あれは腹痛の薬ではなかったのかと不死人は言う   作:カズヤミサワP

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おかしい……インテリ蛮族にするはずがただの蛮族になっている。
次回、ようやくヒロインがでます。


第9話 少し減らしてくる

 真継がミュレアへ流れ着いてから、一月ほどが過ぎた。朝になれば漁へ出て、戻れば網を直し、頼まれれば畑や家の修繕も手伝う。最初こそ何をするにも村人から奇異の目を向けられていたが、それも随分と減った。浜で真継が網を繕っていても、もはや誰も気に留めない。子供たちなどは遠慮そのものを失い、暇さえあれば仕事の邪魔をしに来るようになっていた。

 

 その日も真継は、浜へ引き上げた小舟の横で網を直していた。

 

「マツグ、それが終わったらこっちを手伝え」

 

 少し離れたところで、テロンが船底を覗き込みながら言った。

 

「穴でも空いたか」

 

「空いてたら昨日沈んでる。板が少し浮いてるんだ」

 

「分かった」

 

 真継は網へ視線を戻した。この一月で、ようやくこの土地の網にも慣れた。最初は足に絡ませて笑われたものだが、今では繕い方について文句を言われることもない。

 

 もう少しで終わるというところで、浜にいた男の一人が声を上げた。

 

「船だ」

 

 珍しいことではない。ミュレアは小さいとはいえ漁村である。沖に船が見えることなど毎日のことだったので、真継も最初は気にしなかった。

 

「二隻いるぞ」

 

 別の男が言った。そこでテロンが立ち上がり、真継も顔を上げた。

 

 沖に二枚の帆が見えた。漁に使う小舟より明らかに大きい。真継がラケオンで見た軍船ほどではないが、沿岸を航行するには十分な大きさがあり、帆の下から左右へ何本もの櫂が伸びている。問題は進路だった。二隻とも、まっすぐミュレアへ向かっている。

 

「商人か?」

 

 若い漁師が言った。

 

「違う」

 

 テロンの声が低くなった。真継はテロンを見る。

 

「分かるのか」

 

「あんな船で、この浜へまっすぐ入ってくる商人はいない。荷を売りたいなら、もっと大きな港へ行く」

 

 そう言いながら、テロンは目を細めて沖を見た。

 

「それに、人が多すぎる」

 

 周囲の空気が変わった。沖の船は帆を小さくし、櫂を使って岸へ近づいてくる。距離が縮まるにつれ、甲板に立つ人影も見えるようになった。多い。漁師でも商人でもない。人を運ぶこと自体が目的であるかのように、武装した男たちが甲板へ集まっていた。

 

「海賊だ」

 

 誰かが呟いた。

 

 テロンが走り出す。

 

「村長に知らせろ! 鐘を鳴らせ!」

 

 浜にいた者たちも一斉に動いた。真継だけがその場に残り、沖を眺める。二隻で四十人前後。全員が上陸するとは限らないが、少なくとも三十人は戦えるだろう。槍、剣、弓らしきものも見える。

 

「面倒だな」

 

 真継はそう呟いてから立ち上がり、村へ向かった。

 

 

 

 

 村の中央では、すでに人が集まり始めていた。男たちは家から槍や盾を持ち出し、女たちは子供を呼び集めている。年寄りまで武器を探していた。

 

 だが、数が少ない。大協定第三項による戦の禁が解け、アテライとラケオンの戦が始まってから、ミュレアでも働き盛りの男たちが何人も徴兵されている。残っている成人男性だけで海賊と正面から戦えば、数で押し潰されるだろう。

 

「逃げるぞ」

 

 村長が言った。

 

「丘へ上がれ。荷物は捨てろ。女子供を先に――」

 

「待て」

 

 真継が口を挟んだ。村長が振り返る。

 

「何だ」

 

「逃げたあと、どうする」

 

「どうするも何も、生き残るほうが先だ」

 

「船は?」

 

 村長が黙った。

 

「家は焼かれるかもしれん。網も持っていかれる。畑も荒らされる。逃げたあとで戻ってきても、何も残っていないかもしれないぞ」

 

「だからといって戦えというのか。向こうは四十人近くいるんだぞ」

 

「ここには何人いる」

 

 村長は周囲を見た。

 

「まともに戦えるのは十五人ほどだ」

 

「槍を持てる者は?」

 

「二十人ほどなら」

 

「なら足りる」

 

「何にだ」

 

「守るだけならな」

 

 真継は村を見回した。この一月、毎日のように歩いた場所だった。浜から村へ入るには緩い坂を登る。家々はその坂に沿って建ち、道幅もそれほど広くない。村の背後には丘陵がある。数の差を殺すには都合がよかった。

 

「浜では戦うな。槍を持てる者を集めろ。盾があるなら全部出せ。大きな板でも構わん」

 

「お前、何をする気だ」

 

「坂で止める。前に盾を並べて、その後ろから槍を出す。二列でいい。後ろは前が倒れたら代われ」

 

 村長が真継を見つめた。

 

「……戦の経験があるのか」

 

「昔、兵だった」

 

「漁師じゃなかったのか」

 

「漁もやった」

 

「お前は何なんだ」

 

「その話はあとでいい」

 

 真継は集まっている村人を見た。

 

「槍を使えない者は石を集めろ」

 

 一人の女が眉をひそめる。

 

「石?」

 

「拳より少し小さいものがいい。できれば丸いものだ。籠に入れて坂の上へ運べ」

 

「私たちが投げるの?」

 

「投げられるだろう」

 

「まあ、投げられるけど……」

 

「なら頼む」

 

 女は何とも言えない顔をしたが、すぐに他の女たちへ声をかけた。年寄りたちも動き始め、年長の子供たちは籠を抱えて道端から石を集め始める。

 

 村長はまだ不安そうだった。

 

「本当にやるのか」

 

「逃げたい者は逃がせ。戦いたくない者まで残す必要はない。ただ、残るなら俺の言うとおりにしてくれ。勝手に前へ出るな。敵が逃げても追うな。隣から離れるな。それだけでいい」

 

「それだけ?」

 

「半日で兵士にはできん。覚えさせることが多いほど失敗する」

 

 村長はしばらく真継を見ていたが、やがて頷いた。

 

「分かった」

 

「テロン」

 

 真継が呼ぶと、槍を探していたテロンが顔を上げた。

 

「何だ」

 

「槍を持てる連中を集めてくれ。普段一緒に漁をしているなら、誰が力があるか分かるだろう」

 

「ああ、それくらいなら分かる。お前は?」

 

「並べ方を考える」

 

 テロンは真継を見た。

 

「……本当に昔は兵だったんだろうな?」

 

「少なくとも漁よりは長くやった」

 

「それを先に言え」

 

 テロンはそう吐き捨てると、すぐに男たちへ声をかけ始めた。

 

 

 

 

 準備に使える時間は長くなかった。海賊船は浜の近くまで来ると、それ以上岸へ寄せずに止まった。そこから小舟を使い、武装した男たちが次々と浜へ渡ってくる。

 

 真継は坂の上からそれを数えていた。三十七。船に残った者を含めれば、やはり四十人を少し超える程度だろう。

 

 村側は十九人が槍を持った。そのうちまともな盾を持っているのは九人だけで、残りは木の板や船材を利用した即席のものだった。それでも何もないよりはいい。

 

 真継は彼らを坂の途中へ並べた。

 

「もっと詰めろ」

 

「これくらいか?」

 

「もう少しだ。肩が触れるくらいでいい。お前は槍を前へ出しすぎるな。最初から突こうとするな」

 

「いつ突くんだ?」

 

「向こうから来る。待てばいい」

 

 漁師たちは明らかに緊張していた。当然だった。魚を捕ることと、人を殺すことは違う。

 

 真継は一人ずつ顔を見た。

 

「怖いか」

 

「当たり前だろう」

 

 テロンが答えた。

 

「そうか」

 

「お前は怖くないのか」

 

「死ぬのには慣れた」

 

「……何だって?」

 

「何でもない」

 

 危ないところだった。

 

 真継は坂のさらに上を見た。女たちが家々の間に陣取り、籠いっぱいの石を置いている。年寄りも混じっていた。子供はさらに後方へ下げ、水や石を運ばせることにした。

 

「俺が合図したら投げろ。それまでは投げるな」

 

「どこを狙えばいい?」

 

 テロンの妻が尋ねた。

 

「人が多いところでいい。一人を狙う必要はない。頭に当たれば儲けものだ」

 

「随分適当だね」

 

「当てられるなら狙ってくれて構わん」

 

 真継はそう答えると、坂を下り始めた。

 

「おい、マツグ」

 

 村長が呼び止める。

 

「どこへ行く」

 

「浜だ」

 

「お前が浜で戦うなと言ったんだろう!」

 

「ああ」

 

「なら戻ってこい!」

 

 真継は振り返った。

 

「誰かが向こうを連れてこないといけない」

 

「放っておいても来る!」

 

「それもそうだな」

 

「だったら――」

 

「だが、少し減らしておいたほうが楽だろう」

 

 村長が何か言う前に、真継は再び歩き始めた。

 

 手には一本の剣があった。村に置かれていたコピスと呼ばれる曲刀である。片刃で、刃は前方へわずかに湾曲している。真継が慣れ親しんだ刀とは形も重心も違い、何より柄が短い。両手で握れないことが不満だったが、直剣よりは使いやすそうだった。

 

 真継は剣を抜きながら浜へ下りた。

 

 

 

 

 海賊たちはすでに上陸を終えていた。浜には三十人を超える男たちが集まっている。革や布の防具を身につけた者が多く、中には青銅の兜を被った者もいた。装備は統一されていない。

 

 その先頭に立っていた髭の男が、坂を下りてくる真継に気づいた。

 

「止まれ!」

 

 真継は止まった。

 

「村の者か?」

 

「今はそういうことになっている」

 

 男が眉をひそめた。

 

「妙な言い方をする奴だな」

 

「よく言われる」

 

 海賊たちの何人かが笑った。真継は曲刀を肩へ担ぐ。久しぶりだった。敵を前にしていると、不思議と口が軽くなる。地球にいたころからそうだった。普段は話すことなど特に思いつかないのに、殺し合いが始まると余計なことまで言いたくなる。

 

「村へ何の用だ」

 

「見れば分かるだろう」

 

「分からんな。魚を買いに来たようには見えない」

 

「女と若い奴を出せ。それから食い物と酒だ。素直に渡せば、家までは焼かん」

 

「なるほど。奴隷狩りか」

 

「だったらどうする」

 

「いや、安心した。殺してもあまり文句を言われなさそうだ」

 

 笑っていた男たちの顔から笑みが消えた。髭の男が剣を抜く。

 

「一人で何をするつもりだ」

 

 真継は少し考えた。こういうとき、昔は何と言っていたか。名を名乗り、どこの誰であるかを告げる。敵に己を知らしめてから戦う。あまりに昔のことなので、もはや細かな作法までは曖昧だったが、今はそれで十分だろう。

 

 真継は曲刀を正眼に構えた。

 

「我こそは、日の本の国の兵、伴真継なり!」

 

 海賊たちが黙った。

 

「……ヒノモト?」

 

「知らん国だ」

 

「どこだ、それ」

 

 真継も少し困った。

 

「遠いところだ。もうない」

 

「何を言ってやがる」

 

「名乗った」

 

 髭の男が怒鳴った。

 

「殺せ!」

 

「名乗り返さないのか」

 

 真継は少し笑い、男たちが動くより先に踏み込んだ。狙う相手は決まっている。命令を出した髭の男だった。

 

「な――」

 

 髭の男が剣を構える。真継は振り下ろされた刃を曲刀で外へ逸らし、そのまま懐へ入った。返す刃を首筋へ走らせると、男が砂の上へ倒れ、海賊たちの動きが一瞬止まった。

 

「まず一人」

 

 真継は周囲を見た。やはり頭から潰すのが早い。

 

「親分が!」

 

「殺せ!」

 

 今度は別の男が叫んだ。

 

「次はお前か」

 

 槍を構えた男が走ってくる。真継は穂先をかわし、柄を左手で押さえながら一歩踏み込んだ。曲刀を振り抜くと、男の首筋から血が噴き出す。倒れる前に槍を奪い、続いてきた男へ投げると、穂先が胸へ突き刺さり、その身体が後ろへ倒れた。

 

「三人」

 

 真継が呟くと、左右から男たちが広がった。

 

「囲め!」

 

「それはいい。一人を何人も囲めば、その分だけ村へ行く奴が減る」

 

「舐めやがって!」

 

「いや、褒めている」

 

 三人が同時に来た。一人目の剣を受け流して腕を斬り、横から来た槍を身体を沈めてかわし、柄を踏みつける。三人目が盾を前へ出して突っ込んできたので、真継はまともに受けず横へ回った。

 

「悪くない。ただ、後ろが遅いな」

 

 言い終わるより先に、その脇腹に曲刀を入れた。

 

 さらに二人が来る。真継は後ろへ下がり、海賊たちが追う。もう少しだった。最初からここで全員を倒すつもりはない。村人たちが待つ場所まで引き込むのが役目だった。分かっている。そのはずだった。

 

「マツグ!」

 

 坂の上から声が飛んできた。真継は目の前の男を斬り倒す。

 

「何だ!」

 

「戻れ!」

 

「今戻っている!」

 

「さっきから全然戻ってない!」

 

 言われて周囲を見ると、確かに思っていたより浜に近かった。

 

「……本当だ」

 

 真継は素直に後退した。

 

「逃げるぞ!」

 

 海賊の一人が叫ぶ。

 

「追え!」

 

 十数人が一斉に走り出した。

 

「それでいい。ついてこい」

 

 真継は今度こそ坂を駆け上がった。

 

 

 

 

 海賊たちは勢いのまま坂へ入り、そこで初めて上に並ぶ村人たちを見た。狭い坂道を塞ぐように盾が並び、その隙間から槍が伸びている。

 

「止まれ!」

 

 海賊の誰かが叫んだが、後ろから来る者には聞こえない。前列が止まり、後列がぶつかる。

 

 真継は槍衾の脇を抜けて振り返った。

 

「まだだ!」

 

 上から石を構えている女たちへ声を飛ばす。海賊たちは体勢を立て直し、前列が盾を構えた。

 

「たかが漁師だ! 押せ!」

 

 坂を登ってくる。二十歩、十五歩、そして十歩まで距離が詰まったところで、真継は片手を上げた。

 

「今だ!」

 

 石が降った。

 

 最初の一斉投石は、真継が思っていた以上の効果を上げた。十数個の石が坂の上から飛び、盾や兜にぶつかる。頭を庇った男の盾が上がり、その瞬間、村人の槍が腹に突き刺さった。顔面に石を受けた男が倒れ、後ろの者を巻き込む。

 

「盾を上げるな!」

 

「石が来る!」

 

「前を見ろ!」

 

 海賊たちの怒号が重なった。

 

「槍を出せ!」

 

 真継が叫ぶと、村人たちが一斉に槍を突き出した。訓練された兵士の動きとは比べるべくもない。それでも狭い坂で、上から突き出される十数本の槍は十分に脅威だった。海賊が一人倒れ、さらに一人が倒れる。前へ出ようとした男が足を滑らせ、その後ろまで崩れた。

 

「いいぞ! 前へ出るな! その場で突け!」

 

 真継は隊列の脇を動きながら声を飛ばした。

 

「テロン、左が空いている!」

 

「分かってる!」

 

「分かっているなら埋めろ!」

 

「うるさい!」

 

「元気があるなら大丈夫だな!」

 

「お前、戦になるとよく喋るな!」

 

 言われて、真継は少し考えた。

 

「そうかもしれん!」

 

 また石が飛んだ。一つが真継のすぐ横を通過し、海賊の額へ直撃する。男が仰向けに倒れたので、真継は振り返った。

 

 石を投げたのは、腰の曲がった老婆だった。

 

「婆さん、今のはいいな」

 

「次はどいつだい!」

 

「右から二人目だ」

 

「注文が多いね!」

 

「当たるなら頼む!」

 

 老婆が次の石を掴んだ。

 

 海賊側もようやく弓を使い始めた。後方にいた男が弓を引くのを見て、真継は叫ぶ。

 

「伏せろ!」

 

 矢が飛び、村人たちが盾の陰へ身体を縮めた。一本が木の盾へ突き刺さり、別の一本が家の壁へ当たる。

 

 真継は隊列から出た。

 

「マツグ!」

 

「弓を止める!」

 

 坂を駆け下りる。

 

「また勝手に行くな!」

 

「すぐ戻る!」

 

 海賊の前列が真継へ槍を向けた。

 

「来たぞ!」

 

「来てやったぞ!」

 

 真継は槍をかわし、盾に肩からぶつかった。相手が体勢を崩したところへ曲刀を入れ、その横を抜ける。

 

 弓兵まであと十歩。別の男が前へ出た。

 

「通すな!」

 

「そう言われると通りたくなるな」

 

 真継は笑い、剣を受けて斬り返した。男が倒れ、弓兵が矢をつがえようとしたところで真継の曲刀が届いた。弓兵が倒れる。

 

 そこからは早かった。頭目を最初に失い、浜で何人も倒され、坂では槍と石に阻まれ、弓兵まで潰された。海賊たちはすでにまともな指揮を失っている。村側の人数が少ないことは分かっていても、狭い坂を突破できない。

 

「引け!」

 

 ついに誰かが叫んだ。

 

「船へ戻れ!」

 

 海賊たちが坂を下り始める。真継はその背中を見た。追える。浜までなら間に合う。何人かは船へ乗る前に斬れるだろう。さらに小舟を奪えば、そのまま本船まで追える。

 

「マツグ!」

 

 村長の声がした。

 

「何だ!」

 

「追うな!」

 

「まだいるぞ!」

 

「逃げてるんだ!」

 

 真継は足を止めた。

 

「……皆殺しにしないのか?」

 

「逃がせ!」

 

「また来るかもしれんぞ」

 

「そのときはそのときだ!」

 

 真継は不満だった。逃げる敵を放置して、後で面倒になった経験などいくらでもある。だが、村人たちは誰も追おうとしていなかった。

 

 真継は曲刀についた血を振り払う。

 

「分かった」

 

 海賊たちは負傷者の一部を抱え、浜へ逃げていった。小舟へ飛び乗り、沖に待たせていた二隻へ戻っていく。誰も追わなかった。

 

 やがて船が動き始め、ミュレアから離れていく。真継はそれを坂の途中から見送った。

 

「惜しいな」

 

「何がだ!」

 

 後ろから村長に怒鳴られた。

 

 

 

 

 戦いが終わってから、真継は初めて村側の被害を確認した。死者はいなかった槍で腕を負傷した者が一人、矢を受けた者が一人。ほかにも石につまずいて転んだ者や、盾越しに殴られて腕を痛めた者がいたが、命に関わる傷ではない。

 

 真継は少し安心した。自分が死ぬことについては、もう何とも思わない。だが、他人は違う。一度死ねば、それで終わる。

 

「マツグ」

 

 呼ばれて振り返ると、テロンが槍を手に立っていた。額には汗が浮かび、服も土と埃で汚れているが、目立った怪我はないらしい。

 

「何だ」

 

「お前、毎回あんな戦い方するのか」

 

「毎回とは?」

 

「一人で浜へ降りていって、敵の頭を斬って、そのまま戻ってこないやつだ」

 

「戻っただろう」

 

「何度呼んだと思ってる」

 

「聞こえていた」

 

「なら戻れ!」

 

「最後には戻った」

 

 テロンは何か言おうとして、諦めたように息を吐いた。

 

「……まあ、生きてるならいい」

 

「見れば分かるだろう」

 

「お前の場合、見てもよく分からん」

 

「どういう意味だ」

 

「知らん」

 

 今度はテロンがそう言って、負傷者の手当てをしている男たちのほうへ歩いていった。

 

「マツグ」

 

 今度は村長に呼ばれた。

 

「何だ」

 

「助かった」

 

 真継は少し黙った。

 

「俺だけで戦ったわけじゃない」

 

「分かっている」

 

 坂では男たちが負傷者の手当てをし、女たちは散らばった石を片づけている。先ほどの老婆まで働いていた。真継はその光景を見た。

 

「皆、よく戦った。次はもう少しましにできる」

 

 村長が真継を見る。

 

「次?」

 

「また来るかもしれないだろう」

 

「お前はもう次の戦のことを考えているのか」

 

「備えておいたほうがいい」

 

 村長は呆れたように息を吐いた。

 

「お前、本当に漁師なのか?」

 

「だから昔は兵だったと言っただろう」

 

「どこの兵だ」

 

「日の本だ」

 

「さっきも言っていたな。その日の本という国はどこにある」

 

 真継は海の向こうへ目を向けた。

 

「もうない」

 

 村長はそれ以上聞かなかった。

 

 夕方になると、村の中央で酒が出た。戦勝祝いというほど大げさなものではない。誰も死ななかったことを喜び、無事だった食料を皆で食べただけだった。それでも普段より料理は多く、真継の前には次々と魚やパンが置かれた。

 

「食え」

 

「もう食っている」

 

「もっと食え」

 

「まだあるのか」

 

「今日はある」

 

 真継は断らなかった。酒も飲んだ。

 

 途中から子供たちに囲まれた。

 

「マツグ!」

 

「何だ」

 

「浜で何人倒したの?」

 

「覚えていない」

 

「嘘だ!」

 

「数えている暇がなかった」

 

「日の本ってどこ?」

 

「遠いところだ」

 

「どれくらい?」

 

「ものすごく遠い」

 

「船で行ける?」

 

 真継は杯を口へ運びかけて止めた。

 

「もう行けない」

 

「なんで?」

 

「なくなったからな」

 

 子供たちは不思議そうな顔をした。

 

 真継は酒を飲んだ。周囲では村人たちが笑っている。一月前、自分が腰布一枚でこの村へ歩いてきたときとは随分違った。あのころは誰もが真継を警戒していた。今は酒を渡され、飯を食わされ、子供に囲まれている。

 

 テロンが隣へ座った。

 

「お前、しばらくここにいるんだろう?」

 

「そのつもりだ」

 

「なら明日も働け」

 

「戦った翌日くらい休ませないのか」

 

「元気だろう」

 

「元気だな」

 

「なら働け」

 

「分かった」

 

 真継はもう一杯、酒を注いだ。どうやら明日も漁へ出ることになりそうだった。それも悪くないと思った。

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