54話 朧月華がエグすぎる……かも。
「俺、おかしなこと言っているか? めちゃくちゃ普通のことしか言ってねぇぞ」
極めてシンプルな理屈のつもりだった。
だが、ジュリアは、何かを言いかけて、結局、言葉を飲み込んだ。
「……」
その沈黙が、何を意味しているのかは、俺には、よく分からなかった。
……うそだよ。
わかっているさ。
俺はバカだが、そこまでバカじゃない。
……と、そこで、病室の入り口から、綾大路が姿を現した。
人をかきわけ、俺の前までくると、
「あなたの献身には敬意を表します」
いつもの、抑揚の少ない声で、綾大路は続けた。
「おかげで、今回も、人類の宝である時空旅団を失わずに済んだ。あなたは、彼らの担任として……一人の英雄として、非常に有能だと言わざるをえない」
「どうも」
英雄ねぇ。
そんな強い言葉を使うなよ。
弱く見えるぞ。
「あなたへの敬意というのもかねて、今回は9階層には下りていません。9階層に下りるときは、あなたも一緒です。当然でしょう、今回の件は、あなたが最大の功労者なのだから」
「……はぁ。まあ、その辺はどっちでもいいすけど」
綾大路は、こちらの反応を気にする様子もなく、続けた。
「今回は前回よりも、明らかに体の状態がマシのようですね。体が慣れてきたということでしょうか。本当によかった。この程度ですむなら、もしもの時は、また、あのリングに頼ることもできるでしょう。……もちろん、軽度の障害は残っているようですが……この程度なら、明日にでも、9階層に――」
と、そこまで言った時点で。
隣にいたユウガが、無言のまま、綾大路の頬を張った。
パァァアアンと、力強い音が病室に響き渡る。
その場にいた全員が、一瞬、動きを止めた。
「……なにをする、小娘。私を誰だと――」
頬に手を当てながら、綾大路が、怒りを込めた目でユウガを睨む。
だが、ユウガは、それ以上の怒りの目で、まっすぐに睨み返した。
「こんな状態の先生を、明日にでも9階層に引っ張り出して、どうする気ですか。また強い敵が現れてピンチになったら、先生に、ダークリングを使ってもらおうってことですか?」
「必要であれば、頑張ってもらうことも当然――」
「そもそも、前よりはマシって……先生が言うならともかく、あなたが口にするのは、不謹慎にもほどがある」
ユウガの声が、次第に熱を帯びていく。
「杖ついて、五感に障害残っている状態で、また無理して、指が動かなくなって、五感がさらにやられて……そんな先生を前にして、これなら、また使えるって? 先生を使い捨ての道具か何かだと思っているんですか?」
「……」
綾大路は、何も言い返せずに、ただ、押し黙った。
色々と言いたいことはありそうだが、ユウガの剣幕に押されているという印象。
病室の空気が、しんと張り詰める。
そこで、俺は、ベッドの上から、そっと口を挟んだ。
「あの……ユウガさん。そんな深刻にならなくていいよ。マジで、今回はさほどでもないから……」
おそらくだけど、今回、後遺症がマシだったのは、朧月華の効果じゃないかな。
この羽織を着ている間は、ダークリングのダメージも軽減されるんじゃないだろうか。
ダークリングを使っている間はレベル100以上だから、朧月華の効果も高くなる。
そう考えると、非常にいいシナジーと言え――
「先生は黙っていてください。あなた頭おかしいんだから、喋るとややこしくなる」
「……今、一番、俺の心をえぐったのは、ソロモンでも、ダークリングでも、綾大路でもなく、ユウガさんだってことには気づいてほしいかな……」