ようこそ一之瀬に愛される教室へ 作:クイヤ
一学期終業式の日、オレは人生で初めて夏休みを満喫できる喜びを噛み締めていた。
夏休みは何をしようか。一之瀬と遊びにでも行こうか。椎名と読書でもしようか。と、ワクワクしていると、茶柱先生から呼び出しをくらってしまった。
オレ、何もしてないよな……?
指導室前に着くと、茶柱先生は扉にもたれ掛かり俯いて待っていた。
「入れ」
「オレ、なんで呼ばれたんですか?理由が全く分からないんですけど」
「中で話す」
心当たりがまるでないのにどんどん憂鬱な気分になってくる。
もしかして、クラスに友達が少ない……一人もいないことを心配されて呼び出されたのか?
それなら他クラスにいるので大丈夫ですで終わるんだけどな……
「それで話ってなんですか?今から夏休みの計画を立てるんで忙しいんですけど」
「そうか。最近一之瀬との仲は順調か?」
「まあまあですよ。それが何か?」
「いやなに、この学校で他クラスとの友情を深めるのは珍しいからな。お前にそんな余裕があるかは分からないが」
「余裕ならありますよ。期末テストでも良い点数を取ったでしょ?」
そう。オレは期末テストではそこそこの実力を出していた。
具体的には、全科目90点台くらいだ。
一之瀬のクラスに引き抜いてもらう下地を作るには実力を示しておくことが重要だからな。
何故か堀北には睨まれたが……
「そうか。まあ良い。今日は少し、私の身の上話を聞いてもらいたいと思ってお前を呼んだんだ」
茶柱先生の身の上話?別に興味も何もない。
「教師になってから、今まで誰にも話したことの無い話だ。戯言と思って聞け」
そこから話されたのは、茶柱先生が元々この学校の生徒であり、茶柱先生の過ちによって茶柱先生のクラスはAクラスへと上がれなかったという話だった。
「話が飲み込めませんね。その身の上話と俺に何の関係があると言うんですか?」
「お前の存在は、Aクラスに上がるために必要不可欠だと感じている」
茶柱先生はオレの何を知っているというのだろうか。
「何を言い出すかと思えば。冗談でしょ。オレは少し勉強ができるだけの生徒ですよ」
そして、茶柱先生は驚くべき言葉を口にした。
「数日前、ある男が学校に接触してきた。綾小路清隆を退学にさせろ、とな」
茶柱先生の纏う空気が変わる。本題はここから、ということか。
「退学させろって、そりゃまた意味不明ですね。それが誰だか知りませんが、さすがにそんなことできませんよね?」
「もちろんだ。第三者が何を言っても退学になどできない。しかし……問題行動を起こした話は別だ。喫煙、いじめ、盗み、カンニング、何かしらの不祥事を繰り返せば、退学は避けられない」
「いや、どれもするつもりはないんで」
「お前の意思は関係ない。私がそうだと判断すれば全てが現実になるということだ」
「もしかしてオレを脅してるんですか」
「これは取引だ、綾小路。お前は私のためにAクラスを目指す。そして私はお前を守るために全面的にフォローする。いい話だとは思わないか?」
Aクラスを目指すと言っても、オレは一之瀬のクラスに移籍する予定があるのだが……
この取引という名の脅迫をされてしまうと、その予定が崩れ去ってしまう。
このクラスで3年間過ごすだなんて、そんなの絶対に嫌だぞ……
「いや、全然思いませんけど……」
「なんにせよ、お前の選択肢は2つしかない。Aクラスを目指すか、退学するかだ」
おいおい、嘘だろ……
まさか茶柱先生に脅されるだなんて、思わず笑ってしまいそうなほど追い込まれてしまった。
そのまま、オレは放心状態で帰路に着いた。
「ただいま……」
「おかえり!綾小路くん!……ど、どうしたの?そんな顔して」
「一之瀬……」
オレは一之瀬の元へ歩み寄り、思わず一之瀬を抱きしめてしまった。
何故だかは分からない。
ただ、一之瀬の温もりを感じたくなったのだ。
「にゃ!あ、綾小路くん!?」
「しばらくこうさせてくれ……」
「ほ、本当にどうしたの……?」
しばらくして落ち着いたオレは、一之瀬に経緯を話す事にした。
父親が退学を迫ってきているらしいこと。
そして、茶柱先生に脅迫されたこと。
「そんなことがあったんだ……」
「ああ、そうだ。だから、一之瀬のクラスに移籍するのも中々難しくなってしまったかもしれない」
「そっか、大丈夫だよ、綾小路くん。私がどうにかしてみせるから」
「ほ、本当か?」
「うん。私が茶柱を潰しても良いんだけど……。まずは星之宮先生に相談してみるね。ちょっと変だけど、信頼できる先生だから。綾小路くんも一緒に来る?」
何か不穏な単語が聞こえた気がするが、気のせいだろうか。
「良いのか?ありがとう一之瀬。本当に助かる」
「ううん、良いよ。だって私のためでもあるんだもん」
「そうか、一之瀬……恩に着る」
一之瀬に相談して本当に正解だった。
いや、もうオレには一之瀬に相談しないという選択肢は存在しなかったのだが。
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次の日、一之瀬に星之宮先生を呼び出してもらい、話をすることになった。
「あら、綾小路くんもいるの?なになに?もしかしてお付き合いの報告?」
星之宮先生は軽い感じでそう話しかけてくる。
「ま、まだ違います」
そうして、一之瀬は経緯を話す。
「……ということがあったんです。どうか、綾小路くんを助けてくれませんか?」
「……あのサエちゃんが生徒を脅すとはね。そこまでAクラスに執着があったんだ……。分かったよ。私が何とかしてみせるね、綾小路くん?」
「ありがとうございます。一之瀬から聞いているかもしれませんが、オレはポイントが溜まり次第Aクラスに移籍する予定ですので」
「そうなの!?クラス移籍だなんて、前代未聞よ?」
「はい。ですが、その予定です」
「なら、遠慮なく綾小路くんを助けられるわね」
「ありがとうございます」
この人、良い先生だな。
「それじゃあ、まずは事実確認から始めようか」
星之宮先生はそう言うと、さっきまでの軽い雰囲気を少しだけ引っ込めた。
「綾小路くん。お父さんが学校に接触してきたっていう話だけど、何か心当たりはある?」
「まあ、少しはあります」
「そうなんだね」
「オレをこの学校から退学させたい理由も、なんとなく想像はつきます。ただ、学校側にまで直接働きかけてくるとは思っていませんでした。だから、事実かどうかは不明です」
「ふーん……」
星之宮先生は腕を組み、少し考え込む。
「そもそも、教師の一存で生徒を退学にできるもんなんですか?」
「普通はできないよ。でも、サエちゃんが問題行動を起こしたことにするだなんて考えてるなら話は別」
「じゃあ、どうしたらいいんですかね?」
「私が後ろ盾になるよ。もし綾小路くんが問題行動を起こしたってでっちあげられたら、私が証言してあげる」
「ありがとうございます……どうしてそこまでして下さるんですか?」
「教師が生徒を守る立場を利用して、生徒を退学に追い込むなんて……さすがに見過ごせないよ。それに、綾小路くんは未来の私の生徒だからね?」
この人は茶柱先生と違ってちゃんと先生らしいな。
星之宮先生がこちらを見る。
「後、綾小路くん自身も、問題を起こさないように気をつけてね?」
「元々そのつもりです」
「なら大丈夫。少なくとも、自分から隙を作らないようにしてね。隙さえ作らなければ、私の証言があればたぶん大丈夫なはずだから。特に不純異性交友なんかダメだぞ?スるならバレずにね?」
「わ、分かりました」
隣に座っていた一之瀬も、ホッとしたように息を吐いた。
「良かった……」
その表情を見ていると、こちらまで少し安心してくる。
昨日は、茶柱先生から突然突きつけられた二択のせいで、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
Aクラスを目指すか。それとも退学するか。
どちらを選んでも、オレが望んでいた高校生活からは遠ざかってしまう。
だが、今は少なくとも味方になってくれる人がいる。
それだけでも随分と違うものだ。
「それじゃあ、綾小路くん。もし次に茶柱先生から何か言われたらすぐ私に教えてね」
「分かりました」
「あと、一之瀬さんも綾小路くんを一人にしないであげてね」
「もちろんです!」
一之瀬が元気よく返事をする。
「いや、一之瀬。別にオレは一人でも大丈夫だぞ」
「ダメだよ。綾小路くん、昨日はすごく落ち込んでたじゃん」
そこを言われると弱い。
「……まあ、そうだったな」
「だから、何かあったらすぐ私に相談してね」
「ああ、分かった」
「約束だよ?」
「ああ、約束だ」
一之瀬は満足そうに頷いた。
それを見ていた星之宮先生が、どこか楽しそうに笑う。
「いやぁ、青春だねぇ」
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「綾小路くん、どうかな?」
夏休みが始まって数日、オレたち二人は水着を買いに来ていた。
「い、良いんじゃないか?」
一之瀬の水着姿は、このオレですら少しキョドってしまうほど魅力的だ。
「じゃあ、こっちとこっちどっちがいい?」
正直、どちらも魅力的すぎて選べないというのが本音だ。だがしかし、どちらかを選ばなければいけないのだろう。
「そうだな……オレ的にはそっちの黒のがいいと思うが」
「これかぁ。綾小路くんがこれがいいならこれにしようかな?」
一之瀬は水着を持ってレジへ向かった。
「じゃあ、次は綾小路くんの水着だね」
「もう決めてあるぞ」
「え?もう決めたの?」
「これでいい」
オレが手に持っていた水着を見せる。
「……普通だね」
「普通で何が悪いんだ?」
「悪くはないんだけど……」
一之瀬は少し考え込む。
「せっかくだから、もう少し違うのも見てみない?」
「これで十分だと思うんだが。第一、男の水着なんてなんでもいいだろう?」
「なんでもいい、はダメだよ」
一之瀬はそう言って、オレの手にある水着を見つめた。
「せっかく一緒に選びに来たんだから、綾小路くんにも似合うものを選びたいの」
「そういうものか……」
「うん。そういうものだよ?私の水着だってなんでも良くはないでしょ?」
正直一之瀬ならなんでも似合うのでなんでもいいっちゃいいのだが……それを言ったら怒られそうだ。
「まあ、そうだな」
そうして一之瀬はオレに似合うらしい水着を選び、オレはそれを購入した。
レジを済ませ、店を出る。
一之瀬は買った水着の入った袋を嬉しそうに眺めていた。
「ふふ、これで夏の準備はできたね」
「そうだな」
そんな一之瀬を横目に見ながら、オレは少し前の出来事を思い出していた。
茶柱先生からの脅迫、あれから、頭の片隅には常にそのことが残っている。
どれだけ普段通りに振る舞っていても、完全に忘れることはできない。
下手な真似をすれば、ここにいられなくなる。
それはつまり、一之瀬と過ごしているこの時間も失うということだ。
「綾小路くん?また考え事?」
「ああ、少しだけな」
「そっか」
一之瀬はそれ以上追求せず、ただ隣でいつも通りに笑っている。
その姿を見ていると、先ほどまで頭の中を占めていた不安が少しだけ薄れていく気がした。
……我ながら単純だ。
だが、今はそれでいいか。
「一之瀬、この後どこか寄っていくか?」
「えっ……うん!」
せっかくの夏休みだ。
今くらいは余計なことを考えず、目の前の時間を楽しんでもいいだろう。
一之瀬の誕生日を失念していて前話より今話を先に書いたのはないしょだぞ