※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
まだ早い、夜が明けたばかりの朝の時間。
マルセイが目覚め、セイバーが回路を開いたばかりで疲労が残る彼の体を支える。
その穏やかな宿内の一時を、遠くから眺める者が居た。
目を細め怪訝な面持ちで彼らを眺めるのは、アインツベルンの使い魔その弓兵。
剣士と相まみえたあの時に弓兵は、意識の低さや他陣営への興味から自身の気配を多少しか薄めていなかったため、セイバーには僅かな気配さえ勘付かれた。
しかし今日は接敵は避けるためにその気配を完全に遮断し、他陣営の様子を観察するのみを行った。
「⋯何か嫌な風を感じるが。⋯⋯あの様子、見るからに奴らが因では無さそうだな。」
そう小声で呟いた弓兵は気配を消したまま背を向けて、その場を離れた。
街に立ち並ぶ家たちは皆、二階の高さがあるため下から上の様子などよく見えない。
そんな高い屋根の上を、弓兵は一つの屋根に一歩のペースで飛びながら素早く駆ける。
ーーーそれにしてもだ。一体何なのだ、この気味の悪い風心地は。
いつもの彼女なら、この時間にはクラウディアが目を覚ますまで山荘の側に生える針葉樹に座して、街を見ながら待っているところだ。
しかし以前の空気の澱みとは違いずっと嫌な風を感じたために、警戒した彼女は今朝は街を巡回していたのだった。
弓兵はその違和感の因を探して、セイバーの居た宿を去った後も引き続き、人通りの少ない今朝の内で街を隅々まで見て回った。
街の中央辺りに聳える大きい噴水のオブジェ周辺から、昼でも人気が無いであろう裏の道や建物の間まで。
しばらく走って、見回った。
しかし彼女の目の前にはその因は見つからなかった。
街で特段と高い建物の屋上へ上がり、何も遮るもののない場所から街を一望した。
山々の高低差や入り組みの激しい土地に置かれたこの街では、ここから全体を見渡せるわけではない。
しかし視界は遮られても、弓兵はその人並み外れた視覚以外の五感も研ぎ澄まし流れを捉える。
携える獣の耳を立てて微かな音も拾い、体をじっとさせて肌で空気の流動を感じ取る。
弓兵は目に見えないものから因を探ったのだ。
だが、嫌な風は感じるのに異質な流れは感じなかった。
ーーー私の、ただの気の迷いなのか?
街中どこを見回っても因が見つからないので、街に活気が出る前に一旦彼女は山荘へ戻ることにした。
走りながらに彼女は、考察を重ねる。
ーーーこの気味の悪い風は、既に事が起きたことを表しているのではないのかもしれん。その逆、何かが起ころうとしているのを私に示しているのかもしれない。事前か事後か、どちらにせよ⋯⋯侮れぬ。
より一層深く怪訝さを増した彼女は、疾風の如き速さで山荘へと駆けた。
針葉樹地帯に入り、木々を颯爽と走り抜けた弓兵はすぐに己が陣営の拠点である山荘へ辿り着いた。
地から山荘のベランダへ飛び移った彼女は、窓越しに山荘内を見る。
そのリビングの中に、弓兵は二人の姿を見る。
クラウディアは既に起床済みで、手前の食卓の椅子に座っているようだ。
その奥のキッチンにマリアットの姿も捉えた。
弓兵はベランダと山荘内を繋ぐ扉を開き、あまり入ることのない山荘の中へと足を踏み入れた。
「おかえりなさい、アーチャー。」
クラウディアはすぐに気兼ね無く、帰ってきた弓兵へ顔を向けて挨拶を送る。
マリアットも同時に挨拶を送り、弓兵はそれを受け取って「ああ、すまん。」と二人に手を上げ返す。
いつもらしく関心のなさそうな顔をしたクラウディアは尋ねる。
「まだ朝の七時を越したばかりなのに、こんな朝早くからどこへ行っていたの?」
「街の周りまでに嫌な空気が漂っていたものだから、独断で街の巡回をしてきたのだ。」
「嫌な空気?」
「ああ、気の迷いとも思ったが一応念のためにな。」
そう言いながらクラウディアに背を向けて、入ってきた扉の横にある、いつも外から山荘内を見る窓際の間に弓兵は左腕の肘を置いて寄りかかる。
「それで、街に何か変化はあったの?」
「いいや、全くだ。街の様子は依然として変わらぬし、空気の流れが変わったようには思わなかった。」
窓の先、針葉樹の木々の合間から覗く何も変化のなかった街を見据えて、弓兵は言葉を続ける。
「しかしだ、何かが起こらぬ限り空気など澱まない。まだ分からないが、他の陣営やマスターが狙っている黒幕が動き始めたのかもしれぬ。」
「確かに、それはあり得るわね。『模造聖杯』のシステムを起動して既に十数日立っているし、教会の連中もそろそろ完成に向けて動き出し始める頃だと思うし。」
「⋯聖杯を完成させるために、一体連中は何をするつもりなんだ。」
「さあ、どうかしら。最悪このドロミティの街を、全体的に巻き込んだ凶行に出るかもしれないわね。」
クラウディアは右手に、紅茶の入ったティーカップの取っ手を持つ。
弓兵は彼女の言葉に反応して振り向き、聞き返す。
「街全体を?」
「ええ、『模造聖杯』を作るような過激思想の人たちだもの。それくらい顧みず実行してくる可能性は否定できないわ。それこそ、第四次聖杯戦争の時のように、街が大きく被害を受けることだってね。」
「⋯⋯第四次聖杯戦争なるものがどのようなものだったのかは知らぬが、街が被害を受けるという点については必ず止めねばならん。」
「それはどうして?」
クラウディアは騎士にも見えない弓兵がなぜ、街が危険に晒されることに嫌悪や抑止の考えを持つのか気になった。
それに弓兵は窓の先の街を見据えて惑わず、間を開けずに返答をした。
「何を当たり前なことを聞く。街には多くの子どもたちが暮らしている、その子らを犠牲にするような獣以下の卑劣な行動なぞ許せるものか。我が女神の教えに背く非道は、私の手で必ず止めねばならん、そういうことだ。」
その答えを聞き、クラウディアは納得した顔で小さく頷く。
「⋯そういえば、あなたはそうだったわね。ごめんなさい、変なことを聞いちゃって。」
「ああ、別に構わんが。」
弓兵の背中を見ながらクラウディアは、顎に左手を付けて思案した。
「それじゃあ今後、教会の陣営が大きく事を起こすのならそれ相応の対処を考えなきゃね。下手に事を重大化させても、御爺様やお家にまで迷惑かけちゃうし。私たちで連中を、ここでちゃんと止めなければならないのよね⋯。」
最悪の事態が起きて街を破滅に追いやらぬよう、しっかり先のことまで予測して計画を立てようと、そうクラウディアは思った。
* * *
ドロミティの街の中に、エレオノーラの住む部屋はある。
彼女は元々この街に住んでいて、聖堂教会の組織に入ってからもこの街の礼拝堂に配属されていた。
先刻教会にて教会陣営の作戦を聞いた後、街の木造アパートにある自身の部屋へと帰ってきた。
扉から廊下の先に見える机に行き、電気も点いていないカーテンも閉められた暗い部屋で、椅子に座ってすぐ「⋯はぁ。」と小さなため息を漏らす。
そして机に開きっぱなしで置いていた、個人的な教会陣営の動きをまとめた書に目を向けた。
今まで大きく動いているわけではないが、彼女には確かにグレゴワールやヴァレリオが誰かと争っている雰囲気が感じられた。
しかし今朝聞かされた作戦は感じられたという感情を越えて、敵が居てそれを討つための動きをするまさに戦争を実感させる重苦しい空気だった。
「グレゴワール神父やヴァレリオ助祭は、これから本当に戦ってしまうのですね⋯。」
そう言ってこれから本格的に始まってしまう教会の戦争に、彼女は畏怖を感じていたのだ。
カーテンの間から差し込む外の光に薄く照らされながら力を抜いて座っていると、先程通った暗い廊下に一つの影が現れる。
そして何も言わずに、黒い影は陽炎の目を揺らしてエレオノーラを見つめていた。
現れた黒い影にエレオノーラもすぐ気づき、声を掛ける。
「すみません、アサシンさん。私だってこの戦争の参加者なのに、陰気臭くしちゃって。」
その声掛けに対し、口数の少ない暗殺者はやっと口を開く。
「何を謝る必要がある。誰しも本来なら戦争に恐怖を感じるものだ、それにマスターのように心が定まらずに飛び入ったのなら尚の事。」
機械のようなノイズが掛かった不気味なその声は、その声に見合わずエレオノーラを気遣うような言葉を返す。
彼女も暗殺者の意外な優しさには、この聖杯戦争の中で安心出来る数少ない要素となっていた。
「ありがとうございます。ですがそれにしても、グレゴワール神父達は『賢者の石』を作るために何をするのでしょうか。私たちの魔力を補うあの聖杯の力を、また使用したりするのでしょうか。」
「⋯⋯⋯。」
暗殺者はこれからの動向を考えるエレオノーラの言葉に黙り込む。
そしてしばらく沈黙した後、突然に彼女へ質問を返した。
「⋯マスターは奴らの計画に、これからも力を貸し続けるのか?」
「それは、どういうことですか? アサシンさん。」
「奴らは確実に君を利用して、何か良からぬことを企んでいるように感じる。それでもマスターは、まだ奴らの計画に与し続けるのか?」
「それは⋯、そうですね。聖堂教会に入りあの礼拝堂に配属され、何年も神父のことは見ていた。あの人は何か不穏なことを考えている節はありますけれど、そこまで純粋悪にも思えないのです。それに神父は共に『世界の救済』を望んで戦っていますから、人々に極大な害を為すまでの計画は立てないはず。」
エレオノーラはグレゴワールに対する数年の付き合いから、その人柄を予測した。
すると、どうにもグレゴワールは悪さを為す悪人に成ることはないと思ったのだ。
「だから、例え私が利用されようと儀式が上手く進んで、無害にいち早く世界を幸せにできるのなら、私は流されるままに身を任せたいのです。」
「⋯⋯⋯そうか。」
「ええ、それが今の意思です。」
エレオノーラは微笑みながら純粋に願っているゆえの、芯の強い意気込みを話した。
「⋯マスターが彼らを信じている間は、私も共に信じて手を貸し続けよう。」
暗殺者もその言葉には何も反論せず、教会の不穏さを無視して主を信じる意思を見せた。
「本当に、ありがとうございます、アサシンさん。」
「⋯きっと君の純粋さは、世界を美しくするのだろう。私も、救われた世界というものを見たくなった。」
そう言って暗殺者は姿を霧散させ、静かに彼女を見守る動きに戻った。
エレオノーラはグレゴワールにも似た言葉を言われたことを思い出し、また静かに書物の続きを書き始めた。
* * *
山奥に在する聖堂教会の礼拝堂、そこから少し離れた森林地帯の中には大きく佇む城のような建物がある。
廃墟のような静寂に包まれたこの城には、何人かの人が行き来していた。
そしてまた一人、この城へ足を運ぶものが居た。
城の内部へ入り、その奥まで歩く。
しばらく歩いて辿り着いた扉を開き、そこに居た魔術師に声を掛けた。
「仕込みはどうだ、キャスター。」
冷徹な声を響かせたのは、ヴァレリオ。
その眼前に広がる部屋には、無数の魔導書や錬金術の器具、そして怪しい光を放つ霊脈の触媒が、所狭しと並べられている。
中央に鎮座するフラスコの中には、泥のように濃密な赤黒い液体が、まるで生き物のように蠢いていた。
「ええ。既に街の地下に巡る大霊脈、その節点への魔術結界の展開準備は整っています。これから形を完成させ、後は能力を持たせるために主行事を行い満ちた霊脈を流し込めば、貴方達の求めるそれは完成する。」
魔術師は狂おしく不気味な口調でそう言う。
その言葉を聞いたヴァレリオは顔色を変えず、一つ言葉を零した。
「早ければ今夜、街を不吉な嵐に包む。アインツベルンの傀儡も、バルトメロイの手駒も諸共⋯全てはこの錬成陣の中で、至宝の石を完成させる糧となってもらおう。」
その言葉は夜のように黒かった。
太陽は既に真上に昇る外は明瞭の時刻であるのに、この暗い城の一角ではどこまでも真っ黒な深淵が形成されてゆく。
その深淵が時を刻み空までに至ったとき、各陣営の思惑は破滅の夜へと導かれてゆくのだった。