現代社会における万能チートの正しい使い方 作:寸劇の小人
疲れはあったが朝が極端に遅くなることはなかった。
というかむしろイベントから帰った後は家でほとんど何もしていないので寝たのが早く、起きたのはまだ5時過ぎだった。
能力を使ったせいか、一日中歩き回ったせいか脚がガチガチだ。
(今日は運動休んだ方が良さそうだな。それにしても腹減ったわ)
昨日は昼から水分くらいしか摂っていないのでひどくお腹が空いている。
パンを焼いている間にトイレを済ませて顔を洗う。
日課になった体重計測をすると84kgを切っていた。
「新記録達成だけどたぶんこりゃ昨日ちゃんと食べてないせいだな」
フライパンで目玉焼きとウィンナーを焼き、即席スープを用意して適当に食べながら日課のニュースサイトとSNSのトレンドを見る。
まだ6時。疲れていなければ朝の散歩も悪くなかったが今日のところは株式市場が開くまでのんびりする。
「昨日買ったダイエットの同人誌でも読もうかな」
イベントで買った同人誌を取り出して読む。
かなりテクノロジーを使い倒す実験のようで面白い。
メインにあるのは効果のあると信頼できる定番のダイエット方法だが、スマートフォン、スマートウォッチ、体重計、完全食、冷凍宅配弁当、プロテイン、サプリなどであらゆる面から補助する形だ。
「能力のおすすめ通りあたりだわ。ただ実際自分がやるとなるとなあ……。昔に比べて取れる方法は増えてるんだろうけど」
自分の場合、本に書いてあるほどには徹底できていない。
一応成果は出ているので、もう少し今のまま様子見でもいいのだができれば早く痩せたいという気持ちもある。
「能力使って楽に痩せたいけど、やっぱり怖いよな……。直接身体をいじるんじゃない間接的なやり方増やすのも悪くないけどやっぱり時間かかるし」
運動と食事を少しずつ改善し始めて1か月半。
5,6kg痩せたとすれば結構なペースだ。
だがひとまず目標としているところまではまだ15kgくらいある。
能力を使って身体を直接変えるのはリスクというかコストが高いというのは昨日知った通りだ。
だとすれば大きな病にかかる可能性はそれそのものを減らした方が良い。
金銭的な不安もほぼ解消されつつあるし、次に優先するべきは恋愛よりこちらかもしれない。
(うーん、今の生活を大きく変えずに能力を使ってリスクとストレスをなるべく抑えて70kgくらいまで落とすならどうしたらいい?)
ウィンドウに出てきたのはホルモンや分泌される成分の生成量、体内の各パーツにおける働きの調整、特定の反応における意識をずらすトリガーの設定など。
特別詳しくない分野なので、情報を理解するだけでもかなりきつい。
能力によって解説を手間なくつけることができるとしても下手をしたら受験勉強をやり直すより大変かもしれない。
「医学部に入って医師免許取るための勉強するみたいなもんだもんな。
インスリンくらいは知ってるけどさあ……。やっぱり素人じゃ無理。ちょっとくらい勉強したって付け焼刃で自信持てないのが想像できちゃうもん」
どうしようかと考えてふとスマホを見ると、親から昨日のうちにLINEが届いていることに気づいた。
『お盆過ぎたけど、今年帰ってきますか?』
仕事の引継ぎや株やアプリのことなどで帰省のことはすっかり頭から抜けてしまっていた。
『咲友理(さゆり)は亮太(りょうた)さんと休みを合わせて次の金曜に来るそうです』
姉夫婦も来るらしい。
両親としても合わせた方が楽だろうと思うので適当に予定を合わせておく。
「ほい、送信。あー会社辞めることまだ言ってなかったな……」
まあ借金とかするわけじゃないし、会社と同じようにアプリ制作でダメなら1年で再就職って言っておけば大丈夫なはずだ。
甥も含めてみんなで食べる用に何かお土産を考えておこう。
音楽を聴きながら洗い物をしているとふと思いつく。
「能力で専門家の力を借りるってのも悪くないかもな」
足りないところは能力のように外から持ってくればいい。
相手を無理やり意のままに動かす必要はない。
会社で能力を使っていたように、相手にも得があれば動いてくれる可能性は高い。
「人格とか信頼できて、相手にも利があるフェアな取引ができる相手を探せばいい」
調べる条件を考えてみる。
恋愛に比べると理屈で詰めていけるのでスルスル決まる。
「ダイエットや減量の知識・実務経験が上位1%以内。
1.5時間以内くらいで会える距離にいてある程度施設を自由に使っても問題ない権限がある。
一番大事なのは信頼できる人格。もし仮に能力がバレてもこちらに不利なことをしないような人。
そして相手が俺に会ってアドバイスを貰ったりできる関係の流れを自然と作れる人。
こんなもんでどうだろ」
人格や能力は大事だが、それ以上に大事なのは相手との関係の築きやすさだと気づいた。
恋愛で使うのは心理的な抵抗感があるが今回はそういったものではなくほぼ気にならない。
何人かの候補が出た。
条件を多少調整して何度か確認した末に残ったのが、太山傑(たやま すぐる)という医師だった。
糖尿病や代謝、生活習慣を専門とし、大きな病院で診療だけでなく研究にも関わっている。
成実は名前を普通に検索して、紹介されている経歴を見た。
「論文とかちゃんとした検索結果が出てくるし、結構偉い人っぽいな。
メディア露出がそれほどじゃないのが医療が本業ですって感じでいいね」
技術や知識は日々新しいものが出てくるし信頼できる説も変わる。
研究費用の調達などでは必要かもしれないが、知名度は自然に高まっていくのが好みだ。
「んで、この人と会って話ができるっていうか相談に乗ってもらうにはどうしたらいいわけ?」
一つの論文が示される。
太山だけでなく何人もの研究者の名前が並んでいる。
スマートウォッチのようなウェアラブル端末などから得た生活データを使い、エネルギー消費を推定する研究らしい。
らしい、というのは斜め読みした程度では理解できるような内容とはとても言えなかったからだ。
「これに何かあるの?」
モデルに改善できる箇所があるという。
詳しく聞くと今度は修正案が出てきた。
「研究の補助みたいなもんか。俺が指摘してもおかしくないところがあるってことだよな」
どこで精度を落としているのか、どう直せばいいのか。
どうやって話を持っていくのかの流れまでが一通り出てくる。
「ダイエットに興味があってAIを使って探した論文を読んでみた。
他の論文と突き合わせると一部に矛盾点が出てくる。
公開されてるデータを当てはめて計算してみると矛盾が解消というか明らかに誤差が小さくなる……。なるほどね」
朝の株取引を終え、簡単なコードを書いて検証してみると想定された通りの結果が出た。
午後の取引後も能力を使って関連する論文を探し、検証数を増やす。
深いところまで理解はできないが浅いところで数を試すことはひとまずできたと思う。
「これだけで絶対正しいとは言えないだろうけど、試してもらう材料にはなるといいな」
論文の指摘、検証したデータとソースの一部を含めたメールを送信する。
「さて、返信ちゃんとくるかな」
*
『再販あったサザビーのMGってそっちの店とかにあったりする?』
太山にメールを送った翌々日の昼ごろ、蔵多からリンクを添えてLINEが来た。
通販サイトは公式、その他大手含めて軒並み品切れのようだ。
『買えなかったの?』
『転売ヤー死すべし』
返信に添えられたのはちいかわの「むちゃくちゃにしてやる!!」のスタンプ。
プラモデルは自分の守備範囲ではないので詳しくはない。
だがおそらく、問題なく手に入る可能性が高い。
『探しとくわ。定価で買えたら誕生日のやつね』
『オネシャス。マジで』
やり取りを終えて、能力を使う。
「これ、定価以下で買える店ある? 今日、俺が行けるところで」
表示されたのは降りたことのない駅から少し離れた商店街にある模型店だった。
スマホにメモして地図を出しておく。
電車で片道1.5時間くらい。多少歩くが疲れはだいぶ引いていた。問題ない。
「能力使ったら転売で楽に儲けられるけど絶対許せん。むしろ撲滅に使うのを考えるレベルだわ」
移動中は転売を撲滅する方法をいくつか考えていた。
(Switch2買うのは本当に大変だった)
例えば政治からトップダウンで税務署の動きを変えるとか。
(その気になったら政治もどうにでも変えられちゃうんだよな……。まあ副次的な影響が怖すぎてやらんけど)
目的の駅に着き、15分ほど歩いて商店街に入る。
空き店舗もちらほらあるが今どきお店がちゃんと残っている商店街だ。
夏休みの夕方前の時間帯のせいか人も結構いる。
店へ向かっていると商店街の途中に赤と白の幕が見えた。
福引をやっているらしく、ガラガラの前に人がポツポツと寄っている。
成実が何となく足を緩めたところで、子供の声がした。
「赤! 赤いの出す! Switch2!」
「はいはい、当たるといいわね」
母親らしい女性の手を引きながら、男の子がゲーム機を指している。
景品の一覧に旅行とか家電と一緒にSwitch2が載っていた。
(昔と違ってゲーム機も高いもんな。親になったら誕生日とかクリスマスでも買うの中々大変だ。
親がオタクの家はいいけど今はスマホも買わないとだしそっちも高いし)
そんな親子を横目に模型店へ向かった。
店は商店街のはずれ近くにあり、思っていたほどこじんまりとはしておらずそれなりの規模だった。
今どきやっていけるのかと思い能力に確認するとどうやら鉄道系の品ぞろえが充実しており、鉄研の子などがちょこちょこ来る穴場のようだ。
展示のガラスケースが中央にどかりと配置。
壁には額に入れた印象的なジオラマを切り取った写真がずらりと飾られており、後はジャンルに分けて棚に様々な模型がきれいに並べられている。
(商店街の模型屋って言うともっとホコリまみれでおばあちゃんが店番してるようなイメージだったけど全然違うな)
「何か探してる?」
奥から声をかけられた。
成実より一回り上くらいの男性だ。
スマートフォンの画像を取り出して見せる。
「すみません、再販のMGサザビーなんですけど」
「ああ、それね。……ガンダム好き?」
「最初に見たのは小学校の頃のAGEっすかね? あれは微妙だったんすけど中学でGレコ見てハマってからテレビのと有名なのはだいたい見たんじゃないかな」
「渋いねえ……。ちょっと待っててね」
店主は踏み台を持ってきて、鍵のかかった上の棚を開けた。
手前の箱を二つ下ろし、更に奥から一つ引き出す。
もしかしたら転売のチェックだったのかもしれない。
「これでいい?」
「はい。ありがとうございます。」
角を確かめてから箱がレジを通される。
現金で払って紙袋に詰めてもらった。
「ネットだと全然なくて」
「入ってもすぐ売れちゃうのはあるね。うちは来てもらわないと買えないしある程度人も見てるから。あとこれどうぞ」
袋と一緒に券をひとつづり渡された。
「福引やってるの見えたかな。1回1000円だから10回分。結構商品豪華だから、帰りに寄ってって」
「ああ、来る途中で見ました。ありがとうございます」
店を出て袋から箱を少し出した写真とハンターハンターの「オレでなきゃ見逃しちゃうね」のスタンプを蔵多に送る。
『マジマジマジマジ!?』
『我を崇めよ』
『今日取り行っていい??』
『落ち着け。今週は用事あるから来週渡すわ』
喜んでもらえると遠出した甲斐があったというものだ。
袋を持ち直して成実は福引会場へ向かった。
先ほどの親子は、ガラガラの脇にいた。
男の子の前には大きな炊飯器の箱が置かれ、母親が法被を着た係員から何か説明を受けている。
「こっちも当たりだよ」
「あっちがよかったもん!!」
男の子が見ている先には、まだゲーム機があった。
じんわり目元には涙が浮かんでいる。
炊飯器で残念がるのも贅沢な話だ。だが子供に炊飯器のよさを分かれというのは難しいだろう。
自分が同い年だったら同じ反応をする。
(まあ俺がほしいのは炊飯器の方なんですけどね、初見さん)
成実は券を出して抽選のガラガラを見た。
そういえば、スマホゲームのガチャでは当たりを引くタイミングを出してもらったことがあった。
同じようにできるのだろうか。
(俺が普通に回して、Switch2が当たるタイミングって分かる? ガチャの時みたいに)
視界に目安が出た。
係員に券を渡し、取っ手へ手を伸ばす。
表示に合わせて回すと、玉が受け皿へ転がった。
1回目、白、ハズレのティッシュ。
2回目、白、ハズレのティッシュ。
3回目、青、洗剤が1個。
4回目、白、ハズレのティッシュ。
5回目、緑、漬物のパック。
(力加減が意外と難しいな。あと5回か)
能力で視覚的アシストをさらに補助。
透かした手の映像に合わせて同じ速さで取っ手を回す。
6回目、緑、醤油1本。
7回目、白、ハズレのティッシュ。
8回目、赤。
係員が玉を見て、一拍遅れて顔を上げた。
「おめでとうございます!」
すぐ横で鐘が鳴り、成実は少し肩をビクっと跳ねさせた。
「あ、どうも」
何となく頭を下げる。
残り2回は適当にすぐに回して両方ともティッシュだった。
渡されたゲーム機の箱を先ほどの男の子が、食い入るように見ていた。
母親はどこかバツが悪そうな顔。
「駄目よ、うちが当たったのは炊飯器でしょ。……すみません、気にしないでください」
うん、そういう常識的な反応だったらこっちも声かけやすいわ。
「あの、よかったら交換しません?」
子どもがものすごい勢いでこちらを見た。
「いいの!?」
「そっちの炊飯器とこれ。うちのかなり古くて」
「ちょっと! ……ママが話すから静かにしてなさい」
ゲーム機を見てから、母親は景品一覧へ視線を動かした。
「あの、お言葉は嬉しいんですけど安いものではないですし……」
「まあそうなんですけど。今使ってる炊飯器が大学時代から10年選手で買い替えようかと思ってたんで、ちょうどいいかなと」
別に買い替えても良かったのだが、丈夫で壊れなかったのでタイミングが無かったのだ。
「あと自分、Switch2はもう持ってるので」
「それならいいのかしら……。でも差額分とか」
能力で軽く値段を調べてみる。
炎舞炊きだったらそっちの方が高かったけどもう1ランク低いやつだから差額は1.5~2万円くらいかな。
ちょっとした思い付きを口にしてみる。
「じゃあ差額1万円として、お子さんに1万円分お手伝いしてもらってください」
「え?」
母親は何を言ってるのかよく分からないという表情。
「自分も甥っ子いて、タダであげると良くなさそうと思うんで。
1回50円のお手伝い200回ぶん。洗い物とかゴミ出しとか何でもいいんで。どうでしょうか」
「やる!!」
子どもがものすごい勢いで返事をした。
係員にも聞いてみると、当人同士がよければ構わないという。
「それなら、お断りするのも失礼ですし……」
子どもの表情がキラキラと輝きだした。
「ありがとうございます。ほら、ちゃんとお礼言いなさい」
「ありがとうございます!!」
ゲーム機を渡し、代わりに炊飯器を貰う。
思っていたより重い。
ティッシュはまだいいのだが、洗剤と醤油も地味に重い。
「……これ持って駅までは歩きたくない。しゃあない、久しぶりにタクシー使うか」
荷物を持って電車に1時間ちょっと乗るのも意外と大変だった。
最寄駅から家までは再度タクシーを使った。
まあ炊飯器の値段を考えたら交通費含めても全然黒字だから良いだろう。
ガンプラを仕舞った後、新しい炊飯器で米を炊く。
簡単に生姜焼きと味噌汁を作り、ゆっくり風呂に浸かる。
風呂から出てアニメを見ながらしばらく待つと米が炊けた。
「うーん美味い。家電一式をくじとかで当てて交換しちゃうのも悪くないけどケチ臭いし、それ以前にドラム式洗濯機とか食洗器とか考えると引っ越ししたい。
エアロバイクも地味に場所結構取るし。でも支出は増やしたくないしなあ……」
ひとまず古いやつ粗大ごみ出さないとなあ、もうちょい稼ぐの頑張って部屋のランク上げるか?
などと考えていると、メールが来ていることに気づいた。
太山からの返信だ。
『連絡ありがとうございます。ご指摘いただいた件、大変興味深く拝見させていただきました。
共同研究者が非常に関心を持っております。つきましては、連絡いただいた下記の日程でお会いしたいのですがよろしいでしょうか』
その後はあらかじめ記載しておいた今週金曜の病院が終わった後の時間が記されていた。
どうやら狙い通りに話が進みそうだ。
反響少なかったのでプロット変えて12話あたり(前後編なので投稿数としては24話くらい)で打ち切ろうかと思っていたのですが、おかげさまでたくさん評価いただきまして、予定通りひとまず区切り(24~30話くらい)まで進めたいと思います。
(ブログで取り上げていただいたようでスコッパーさんには頭が上がりません)
あと手書きに直す段階で追加した元々プロットにいなかった枝乃が人気あるみたいなので、話で役割持たせられそうであれば登場人物とか話の流れとか若干修正必要ですが再登場の可能性あります(未来の自分頑張れ)。
今後ともよろしくお願いいたします。