよくも知らぬ他人の下着を見ることには羞恥以上に罪悪感を感じる。
しかしここで、士郎は気になる点を発見してしまった。
「ほつれてる・・・」
インナー、一般名称としては下着、固有名称をブラジャー、ランジェリーとも呼ばれるその衣類の外縁部、細かな作りの部分のその一部、そこがほつれてしまっていた。
考えてみて欲しい、綺麗に生い茂った芝生の中に一箇所だけぽっかりと何もない空間があったとして、そこが気にならない人はいないだろう。
衛宮士郎はそういったことがとことん気になる人間だ。
完璧主義というわけではない、違和感に敏感なのだ。
しかし、衛宮士郎といえどもそこまで頭は悪くない、
以前、赤い悪魔の別称を有するとある魔術師と同居していた時にそのほつれを直そうとしていたら見つかり、説教を受けたことがあった。
その経験から、衛宮士郎はしばらくの間はほつれがあっても整えないようにしていた。
そして、そんなある日のことだった。
衛宮士郎はまたほつれを見つけたのだが、もう流石に説教を受けたくないという気持ちから放置をしておくことにした。
すると、その結果として衛宮士郎はお叱りを受けた。
理不尽な話ではあるが「気づいたのなら直すのが普通でしょ」と言われてしまった。
それ以来、衛宮士郎はどのような状況においてもある物を投影できるように心がけた。
「投影開始《トレースオン》」
裁縫道具である。
目の前に困るという状況が発生する原因があるのであれば見逃せない、
それが下着であっても、だ。
「すまない、待たせたな、だがなにもこんな、じ・・・かん、に」
衛宮士郎がランジェリーを手にとって凝視していたところ。
その持ち主、この家の主、お見舞いの相手、以前助けた人間、
様々な言葉が当てはまる女性が居間を訪れた。
そう、ほかならぬ上白沢慧音。
士郎から見れば、何故かバスタオル一枚で現れた上白沢慧音。
慧音から見れば、何故か居間で自分の下着を手に持ち凝視していた不審者。
「な、な、な、何をしてるんだ―――――ッ!」
「待て、これは、ちがっ…!」
大きな誤解を含んだ渾身の頭突きが、その時叩き込まれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「本当に済まなかった」
数分後、そこには自らの自宅で畳に額をつける女性がいた。
服装は流石に整えてあり、いつもどおりの衣服だ。上下が一体になっている青い服。袖は短く白。襟は半円をいくつか組み合わせ、それを白が縁取っている。胸元に赤いリボンをつけている。下半身のスカート部分には幾重にも重なった白のレースがついている。
身につけて、髪の毛も乾かしたりとして、それからのこの展開である。
衛宮士郎はというと未だにジンジンと痛みを発する頭部を抑えていた。
上白沢慧音の頭突き、それは痛みに慣れている士郎でも驚く程に『響く』痛みをしていた。
「いや、もう大丈夫だ。それよりももうそんなに動いて大丈夫なみたいで安心した」
衛宮士郎の言葉を受けて、慧音は恥ずかしさに染めた頬の赤みを隠すようにうつむいていたのをやめて士郎へと向き直った。
士郎の方も抑えていた手を下ろして向き直る。
士郎が持ってきたお見舞いの花がテーブルの上で美しさを放っていた。
慧音は心の中で「ありがとう」とつぶやき、気を取り直した。
「あぁ、もう問題なしだ。この間は本当に助かった」
「助かったって、私はそんなに大それたことはしてない、私はただ助けられる人を助けただけで、きっとそれがあなたじゃなくとも助けたし、結局のところそれは私の自己満足でしかない」
そう、自己満足、衛宮士郎が己の人生で見つけたひとつの答え。
聖杯戦争の中で知ったひとつの未来、このまま生きていけば自分は誰かに裏切られて死んでしまうという真実、それを衛宮士郎はずっと、ずっと考えていた。
誰かの為に動いた結果がそれだというのなら、自分の為に、自分の欲求のために自分は人を助けようと衛宮士郎は結論づけた。
誰かに感謝を求めるのではなく、誰かを助けられた事に感謝する。
今の衛宮士郎の価値観はそうなっていた。
「そうか、そう言ってくれると正直私も助かる」
「それに、女性をお姫様抱っこで運ぶ事が出来たのだから、役得を感じさせてもらったのだから礼を言うのならばこちらもだ」
「おっ、おひっ…」
慧音の表情が真っ赤になる。
「む…」
先程までこちらをからかってくる風見幽香と一緒に居たせいか、ついつい攻撃的な姿勢に出てしまった。
「その、それは、ありがとうなのだけれど…重たくは無かったか?」
「私が感じた重たさは、君があの少年を守りたいと願った覚悟の重たさだけだよ」
「…私を助けてくれたのが、貴方で良かった」
慧音の安堵した表情を見るに、肩の重荷が一つ降りたといったところだろう。
「もしよければ、改めてお礼をさせてくれないだろうか?」
「お礼なんていらないんだが…ふむ」
そのため、このお礼の申し出は少し予想外のもので、同時に衛宮士郎は人を助けたことで感謝をされたということに対して嬉しさを感じていた。
そして、この申し出に衛宮士郎は自分のかかえたある懸案事項を思い出した。
「確認だが、慧音は寺子屋の教師と聞いたが?」
「あぁ、そうだぞ」
少し自慢げに胸を張る慧音、確かに先生という役職は重要な職業であり、昔の日本では大きな町に住んでいる先生にはそれなりの敬意が払われたとも聞く。
衛宮士郎は考えた。
「そうだな、お礼というよりも私からのお願いに近いんだが、こんなのはどうだろうか…」
改訂作業中
皆さま、Windows10のインターネット接続不調が多くなってきております。
心当たりがある方はShiftを押しながらシャットダウンしてみて下さい…ってここに書いてもネット見れてる段階の話しになりますね。
知り合いの方に該当される方がいらっしゃいましたら是非試してみてください。