あれは腹痛の薬ではなかったのかと不死人は言う 作:カズヤミサワP
次回、ようやくヒロインがでます。
真継がミュレアへ流れ着いてから、一月ほどが過ぎた。朝になれば漁へ出て、戻れば網を直し、頼まれれば畑や家の修繕も手伝う。最初こそ何をするにも村人から奇異の目を向けられていたが、それも随分と減った。浜で真継が網を繕っていても、もはや誰も気に留めない。子供たちなどは遠慮そのものを失い、暇さえあれば仕事の邪魔をしに来るようになっていた。
その日も真継は、浜へ引き上げた小舟の横で網を直していた。
「マツグ、それが終わったらこっちを手伝え」
少し離れたところで、テロンが船底を覗き込みながら言った。
「穴でも空いたか」
「空いてたら昨日沈んでる。板が少し浮いてるんだ」
「分かった」
真継は網へ視線を戻した。この一月で、ようやくこの土地の網にも慣れた。最初は足に絡ませて笑われたものだが、今では繕い方について文句を言われることもない。
もう少しで終わるというところで、浜にいた男の一人が声を上げた。
「船だ」
珍しいことではない。ミュレアは小さいとはいえ漁村である。沖に船が見えることなど毎日のことだったので、真継も最初は気にしなかった。
「二隻いるぞ」
別の男が言った。そこでテロンが立ち上がり、真継も顔を上げた。
沖に二枚の帆が見えた。漁に使う小舟より明らかに大きい。真継がラケオンで見た軍船ほどではないが、沿岸を航行するには十分な大きさがあり、帆の下から左右へ何本もの櫂が伸びている。問題は進路だった。二隻とも、まっすぐミュレアへ向かっている。
「商人か?」
若い漁師が言った。
「違う」
テロンの声が低くなった。真継はテロンを見る。
「分かるのか」
「あんな船で、この浜へまっすぐ入ってくる商人はいない。荷を売りたいなら、もっと大きな港へ行く」
そう言いながら、テロンは目を細めて沖を見た。
「それに、人が多すぎる」
周囲の空気が変わった。沖の船は帆を小さくし、櫂を使って岸へ近づいてくる。距離が縮まるにつれ、甲板に立つ人影も見えるようになった。多い。漁師でも商人でもない。人を運ぶこと自体が目的であるかのように、武装した男たちが甲板へ集まっていた。
「海賊だ」
誰かが呟いた。
テロンが走り出す。
「村長に知らせろ! 鐘を鳴らせ!」
浜にいた者たちも一斉に動いた。真継だけがその場に残り、沖を眺める。二隻で四十人前後。全員が上陸するとは限らないが、少なくとも三十人は戦えるだろう。槍、剣、弓らしきものも見える。
「面倒だな」
真継はそう呟いてから立ち上がり、村へ向かった。
♢
村の中央では、すでに人が集まり始めていた。男たちは家から槍や盾を持ち出し、女たちは子供を呼び集めている。年寄りまで武器を探していた。
だが、数が少ない。大協定第三項による戦の禁が解け、アテライとラケオンの戦が始まってから、ミュレアでも働き盛りの男たちが何人も徴兵されている。残っている成人男性だけで海賊と正面から戦えば、数で押し潰されるだろう。
「逃げるぞ」
村長が言った。
「丘へ上がれ。荷物は捨てろ。女子供を先に――」
「待て」
真継が口を挟んだ。村長が振り返る。
「何だ」
「逃げたあと、どうする」
「どうするも何も、生き残るほうが先だ」
「船は?」
村長が黙った。
「家は焼かれるかもしれん。網も持っていかれる。畑も荒らされる。逃げたあとで戻ってきても、何も残っていないかもしれないぞ」
「だからといって戦えというのか。向こうは四十人近くいるんだぞ」
「ここには何人いる」
村長は周囲を見た。
「まともに戦えるのは十五人ほどだ」
「槍を持てる者は?」
「二十人ほどなら」
「なら足りる」
「何にだ」
「守るだけならな」
真継は村を見回した。この一月、毎日のように歩いた場所だった。浜から村へ入るには緩い坂を登る。家々はその坂に沿って建ち、道幅もそれほど広くない。村の背後には丘陵がある。数の差を殺すには都合がよかった。
「浜では戦うな。槍を持てる者を集めろ。盾があるなら全部出せ。大きな板でも構わん」
「お前、何をする気だ」
「坂で止める。前に盾を並べて、その後ろから槍を出す。二列でいい。後ろは前が倒れたら代われ」
村長が真継を見つめた。
「……戦の経験があるのか」
「昔、兵だった」
「漁師じゃなかったのか」
「漁もやった」
「お前は何なんだ」
「その話はあとでいい」
真継は集まっている村人を見た。
「槍を使えない者は石を集めろ」
一人の女が眉をひそめる。
「石?」
「拳より少し小さいものがいい。できれば丸いものだ。籠に入れて坂の上へ運べ」
「私たちが投げるの?」
「投げられるだろう」
「まあ、投げられるけど……」
「なら頼む」
女は何とも言えない顔をしたが、すぐに他の女たちへ声をかけた。年寄りたちも動き始め、年長の子供たちは籠を抱えて道端から石を集め始める。
村長はまだ不安そうだった。
「本当にやるのか」
「逃げたい者は逃がせ。戦いたくない者まで残す必要はない。ただ、残るなら俺の言うとおりにしてくれ。勝手に前へ出るな。敵が逃げても追うな。隣から離れるな。それだけでいい」
「それだけ?」
「半日で兵士にはできん。覚えさせることが多いほど失敗する」
村長はしばらく真継を見ていたが、やがて頷いた。
「分かった」
「テロン」
真継が呼ぶと、槍を探していたテロンが顔を上げた。
「何だ」
「槍を持てる連中を集めてくれ。普段一緒に漁をしているなら、誰が力があるか分かるだろう」
「ああ、それくらいなら分かる。お前は?」
「並べ方を考える」
テロンは真継を見た。
「……本当に昔は兵だったんだろうな?」
「少なくとも漁よりは長くやった」
「それを先に言え」
テロンはそう吐き捨てると、すぐに男たちへ声をかけ始めた。
♢
準備に使える時間は長くなかった。海賊船は浜の近くまで来ると、それ以上岸へ寄せずに止まった。そこから小舟を使い、武装した男たちが次々と浜へ渡ってくる。
真継は坂の上からそれを数えていた。三十七。船に残った者を含めれば、やはり四十人を少し超える程度だろう。
村側は十九人が槍を持った。そのうちまともな盾を持っているのは九人だけで、残りは木の板や船材を利用した即席のものだった。それでも何もないよりはいい。
真継は彼らを坂の途中へ並べた。
「もっと詰めろ」
「これくらいか?」
「もう少しだ。肩が触れるくらいでいい。お前は槍を前へ出しすぎるな。最初から突こうとするな」
「いつ突くんだ?」
「向こうから来る。待てばいい」
漁師たちは明らかに緊張していた。当然だった。魚を捕ることと、人を殺すことは違う。
真継は一人ずつ顔を見た。
「怖いか」
「当たり前だろう」
テロンが答えた。
「そうか」
「お前は怖くないのか」
「死ぬのには慣れた」
「……何だって?」
「何でもない」
危ないところだった。
真継は坂のさらに上を見た。女たちが家々の間に陣取り、籠いっぱいの石を置いている。年寄りも混じっていた。子供はさらに後方へ下げ、水や石を運ばせることにした。
「俺が合図したら投げろ。それまでは投げるな」
「どこを狙えばいい?」
テロンの妻が尋ねた。
「人が多いところでいい。一人を狙う必要はない。頭に当たれば儲けものだ」
「随分適当だね」
「当てられるなら狙ってくれて構わん」
真継はそう答えると、坂を下り始めた。
「おい、マツグ」
村長が呼び止める。
「どこへ行く」
「浜だ」
「お前が浜で戦うなと言ったんだろう!」
「ああ」
「なら戻ってこい!」
真継は振り返った。
「誰かが向こうを連れてこないといけない」
「放っておいても来る!」
「それもそうだな」
「だったら――」
「だが、少し減らしておいたほうが楽だろう」
村長が何か言う前に、真継は再び歩き始めた。
手には一本の剣があった。村に置かれていたコピスと呼ばれる曲刀である。片刃で、刃は前方へわずかに湾曲している。真継が慣れ親しんだ刀とは形も重心も違い、何より柄が短い。両手で握れないことが不満だったが、直剣よりは使いやすそうだった。
真継は剣を抜きながら浜へ下りた。
♢
海賊たちはすでに上陸を終えていた。浜には三十人を超える男たちが集まっている。革や布の防具を身につけた者が多く、中には青銅の兜を被った者もいた。装備は統一されていない。
その先頭に立っていた髭の男が、坂を下りてくる真継に気づいた。
「止まれ!」
真継は止まった。
「村の者か?」
「今はそういうことになっている」
男が眉をひそめた。
「妙な言い方をする奴だな」
「よく言われる」
海賊たちの何人かが笑った。真継は曲刀を肩へ担ぐ。久しぶりだった。敵を前にしていると、不思議と口が軽くなる。地球にいたころからそうだった。普段は話すことなど特に思いつかないのに、殺し合いが始まると余計なことまで言いたくなる。
「村へ何の用だ」
「見れば分かるだろう」
「分からんな。魚を買いに来たようには見えない」
「女と若い奴を出せ。それから食い物と酒だ。素直に渡せば、家までは焼かん」
「なるほど。奴隷狩りか」
「だったらどうする」
「いや、安心した。殺してもあまり文句を言われなさそうだ」
笑っていた男たちの顔から笑みが消えた。髭の男が剣を抜く。
「一人で何をするつもりだ」
真継は少し考えた。こういうとき、昔は何と言っていたか。名を名乗り、どこの誰であるかを告げる。敵に己を知らしめてから戦う。あまりに昔のことなので、もはや細かな作法までは曖昧だったが、今はそれで十分だろう。
真継は曲刀を正眼に構えた。
「我こそは、日の本の国の兵、伴真継なり!」
海賊たちが黙った。
「……ヒノモト?」
「知らん国だ」
「どこだ、それ」
真継も少し困った。
「遠いところだ。もうない」
「何を言ってやがる」
「名乗った」
髭の男が怒鳴った。
「殺せ!」
「名乗り返さないのか」
真継は少し笑い、男たちが動くより先に踏み込んだ。狙う相手は決まっている。命令を出した髭の男だった。
「な――」
髭の男が剣を構える。真継は振り下ろされた刃を曲刀で外へ逸らし、そのまま懐へ入った。返す刃を首筋へ走らせると、男が砂の上へ倒れ、海賊たちの動きが一瞬止まった。
「まず一人」
真継は周囲を見た。やはり頭から潰すのが早い。
「親分が!」
「殺せ!」
今度は別の男が叫んだ。
「次はお前か」
槍を構えた男が走ってくる。真継は穂先をかわし、柄を左手で押さえながら一歩踏み込んだ。曲刀を振り抜くと、男の首筋から血が噴き出す。倒れる前に槍を奪い、続いてきた男へ投げると、穂先が胸へ突き刺さり、その身体が後ろへ倒れた。
「三人」
真継が呟くと、左右から男たちが広がった。
「囲め!」
「それはいい。一人を何人も囲めば、その分だけ村へ行く奴が減る」
「舐めやがって!」
「いや、褒めている」
三人が同時に来た。一人目の剣を受け流して腕を斬り、横から来た槍を身体を沈めてかわし、柄を踏みつける。三人目が盾を前へ出して突っ込んできたので、真継はまともに受けず横へ回った。
「悪くない。ただ、後ろが遅いな」
言い終わるより先に、その脇腹に曲刀を入れた。
さらに二人が来る。真継は後ろへ下がり、海賊たちが追う。もう少しだった。最初からここで全員を倒すつもりはない。村人たちが待つ場所まで引き込むのが役目だった。分かっている。そのはずだった。
「マツグ!」
坂の上から声が飛んできた。真継は目の前の男を斬り倒す。
「何だ!」
「戻れ!」
「今戻っている!」
「さっきから全然戻ってない!」
言われて周囲を見ると、確かに思っていたより浜に近かった。
「……本当だ」
真継は素直に後退した。
「逃げるぞ!」
海賊の一人が叫ぶ。
「追え!」
十数人が一斉に走り出した。
「それでいい。ついてこい」
真継は今度こそ坂を駆け上がった。
♢
海賊たちは勢いのまま坂へ入り、そこで初めて上に並ぶ村人たちを見た。狭い坂道を塞ぐように盾が並び、その隙間から槍が伸びている。
「止まれ!」
海賊の誰かが叫んだが、後ろから来る者には聞こえない。前列が止まり、後列がぶつかる。
真継は槍衾の脇を抜けて振り返った。
「まだだ!」
上から石を構えている女たちへ声を飛ばす。海賊たちは体勢を立て直し、前列が盾を構えた。
「たかが漁師だ! 押せ!」
坂を登ってくる。二十歩、十五歩、そして十歩まで距離が詰まったところで、真継は片手を上げた。
「今だ!」
石が降った。
最初の一斉投石は、真継が思っていた以上の効果を上げた。十数個の石が坂の上から飛び、盾や兜にぶつかる。頭を庇った男の盾が上がり、その瞬間、村人の槍が腹に突き刺さった。顔面に石を受けた男が倒れ、後ろの者を巻き込む。
「盾を上げるな!」
「石が来る!」
「前を見ろ!」
海賊たちの怒号が重なった。
「槍を出せ!」
真継が叫ぶと、村人たちが一斉に槍を突き出した。訓練された兵士の動きとは比べるべくもない。それでも狭い坂で、上から突き出される十数本の槍は十分に脅威だった。海賊が一人倒れ、さらに一人が倒れる。前へ出ようとした男が足を滑らせ、その後ろまで崩れた。
「いいぞ! 前へ出るな! その場で突け!」
真継は隊列の脇を動きながら声を飛ばした。
「テロン、左が空いている!」
「分かってる!」
「分かっているなら埋めろ!」
「うるさい!」
「元気があるなら大丈夫だな!」
「お前、戦になるとよく喋るな!」
言われて、真継は少し考えた。
「そうかもしれん!」
また石が飛んだ。一つが真継のすぐ横を通過し、海賊の額へ直撃する。男が仰向けに倒れたので、真継は振り返った。
石を投げたのは、腰の曲がった老婆だった。
「婆さん、今のはいいな」
「次はどいつだい!」
「右から二人目だ」
「注文が多いね!」
「当たるなら頼む!」
老婆が次の石を掴んだ。
海賊側もようやく弓を使い始めた。後方にいた男が弓を引くのを見て、真継は叫ぶ。
「伏せろ!」
矢が飛び、村人たちが盾の陰へ身体を縮めた。一本が木の盾へ突き刺さり、別の一本が家の壁へ当たる。
真継は隊列から出た。
「マツグ!」
「弓を止める!」
坂を駆け下りる。
「また勝手に行くな!」
「すぐ戻る!」
海賊の前列が真継へ槍を向けた。
「来たぞ!」
「来てやったぞ!」
真継は槍をかわし、盾に肩からぶつかった。相手が体勢を崩したところへ曲刀を入れ、その横を抜ける。
弓兵まであと十歩。別の男が前へ出た。
「通すな!」
「そう言われると通りたくなるな」
真継は笑い、剣を受けて斬り返した。男が倒れ、弓兵が矢をつがえようとしたところで真継の曲刀が届いた。弓兵が倒れる。
そこからは早かった。頭目を最初に失い、浜で何人も倒され、坂では槍と石に阻まれ、弓兵まで潰された。海賊たちはすでにまともな指揮を失っている。村側の人数が少ないことは分かっていても、狭い坂を突破できない。
「引け!」
ついに誰かが叫んだ。
「船へ戻れ!」
海賊たちが坂を下り始める。真継はその背中を見た。追える。浜までなら間に合う。何人かは船へ乗る前に斬れるだろう。さらに小舟を奪えば、そのまま本船まで追える。
「マツグ!」
村長の声がした。
「何だ!」
「追うな!」
「まだいるぞ!」
「逃げてるんだ!」
真継は足を止めた。
「……皆殺しにしないのか?」
「逃がせ!」
「また来るかもしれんぞ」
「そのときはそのときだ!」
真継は不満だった。逃げる敵を放置して、後で面倒になった経験などいくらでもある。だが、村人たちは誰も追おうとしていなかった。
真継は曲刀についた血を振り払う。
「分かった」
海賊たちは負傷者の一部を抱え、浜へ逃げていった。小舟へ飛び乗り、沖に待たせていた二隻へ戻っていく。誰も追わなかった。
やがて船が動き始め、ミュレアから離れていく。真継はそれを坂の途中から見送った。
「惜しいな」
「何がだ!」
後ろから村長に怒鳴られた。
♢
戦いが終わってから、真継は初めて村側の被害を確認した。死者はいなかった槍で腕を負傷した者が一人、矢を受けた者が一人。ほかにも石につまずいて転んだ者や、盾越しに殴られて腕を痛めた者がいたが、命に関わる傷ではない。
真継は少し安心した。自分が死ぬことについては、もう何とも思わない。だが、他人は違う。一度死ねば、それで終わる。
「マツグ」
呼ばれて振り返ると、テロンが槍を手に立っていた。額には汗が浮かび、服も土と埃で汚れているが、目立った怪我はないらしい。
「何だ」
「お前、毎回あんな戦い方するのか」
「毎回とは?」
「一人で浜へ降りていって、敵の頭を斬って、そのまま戻ってこないやつだ」
「戻っただろう」
「何度呼んだと思ってる」
「聞こえていた」
「なら戻れ!」
「最後には戻った」
テロンは何か言おうとして、諦めたように息を吐いた。
「……まあ、生きてるならいい」
「見れば分かるだろう」
「お前の場合、見てもよく分からん」
「どういう意味だ」
「知らん」
今度はテロンがそう言って、負傷者の手当てをしている男たちのほうへ歩いていった。
「マツグ」
今度は村長に呼ばれた。
「何だ」
「助かった」
真継は少し黙った。
「俺だけで戦ったわけじゃない」
「分かっている」
坂では男たちが負傷者の手当てをし、女たちは散らばった石を片づけている。先ほどの老婆まで働いていた。真継はその光景を見た。
「皆、よく戦った。次はもう少しましにできる」
村長が真継を見る。
「次?」
「また来るかもしれないだろう」
「お前はもう次の戦のことを考えているのか」
「備えておいたほうがいい」
村長は呆れたように息を吐いた。
「お前、本当に漁師なのか?」
「だから昔は兵だったと言っただろう」
「どこの兵だ」
「日の本だ」
「さっきも言っていたな。その日の本という国はどこにある」
真継は海の向こうへ目を向けた。
「もうない」
村長はそれ以上聞かなかった。
夕方になると、村の中央で酒が出た。戦勝祝いというほど大げさなものではない。誰も死ななかったことを喜び、無事だった食料を皆で食べただけだった。それでも普段より料理は多く、真継の前には次々と魚やパンが置かれた。
「食え」
「もう食っている」
「もっと食え」
「まだあるのか」
「今日はある」
真継は断らなかった。酒も飲んだ。
途中から子供たちに囲まれた。
「マツグ!」
「何だ」
「浜で何人倒したの?」
「覚えていない」
「嘘だ!」
「数えている暇がなかった」
「日の本ってどこ?」
「遠いところだ」
「どれくらい?」
「ものすごく遠い」
「船で行ける?」
真継は杯を口へ運びかけて止めた。
「もう行けない」
「なんで?」
「なくなったからな」
子供たちは不思議そうな顔をした。
真継は酒を飲んだ。周囲では村人たちが笑っている。一月前、自分が腰布一枚でこの村へ歩いてきたときとは随分違った。あのころは誰もが真継を警戒していた。今は酒を渡され、飯を食わされ、子供に囲まれている。
テロンが隣へ座った。
「お前、しばらくここにいるんだろう?」
「そのつもりだ」
「なら明日も働け」
「戦った翌日くらい休ませないのか」
「元気だろう」
「元気だな」
「なら働け」
「分かった」
真継はもう一杯、酒を注いだ。どうやら明日も漁へ出ることになりそうだった。それも悪くないと思った。