豊橋ダンジョンへ到着して最初に感じたのは、普段の新宿とは人の多さも熱気もまるで違うということだった。
地上に設けられた攻略拠点には大型テントや仮設施設が何列も並び、武器や防具を最終確認する探索者の間を、管理局職員や治療班が忙しそうに行き来している。
未知素材の買い取りを狙う企業や、飲料、携帯食、消耗品を販売する臨時店舗まで出ていた。少し離れた場所では、攻略情報を扱う会社が大型モニターへ豊橋ダンジョンの既知区域を映し、探索者たちがその前に集まっている。
「すごい人だかりですね。新宿でも探索者はたくさん見ましたけど、今日は雰囲気が全然違います」
依織が周囲を見回す。
銀白色の髪は探索の邪魔にならないよう後ろでまとめられ、今日は身体を動かしやすい黒を基調とした装備に身を包んでいた。
「全国から有力な探索者を集めたらしいからね。大規模な攻略作戦なんて滅多にないだろうし、企業側にとっても新しい素材を確保する絶好の機会なんだろうな」
「皇牙様、受付が終わりましたわ。こちらが三人分の参加証になります」
詩乃が戻ってきて、俺と依織へ参加証を手渡した。
今回の俺たちは、俺、詩乃、依織の三人で一チーム。
そして俺の参加証へ表示された探索者ランクは、当然ながら【G】だった。
周囲ではAやBの文字が当たり前のように並んでいるため、かなり目立つ。
「おい、見ろよ。あいつGランクじゃないか? どうして特別攻略に参加してるんだ」
「あっちは新宿の西園寺だろ? 将来有望だって聞いたことがあるぞ。なら、あの男は【解析】か何かの補助要員じゃないか?」
早速、近くにいた探索者たちからそんな声が聞こえてきた。
「予想はしておりましたが、やはり皇牙様の参加証は目立ちますわね。わたくしとしては、少々面白くありませんけれど」
「詩乃たちと一緒にいるから余計に不思議なんだろうね。俺としては、このまま勘違いしてくれていた方が都合がいいよ」
表向きの俺は、第五等級【解析】しか持たないGランク探索者だ。
その評価を今さら訂正して回るつもりもない。
「でも、皇牙さんが弱い人だと思われるのは、私はあんまり好きじゃないです。皇牙さんがどれだけすごい人なのか、本当はみんなに教えてあげたいくらいです」
「依織が知っていてくれれば、それで十分だよ。敵になるかもしれない相手にまで、本当のことを教えてあげる必要はないからね」
そう返すと、依織は少しだけ頬を緩め、俺の服の袖を摘んだ。
「それなら、私が誰よりいっぱい皇牙さんのことを知っておきます。ほかの人が知らなくても、私だけはちゃんと分かっていたいので」
「それは聞き捨てなりませんわね。皇牙様について最も長く知っておりますのは、幼馴染であり婚約者でもあるわたくしですもの。その座を簡単に譲るつもりはございませんわ」
「二人とも、いつの間に俺について詳しい方が勝ちみたいな話になってるの?」
「少なくとも私は負けるつもりありませんよ」
依織が意外なほど真剣な顔で答える。
『これからダンジョンへ入るというのに、なぜ貴様らはその男を巡って争っておるのだ。少しは戦いへ意識を向けぬか』
アスモダイの呆れた声には、俺も少しだけ同意した。
◆
全体説明まで時間があったので、参加している主だったチームを見て回る。
真っ先に目についたのは【白銀旅団】だった。
白銀色で統一された防具を身につけた六人組で、Aランクを中心に構成された有名チームらしい。
装備の確認から荷物の分担、互いの立ち位置まで無駄がない。誰か一人の能力へ頼るのではなく、全員が自分の役割を理解して動いている。
「いかにも慣れている感じがしますね。ああいう人たちが優勝候補なんでしょうか」
「たぶんね。強いだけじゃなくて、予想外のことが起きても簡単には崩れなさそうだ。未知区域を長時間探索するなら、ああいうチームの方が安定して強いと思う」
「皇牙様がそこまで他の探索者を評価なさるのは珍しいですわね。美しい女性がいらっしゃるからではありませんわよね?」
「俺を何だと思ってるの? 男でも女でも、強い人は普通に褒めるよ」
俺が答えると、詩乃は満足したのかどうか分からない笑顔を浮かべていた。
その【白銀旅団】とは別の意味で目立っている集団もいる。
赤を基調とした派手な防具に、染めた髪。腕や首に刺青を入れている者までいる。
【レッドキャップ】。
事前資料によれば、無許可探索や探索者同士の喧嘩、規則違反などで何度も処分を受けている問題児チームだ。
「……あの人たち、ずいぶん怖そうですね。できれば近くを通りたくないんですけど」
依織が俺の背中側へ少し隠れながら言う。
「見た目と性格が一致するとは限らないよ。実際に話すまでは、資料だけで決めつけない方がいい」
「皇牙さんがそれを言うと、ものすごく説得力がありますね。見た目だけなら、皇牙さんもかなり優しそうですから」
「それ、どういう意味?」
「褒めてるつもりです」
どうにも引っかかる。
そんな俺たちへ気づいたレッドキャップの男が、俺の参加証へ視線を落とした。
「おいおい、今回の特別攻略ってGランクまで参加できるようになったのか? まさかその姉ちゃんたちの荷物持ちじゃねえだろうな」
仲間が笑う。
俺は気にせず通り過ぎようとしたが、その時、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「皇牙、そちらも受付は終わったようね」
振り返ると、別の受付を済ませた紫苑姉さんと雛菊がこちらへ向かってきていた。
二人は天御門家側から派遣された別チームで参加している。
「姉さんたちも問題なかったみたいだね。こっちも三人で登録できたよ」
「お兄ちゃん、本当にGランク表示のまま参加するんだ。また何も知らない人たちから好き勝手言われるじゃん」
「もう言われたけど、別に困らないよ。そもそも俺が本当のことを知られないようにしてるんだから、勘違いされるのは予定通りだろ?」
「はぁ? もう言われたの? どこの誰よ。別に喧嘩するつもりはないから、顔だけ教えて」
「その言い方で信用できると思う?」
雛菊が周囲を探し始めたので肩を押さえると、紫苑姉さんが呆れたように息を吐いた。
「雛菊、そのくらいにしておきなさい。それより皇牙、深層へ入った後の情報共有はどうするつもり?」
「定時連絡でいいと思う。ただ、未知の植物やモンスターを発見した場合は、その場で送ってほしい。無理に採取したり戦ったりする必要はないから、危険そうなら位置情報だけでも十分だよ」
「分かったわ。こちらのチームにも共有しておく」
姉さんが当然のように頷く。
その様子を見ていた周囲の探索者たちが、またこちらを気にし始めた。
天御門家の紫苑姉さんが、Gランクの俺へ攻略中の行動について確認しているのだから、事情を知らなければ不思議なのだろう。
「なあ、本当に何者なんだ、あのGランク……」
今度こそ雛菊が振り返りかけたので、俺は先に肩を押さえた。
「聞こえてても放っておこう。攻略が始まる前から揉め事を増やしたくないよ」
「お兄ちゃん、こういう時だけ妙に大人だよね」
「単純に面倒なだけなんだけど」
「うん。それならお兄ちゃんらしい」
どういう評価なんだろう。
最後に確認したのは【アルケオン】だった。
管理局推薦の若手エリートチーム。
男女五人で構成され、全員が二十代前半。装備も統一されており、中央に立つ青年の周囲には、取材らしい人間まで集まっている。
「随分と人気みたいですね。ほかのチームより、取材の人も多いです」
「管理局が期待しているチームらしいよ。若くて能力も高いなら、今回の攻略作戦を盛り上げるための広告塔としても、申し分ないんだろうね」
そして、その中には相良さんから送られてきた探索者の姿もあった。
「あの人が
俺は少し距離を取り、意識を集中させる。
「【解析】」
さて、どんな結果になるかな?