命は大切にしないといけません。
先生が言ってたので間違いないのです。
でも、ケンくんはしちゃいけないことばっかりします。
クラスで飼っているメダカを床に投げて殺したり、カマキリをクラスの女子の机に入れたり。
ケンくんは悪い人です。でも、声が大きくて体が大きいので、ぼくはケンくんに遊びに誘われたら断れません。
6月の少し肌寒い日でした。
ぼくとケンくんは家の方向が同じなので、下校するときに顔を合わせることになります。はっきり言って、いやでした。
その日は雨が降っていて、小学校の周りに咲いているアジサイがとてもキレイでした。
ケンくんになるべく反応せず、アジサイを集中して見ていると、アジサイの中で動くものがありました。
「わっ!!」
ぼくはそれにびっくりして、しりもちをついてしまいました。
「ぎゃははは! 何ビビッてんだよ。ただのカタツムリじゃねぇか」
ケンくんの言う通り、そこにいたのはただのカタツムリでした。
普通じゃないのは、その量でした。
アジサイの下には、数えられないくらいのカタツムリが潜んでいました。
30匹はさすがにいないと思いますが、15匹くらいは確実にいました。
ぼくが驚いていると、それを面白がったケンくんはカタツムリをつまみ、ぼくに近づけてきました。
「なんだ、こんなのが怖えのか?」
湿気でてらてらと光る、カタツムリの気持ちの悪いこと。
普通のカタツムリとは違い、触覚が太く、付け根のところが緑色に変わっていて、気持ち悪さは増大していました。
ぼくが後ずさると、ケンくんはケタケタ笑いました。
「人間がカタツムリに負けるわけねぇんだから、よっ!」
ケンくんはカタツムリを壁に向かって投げ飛ばしました。
ぺきっと嫌な音が鳴って、カタツムリは地面に落下しました。
ケンくんはまたぎゃはぎゃは笑いました。
傷つき、ゆっくりした動きでどこかへ逃げようとするカタツムリに、なにか小さい影が覆いかぶさりました。
シジュウカラでした。
シジュウカラは数秒ほどその顔を傾けていましたが、カタツムリに逃げる力がないことを察すると、そのクチバシでカタツムリをつまみ上げ、ペロリと一飲みしてしまいました。
「なんだ、お前鳥類以下のビビりかよ! ぎゃははっ」
ケンくんはそう言うと、アジサイの下にいたカタツムリを3匹掴むと、シジュウカラのいる方へ投げ飛ばしました。
シジュウカラは自分のほうにものが投げられているのにもかかわらず、微動だにしませんでした。
壁にたたきつけられて、ぴくぴくと痙攣しているカタツムリたちをのぞき込んで、シジュウカラは次々にそれらを飲み込んでいきました。
ケンくんはぎゃはぎゃは笑いました。
カタツムリを投げるケンくんと、カタツムリを捕食するシジュウカラ。
ぼくは、まるでここが地獄かのような、ひどく気持ちの悪い空間に感じました。
「も、もう先に行くからね」
ぼくはケンくんに背を向けて、家へと歩を進めることにしました。
はやく家に帰ってテレビを見て、カタツムリのことは全部忘れたかったのです。
その時、背後から、ドサッという重いものが落ちる音が聞こえてきました。
カタツムリが壁にぶつかった音とは明確に違ったので、思わず振り向いてしまいました。
ケンくんが倒れていました。
手で体を支えることもせず、顔面から地面に倒れ込んでいました。
ぼくはケンくんに近寄って、顔を見ました。
白目をむいて、口からはよだれを垂らしていました。
ぼくはしばらくケンくんを揺すって、ケンくんを起こそうとしました。
すると、目の端っこで何かが動きました。
カタツムリでした。
カタツムリはケンくんの顔をよじ登り、その先にはぽっかり空いたケンくんの口がありました。
ぼくは反射的に、カタツムリを手で振り払いました。
カタツムリを生で食べた人が死んでしまったというニュースは聞いたことがありますから。
思ったより力が入ってしまったらしく、カタツムリはケンくんがカタツムリを投げていた壁まで飛んでいきました。
「あ」
飛んでいったカタツムリを、シジュウカラが飲み込みました。
飲み込む瞬間、「ぎゃあああっ」という人間の声が聞こえました。どこかケンくんの声に似ていました。
その日以来、ケンくんは学校に来なくなりました。
意識が戻らず、病院から出られないそうです。
命は大切にしないといけません。
きっと、友達を大事にすることより大切です。
だから、これでよかったんだと思います。