「いつもすみませんね」
そう言いたいかのように、隊長は救急隊員に向かって
人差し指と親指で眉間をつまむような動作をした後、軽く会釈をした。
「いえ、仕事ですから。」
その隊員は笑顔で応える。
現場検証に紛れて先行していた、
引き継ぎは完了した。
火急の事態なので、恐い幼馴染が来る前にそそくさと逃げたい。
――無論、
さらば!
――因妖庁市ヶ谷本部
捜査員がパイプ椅子に座っている。
机を挟んでもう一人の男が座っている。新幹線襲撃事件の実行犯だ。
頭、指先、胸部、足――
男の身体の至る所に物々しい器具が取り付けられている。
そこから伸びたケーブルは測定機器やノートパソコンへ繋がっていた。
その画面を、研究員らしき人物が黙って眺めている。
「確認します。あなたは
「はい」
「年齢は三十二歳、
「現在は近畿地方の送配電システムを担当......ということでよろしいですね?」
「はい」
「では、文科省関連の設備もご存じでしょうか?」
「ええ、私の担当です。」
「それでは結界因力供給システムについてもご存じですね?」
「はい」
研究員がモニターを確認する。
「脈拍、正常。発汗、正常。脳内電位、
「オノゴロ――」
男の脈が、ぴくりと跳ねた。
「
研究員が画面を覗き込む。
「......オノゴロという組織はご存じですか?」
「......いえ、知りません。」
捜査員が研究員を見る。
「反応は?」
「......正常です。」
「ふむ。それでは質問を変えましょう。こだま**号 京都行きの新幹線に乗車していましたね?」
捜査員は男に監視カメラの写真を見せる。
そこにはホームで待つ男がもう一人の女と並んで待っている姿が映っている。
「......わかりません」
「この写真に写っている人物は?」
「......わかりません」
捜査員が溜息をつきながら写真を机の上に置く。
男はしばらくそれを見つめていた。
「......私は、どうしてここに?」
それ以降、どれだけ質問を重ねても、モニターは正常値を示すばかりだった。
戦略部長、
静かに眺めていた。
しばらくすると、さきほど取り調べを行っていた捜査員が取調室から戻る。
溜息をつきながら首を横に振る。
「うーん。一瞬手ごたえがあるかと思ったんですがね......まるで記憶の一部を焼き切られているみたいだ。」
「もう一人はどうだ?」
「都内の病院に収容していますが、依然として植物状態です。」
「医者によると、意識が戻るとしても、少なくとも一年はかかるだろうとのことです。」
「ふむ......待ってもいられんな。」
「こちらから動き出す必要がありそうだ。」
そのとき、観察室の扉が開いた。
「なかなか口を割りませんか。」
入ってきたのは兼村だった。
「ああ、新幹線を襲撃した犯人二名ともに勾玉のような電撃傷がみられた。」
「式神を使役していた女の方は、特に状態が悪いようですね」
「因力量が大きい術者ほど電撃によるダメージが大きい......」
兼村は、男の身体に取り付けられた器具へ目をやる。
「術者自身にこれほどの負荷をかけてまで、口封じをするとは」
そこに一人の職員が駆け込んでくる。
「報告です!京都拠点が――」
一瞬、室内の空気が凍る。
――会議室。
スクリーンに京都市の地図が映し出されている。
京都御所
京都タワー
梅小路扇形車庫
いずれも上から×印が書き加えられている。
「まさかここまで連中の動きが早いとは」
「”物見櫓”と”転車台”を......随分派手にやってくれたものだ――」
イブキは腕を組み、背もたれに身体を預ける。
「転車台自体は
「ただ、地下通路となると話は変わってくる。」
「ええ。地下通路の接続時刻は職員しか知り得ない情報です。」
「つまり――内部にいる。」
「可能性は高いでしょうね。」
「行方不明者と退職者の名簿を洗い出す必要があります。」
イブキは首をかしげる。
「退職者?記憶処理済みのはずではないか?」
「ええ。ですが――」
兼村は一拍置いた。
「念には念を、です。」
「そしてこれだけ情報が漏れている以上......あえて京都に行く意義はなくなりました。」
「どちらにせよ危険だな。ひとまず態勢を整える必要がある。」
「ええ。」
「名古屋に退避させよう。
「二人にはすでに連絡済です。」
「相変わらず仕事が早いな」
兼村は爽やかなウィンクで応える。
「これが私の仕事ですので。」
のどかな雰囲気の道を練り歩く。
そこには田園が広がっており、工場が点在している。
隊長にここはどこかと聞いてみたところ
「こうた」
という名前の町らしい。
都内の喧騒とは違って情報量が少ない。リフレッシュできる。
こういう雰囲気は嫌いではない。
非常時でなければ。
山道に差し掛かったあたりで、
面倒だが、私服でこの山道を練り歩く人は居ないだろうからしかたがない。
しばらく山道を歩くと、目的の場所へ近づいてきた。目的地は調整池のようだ。
森の中で一筋の影が通り過ぎた。
ドォォォォン!
轟音と共に気づくと私は宙に浮いていた。
おそらく、この一瞬で隊長が私を退避させたのだろう。
考えている暇はない。
砂煙が晴れる。
自分より小柄な女が刃渡り1mの長巻で隊長に斬りかかっていた。
隊長は白刃取りでなんとか持ちこたえていた。
隊長は私に目配せをしている。
隊長の意図を察した瞬間――
......速い。
女がこちらへ踏み込んでくる。
鞘から刀身を半ばまで抜き、間一髪で受け止める。
――重い。
コンマ1秒、対応が遅ければおそらく私は両断されていた。
隊長は大柄であるにも関わらず、吹き飛ばされていた。
因力の質が明らかに違う。
この感覚には覚えがある。
――これはトツカノツルギだ。
奈良の拠点で強固に保護されていると聞いていたが、
京都の襲撃と何か関係があるのか?
――このままでは押される。
すると突然、女は流暢な日本語で喋りだす。
「
「斬りかかってくる相手に、素直に従うとでも......」
悪態をついてみるが状況は好転しない。
ブロロロロロ......
力強い轟音がする方向に”焦点”を向ける
図体の大きな車がこちらに迫ってくる。
金属の骨組みのような、いかにも頑丈そうな厳めしい部品が前に付いている。
あれにぶつかったらひとたまりもない。
ドンッ!
女は勢いよく跳ね飛ばされる。
直後、車体が大きく向きを変える。
後輪が地面を擦る音がした。
「見つけた!」
「早く乗って!」
丸眼鏡を付けたショートヘアの女性が、ウィンドウを下げて叫ぶ。