※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
ーーー罪なき者が、理由もなく命を奪われる世界。
魔術師の実験を目撃したがゆえに奪われた弟の命。
ただそのような理由で、それだけのことで、なぜ弟は死ななければならなかったのか。
優しさの体現だとも言えるあの子が、なぜ殺されなければならなかったのか。
魔術師というものは、そこまで理不尽に人を殺す暴君なのか。
言葉にできない曖昧な理不尽に対する悲嘆と、そのような理不尽は止めなければという純粋な祈りこそが、彼女をこの場所へ足らせていた。
ドロミティの山奥、そこに佇む古びた礼拝堂。
そこは周りの空気とは違う、不気味な気配を漂わせていた。
異様な雰囲気を感じたエレオノーラ・ドニは、思わず胸の前でロザリオを握りしめた。
「⋯グレゴワール神父。最後にもう一度だけ、お聞かせください。」
透き通った声は、静かな礼拝堂に響く。
その問いかけに答えたのは、彼女の前に背を向けて立つ聖職者、グレゴワール・ド・モルバンであった。
彼はゆっくりと振り返り、慈愛に満ちた、しかしどこか底の知れないような笑みを浮かべる。
「どうしたのだ、エレオノーラ。もう召喚の刻限は近いというのに。」
「⋯⋯この儀式は本当に、『世界の救済』を成すために必要なことなのでしょうか。互いに血を流し合い、英霊なる存在を屠り合うことでしか、神の奇跡は訪れないのでしょうか。」
エレオノーラの瞳には、嘘偽りのない心痛が宿っていた。
彼女の問いかけに、グレゴワールは温厚な口調で返す。
「何を今更、恐れをなすのだ。これは試練だ。冬木という地で魔術師どもが汚した聖遺物の欠片⋯あれを回収し、主の威光のもとで正しく再編する。我らが救済の器たる『聖杯』を完成させるためには、相応の魂の捧げ物が必要なのだよ。」
「ですが、戦いなどせずとも、我々の祈りとーーー」
「エレオノーラ。」
グレゴワールは静かに、しかし逆らいがたい威厳をもって彼女の言葉を遮った。
「魔術師という道理もわからぬ烏合の衆には、我々の言葉では理解もせんのだよ。彼らは神秘を貪る毒蛇だ。毒蛇から奇跡の器を護り、真の救済をこの世界に与えるためには、時に毒をもって毒を制すという言葉のように『正義の剣』を振るわねばならん。⋯私を、そして我らが主を疑うというのかね?」
「⋯⋯いいえ、滅相もございません。」
エレオノーラは胸の中にある言いようのない違和感に蓋をして、頭を垂れた。
自分は『世界の救済』のために戦うのだと。自分自身にそう言い聞かせるように。
そのとき奥の部屋に続く扉が開き、一人の男がやって来た。彼もまた、グレゴワールのように画策を行う一人の聖職者、ヴァレリオ・カサノヴァである。
「ヴァレリオか。」
「グレゴワール、朗報だ。我々以外に参加するマスターについてだが、アインツベルンの人形の他に、時計塔からも刺客が送られるようだ。おそらくは情報を嗅ぎつけたことから、法政科の人間だろうが。」
「⋯ふん、好都合ではないか。」
グレゴワールは冷ややかな眼光を光らせ、重々しく吐き捨てる。
「異端の総本山たる時計塔に、亡執に囚われたアインツベルン。傲慢な毒蛇どもが自らこの地に集うというのなら、まとめて裁きの鉄槌を下すまでのこと。さあエレオノーラ、召喚の儀の最終確認を始めるとしよう。我らの手で邪悪を制裁し、『世界の救済』を果たしてみせようではないか。貴殿の持つ、その清らかな信仰心こそが、この荒れる世界を救済に導く標となるのだからな。」
「⋯はい、グレゴワール神父!」
深く頷いたエレオノーラは、準備を進めていた方陣の方へと向き直る。
純真で、優しさで輝く信仰心を持った彼女は、これから始まる破滅への道へと進んでしまっていた。
* * *
ドロミティの街から目と鼻の先にある森林。
少し開けた木々の合間で、夜だと言うのに何かを準備する人影があった。
「なんとも時間のかかった作業だ⋯。魔術師家系の生まれと言うのに、これではやはり落ちこぼれのままだな。」
やっとのことで方陣を完成させ、少し疲弊した俺は、近くの岩に座って少しの休憩を挟むことにした。
「はぁ⋯、不甲斐ないものだ。このような意欲で、本当に聖杯戦争とやらに勝ちあがれるのかと思ってしまう。」
俺はウッドワード家という歴史の長い魔術師の家系に生まれたのにもかかわらず、魔術回路は持っていたものの魔術もろくに覚えられない、魔術師としての才能はなかった。だから、家ではあるとき魔術刻印の正統後継者は魔術師としては素養がしっかり身についていた弟に変わり、俺は魔術を諦めて普通の人として生きるようになった。
魔術師としての才能は確かに無かった。だが俺は体格も大きかったし、運動神経も良かった。だからイギリスの軍隊に入り、兵隊となった。このまま魔術のことを忘れて、普通の人として軍に身を捧げて生きていればよかったのだ。なのに心の奥には落ちこぼれという称号が引っかかってしまう。頑張って兵隊として活躍したところで、その劣等感は消えやしない。そのような生き方の中だった。
魔術師になるために奮闘してた頃、仲良くなった友達がいる。今でも仲が良かった彼は、俺のそのような少しの苦悩も話したこともあった。そんな彼から、ある日電話がかかってきたのだ。
『ーーーバレッド!!!』
「どうしたんだ、そんなに慌てた声で。」
『最近ネット上で開設された、魔術師の極秘情報が書かれる掲示板を見ていたんだが、とある件で目が留まったんだ。』
「とある件?」
『お前、聖杯戦争ってやつを知っているか?』
「聖杯戦争っていうのは⋯⋯、極東で開かれるというあの儀式のことだろ?」
『そうだ!! その聖杯戦争が、今度イタリアのドロミティという場所で開かれるらしい。聖杯もないだろう、あんな場所でなぜ開くことが出来るのかはわからないが、募集をかけているところはあの聖堂教会だ。たしかに奴らの力ならば開くことは出来るだろう。』
「⋯そうかもな。でも一体、なんで俺にそんな情報を伝えに来たんだ?」
『お前、この前魔術師家系の生まれとしての心残りがあるって言っていたよな。その違和感を払拭できるチャンスがあるって言いに来たんだ。』
「なに⋯、払拭できるチャンス?」
『ああ、魔術師にとっての聖杯戦争は命をかけた想像を絶する戦いだ。確かにこの戦いは危ないものだ。しかし、もしこの戦いを勝ち上がり、生き残ることができたならそれは魔術師にも通用する偉大な名誉なんだぜ。募集人数は四人らしいが、もしお前がこの戦いに参加するって言うなら聖杯戦争の色々な説明とか、そうだ。余った英霊召喚の触媒も共に送ってやるよ。』
「なるほど、聖杯戦争か⋯⋯。それは負けたらどうなるんだ?」
『さあ、出たことないから分からないが、運が悪けりゃ死ぬってのは確実だな。』
「自分の名誉のために命を賭けられるかってことだな。」
『どうだ、この話受けるか?』
「分かった、受けるとしよう。自分のしたかったことに本気で専念して死ぬんだったら、それでも悪くない。」
『そうか!了解した、手配は俺が進めてやるよ。』
そんな一幕があった。自分の長年の苦悩を晴らせるなら、聖杯戦争というものに命を賭けて戦ってみるのもいいと思ったのだから、俺はここへ来ている。なのに張り切って準備を始めたものの、ここまで準備に苦戦してしまっては始めから萎縮してしまうのも仕方ない。しかし、聖杯戦争というものはそんな感情も関係なくお互いを殺し合うものなんだろう。萎縮せず、今回は魔術師としてしっかり戦い通せねば。
しっかり決意固めをした俺は、英霊というこの戦いでのパートナーとなるものを召喚するために作った方陣へと目を向けた。
* * *
刻は午前の二時直前。
街に人影は見えず、人工的な明かりもさほど灯っていない。
空には数多の星々が天の川と共に浮かび、その中に欠けた月も見える。
自然に囲まれるこの街は、静寂に包まれていた。
レザージャケットの袖をずらし、腕時計の指針を確認したバレッドは座っていた岩から立ち上がって方陣へと足を運ぶ。そしてその目の前に立った彼が、緊張をほぐすかのように息を吸い込んだ、
ーーーその瞬間。
ズーーーン⋯⋯!
大地を揺るがすかのように、重く粘りつく魔力の脈動が足底から体の隅々まで駆け抜けるかのような、そんな感覚が彼を襲う。
ドロミティの街全体を覆う魔力の大気が重く澱み、街の静寂が一瞬で塗り替えられていく。
それは、『召喚の刻限』を示す合図に他ならない。
「⋯⋯ッ、始まったか。」
彼は胸の奥底で渦巻いている自身への劣等感を振り払うかのように一歩を踏み出し、方陣へ向けて手をかざした。
時を同じくして、ドロミティの深い山奥に佇む礼拝堂。
「さあ、時は満ちた。召喚を始めよう。」
グレゴワールの重々しい声が響き、魔力の溢れ出る方陣に向き直った。傍らには口角を釣り上げたヴァレリオ、真剣な顔持ちをしたエレオノーラが横一列に並ぶ。
己に打ち勝つための戦いに向けて、決意を固めたバレッド。
己の信じる世界を求めて、純粋な祈りを持ったエレオノーラ。
そして、その影で冷酷にも己の野心を燃やして戦いを見据える聖職者たち。
距離を隔てた二つの場所で、同時に『召喚の儀』が始まった。
ーーー「「 素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。 」」
ーーー「「 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。 」」
ーーー「「 閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。 」」
バレッドの無骨で力強い声が、エレオノーラの純粋で透き通った声が、聖職者たちの野心に染まった重々しい声が、夜の空気と同調するかのように重なり合う。その声に反応するかのように、方陣は輝き始める。
ーーー「「 告げる、汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 」」
ーーー「「 聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ。 」」
ーーー「「 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。 」」
そして、グレゴワールが一人、
ーーー「 されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者。 」
と、間に他とは異なる詠唱を挟んだ。その詠唱を終えてすぐ、ヴァレリオとエレオノーラは詠唱を再開する。
ーーー「「 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ。 」」
そうして詠唱を終えた後に、森林には毛皮の縁取りがある肩掛けを被っている肋骨服の筋骨隆々な巨漢がバレッドの前に立つ。
礼拝堂にはロングコートを羽織った顔がない、左目部分と思わしきところに白く光っただけの全身が黒い者がヴァレリオの前に、髪を後ろで結ったモヒカンのような髪型をして民族衣装を着た、白目を向いた上裸の大男がグレゴワールの前に。
そして全身を黒いマントをで覆い留め具で留め、口を隠すように赤いネックウォーマーのようなものを着ている、開いている顔の部分は真っ暗なのに、目の部分だけ陽炎のように光っていた小柄な者が、エレオノーラの前にそれぞれ立っていた。
光が収まり、ドロミティにはまた静寂が訪れた。
二つの場所で、同時に『契約の理』が果たされた瞬間だった。
それぞれの手には、朱い刻印である『令呪』が熱をもって刻み込まれていた。
森林の生暖かい空気の中、バレッドは眼の前に現れた巨漢を見る。
岩山かのような圧倒的な威圧感。戦場をくぐり抜けてきた軍人であるバレッドの皮膚が、彼の生存本能で痺れた。
「我が剣を求めるものよ。汝が、このライダーである俺を現世に繋ぎ止めしマスターであるか?」
重厚で、まるで地鳴りのようなその声が森に響く。
巨漢の瞳が、そこに立ち尽くすバレッドを射抜いた。
「そうか⋯。ああ、そうだ⋯!」
バレッドは拳を強く握り、腹の底から声を絞り出す。
「俺が、お前のマスターだ。」
ーーーそして一方の礼拝堂。
「フッ⋯⋯フハハハ! 素晴らしい,実に素晴らしいぞ!」
グレゴワールは狂喜の声を漏らし、一歩前に出る。
「よくぞ応じてくれた、各国の英雄戦士たちよ。共に戦い毒蛇たちをも駆逐して、我らが望む世界を実現してみせようではないか。」
隣でヴァレリオも笑みを浮かべ立つ。二人の聖職者が歪んだ愉悦に浸っている中、エレオノーラは自身の目の前に現れた黒衣の英雄を見つめた。
彼か彼女かも分からないその姿からは、闇に包まれるような気配と、殺戮の予感を感じられる。
それでも彼女は、清らかな瞳で英霊を見て、そっと言葉をかける。
「⋯私の下へ来てくださって、ありがとうございます。私はエレオノーラ。⋯未熟なままですが、どうか力を貸してください。」
小柄なその英霊の炎の目がかすかに揺らめく。
異なる思惑と、異なる英霊。
同刻に召喚された四騎、そしてすでに召喚された英霊を含めて六席が埋まった。
聖杯戦争を始めるために必要なマスター、
ーーー残るはあと、一席である。