千貌の残星 作:無貌
EP6:お茶会(傀儡編)
「次はサンドローネだね」
コロンビーナがそう言った時、アテルラネは、今度こそ露骨に嫌そうな顔をした。
「まだやるの?」
「だめ?」
「もう三人分話したじゃないか」
「だから最後までやるのよ」
シニョーラが紅茶を飲みながら言った。
「私たちだけ昔を掘り返されて、この子だけ何もなしなんて不公平でしょう?」
「私としては不公平のままで構わないんだけど」
「ワタシも別に話すことなんてないわよ」
傀儡、サンドローネもさほど興味がなさそうだった。
機械人形が新しい湯を運んでくる。
サンドローネはその動きを横目で確認してから、ティーカップを差し出した。
「大した出会いじゃなかったもの」
「そうなの?」
コロンビーナが首を傾げる。
「うん」
アテルラネも頷いた。
「大したことないよ」
「怪しいわね」
シニョーラが言う。
「私の時も最初はそういう顔をしていたでしょう?」
「淑女殿の場合は、君が勝手に怒ってただけだよ」
「誰のせいよ」
「アルレッキーノは?」
コロンビーナが聞く。
アルレッキーノは淡々と答えた。
「私は収監中に見物された」
「人聞きが悪い」
「事実だ」
「コロンビーナは?」
「いつの間にか見つけられていた」
「じゃあサンドローネは?」
全員の視線が、サンドローネとアテルラネへ集まる。
二人は互いを見る。
「……」
「……」
そして、ほとんど同時に。
「機械」
と言った。
コロンビーナが瞬きをする。
シニョーラが眉を寄せる。
アルレッキーノが……。
「それだけか?」
と聞いた。
アテルラネは頷いた。
「それだけ」
サンドローネも頷く。
「それだけよ」
シニョーラが心底つまらなそうな顔をした。
「何よそれ」
「だから言ったじゃないか」
アテルラネは笑った。
「大した話じゃないって」
そういいながら、アテルラネは語りだした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初に興味を持ったのは、アテルラネの方だった。
理由は極めて単純である。
分からなかったからだ。
ある日……任務の報告を終えたアテルラネは、グルポフの一角を歩いていた。
その時、向こうから巨大な機械が歩いてきた。
「……」
アテルラネは止まり、機械は進み続けた。
アテルラネの横を通る。
首だけが、ゆっくり後ろを向いた。
「……何あれ」
ファデュイには機械が多い。
遺跡機械を研究したものに、スネージナヤ独自の技術やフォンテーヌから流入した技術。
その程度なら特に珍しくない。
だが、先ほどの機械は違った。
――歩行制御。
――関節。
――重心。
――駆動音。
何より――。
動きが、妙に滑らかだった。
アテルラネはしばらく、機械が消えた廊下を見ていた。
そして……近くにいた兵士へ聞いた。
「あれ、誰の?」
「……は?」
その日のアテルラネは、中年の書記官だった。
兵士は不思議そうな顔をする。
「あの機械だよ」
「あぁ……傀儡様のものです」
「傀儡?」
「はい」
「第七位?」
「ええ」
アテルラネは少し考えた。
十一人のファトゥス、執行官第七位『
知識としては知っている。
だが、仕事上の接点はほぼなかった。
「へぇ?」
それだけ言って、歩き出す。
十分後。
アテルラネは、さっき機械が消えた方向へ当然のように向かっていた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初の数回。
サンドローネは、アテルラネの存在にすらほとんど興味を示さなかった。
一度目は、老人。
研究区画の外で、機械部品の搬入を眺めていただけ。
二度目は、若い女。
技術班の補助員へ混じって、遠くから組み立て工程を見ていた。
三度目は、普通の男。
清掃員として、床を掃きながら作業台に並べられた部品をひたすら観察した。
声をかけることもほとんどない。
何故なら、何を聞けばいいのかすら分からなかったから。
アテルラネは機械工学について、全くの無知ではない。
暗殺者という仕事は、意外と知識を要求する。
――時計。
――錠前。
――火器。
――罠。
――爆薬。
――配線。
――フォンテーヌ式機械。
――遺跡機械。
壊すためならかなり詳しい。
だが、作るとなるとそれはかなり話が変わる。
「……」
ある夜。
アテルラネの隠れ家の机の上には、機械工学の本が積み上がっていた。
「意味が分からない」
一冊閉じる。
次を読む。
「……これを書いた奴は、人に読ませる気ある?」
また読む。
――図面。
――計算式。
――材料学。
――力学。
――回路。
――駆動系。
膨大な知識を頭に入れた。
数日後――。
アテルラネは、別の本を買った。
そのまた数日後――。
フォンテーヌから専門書を取り寄せた。
さらに一ヶ月後――。
実際に小さな機械を作ってみた、が……動かなかった。
二号は、爆発した。
三号は、動いたが壁へ突っ込んだ。
四号は、ようやく机の上をまっすぐ進んだ。
「……」
アテルラネは小さな機械を見る。
そして……一人で満足そうに笑った。
「なるほど」
面白い。
そこからは早かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ある程度知識をつけた頃、またサンドローネの研究所に入り浸った。
「そこ、違うわ」
初めて、サンドローネから直接声をかけられた。
その日のアテルラネは若い男だった。
技術班の臨時補助員で、名前は適当に用意した。
研究室では、サンドローネが小型機械の調整をしている。
アテルラネは、作業台の端で部品を並べていた。
「何が?」
答えてから……補助員らしくない口調だったと気づく。
だがサンドローネは、特に気にしていない様子だ。
指先で部品を一つ示す。
「それ。向きが逆」
「……」
見る。
「本当だ」
直す。
「ありがとう」
「次から気をつけて」
「はーい」
それだけ。
十分後。
また声をかけられた。
「そっちじゃない」
「え?」
「銀色の方」
「これ?」
「右」
「こっち?」
「それ左」
「ああ」
「アナタ、左右も分からないの?」
「緊張してるんだよ」
「何に」
「第七位」
「邪魔だから緊張しないで」
「無茶言うなあ」
サンドローネは。
それ以上、何も言わなかった。
二週間後――。
「七番」
「はい」
「十四番」
「はい」
「固定具」
「これ」
「違う。小さい方」
「こっち?」
「そう」
「次」
「三番」
「はい」
「早いわね」
「勉強したから」
「ふうん」
また作業を続けた。
一ヶ月後――。
「そこの計算」
「合ってるよ」
「見せて」
紙を渡す。
サンドローネが確認する……が。
「……」
「何?」
「合ってる」
「だから言ったじゃない」
「前は簡単な図面すら読めなかったでしょう」
「人間は成長するんだよ」
「一ヶ月で?」
「優秀だから」
「自分で言う?」
「誰も言ってくれないし」
「言う必要がないもの」
冷たい。
だが、アテルラネは気にしなかった。
さらに二ヶ月――。
入り浸るようになってから、アテルラネは顔を変えていない。
理由は至って単純で、面倒だったから。
潜入任務ではないし、情報を盗むつもりも、サンドローネを騙すつもりもない。
ただ、機械を知りたいというそれだけの理由。
なら毎回、別人になる必要がない。
結果として、サンドローネの研究室にはいつの間にか、一人の男が居着いていた。
中性的で整った顔。
髪は男しては少し長く、中性的な見た目らしく声も柔らかい。
名前は、アテルラネ。
ただし、零席だとは名乗っていない。
「アテルラネ」
「何?」
「例の計算」
「終わってる」
紙を渡す。
「部品の発注は?」
「済ませた」
「試験記録」
「そこ」
「……」
サンドローネが手を止める。
「何?」
「仕事が早い」
「褒めてる?」
「事実を言ってるだけ」
「もう一回言って」
「嫌」
「ケチ」
数日後――。
「アテルラネ」
「はいはい」
「これ持って」
「重い?」
「人間一人なら潰れる程度」
「それを私に持たせる?」
「アナタなら平気でしょう」
「いつからそんな評価に?」
「前から」
「光栄だね」
さらに数日――。
「そこ押さえて」
「こう?」
「違う」
「こう?」
「そう」
「手、足りる?」
「あと一本」
「生やせないよ」
「身体、変えられるんでしょう?」
アテルラネが止まった。
「……」
サンドローネも止まる。
数秒。
「いつから知ってた?」
「何が?」
「私が身体を変えられること」
「結構前ね」
「驚かないの?」
「別に」
「何で?」
「便利そうだから」
「……」
それだけだった。
アテルラネはその時初めて……少しサンドローネを好きになった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
現在。
「待ちなさい」
シニョーラが話を止めた。
「今の何?」
「どこ?」
「正体がばれたところよ」
「うん」
「それだけ?」
「それだけ」
「執行官第零位だとは?」
「後で知ったみたい」
アテルラネが平然と答える。
コロンビーナが興味深そうに聞く。
「びっくりした?」
「別に」
「どうして?」
「使える人間だったから」
「……」
コロンビーナが瞬きをする。
「それだけ?」
「それ以上何が必要なの?」
サンドローネは真顔だった。
「計算は早い。図面も読める。必要な部品を先回りして準備する。雑用を嫌がらない。多少危険な実験でも死なない」
アテルラネが指を一本立てる。
「最後については異議がある」
「事実を述べただけよ。だって死んでないでしょう?」
「結果論だよ」
「つまり問題はないわ」
「研究者って怖いなぁ」
サンドローネは続ける。
「それに」
チラリと、アテルラネを見る。
「使えない連中と違って、余計な質問をしない」
「あぁ」
アテルラネが頷く。
「それは意識してた」
「どうして?」
アルレッキーノが聞く。
「研究者って」
アテルラネは少し考える。
「聞かれたくないことを聞くと、機嫌悪くなるでしょ?」
サンドローネを見る。
「この子、特に」
「当たり前よ」
「だから機械については聞く。でも過去については聞かない。目的も聞かない。本人が話したら聞く。それだけだよ」
シニョーラが呆れたように。
「あなたたち」
一拍。
「本当に、それだけなの?」
「うん」
「ええ」
二人とも即答。
コロンビーナが首を傾げる。
「私の時は四回会った」
「うん」
「ロザリンは任務で助けてもらった」
「そうね」
「アルレッキーノは牢屋まで見に行った」
「見物だがな」
「人聞き悪いって」
コロンビーナがサンドローネを見る。
「サンドローネは?」
「勝手にコイツが研究室に来ただけよ」
「それだけ?」
「それ以外に何があるっていうの?」
「……」
コロンビーナがしばらく考え。
「軽いね」
アテルラネが机へ突っ伏した。
「本人に言われた」
シニョーラが笑う。
「四人の中で一番雑ね」
「だって」
アテルラネが顔を上げる。
「私が勝手に興味持って」
サンドローネを指す。
「勝手に勉強して」
自分を指す。
「勝手に研究室へ通って」
またサンドローネ。
「この子が便利だから置いてくれただけだよ」
アルレッキーノが言う。
「差し詰め、野良猫か」
「せめて狐って言ってくれる?」
「似たようなものだ」
「違うわ」
サンドローネが唐突に言った。
アテルラネが少し嬉しそうに。
「ほら」
「野良猫より使えるってだけよ」
「……」
「よかったな」
アルレッキーノ、シニョーラ、コロンビーナが楽しそうに笑った。
アテルラネは深くため息を吐く。
「帰りたい」
「まだ駄目よ」
サンドローネが紅茶を注ぎながら言った。
「この後、新しい試作品を見てもらうから」
「結局働かせる気じゃないか」
「当然でしょう?」
アテルラネはまた深いため息を吐いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから本当に軽い昔話で終わっていた。
だが、コロンビーナが何気なく聞いた。
「アテルラネ」
「何?」
「サンドローネにも悪いところある?」
「……」
シニョーラが少し興味を示す。
「それは聞きたいわね」
アルレッキーノも黙ってこちらを見る。
サンドローネ本人はというと。
「くだらない」
と一言。
「ワタシにそんなもの――」
「あるよ」
即答だった。
サンドローネの眉が動いた。
「……何かしら?」
アテルラネは紅茶へ砂糖を一つ落とす。
「感情」
部屋が少し静かになる。
サンドローネの表情は変わらない。
「何が言いたいの」
「君は」
アテルラネは、カップを混ぜながら。
「感情を切り離す癖がある」
「……」
「邪魔だと思ったものを」
匙が、ゆっくり回る。
「別の場所に置く」
サンドローネの視線が、少しだけ鋭くなった。
「知ったような口を利かないでくれるかしら?」
「知ってるよ」
「何を?」
「君を」
アテルラネが笑う。
「少なくとも……研究室に居座っていい程度には」
「それを知ってるとは言わないわ」
「じゃあ観察してる」
「もっと気持ち悪いわ」
「女狐だからね」
「便利な言葉ね」
「気に入ってるって言ったでしょ」
サンドローネはカップを置く。
「そもそも、感情を切り離して何が悪いの?――非合理的な判断を減らせるし、作業効率も上がる。何より必要な決断も早くなる。感情のせいで失敗する人間なんて……」
シニョーラを見る。
「何故、私を見るの?」
「別に」
「今絶対に見たでしょう?」
「気のせいよ」
「嘘ね」
横で小さな火花が散る。
アテルラネは二人を無視した。
「確かに……君の言ってることは間違ってない」
サンドローネを見る。
「でも」
指を一本、卓上へ出す。
「君がやってるのは削除じゃない」
サンドローネの目がほんの僅かに動いた。
「……どういう意味?」
「切り離してるだけ」
「同じでしょう」
「違う」
アテルラネは珍しく、はっきりと否定した。
「機械で考えようか」
「……」
「不要な部品を……本当に不要だと判断して、取り外す――それならいい。でも……」
指先でカップの横を軽く叩く。
「外した部品を捨てずに、尚且つ番号をつけて、わざわざ倉庫へ入れて、鍵をかけて何年も保管する」
サンドローネは黙っている。
「それ」
アテルラネが言う。
「本当に不要?」
「……」
誰も口を挟まない。
「不要だから隔離することもあるわ」
「あるね」
「危険だから封じることも」
「ある」
「なら」
「でも君は」
声は穏やかだった。
「捨てない」
サンドローネの指が僅かに止まった。
「何を根拠に……」
「長く一緒に研究してたからね」
「答えになってないわよ」
「君」
アテルラネは少し笑った。
「物を捨てる時……結構迷うでしょ?」
「……」
「使わなくなった試作品。失敗した部品。古い設計図。人から貰ったもの。全部さ、これは資料……これは検証用。これは再利用できる。これは比較対象……そうやってさ」
指を折り理由をつける。
「いつまでも取っておく」
サンドローネが不機嫌そうに言う。
「研究者なら普通よ」
「そうかも」
「なら」
「でも」
アテルラネは少し、声を落とす。
「人のことも……同じようにしてない?」
沈黙。
コロンビーナの表情から、僅かに笑みが薄くなる。
アルレッキーノは、何も言わない。
シニョーラも、今度は茶化さなかった。
サンドローネだけが、アテルラネを見る。
「……何が言いたいの?」
「別に」
「言いなさい」
「じゃあ言うけど」
アテルラネは、少しだけ困ったように笑った。
「悲しいなら」
一拍。
「悲しめばいいじゃない」
「……」
「嫌なら嫌。寂しいなら寂しい……会いたいなら会いたい――それをいちいち」
指先で机の上に、見えない箱を作るように四角を描く。
「これは不要、これは非合理的、これは作業の妨げ……って分類して別のところにしまう」
サンドローネの声が少し低くなる。
「……アナタに何が分かるの」
「分からないよ」
即答。
「だから」
サンドローネの方が少し、言葉に詰まった。
「……何よ」
「全部分かるなんて言ってない」
アテルラネは肩をすくめる。
「ただ、一つだけ……機械を君から教わったから、これは分かる」
胸元を指す。
「隔離したものは……消えたわけじゃない」
サンドローネの瞳が細くなる。
「いつか」
アテルラネは軽く指を鳴らす。
「どこかで必ず接続される」
「……」
「その時、一気に全部流れ込んできても……私は知らないよ?」
サンドローネはしばらく何も言わなかった。
そして吐き捨てるように。
「くだらない」
と言った。
「ワタシは自分を制御できる」
「うん」
「必要なものと不要なものくらい判断できる」
「知ってる」
「感情に支配されるほど愚かじゃない」
「そうだね」
「なら」
「でも」
また、アテルラネが遮る。
「感情を持つことと」
少し微笑む。
「感情に支配されることは、決して同じじゃないよ」
サンドローネの目が、僅かに揺れた。
本当に僅かだった。
だが、女狐は人を見る。
それが仕事だ。
見逃さない。
「……」
サンドローネは視線を逸らした。
「知った風なことを……」
「ごめん」
「謝るなら言わないで」
「でも言いたかった」
「何故?」
「友達だから?」
沈黙。
シニョーラが目を見開く。
アルレッキーノがアテルラネを見る。
コロンビーナだけが嬉しそうに笑った。
そして、サンドローネはものすごく嫌そうな顔をした。
「……誰が?」
「違った?」
「助手」
「あれ?」
「優秀な助手」
「昇格した」
「それ以上ではないわ」
「茶会に呼んでるのに?」
「呼んだのは皆よ」
「でも追い出さない」
「面倒だから」
「私の席ある」
「余ってたから」
「専用のカップも」
「他のと形が違っただけ」
「この前私が好きって言った茶葉――」
「黙りなさい!」
アテルラネが吹き出した。
「ふふっ」
「笑うな!」
「いやね、なんか……」
少し嬉しそう。
「君、昔より分かりやすくなったよね」
「今すぐ出ていきなさい」
「さっき帰っちゃ駄目って言ったじゃない」
「今はいいの!」
「試作品見る約束は?」
サンドローネが止まる。
「……」
アテルラネがあからさまにニヤニヤする。
「どうする?」
「……見てもらうわ」
「じゃあ残る」
「アナタねぇ!」
コロンビーナが楽しそうに笑う。
シニョーラもとうとう堪えられず声を漏らした。
アルレッキーノですら、僅かに口元を緩める。
「何なのよ!」
サンドローネが四人を見る。
「全員!」
「いや」
アテルラネが笑いながらカップを持ち上げる。
「いいことだと思って」
「何が?」
「感情」
「……」
また一瞬、サンドローネの顔が固まる。
だが今度は怒鳴らなかった。
「……本当に」
小さく呟く。
「アナタを研究室に入れたのは失敗だったわ」
「でも追い出さなかった」
「使えたから」
「はいはい」
アテルラネが楽しそうに紅茶を飲む。
「今はそれでいいよ」
アテルラネとサンドローネのやり取りを、皆が微笑ましく見守っていた――。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
少しして……空気は完全に元へ戻った。
サンドローネが新しい茶葉を用意する。
コロンビーナは最後に残っていた菓子を狙っている。
シニョーラも同じものを狙っている。
アルレッキーノは既にその二人に気づいている。
アテルラネだけが何も気づかず別の皿を見ていた。
「これ食べていい?」
「勝手にしなさい」
サンドローネが言う。
「機嫌直った?」
「別に怒ってない」
「怒ってたよ」
「怒ってない」
「コロンビーナはどう思う?」
「怒ってたよ」
「コロンビーナ!」
「ふふっ」
シニョーラが菓子へ手を伸ばす。
コロンビーナも同時に。
「あ」
「あら」
二人の手が止まる。
残り一つ。
「……」
「……」
アテルラネがそれを見る。
「半分にすれば?」
二人が同時にアテルラネを見る。
「何?」
「黙ってて」
「黙ってなさい」
「はい」
アルレッキーノが小さくため息を吐いた。
「先ほどまで感情について大層な話をしていた連中とは思えんな」
「お茶会なんてこんなものでいいんだよ」
アテルラネが言う。
「何?」
アルレッキーノが見る。
アテルラネは、椅子へ深く座り直した。
「任務でもない。会議でもない。誰かを騙す必要もない。成果も出さなくていい――ただ……」
周りを見る。
シニョーラ。
コロンビーナ。
アルレッキーノ。
サンドローネ。
そして、少し笑う。
「紅茶飲んでさ、菓子食べて……くだらない話する――それでいいじゃないか」
サンドローネが、新しいカップをアテルラネの前へ置く。
「その割には」
「何?」
「今日はずっと昔話ばかりだったけど」
アテルラネが黙る。
コロンビーナが嬉しそうに言った。
「じゃあ、もう昔話はおしまい?」
「ぜひそうしてほしい」
「じゃぁ、次は何を話すの?」
アテルラネは少し考える。
そして……目の前の新しく注がれた紅茶を見る。
「さぁ?」
肩をすくめる。
「普通の話でもしようか」
「普通って?」
「何でも」
「例えば?」
「最近、何してるとかさ――次どこ行きたいとか……服とか、研究とか、仕事の愚痴とか」
シニョーラが眉を上げた。
「あなたからそんなまともな提案が出るとは思わなかったわ」
「私を何だと思ってるの?」
四人がそれぞれ少し考えた。
アテルラネが嫌な予感を覚える。
「待って」
コロンビーナが最初に口を開いた。
「女狐」
「それはそのまま」
シニョーラ。
「変人」
「ちょっと君?」
サンドローネ。
「便利な助手」
「まだそこ?」
アルレッキーノ。
「面倒な男」
「一番傷ついた」
「嘘をつけ」
「……半分」
「ほらな」
笑い声に茶器の音。
窓の外には、変わらずのスネージナヤの雪。
誰も席を立たない。
昔話は一度ここで終わった。
だが、茶会はまだ……終わらなかった――。