※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
トンッ、トンッ、トンッ、⋯
細い指先を机に叩く音が響く。
ここは聖堂教会の敷地、礼拝堂の側に佇む木製の納屋の中。
助祭、ヴァレリオは足を組みながら椅子に腰掛け、調査書に書かれたその内容を眺める。
『時計塔の使い魔ランサー、推薦魔術師の使い魔ライダーの両者が昨夜、東地区の森林地帯で本格的に交戦。』
『破壊状況からどちらか一方は高位の魔術、あるいは宝具を使用したものと思われる。』
『どちらの生存も確認済みで、結果として脱落者は出ていない模様。』
少ない教会側の部下が調査した内容は、詳細は曖昧なれど歴とした事実が書き記されていた。
「⋯バルトメロイの手駒を相手に戦いを引き分けに持ち込むとは。バレッドだったか、どうやらロイシェが推薦してきた魔術師の陣営はなかなかに実力があるようだ。」
調査書を机に置き、隣に置かれたもう一枚の紙を手に取る。
それは教会側がこの戦争に勝つための、戦略が書かれた紙だった。
「戦力差を考慮したとしても、やはりこの作戦であれば事が順当に進めば圧勝を獲得できるだろう⋯。」
そうして立ち上がった彼は、振り向いて姿勢よく立つ話が使い魔に目線を向ける。
「⋯この作戦を成功させるには、君が一番に肝要ということを理解しておいてくれよ、キャスター。」
日の光でしか照らされないその暗い部屋で、白い左目を光らせて彼はそっと応えを出す。
「ええ、そのことは先刻ご承知。私は全て、あなたの望むままに従うとも。」
右手を胸の前へ上げ、左手を軽く広げたキャスターはゆっくりと上体を倒す。
その動作を横目に歩き、ヴァレリオはドアを開けて礼拝堂へと向かった。
出ていった彼を追って、魔術師も後について行く。
魔術師を従えて正面の扉から礼拝堂に入ると、すぐ視界にその姿を捉えた。
奥の祭壇に一人佇む神父、グレゴワール。
彼もまた、中に入ってきたヴァレリオを視界に捉えた。
身廊を歩き始めたヴァレリオが、すぐに気配を感じて後ろを振り向く。
そこにはグレゴワールの従者である狂戦士が、その役割にそぐわずその屈強そうな体でまるで銅像かのように静かに直立していた。
彼らを召喚して二日が経った今、ヴァレリオが特に恐ろしいと感じるのは狂戦士だった。
彼は狂戦士ということで制御の効かない暴れ馬になると思っていた。
しかし戦いがないこの二日間、狂戦士はずっと軽い唸り声を出すのみで基本は静かだ。
想定とは違う見慣れないその様子をヴァレリオが不気味に見ていると、グレゴワールが話しかける。
「ふふ、面白いだろう。バーサーカーとしてしっかり狂化を施され、彼には理性の欠片も無いはずだ。だが何故か私の命令は聞いてくれてね、おそらく主に対する忠誠心が狂化を越えて強いのだろう。」
「フン、それは使いやすい駒その上無いな。我がキャスターとも相性が良さそうだ。」
顔色を変えずに返答をしたヴァレリオは視線をまたグレゴワールへと移す。
「本題だ、グレゴワール。我々の計画について方針は決まった。」
「そうか。で、計画の実行その有無はどうなったのだ?」
「それについてはこのまま進めても問題は無いだろう、昨夜の他陣営による戦いも踏まえての見解だ。」
怪しい会話の声が、ステンドグラスにより色鮮やかとなって差し込む朝の日の光、それが淡く照らす礼拝堂の中に反響する。
そして日光が雲に遮られたのか、一気に礼拝堂内部は暗くなる。
同時にグレゴワールは不敵に笑みを浮かべた。
「フ⋯、それはであろうとしか言うまいな。」
その言葉を漏らすと、彼はヴァレリオに背を向けた。
「⋯ではすぐにエレオノーラを呼び、計画を伝えるとしよう。」
ヴァレリオはそう言うと、礼拝堂の奥へ行きエレオノーラへ伝達を送った。
伝達を受け取り、しばらくしてエレオノーラは従者の暗殺者をヴァレリオの指示通り連れて礼拝堂に到着した。
そうして礼拝堂には聖堂協会、その陣営が保持するサーヴァントが全員揃った。
その状況は明らかに通常の聖杯戦争ではなく、この聖杯戦争が異質なものだと示していた。
「どうしたのですか、このような朝早くに呼び出しをかけて。⋯何か動きでもあったのですか?」
緊張をした様子のエレオノーラが二人に尋ねた。
その質問に、グレゴワールが温厚な口調で返した。
「すまぬなエレオノーラ、我々のこの戦いでの方針が決まったのだ。今回の計画はその始動に時間が必要であるから早く動かねばならない、この時間に呼んだのはそのためだ。」
「はあ⋯なるほど。計画、ですか?」
「そうだ、今から君にはその計画の内容を伝えるのだよ。」
そう言ってグレゴワールはエレオノーラを会衆席へ座るよう促す。
エレオノーラが座ったのを見て、グレゴワールは喋りだした。
「さて、計画についてなのだが⋯。」
「その内容については私から説明させてもらおう。」
グレゴワールの言葉を遮って、ヴァレリオが口を開く。
その言葉を聞いて、グレゴワールは発言権を彼に譲った。
エレオノーラはその目をヴァレリオの方へ向ける。
「⋯ヴァレリオ助祭?」
「単刀直入に言わせてもらおう。我々の計画とは、この聖杯戦争において戦場を圧倒して制圧できる『絶対的な力』を作り出し、その力で我々以外の全陣営をまとめてすり潰すことだ。」
ヴァレリオは静かな口調で言い放つ。
その厳格な雰囲気に、エレオノーラは思わず息を呑んだ。
「『絶対的な力』⋯⋯。それは一体、なんなのですか?」
「私のキャスター、そしてあそこに居るバーサーカー、二人を使ってなし得るものだ⋯。」
怪訝な雰囲気を感じ取り、エレオノーラは少し身を構える。
そして、少ししかめた面持ちを彼女はした。
「何をするつもりですか?」
「⋯キャスター、君の真名を彼女に明かしてやるといい。」
その言葉を聞き、エレオノーラは振り返って魔術師を見る。
ヴァレリオに促され魔術師は「ええ。」と一言、丸く白い左目を笑うかのように細める。
そしてエレオノーラに向け、静かに深々と一礼をしてみせた。
「錬金術師『ニコラ・フラメル』、それが私に与えられた名です。もっとも、私という存在は史実の私個人というよりは、人類の『賢者の石を創り上げた偉大な錬金術師』という共通認識が形を成した概念のサーヴァントに過ぎないのですが。」
「ニコラ⋯フラメル⋯。」
エレオノーラは魔術師の名を聞いて、頭に一人の人物を思い浮かべる。
『ニコラ・フラメル』、その名は何百年も前に実在したフランスの書店営業者のもの。
しかし噂ではその名を持つものは、錬金術師であったと言われているがその事実は否定されている。
だが世の共通認識があまりに強いため生み出されたサーヴァントということ、そのように彼女は解釈した。
エレオノーラの呟きを続けるように、ヴァレリオは話し始める。
「そう、我々が呼び出したサーヴァントの一人は『ニコラ・フラメル』。彼には概念であれど『賢者の石』そのものを作ることができるのだ。」
「それはつまり⋯。」
「ああ、察しの通りだろう。キャスターにその実物を錬成させ、あそこに佇むバーサーカーの体内に核として組み込む。」
エレオノーラは目を見開いて、魔術師のその奥に見える置物のような狂戦士へ視線を向ける。
ヴァレリオはそれに構わず言葉を続けた。
「『賢者の石』には伝承どおり、底無しの魔力貯蔵も絶え間のない再生能力も宿されている。」
ヴァレリオの言う計画は、実現すれば彼らの言う圧勝を当たり前に手に入れられるであろうことに他ならなかった。
伝承どおりの『賢者の石』が狂戦士に埋め込まれたのなら、それはもはやサーヴァントの域を超えた、まさに歩く天災と化すもの。
しかしエレオノーラは一つ思った。
「ですがそんなもの、作るのにはそれこそ膨大な時間や魔力だって必要なのではないですか?」
その当然の疑問に、今度はグレゴワールが満足げに頷く。
「まさしく。だからこそ我々には時間が必須となる。そこで、君とアサシンの力は必要不可欠というわけだ。」
「⋯⋯私と、アサシンさんの?」
エレオノーラはどういうことなのかまた疑問に思ったが、そのまま続く話に理解を得ようと耳を傾けた。
「まず魔力の点において我々は今夜、大規模な作戦を行う。キャスターにはその作戦にて、『賢者の石』を完成させるのだ。」
グレゴワールは背を向いて祭壇へと歩き始める。
声が離れて、尚更に礼拝堂に反響して聞こえるようになった。
「魔術結界を扱う作戦であるから、敵の毒蛇達にも我々の動きは気づかれるだろう。だから、キャスターが『賢者の石』を完成させるまでの間、君たちには毒蛇達への牽制と錯乱を頼みたいのだ。」
確かに、大規模に自分へ利を作ろうとするなら敵陣営だって邪魔はするだろう。
そう思ったエレオノーラは自分の役割を納得した。
「なるほど⋯、分かりました。私とアサシンさんは裏から、攻めてくる敵を錯乱すれば良いのですね。」
「そうだ。共に計画を遂行する、これは聖杯を完成させ、この世に『世界の救済』を成すその一歩だ。特に君には重要な役割を背負わせているから、くれぐれも頑張っておくれ、エレオノーラ。」
重要な役割、それを聞いてエレオノーラは更に緊張するがそれ以上に意気込む。
これはひとえに、理不尽に無実の人々が犠牲の的にならないため。
「自分達に出来る限り、頑張りますね。」
そう言って、ずっと後ろで立っていた暗殺者を見る。
しかし暗殺者は何も言わず、ただ自分より向こうを見つめているだけだった。
表面的には変化はないが、僅かにヒリヒリとした雰囲気を纏って。
* * *
体が熱い。
なんとなく気怠げさも感じる。
魔術回路というものを開いた影響なのか?
暗闇で温度の高い空気に包まれている、それが現状だった。
ここは何処だ、俺は何をしている。
そうして抗うこともできず空気に身を任せて流れていた。
その声が俺の手を取り、引っ張り抜いて助けるようにかけられるまでは。
『⋯ス⋯ー⋯⋯スター⋯マスター⋯』
後ろからセイバーの声が聞こえる。
そう思って振り返った。
『⋯マスター!』
「⋯っ、うぅ⋯え⋯?」
薄く見開いた目の先には、彼女が看病するように座っていた。
「セイバー⋯?」
「はい。マスター、おはようございます。」
セイバーはいつものように屈託の無いような笑顔を見せて返事を返してくれた。
セイバーを見る俺には、柔らかい感触が背中に広がっている。
どうやら俺はベッドの上で寝かされているようだった。
それにしても今セイバーはおはようございますと言ったか。
もう今は朝なのか?
そう思って上体を起こそうとする。
しかし気怠さが残っていてうまく起き上がれない。
俺は右手をベッド上に突いて支えを作り、その体を起こそうとする。
それを見て、セイバーが俺の背中にその手を回し、起きようとするのを手伝ってくれた。
「⋯ありあとう、セイバー。」
「いえ。それにしても、あなたは今動いて大丈夫なのですか?」
「⋯体が重いのはあるが、動かせないことはない。⋯でもセイバーが昨日言った通り、熱があるのかもしれない。」
「そうでしょうね。顔が薄く赤いのですもの、マスター。」
そうなのかと思い、左手を額に軽く当てる。
まあ熱く感じたものの、平熱の時の熱さを覚えていないので比べようがない。
「⋯でも、前に高熱を出したときほど辛くはないぞ。」
「いいえマスター、多少でも無理は禁物です。寝ててください、今日は安静にしておいた方が良い。」
セイバーは少しぶすくれた顔をしてそう注意を言い、立ち上がる。
「私がずっと側で見守りますから安心してください。なんたって、私はあなたのサーヴァントですからね。」
すぐに微笑みに切り替わったセイバーは、台所の方へと行く。
セイバーはキョロキョロして、どこに何があるのかを確認するような素振りを見せる。
そして冷蔵庫に駆け寄り扉を開けて、何やらゴソゴソしていた。
「⋯これか!」
そう言って何かを取ったセイバーは、スプーンと共にそれを持って来た。
セイバーから手渡されたもの、それはパックヨーグルトだった。
「どうですか? 小さい食べ物は摂取しやすいと思ったのですが。」
食欲がよく湧かない今、確かに食事を取るにはパックヨーグルトは適切な選択だ。
⋯⋯意外だ。
セイバーは今まで勝手に不器用だと思っていた。
でも、案外気の利く優しい人なんだな。
「⋯ありがとう、セイバー。」
「いえ、礼には及びません。私は私のするべきことをしたまでですから。」
感謝を口にすると、セイバーはそう返した。
しかし冷静な反応を取った裏腹、表情は今までにない満面の笑みだった。
⋯えっと、内心嬉しいのだろうか。
まあ、そんなことは気にせず俺はパックヨーグルトを食べ始める。
うん、やっぱり美味しい。
食欲はなくても食べれば出る感想は以前と同じ。
笑顔のセイバーを傍らに、俺はそのままパックヨーグルトを食べ進めた。