東方剣創記   作:スペイン

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 ある日のこと、博霊霊夢は浴場にて自身の身体を清めていた。
 衛宮士郎が来てからの事を、ふと思い返していた。

 唐突に現れた異世界人、時として異世界から人が現れる事はあったけれど、こうまで変わった人間は珍しい。

 多くの人は、人里の存在を知るとそちらへと移り住む。

 なのに衛宮士郎は今も家に、博霊神社にいる。

「ふぅ…」

 湯船に浸かり、行儀が悪いと分かっていても口から気泡を浮き上がらせる。
 ぶくぶくと泡が弾ける音がして、不思議と落ち着く。

「変わってる…わよね」

 変わっている点は多い、この幻想郷に馴染むまでの時間が短かったのもそうだけれど、まるで焦った様子が無い事も不思議だった。

 異世界、見知らぬ土地、見知らぬルール、見知らぬ人々。
 そんな異知不解の場面で、どうして彼はあそこまで冷静でいられるのか。

 どうして、元の世界の事を少しも口に出さないのか…。

「どんな人生を送って来たのかしら…」

 気になる。
 気になるけれども、踏み込めない。

 以前、魔理沙が彼に元の世界がどんな場所だったのかを聞いた事があったらしく、答えた内容を教えてもらった。

 何処か客観的で、自分の世界を語る風には思えなかったと、魔理沙は言っていた。

「どういうことなのかしら…」

 優しい彼が、前の世界で何を体験したのか。
 強い彼が、前の世界で何と対峙していたのか。
 逞しい彼が、前の世界で誰と愛し合っていたのか。

「……ふん」

 なんだか面白くも無い考えだ。
 気にするのも嫌になる。

 気になるけれど、気にするのも嫌になる。

「寺子屋で先生をやるって言ってたわよね…」

 寺子屋、人里にある教育する場所。
 そこの先生は確か、女性が多い…。

「なによ…女日照りってワケでも無いくせに」

 毎日私と一緒に居るのに、どうして他の女に目が行くのよ。
 毎日、一緒に居るのに。

 ん?

 いや、おかしいわよね、今の考え。

 別に私は士郎の事が好きな訳でもないし、なんでそんな考えが浮かぶのかしら。

 …そもそも、好きってなんなのよ。

 恋愛経験なんて無いし、そんなの分からないわ。
 分からないけど、分からないから、士郎が好きっていえないのかしら…。

 士郎は私にとって、どんな存在?
 
 友達?
 家族?
 恋人?
 旦那様?

 …お湯に浸かり過ぎたのかしら、顔が熱いわ。

 バカみたいな考え巡らせてないで、早く寝ましょう。

「好きとか、恋とか…分かんないわよ」

 誰かに聞かれている訳じゃないのは分かっているけれど、浴場に少し響いたその言葉がなんだか恥ずかしくて。

 私はもう一度身体を洗った。

 お湯とともに、言葉も流れていけばいいと願いながら。


第2章 居場所編
第8話 朝、探して


「霊夢、朝が来たわけだが…」

 

 博麗神社の朝、衛宮士郎の声が、博麗霊夢の住んでいる住居に響いていた。

 

 静かな朝、小さな声でもそれなりに響くのが木造建築の不思議な所だ。

 

 博麗神社の裏手に建てられたこの住居に現在住んでいるのは衛宮士郎と博麗霊夢の二人だけで、常に一緒の空間にいるというわけでもないので用事があるときはだだっ広いこの家屋を探しまわらなくてはいけないという面倒くささがあった。

 

 夏も本番となってきたこの時期、3日後には士郎の初勤務も決まっており士郎としてはそれまでに自分の居場所を見つけたいと思っていた。

 

「寝室で目を覚ましたけど寝てたわけじゃないわよー」

 

 目を覚ましたってそれ寝てたって意味じゃないのか、と突っ込みたくなる気持ちを抑えて士郎は霊夢のいるであろう寝室のふすまをあけた。

 

「着替えてるからはいってこな…い、で」

 

 閉めた。

 

「さて、この場合私は感謝を述べるべきなのか、それとも謝罪をするべきなのか、どちらかな」

 

 見え・・・てはいない、着替えてるとは言ってもパジャマを脱ごうとしているところだった。

 

 士郎がこちらに来て自らの衣服を繕うのと一緒に作った霊夢用のパジャマだった。

 

 花柄をあしらった淡いピンク色のパジャマ、襟元は白の固めの生地を使用したしっかりとした作りになっている。

 

 上下セットで繕われたそのパジャマを霊夢は最初こそ絶対に着ないと言っていたが、翌朝起こしに行ってみると可愛らしい寝顔とセットでピンク色のパジャマ姿で眠る霊夢を見ることができた。

 

「こんなの着ないわよと誰かが言っていた気もするが、どうやら気のせいだったらしい」

 

 ふすま越しに霊夢に話しかけると、それまではふすまの向こう側からしていた衣擦れの音が止まり、何かを叩く音が聞こえた。

 

 照れ隠しなのか怒りなのか、判別のしようがない士郎はどちらでも幼さを感じさせる可愛いものだと判断した。

 

「先に居間に行ってるぞ、もう昼飯の時間だからな」

 

 言葉による返事はなかったが、何か軽いものがふすまに投げつけられる音がしたのでそれを答えと受け取って居間へと向かった。

 

 居間のテーブルの上には一般的な和の朝食、鮭の塩焼きとほうれんそう、具材に豆腐とわかめを浮かべたお味噌汁、ほかほかと湯気を立ち上らせる炊きたての白米が盛られたお茶碗が並べられていた。

 

 この鮭の塩焼きも実は使われているのは岩塩だったりと手の込んだ作りになっているのだが士郎自身、それを誰かに話すつもりはないし、誰かにひっそりと気づいてもらえればそれだけで嬉しいというのが本音だ。

 

 しばらくして、霊夢がいつもどおりの巫女装束を着て居間へとやってきた。

 

 士郎の向かいへと座ろうとして脇を通り抜ける時、軽く霊夢が士郎へと蹴りをいれてから着席した

 

 何をするのかこの巫女は、と彼女の方を向いてみれば、何故か勝ち誇った顔でこちらを見ていたものだから思わず士郎は笑ってしまった。

 

 霊夢が箸を持ったので食事をはじめるのかと思ったのだが、何やらこちらをチラチラと見てきて食事を始めない。

 

 あぁ、と士郎は気付き、自分も箸をもって両の手を合わせた。

 

「いただきます」

 

「えぇ、いただきます」

 

 霊夢も士郎につづいて合掌と発声。

 

 二人の食事は毎朝こうして始まるのだ。

 

 食事も程ほどに進んで、そろそろかな・・・と士郎は話題を切り出した。

 

「霊夢」

 

「なにかしら?」

 

「私もそろそろ腰を落ちつけられる場所を探そうと思ってな」

 

「はぁ」

 

 簡素な返事に思わず寂しさを覚える。

 

「とりあえずまずは魔理沙の住んでる辺りから見てまわろうと思うんだ」

 

「はぁ」

 

「なので、後で軽い道のりの地図でも書いてくれないか」

 

「まぁ、別にいいけど・・・ん?」

 

 円滑に行われていた話し合いが少し曇る。

 

 口に運びかけていた箸を止めて霊夢を見れば、初めて見る無表情とも怪訝ともとれる・・・つまりはなんとも言えない顔で士郎を見ていた。

 

「む?」

 

「あ、あんたまさか魔理沙の家に住もうって腹積もりなわけ!?」

 

「…待て、どういう理論から推測した答えだ」

 

 超理論にも程がある。

 

「魔理沙の家の辺りと言っただろ、誰も魔理沙の家を見て住み心地がいいかなんて見に行こうとしてはいない」

 

 それにしても変なことを気にするものだ、日本で生まれ育った自分としてはこの博麗神社の住み心地は幻想郷でも一番のものだろう。

 どうせ住むというのであれば、このまま博霊神社に…。

「(というのは、少し甘え過ぎか)」

 

「それを先に言いなさいよ、一人暮らしなんて士郎は寂しくてすぐにダメになっちゃうんじゃないの?」

 

「私は子供か」

 

「まぁいいわ、地図は書いてあげるけど…いえ、なんでもないわ、1日じゃ着けないと思うわよ、なんて言おうとしたけど士郎の足なら半日とかからずに着けるわ」

 

 なんだか忠告する楽しみを奪ってしまったようで申し訳ない。

 

「空を飛べれば足を使う必要はないんだけどね・・・」と霊夢

 

「私も練習のおかげで空を飛べるようにはなったが…」

 

「飛べる?地面から50cm浮いただけで飛べるって言ってるのだったら私はぶっ飛んじゃってるのかしら?」

 

「む…」

 

 痛いところを突かれた士郎は無言で箸を口元に運ぶ。

 士郎は確かに修行のせいかとして空中浮遊ができるようになった。それも、こちらの魔法という形式で、だ。

 

 しかし、やはり自分が浮いているということを信じられないのが原因なのか、士郎は浮くというよりも地面に足がつかなくなった程度なのだ。

 

 さらに、そこから移動しようとすれば1m程進んだところで着地をしてしまう有様である。

 

 霊夢曰く「イメージができてないのよ」とのことだが、自分が空に浮かぶイメージをしようとすると不思議なポーズが脳裏をよぎってうまくできないのである。

 

「しょ、食事は冷める前に食べる事が一番だぞ」

 

 とにかく話題を逸らそうと食事へと興味を惹きつける。

 霊夢はその魂胆がわかっていながらもいつもどおり美味しい鮭の塩焼きへと箸を伸ばすのだった。

 

「あれ・・・士郎、もちろん新しい家が見つかっても食事は作りに来るのよね?」

 

「え」

 

 目の前の欲深な巫女は、本当に神に仕えているのだろうか。

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