ようこそ一之瀬に愛される教室へ 作:クイヤ
7月の初頭、須藤が退学したことによってクラスの雰囲気は悪くなるかと思っていたのだが、須藤のイメージが悪かったのが原因か、退学したことが直接の原因で雰囲気が悪くなることはなかった。
しかし、須藤の退学によって中間試験で貰えるはずだったポイントが支給されなかったため、うちのクラスは未だに0ポイント生活を続けている、
そんな中、一之瀬がうちのクラスの……佐倉だったかに話しかけているところを見かけた。
一之瀬がオレのクラスでオレ以外に話しかけるのは珍しいため、何があったのだろうと少し気になった。
「今日、佐倉と何を話していたんだ?」
一之瀬と夕飯を取る時に聞いてみることにした。
「あ、見てたんだね。うーん、気になる?」
「まあ、気になるか気にならないかでいえば気になるな」
「えぇと……佐倉さんがトラブルに巻き込まれてるみたいでね、その相談に乗ってたんだ」
他クラスの生徒のトラブルの相談に乗るのか……
少し引っかかるが、一之瀬の人格を考えるとそこまでおかしなことでは無いか。
「そうなのか。他クラスの生徒のトラブルまで解決しようとするなんて、一之瀬は優しいんだな」
「そうかなぁ?全然そんなことないよ。ほんとに」
相変わらず一之瀬は謙虚だ。
自分が特別なことをしているという自覚がないのかもしれない。
まあ、そこが良いところでもあるのだが。
「そうか。まあ、何か困ったことがあったらオレにも相談してくれ」
「ありがとう。でも、今回は綾小路くんの手を煩わせなくても大丈夫だよ。綾小路くんに迷惑はかけられないし。それに……」
「それに、なんだ?」
「ううん、なんでもない!気にしないで」
気にしないでと言われると気になるが、何か別の理由があるのだろうか。
もしかして、オレが頼りないからかもしれない。
その線はありえるな……
そうだったらちょっとしょんぼりしてしまうが、まあ違うと信じよう。
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今日、オレは図書館に来ていた。
元々読書は好きなのだが、最近は一之瀬とずっと一緒にいて本を読む暇がなかったからな。
たまには自分一人の時間も必要だろう。
図書館の扉を開けると、静かな空気がオレを迎えた。
教室やケヤキモールとは違い、ここには無駄な話し声がほとんどない。
聞こえてくるのは、本のページをめくる音や、時折聞こえる小さな足音くらいだ。
「……落ち着くな」
思わず小さく呟く。
今日は久しぶりに、誰にも邪魔されずに本を読むことにしよう。
図書館には多くの本が並んでいる。
そう決めて、オレは本棚の間を歩き始めた。
小説、歴史書、参考書、専門書。
普段なら手に取らないような本も多い。
今日はミステリーにするか……
しかし、ミステリーと一口に言っても多くの種類があり、迷ってしまう。
海外作品にするか、日本の作品にするか。
長編にするか、短編にするか。
あまり難しい作品を選ぶと、読むのに時間がかかる。
かといって、簡単すぎるものも少し物足りない。
ミステリーの棚の前でオレが迷っていると、後ろから声を掛けられた。
「あの、もしかして本をお探しですか?」
後ろを振り返ると、何度か見かけたことのある銀髪の少女がいた。
「ああ、そうだが。オレに何か用か?」
「いえ、本をお探しならお手伝いできないかと思いまして!」
なぜ急に話しかけてきたのかはかなり謎だが、どれを読もうかと悩んでいるオレに対しては渡りに船の提案だ。
「そうか。正直、それは助かる。ミステリーを読もうと思ったんだが、いかんせん種類が多くてな」
「そうですか……でしたら、ドロシー・L・セイヤーズのシリーズはもう読まれましたか?」
「いや。クリスティは読んだんだが、ドロシーには手をつけていないな」
「であれば……そうですね。是非『誰の死体?』をオススメします。ピーター卿シリーズの一作目で、1度読めばシリーズを読みたくなること必至です」
「そうか。なら、ありがたくそれを借りることにする」
そう言うと、銀髪の少女は何かを言いたげな表情でこちらを見る。
「あの、良ければなんですが、読んだ後に感想を聞かせていただけませんか?」
「感想か……。まあ、それくらいなら良いぞ」
「本当ですか!」
銀髪の少女の顔が一気に明るくなる。
どうやら、思っていた以上に嬉しかったらしい。
「そんなに楽しみなのか?」
思わず聞いてみる。
「はい!私、本の感想を誰かと話すのが好きなんです」
「そうなのか?」
「はい。一人で読むのももちろん楽しいんですけど、同じ本を読んだ人と『ここが面白かった』とか『この場面はどういう意味なんでしょう』って話すのも、とても楽しいんですよ」
「なるほど」
言われてみれば、確かにそういう楽しみ方もある。
オレは基本的に一人で本を読むことが多かったため、そういった発想はあまりなかった。
「あまり周りに本について話せる人がいなくてですね……。話せそうな人がいて嬉しいです!」
そして、オレは聞き忘れていたことがあることを思い出した。
「そういえば、名前は?」
「あ!申し遅れましたね、Cクラスの椎名ひよりと申します。これからよろしくお願いいたします」
「オレはDクラスの綾小路だ。よろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
椎名が笑顔でそう言った、その時だった。
「あれ?綾小路くん?」
聞き慣れた声が、少し離れたところから聞こえてきた。
その声に何故だか背中がぞくりとする。
振り返ると、そこには、笑顔の無い一之瀬が立っていた。
何故ここにいるかは不明だが、この状況はまずい気がする。
「一之瀬か」
「うん。……って、あれ?その子は?」
「Cクラスの椎名だ。さっき会ったばかりでな、本が好きらしいから紹介してもらっていたんだ」
一之瀬の放つオーラに、何故だか言い訳がましい口調になってしまう。
「椎名ひよりと申します。一之瀬さんですよね?よろしくお願いします」
「……椎名、さん」
一之瀬の声が僅かに揺れた。
一之瀬は椎名から視線を逸らさない。
その目に浮かんでいるものは、オレには上手く説明できなかった。
「うん。私は一之瀬帆波。よろしくね」
「はい!一之瀬さんも読書はされるんですか?」
椎名は一之瀬の出すオーラに気づいているのかいないのか質問を投げかける。
「うーん。私は読書はまあまあかな。全く読まないってことは無いけど」
「そうなんですね」
椎名は特に気にした様子もなく頷いた。
「それなら、今度一之瀬さんにもオススメの本を紹介しますよ」
「いや、私は大丈夫かな」
「そうですか……」
今度は椎名は残念そうな顔をする。
「じゃあその代わり、綾小路くんが読んだ後のその本を読もうかな」
一之瀬はオレの持っている本に視線を向ける。
「別に構わないが、一之瀬、これ読むのか?」
「うん、綾小路くんと感想を共有したいし」
「なら!一之瀬さんも読んだ後に感想会をしませんか?」
「うーん、三人で?もしかして、私が参加しなかったら二人での感想会になるのかな」
「……はい、そうなります」
「なら良いよ、感想会しよっか」
「ありがとうございます!今日だけで読書友達が2人も増えて嬉しいです!」
椎名は満面の笑みでそう言う。
オレも友達が増えて嬉しい限りだ。
一之瀬を含めて3人目……いや、2人目の友達だ。
櫛田はもうさすがに友達としてはカウントできないだろう。
「じゃあ綾小路くん、帰ろっか?」
一之瀬は腕を組んでくる。
「ふふっ。お2人は仲がよろしいんですね」
「うん、毎日一緒にいるくらいだからね」
「毎日、ですか……そんな友達がいるだなんて、羨ましいです……」
「ふふっ。そうでしょ」
「というか一之瀬、もう帰るのか?オレは図書館で読書でもしようかと思っていたんだが……」
「本は私の部屋でも読めるでしょ?私の部屋も静かだし、そこまで変わらないと思うけど」
「まあ、それもそうだな。一之瀬がそう言うなら、今日は帰るとするか。じゃあな、椎名」
図書館を出ると、夕方の廊下には人影がほとんどなかった。
一之瀬は相変わらずオレの腕に自分の腕を絡めたまま、隣を歩いている。
「……」
「……」
しばらく、どちらも何も話さなかった。
別に気まずいわけではないのだが、一之瀬が妙に静かなのだ。
「一之瀬」
「なに?」
「さっきから静かじゃないか?もしかして、怒ってるか?」
「いや、怒ってなんかないよ、全然」
「そうか?いつもなら、もう少し話している気がするんだが」
「……」
一之瀬は少しだけ考えるように黙った。
「綾小路くん、さっきの椎名さんのこと、どう思った?」
「どうって……本が好きな人なんだな。ぐらいにしか思わなかったが」
もしかして、一之瀬は椎名に対して嫉妬しているのだろうか。
オレが一之瀬が告白されているのに嫉妬していたように。
「そっか……。なら良かった」
「何が良かったんだ?」
「正直……綾小路くんが他の女の子と楽しそうに話してて嫌な気分になっちゃってたから。ごめんね、めんどくさいよね」
「そうなのか。しかし、そうは言っても、ただ本を紹介してもらっていただけだぞ?一之瀬の心配するようなことは何もないと思うが」
「それでもだよ。だって、椎名さんは特別なんだから……」
「何が特別なんだ?」
「いや、なんでもないんだけどね。気にしないで」
そう言われると気になるが、まあ良いか。
それに、オレ自身は椎名に対して特別な感情を抱いているわけでもない。
今日初めて話したばかりなのだから当然だ。
「まあ、一之瀬が嫌だったなら、これからは少し気をつけることにする」
「……本当?」
「ああ」
「……そっか」
一之瀬は少しだけ顔を上げる。
さっきまでの不安そうな表情が、少しずつ和らいでいく。
「ありがとう、綾小路くん」
「別に礼を言われるようなことじゃない」
「ううん。私にとっては大事なことだから」
そう言って、一之瀬は再びオレの腕に身体を寄せる。
「綾小路くん、好きだよ」
『オレもだ』そう答えるのは簡単だが、まだこの感情にオレは名前を付けることができていない。
オレは一之瀬のことが『好き』なのだろうか……
「そうか。ありがとうな、一之瀬」
「うん、いつか誰よりも先に綾小路くんにも好きって言わせてみせるからね」
「それは楽しみだ」
心からそう思う。
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数日後。
放課後、オレは約束通り一之瀬と共に図書室へ向かっていた。
手には、先日椎名に勧められた本がある。
オレと一之瀬で合わせて読み終えるまでに数日かかったが、普段あまり手に取らないタイプの作品だったこともあり、それなりに楽しめた。
「それで、綾小路くんと一之瀬さん、『誰の死体?』は面白かったですか?」
「ああ、中々に楽しめたな」
「うん、私もミステリーを読むのはほとんど初めてだったけど、面白かったよ!」
「それならよかったです」
椎名は嬉しそうに笑った。
どうやら自分が勧めた本を楽しんでもらえたことが、かなり嬉しいらしい。
その後、感想を伝え合い、自分に無い視点、特に一之瀬の人を見る視点は素直に面白いと感じた。
「お二人の感想はとても面白かったです!良ければ、次の本を紹介させていただけませんか?」
「ああ、よろしく頼む」
「では、同じくピーター卿シリーズの『雪なす証言』はいかがでしょう?こちらも傑作ですよ」
そう言って椎名はミステリーの棚から本を取ってくる。
「では、ありがたくそれを読むとしよう」
「もし良ければですが……次も感想会をしませんか?」
「ああ、良いぞ。一之瀬も良いよな」
「……うん、良いよ」
少し複雑そうな表情をしている気がするが、気のせいだろう。
それにしても、新しい友達が出来て本当に嬉しい。
清隆くんは早くはっきりしろよって感じですかね