※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
英霊が四騎召喚された日の朝、昨日ドロミティに降り立ち宿で一泊を過ごしていたマルセイ。
彼がベッドで目を覚ました。
カーテンの隙間から差した日光が眩しくて、俺は目を覚ました。
あくびをしながら体を起こし、床に立ち上がった後とりあえずキッチンへ向かった。
宿の冷蔵庫を開き、昨日宿の行き道で購入したパックヨーグルトを取って朝ごはんとした。
うん、安物にしてはちゃんと美味しい。手軽に食べれるし、これは大好きだ。
パックヨーグルトを平らげてゴミ箱へと投げ入れた後、早々に身支度を始めた。
今日からこのドロミティの観光を始めるからだ。
取り敢えず今日は、ドロミテ山脈の自然を楽しむという目的で山の中へ行く予定だ。
荷物を肩掛けのバッグに詰め、シャツを着たり腰布を重ねてベルトを締めたりと着替えも済ませた俺は扉に向かって歩いた。
そういえばと思い出して振り返る。案の定棚の上においたままであったそのペンダントを手に取る。
これは記憶も曖昧な子供の時に入るなと言われていた家の地下に目を盗んで入ったとき、そこであまりの綺麗さにそのまま勝手に持ち出した宝石、それをはめた俺のお守り代わりのペンダントだ。
家族自体地下室にも入らないので今までバレることのない俺の肌身離さず、ずっと持ち続けている大切なものだ。
危うくこのペンダントを忘れて行ってしまうところだった。
ペンダントをズボンのポケットに入れて俺は出口のドアノブを掴んで捻る。
そのまま扉に鍵をかけて、街を歩みだした。
空の調子は昨日と変わらず快晴、多少暑さはあるが自然を楽しむには絶好の空模様だ。
街を探索するかのように歩き、気分を良くしていた俺は影がかかる裏道に入った。
人のイない道だなと思いながら歩いていると、奥から一人歩いてきているように見えた。
ロングコートを羽織って右目が長い髪で隠れているその男は異様な雰囲気を漂わせていて、なぜか背筋が凍った。
そしていざすれ違ったその瞬間。その男と互いに一瞥して、なにか本能的に体が拒絶する悲鳴かのような感覚が全身に伝わった。
互いに立ち止まらず通り過ぎる。謎の悪寒を無視して、俺はまた山へと向かい始めた。
* * *
街を抜けて山の麓に着いた。街観光が楽しかったあまり、予定していた時間を越していたのは少し驚いた。
でも腕時計を見てみるとまだ時刻は午後の一時過ぎ。今から探索しても遅くはないだろう。
空は、先程より雲が増えてきたように見える。山の奥には入道雲まで見えた。
予定通り、とはいかないがまあ楽しんでいこう。
肩掛けの罰部を軽く揺らしながら、俺は山の道へと足を踏み入れた。
ドロミテ山脈の荒々しくも美しい大自然は、歩いているだけで実に新鮮に感じた。
見上げるほどの大きな木から差す数多の木漏れ日を見たり、どこか冷たく澄んでいる山の空気を吸い込むだけで、疲れなど吹き飛んでしまうようだった。
道中、見たことない高山植物を見つけてはカメラのシャッターを切り、遠くに見える険しい岩肌の絶景に思わず足を止めて見入ってしまう。
やはり来て正解だったか。そう思いながら、俺は自然の風景を楽しんでいた。
すっかりドロミテ山脈の澄んだ空気に浸っていた俺は、写真を撮ったり景色を眺めたりすることに夢中になるあまり、自分が普通の人はあまり入らない深い山の奥まで足を踏み入れていることに全く気づいていなかった。
長く観光を続けていると時間も忘れてしまうもので、気づいた頃には時刻は午後五時にまで回っていた。
流石に夢中で奥まで入りすぎたかと思いながら、夕暮れに染まり始めた空を眺めた。
バッグから準備していた観光用のマップを取り出して広げる。
現在地と今まで通ってきた道を照らし合わせると、帰り道はしっかり把握出来ていた。
このまま元の道を引き返せば、日の落ちる頃には十分麓まで帰ることは出来るだろう。
帰り道が分かっているという安心感から、心にはまだ十分なゆとりがあった。
マップをしまって、ここまで来た道を引き返そうと歩き始めた。その時、
「⋯ん? なんだ、あれ。」
木々の隙間、鬱蒼と茂っている深い緑の奥少し違う風景を見た。
風景というか、あれは建物だ。
目を凝らして見てみると、古い石造りをした建物、礼拝堂のようなものだった。
マップをもう一度取りだして確認してみるが、やはりそんな建物はどこにも載っていない。
ここまでの山奥に、ひっそりと打ち捨てられているような静けさに見える。
雲はさらに陽の光を遮って、周囲は少しずつ薄暗くなってきていた。
そんなこともあり、あの遠くに見える建物はどこか異様で、神秘的な雰囲気を漂わせていた。
もう時間は遅かったが、どうも俺はあの建物が気になった。旅の解放感と帰り道は分かっているという油断が、尚更に俺の足をあの建物へと歩む促進力に変えていた。
ほんの軽い好奇心だった。もう空は暗くなって夜の帷が降りつつあるというのに歩みを進めてしまった。
足を踏み出したことが、後から一生の後悔になるとも知らずに。
あの建物へ向かううちに、どんどん空は暗くなる。
あの山々の谷間に夕日が落ちていく光景は、幻想的だと思った。
そんな綺麗な風景をも横目に、どんどん歩を進める。
木々の合間から建物が見える頃には、一時間近くしか歩いていないのに空は暗くなってしまっていた。
山の中だし、雲も多いので暗くなるのが早いんだろう。
建物には明かりがついている、人でもいるのだろうか。
少し索敵するように、木の裏から覗いてみる。
しばらく見ていると、本当に奥から人が二人出てきた。
真っ黒な修道服を着用していて、ここは予想通り礼拝堂なのだろう。
でも何か近づいてはいけない雰囲気を醸し出していて、動け出せずそのまま木の裏から見ていた。
どうやら二人は話しているようで、耳を傾けて聞こうとしてみると、
「グレゴワール神父もヴァレリオ助祭も、我々を呼んでおいて一体何を企んでるんだか。」
「本当だな。聖杯戦争をやるとは聞いたが、英霊を三騎も召喚するとは驚いたものだ。」
「ああ、しかも空いた席を埋めるためにまた召喚をしようとするなんて実に面白い話だ。」
と、俺には全く理由の分からない話をしているようだった。
戦争をするのか、この街で。『エイレイ』ってのも、一体何なのだろう。
俺はしきりに違和感が増えて一度、麓へ引き返そうと思った。
多分、バレたら危ないんだろう。慎重に離れなければ。
そうして静かに後ずさろうとした時、足元に石があることに気づかず蹴ってしまった。
ガラッ、ガラゴロッ!
ーーーーあっ⋯!
「誰だ!!」
どうやら修道服の奴らはこの音が聞こえてたらしい、すぐさまに大声が聞こえた。
まずいまずいまずいまずいまずい⋯!!
傍らの男、鋭い爪みたいな三枚刃を手から生やしているようだ。
あれは完全に警戒モードだろう。
敵対心をむき出しにしたその行動を見て本能的に足が動いた、全力逃走の開始だ。
「関係者じゃないんだな、ならば追わねば。」
「ああ、待てっ!!」
という会話が最後に遠くから聞こえた。
おそらく走る俺の後ろから、二人とも追ってきているのだろう。
夜の闇に包まれた森を走るのはとても大変で、後ろなんて気にしたくても気にすることが出来なかった。
走りにくすぎる、ボコボコした地面は今の状況には本当に困る。
ザッ、ザッ、ザッと、後ろからも素早い足音が聞こえる。
どんどん迫って聞こえる足音と、焦りと息切れで加速する心音が重なって聞こえる。
もっと、もっと、もっと、速く。もっと速く走らないと、確信を持って、絶対殺される。
俺の足は地面への慣れも相まって、さらにスピードを上げて速くなる。
行ける、この速さで駆け下りる⋯⋯!!
足に自信がついてきたその瞬間、
ーーーグラッ⋯
俺の体が傾く、それと同時に足首に激痛が走った。
どうやら、地上で露出していた木の根っこに足を引っ掛けてしまったようだ。
まっずい!
そう思ったときには遅かった。
俺は地面に受け身を取る形で倒れて滑り込む。
ズザー、と音を立てて派手に転んでしまった俺は先刻の状況を思い出して振り返る。
見るとそこにはやはり三枚刃の男が迫っている。
地に尻を付けて座った俺は、その光景を見て覚悟してしまった。
ああ、これは俺の命は終わったな。夢想だと聞き流していた世界の終末って、本当にあり得た話だったんだ。
見上げるほどの大きな木から差す数多の木洩れ月が、死を覚悟した俺に幻想的な感覚をもたらす。
三枚刃の男は足を踏み込む、その刃を構えて。
ーーーだけど、もう少し旅を続けたかったな⋯⋯。
男の刃は、俺の首へめがけて振りきられる。
俺の顔は、哀愁に強張る。
ボワアァァァ!!!
天使が現れたかのように、眼前を白銀の光が包む。
俺は、死んでしまったのか?
熱を感じる、死を迎えたからか?
だが熱のこもった強風が顔に吹き付けるように、やけに現実的な感覚だ。
足の痛みは、まだ感じる。これは、夢じゃない。
まだ俺は、死んでいないのか?
白く染まっていた世界が、どんどん黒くぼやけていく。
そして、先ほどまで居た山に俺はまだ座っていた。
心音が聞こえる。俺はまだ、しっかりと生きていた。
全身にいまだ熱のこもった風を感じる。
どうやらあの男の刃は、振り切って俺の首まで至らなかったようだ。
識別を取り戻した俺の脳が、眼球を介して今の状況を理解しようとする。
熱風が収まった時、目の前に居たのはあの男ではなかった。
そこには、赤いマントをなびかせて大きな剣を携えた者が、俺に背を向けて立っていた。
誰だ、どこから現れたんだ。
「サーヴァントセイバー、召喚に従い参上した。」
サーヴァントセイバー⋯?
そう思った束の間、目の前の剣士はこちらに振り返る。そして、
「ーーー問おう。」
「聖杯を勝ち取るために私を召喚した我がマスターは、あなたか?」
聖杯⋯、マスター⋯、何を言っているんだろう。
意味の分からない言葉を並べるその剣士を、この目でしっかりと捉える。
先程見た白銀の世界と同じ色をした髪。
燃え盛る火のような、紅い目。
端正な顔立ちをした剣士は、鎧までも身に着けていてそれはまるで騎士だった。
木漏れ月が差していたこと、蛍のような光の粒が舞っていたことも相まって、今まで以上の幻想的な風景が描かれていた。
ハッとした俺がなにか言葉を返そうとすると、その言葉が大声に遮られる。
「何ということだ⋯!!」
先程追ってきていた三枚刃の男のもとに、もう一人の修道服の男が追いついていた。
頭を抱えて叫んだその男は、歪んだ顔を見せる。
「こんな一般人に、最良のサーヴァントを召喚されてしまうとは⋯⋯。」
目の前の騎士が、奴らの方へ向き直る。
なぜか奴らは攻撃を仕掛けてこない。
まさか、この騎士に怯んでいるのか?
「サーヴァントが相手ではこちらに分が悪い。戦っても無駄だ。一度引いて、神父たちに報告をしよう。」
三枚刃の男がそう言うと、もう一人の男は頷いて二人とも背を向けて引き返していく。
騎士はそれを追おうとはしない。
俺はその光景を、見送るしか無かった。
* * *
聖杯戦争の最後の一席を埋めるは、マルセイ・ルーカス。
彼がサーヴァントを召喚し、修道服の彼らを見送った後の礼拝堂。
そこへ、二人が帰ってきた。
「神父様、報告が⋯!!」
グレゴワールのもとへ、焦りを含んだままの二人が帰ってきた。
「やけに騒がしいと思えば、お前たちか。どうしたのだ、最後の英霊を召喚する準備が整ったのか?」
「いえ、その最後の英霊についてなのですが⋯。」
先刻叫んだからか、声が少しかすれた男は顔をしかめて言葉に詰まる。
責任を問われる覚悟を強いられると予想しながら、それでも自分の責務は果たそうとする意気を持って彼は言葉を再開させた。
「我々の準備を近くを通りかかった一般人が見ていたようで、追いかけて処理をしようとしたのですが。その一般人に最後のサーヴァントを召喚されてしまいました⋯⋯。」
二人は焦りの色で返答を待つ。そうして帰ってきたグレゴワールの言葉は⋯。
「そうか。では召喚の準備は片付けてもらって構わない。ご苦労だったな。」
責めるわけでもなく、激昂するわけでもない。いつもの雰囲気を保ったままだった。
「先の一般人の処遇は⋯?追手を出さなくてよろしいのですか?」
「出さなくても良い、奴を追うのは結構だ。これくらいのイレギュラーがあったほうが戦いに面白みが増すというもの。」
不敵な笑みを浮かべて一蹴した彼に、二人は戸惑いの気持ちが増した。
グレゴワールは後ろに向き礼拝堂の奥へと、笑ったまま二人を置いて歩き始める。
そして静かな、でも厳かな声でそう言った。
「さあ始めようではないか、『聖杯戦争』を。」