※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
パックヨーグルトを食べた後、セイバーに寝かしつけられた俺は軽く睡眠を取って昼過ぎにまた目を覚ました。
起きたとき、やっぱり隣にはセイバーが座っていて、ずっと優しそうに俺を見守って座ってくれていたようだ。
そういえば朝起きたときには未だ熱は籠もっていたようだから気怠さを感じたけど、流石に昼まで寝て起きた今はその気怠げさは、かなり消え去っていた。
俺はベッドで上体を起こしたまま喋る。
「⋯寝たら直るもんだな。もう多少、体は動かしても大丈夫そうだ。」
そう言いながら、掌を何度も握ったり開いたりを繰り返した。
謎に、何かいつもと違う巡りのような感覚が続いていることに気づく。
何だ、何か付いているのかと思い、上体を捻って体中を見回す。
「やはり今はもう感じますか、『魔力』の流れをその身に。」
奥から歩いてきたセイバーが、水の入ったコップを持ち歩きながらそう話し掛ける。
その言葉を聞いて、俺は「ああ、なるほど。」と納得する。
「この変な感覚は『魔力』ってやつのものなんだな。」
「その感覚が巡るようなものを指すならば、きっと魔術回路を開けたことによる魔力の知覚、その感覚なのでしょう。」
今まで純粋だったその体に、異物が混じって特出するような。
いや、その逆か。
今まで欠けていた体のそれが、特に際立っているだけなのか。
兎にも角にもいつもと違った感覚を持っているということは、本当に俺はずっと夢物語だと定義していた『魔力』を引き出せてしまっているらしい。
「⋯信じられないな、だけど事実なのか。」
「ええ、あなたは頑張ったのですから。」
そう言って俺に水入りコップを渡したセイバーは微笑んだ。
頑張った、か。⋯そうだな。
〝セイバーのために戦いたい〟という、ただそれだけの気持ちが怖がりの俺をここまで突き動かしている。
本当に、ただそれだけの本望が。
考えていると俺は、それに気づいて可笑しくなり笑ってしまった。
「度の過ぎたお人好しってのは、俺にも言えることなのかもな。」
不思議そうな顔をして、セイバーは俺を見ていた。
その顔を横目に俺は水を飲んで、眠気を覚ました。
「それで、セイバーの想定通り魔術回路は開いたわけだけど。俺はこれから何かするべきことはあるのか?」
「そうですね、あとやるべきことは実際に魔術を発動させてみることでしょうか。」
「⋯それ、回路を開けることより難しいんじゃないのか? 魔術を一から覚えなきゃってことだし、言っておくけど俺はまだ、一般人に変わりはないよ。」
「ええ、それは既に理解済みです。ですが魔術を覚えるという点では、並みよりは簡易であると思いますよ。」
「俺には魔術を覚えるのが簡単って、どうしてだ?」
俺にだけって、何か特別な要素でもあるのだろうか。
「魔術回路を開くために生命力を流したことを覚えていますか? その時に使った種火には開通の説明時にも言ったことですが簡易的な刻印を備えたのです。まあ刻印と言っても、単に私の編み出した魔術の使い方を教えるものに過ぎませんが。」
「簡易的な刻印?」
刻印って何だ、それは。
魔術の使い方を教えるものっていうのも、つまり何なのだろうか。
やはり一般常識の範囲外にある夢物語のような話は、理解するのが難しい。
「すまん、もう少し分かりやすく教えてくれないか?」
「つまりですね、あなたの魔術回路に直接魔術発動のマニュアルを叩き込んだので、魔術を発動するのはそのマニュアルを追うだけで良いということです。追い方は起動という点と発動という点の道を魔力を流すという、いわば線でなぞるようなものです。地道に長時間魔力を流すわけではなく、一度流すだけで発動にはすぐ至ると思います。」
「なるほど、すると俺は魔力を扱えるようになってその起動の点に流すことが出来れば、後は勝手にセイバーの魔術が発動するということか。」
確かにその方法は、俺が魔術を一から覚える必要は無い。
俺には簡単というのにも納得がいった。
「というか、簡易的な刻印なんだから何かデメリットがあったりするんじゃないのか? 例えばそのマニュアルは数回のみの使い切りモノだったりして。」
「刻印は私の魔力が流れる限り、その効力を発揮し続けます。なので使い切りでは無く、私と契約が続く限り魔術は容易に発動することが出来るでしょう。」
そうなのか。
それなら俺が無駄に心配をする必要は無く、ただ提示された課題を頑張ってこなすだけというわけだ。
「⋯何だか用意周到だな、セイバー。」
「当然です、マスター。我々は今この時こうあっても、聖杯戦争に参加して戦う立場なのですから用意を怠る理由は他にありません。慎重すぎるということは決して無いのですよ。」
「そうか、そうだな。備えあれば憂いなしともよく言うし、俺もマスターとしての自覚をしっかり持たなきゃだ。ここまでしてくれてありがとう、セイバー。」
「いえ、私はあなたのサーヴァントですから。」
そうセイバーが何度も口にする言葉は俺がマスターだということの自覚を尚更に与えてくれる。
彼女は戦うために俺にここまで尽くしてくれているんだ、ならばマスターとして彼女の貢献に応えなければ。
「魔術を発動するには魔力を流さなければならないんだったよな。とりあえずこれからは、魔力を扱えるようになることが目標というわけだ。それはどうなんだ、簡単なのか?」
「魔力の運用ですか、そうですね⋯。」
そうしてセイバーは口に手を当ててしばらく考える様子を見せた。
「課題点としては、現状のまま魔力を放出すると出力調整が半端なまま、最悪自身を自滅に追いやる可能性があること、あなたが慣れないときの魔力生成に発生する痛みに耐えられるかどうかということです。これが常時伴うとなれば、魔力の運用はまだ容易ではないと思います。」
「⋯そうか、まあそうだとは思ったよ。でもやることが明確なのは嬉しいことだから、後は突き進むだけだな。」
「ええ、私も出来る限りの手伝いはしますから共に頑張りましょう。」
ああと頷いて返した俺は、早速自分の課題に取り掛かろうとしてベットから立ち上がろうと足を横に出した。
しかし、
「ですがそれに取り組むのは明日からです。」
そう言ってセイバーは立ち上がろうとする俺の足を両手で掴み、またベッド上に引き戻したのだ。
「なんでさ、やるべき事が明確なんだから俺は手早くやろうとしてるんだろう。」
「朝に言ったでしょう、今日は安静にしておいたほうが良いと。マスター、あなたはまだ完全に病み上がりという訳では無いですし、今修練を積もうとすればその容態を悪化させてしまいます。」
セイバーは心配するような怒るような顔でそう言った。
俺は正論をストレートに言われて、何も言い返せなくなった。
そうして仕方なく言葉に従うことにした。
少し不貞腐れた気持ちになり、上体をベッドの上へ適当に倒した。
「はあ、せっかくやる気になった所だったのに。」
そうヤケ気味に言葉を漏らすと、それでもセイバーは微笑んで言葉を返した。
「急いては事を仕損じる、ですからね。」
* * *
騎士とその主人の親愛に包まれた昼時は過ぎた。
街では時が進み、今は既に夕暮れ時と成り変わっている。
その時は止まることを知らずに進み続ける。
今度は暗闇が包む、夜へと向かって。
教会陣営の潜む山奥の孤城では、既に計画執行準備の最終段階に至っていた。
全く質の異なる熱気に満ち溢れる、日光の断ち切られた工房。
そこでは魔術師が『賢者の石』、その形の完成に向けて仕上げにかかろうとしていた。
魔術師の様子を横目に、ヴァレリオは計画実行の準備を進める。
丸められた何かを手に取り、それをテーブルの上へと広げる。
それは羊皮紙に描かれるドロミティの全体が描かれた地図。
それには今夜発動する巨大な結界陣が、街全体を飲み込むように描かれていた。
「保って一時間ほどか。ドロミティの人口は総勢約六万人、一時間なら魔力補給は完成のための分を越して集まるだろうな。少々やりすぎているかもしれんが⋯⋯。」
そう言って先の展開を予想していたヴァレリオの下へ、グレゴワールが話し掛けてきた。
「準備などいくらしても損はない、むしろやりすぎ程度が丁度良いものだ。」
薄暗い部屋で、さらに部屋の雰囲気を重くするかのような不穏な声を響かせる。
ヴァレリオはグレゴワールを一瞥し、その言葉に軽く反応した。
「ふん、酷い戦いなのだからこちらも酷くあらねばと考えると確かにそうだな。そろそろキャスターは形を完成させるが、バーサーカーはどうした。」
「この城の裏でいつでも動けるよう、既に待機中だ。」
「では我々が残すやるべきことは、夜を迎えることのみ。」
地図にヴァレリオが手を置いてそう言う。
いつまでも明るくなることは無く、時は進む。
ドロミティの街は刻一刻と、日が傾いてゆく。
そうして山の影は、ドロミティの街並みを黒く飲み込んでいった。
* * *
夕刻。高く聳える山々の稜線へと太陽がゆっくりと沈み込み、街は濃密な茜色から冷ややかな群青の影に飲み込まれてゆく。
昼間の活気は潮が引き去るように失われ、山から吹き下ろす風は夜の冷気を含んで一際その鋭さを増していた。
孤城の回廊を見下ろす高台には、二つの影があった。
重厚な聖書を手に静かに佇むグレゴワール。
そしてその隣には懐中時計を開き、秒針の刻みを冷たい眼光で見つめるヴァレリオ。
二人の向く先には、明かりの灯り始めた静かな街が在る。
そのような静寂を、ヴァレリオの短く静かな一言が切り裂いた。
「⋯刻限だ。」
彼は左手を掲げ、その指先から滴り落ちた一滴の魔力が足元の刻印へと伝う。
次の瞬間、孤城を中心に周辺は魔力によって淡く発光し始めた。
「主よ。遍く愚者らに、試練と救済の夜を与え給え。」
グレゴワールが、低く重厚な言葉を紡ぐ。
それに応ずるように、ドロミティの地下を張り巡る大霊脈が奔流となって暴れ出した。
街の地下要所に隠された杭や刻印が次々と連動し、時間を掛けて地表へ向け不可視の魔術繊維を噴出させる。
そうして街は、巨大な幕に取り囲まれた。
「ふ⋯、初めての結界術にしては我々は上手くやれているのではないか?」
グレゴワールは不敵に笑いながらそうヴァレリオに尋ねる。
「ああ、我らながら良い出来だ。この結界が閉じる前にさっさと事を済まさねば⋯。」
そう言ってグレゴワールにヴァレリオは背を向けて場を去る。
グレゴワールはそれを見送り、また街の方へ向き直った。
結界の発動を、どの陣営も気づかない訳が無く。
騎士も、弓兵も、その他の誰もが街に発生した異変に即座に反応を示した。
グレゴワールやヴァレリオの想定は当たり前に的中した。
そして、彼らはそれらに対応策の駒を配置していたはずだ。
「⋯⋯来ましたか。」
孤城へ向かう道で必ず通る街から山への入口、その側に在する小屋でヴァレリオに伝えられた時間を迎えたその時、伝達通りに地響きが鳴り地が揺れ始めた。
窓の外の街を見るエレオノーラはその揺れに怖がること無く、後に迫るだろう敵陣を見据えていた。
「無辜な人が誰も傷付かずに、済ませてみせる。」
そう決意を秘めて立つ彼女の背中を、暗殺者も後ろから見ていた。
教会の真の思惑を知らない彼女らは、守護の意思でただ待っていた。
しばらくして、その時はやって来た。
すぐ側の街の方から、おそらくは女性の甲高い声が響いて聞こえた。
エレオノーラは何事か、敵陣かと思いドアノブを捻って扉から外へ出た。
「敵の動きかもしれません! 行きましょう、アサシンさん。」
そうして暗殺者と共にエレオノーラは街の方へ走った。
走っている最中、敵陣が邪魔な一般人を無差別に攻撃している最悪の想定も考えた。
そうであるなら速く走って止めに入らねば、そう思いながら彼女らは走った。
街から響く声はいつの間にかどんどん増えていた。
その数多の声は、悲鳴にしか聞こえなかった。
そのためエレオノーラの心には嫌な予感が募った。
その最悪の想定を超えるなにかがある可能性も考慮して。
エレオノーラと暗殺者は無事に街へと辿り着き、近づいた数多の声の下へと走り街の道を駆け抜けた。
走っていると、道の先に倒れている人々が見えた。
全員、血を流している様子は無かったが何か苦しそうに呻き声を上げている。
エレオノーラはまずすぐ近くに倒れている、中年ほどの女性に心配してしゃがんで声を掛けた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「⋯う、うぅ。助けてちょうだい、何だかとても息が苦しいの⋯。」
息が苦しい?
そう思ってエレオノーラは焦りながらも優しい口調で彼女に尋ねた。
「何があったんですか、誰かにやられましたか。」
「⋯わ、わからないのよ。突然周りの人が倒れだして、私も⋯うぅ。」
その様子はどんどん、悪くなっていくのがわかる。
誰も何も通っていないのに、突然に皆が倒れだした。
ならばこれは、まだ敵陣の仕業だとは言い切れない。
その考えもどんどん、悪い予感と結びついてゆく。
「⋯⋯まさか。」
嫌な考えに包まれたエレオノーラに、後ろから暗殺者は声を掛けた。
「先に展開されたであろう、この巨大な結界が関係するかもしれん。一般人には可哀想だが今の私達に施せる加護も無い、一度小屋へ戻って奴らに状況確認を取る方が優先だと思うがどうする、マスター。」
状況確認、確かにそうだ。何をしたのでしょうか、まさか神父たちの仕業ではないでしょうか。
それを確認するのは今私たちにとって優先すべき事項だ。
そう思ったエレオノーラは立ち上がって小屋へ一度戻ることを決めた。
「すみません、すぐ戻ってきますから。皆は絶対に死なせません。」
そう言ってエレオノーラは顔の前で両手を組んで祈るような姿を見せる。
しばらくして彼女は手を下ろすと、すぐに小屋へ戻ろうと走り出した。
後ろから暗殺者は今の動きが気になって彼女に尋ねた。
「何をしたのだ、魔術なぞ使えたのか。」
「⋯私はただ祈っただけなんです、いつの間に体の負担を和らげる効果を持っていたのは知りませんでしたが。」
暗殺者はそれ以上何も聞かずに走った。
エレオノーラは自身の祈りの裏で進んでいるかもしれない暗躍が、ただの自分の杞憂であることを願って小屋へと向かった。
「あってはならない。それは、あってはならないことだから。」