※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
一週間前にアーチャーを城にて召喚を行った聖杯戦争のマスターの一人であるアインツベルンのホムンクルス、クラウディアはアーチャー、そして自身の付き人であるホムンクルスの世話係、マリアットを連れて既にドロミティへ現着していた。
ドロミティの街に近い針葉樹地帯の山肌、そこに位置する山荘を借りて拠点としていた。
山荘は城ほど広くはないが、たった三人しか居座らないなら十分、それどころかあまりの出来る大きさだ。
この山荘はクラウディアとしてもアーチャーとしても様子見に最適であり、バルコニーから外を見ると高い林に囲まれた見晴らしだが正面を見ると木々にうまく間が空き、街が見える。
この聖杯戦争の舞台である街で他の陣営が派手なことをしたら、この位置からすぐ分かるようになっているのだ。
逆に、街側から見ると木々に囲まれたこの位置は全くと言って良いほど視認できない。
戦略的にはとても強固な拠点となっていた。
時は『運命の夜』が起きた日の朝。
クラウディアはベットの上で睡眠という名の機能停止から目覚めて体を起こし、既にベッドのそばに立っていたマリアットに声をかける。
「おはよう、マリアット。」
「はい、おはようございます。クラウディアお嬢様。」
立ち上がったクラウディアのそばに寄り、マリアットは彼女の身支度を世話係として遂行し始める。
クラウディアが辺りをキョロキョロとする。
それにマリアットはすぐ反応した。
「どうかなさいましたか?」
「アーチャーはこの家に今居ないの?」
彼女はアーチャーの気配を探していた。
山荘の中に気配がすぐ近くに感じられないのをマリアットに尋ねたのだ。
「先ほどは外に居ましたが、今も居るのではないでしょうか。」
「そう、教えてくれてありがとう。」
マリアットがクラウディアの着替えを済ませると、クラウディアは扉を開けてそのままリビングに向かった。
マリアットも後ろに同行し、共に出ていった。
* * *
冷たい朝風が、木の上に座す私の頬を静かに叩く。
木々や草花の匂いがよくするこの山荘は、狩人である私にとっては実に心地が良い。
先ほどから幾度目かになる街並みの観察だが、早朝ゆえかまだこの山荘と同じく静寂に包まれているようだ。
しかし、やはり空気が微かに澱んでいるように感じる。
昨晩、深い夜の中で感じた幾つかの大きな魔力の気配。
おそらくはサーヴァントが召喚されたのだろう。
その時の空気が、今も色濃く蔓延しているのだろう。
現状のように心は安らいでいても、やはり聖杯戦争。
警戒は解かぬことが賢明な判断だろう。
街から視線を右腕へと移す。
そこには本来サーヴァントである私にあるはずのない、『令呪』が今も朱く刻まれていた。
その刻印を見て、一週間前の出来事を私は思い返した。
一週間前にあの大きな城で召喚され、まず一度目にマスターから聞かされた言葉にそれはとても驚いた。
「アーチャー、悪いのだけど。今回の聖杯戦争、願いを叶えるために聖杯を求めて戦うのは諦めてちょうだい。」
召喚後に部屋を出ていった彼女を追い、しっかりとした始めてのマスターとの会話をした時に言われた言葉だ。
何のための聖杯戦争なのか、疑問を抱くのは当然だった。
「何故だ。聖杯戦争というのは万能の願望器を巡った試練ではなかったのか。」
私のその問いかけを聞いて、マスターは表情一つ変えずに冷徹な声で返した。
「今回の聖杯、模造品なのよ。」
何を言っているんだ、そう思う他なかった。
彼女は聖杯が模造品だと、そのような全く意味のわからないことを言っているのだから。
「戸惑うのも無理はない。御爺様から命を受けた時、そのことを聞いたの。聖杯を模造してみせようなんて平常者が考えることじゃないし、形だけでも本当に実現してみせたなんて正気の沙汰じゃないわ。正直、私だって悪い意味で感激してるもの。」
「その情報は本当なのか? 聖杯なんて、並大抵の技術では模造することも成し得ないことであろう。」
「聖堂教会は知っているかしら、あそこよ。まあ、聖堂教会といってもその一端の愚弄者たちに過ぎないんだけどね。あそこの技術なら納得はできるわ。それに、今回の聖杯戦争は開催地がイタリアなの。ルールは冬木の聖杯戦争なのに、異国の地で開催しているというところも確証を得てるわ。」
聖堂教会、たしか召喚のときに名だけ教えられたか。宗教的な組織、確かに技術があれば手を出しそうなところだ。
「『模造品』という点は理解した。でもなぜそれだけで願いを諦めねばならない。模造でも形もシステムも出来た聖杯なのだろう、ならば願いの部分においても成し得るのではないか? 現に私はここにいることが、完璧な模造の証明だ。」
「そうね、確かにあなたのように座から英霊をしっかりサーヴァントとして召喚することは出来たわ。しかし『模造品』という一端の不完全な器に願望器の模造システムを搭載したとして、その元の神秘自体が完成するとは正直思えない。」
要は聖杯を勝ち取ったところで願いは叶わないだろうと、彼女は言った。
連中は彼女の推定するその結末を無視して実行に至っているのか?
それにしても、私は何のためにこの地へ呼び出されたのだろうか。
そう思って質問しようとしたが、するまでもなく。
「願いも叶わない戦いにあなたを呼び出した理由なんだけど、あなたには私と御爺様の命を一緒に遂行して欲しいの。」
「まずさっきから言う、その御爺様というのは誰だ。」
「我々一族の長って言えば良いのかしら。聖杯戦争を作り出した始まりの御三家が一角、魔術師家系アインツベルン家の当主が御爺様よ。」
「なるほど、高貴な御方なのだな。」
「まあ、そうね。そう言っていいわ。」
聖杯戦争を作り出した家系の当主か。ならばそんな奴からの命というのはだいたい見当がついてくる。
「予測するに命というのは聖杯戦争、そしてそれを開いた聖堂教会の一端とやら、それぞれの鎮圧というところか?」
「大方当たっているわ。『聖杯戦争の鎮圧』、それともう一つ。『模造聖杯の完全破壊』よ。」
「模造聖杯の破壊までもか。確かに、サーヴァントを呼ぶだけの道理はある。」
願いも叶えられないというのに聖杯戦争で戦ってほしい、か。
利益のない戦いに参加するのは本意ではない。
しかし私がこの事態を見逃せば、街で無意味なのに凄惨な戦いが行われ街の子供の命まで危うくなる。
それに⋯⋯。
彼女は召喚時驚いて気づくのが遅れたが、ホムンクルスである気配もした。
そして今までの発言から、体から心の隅々まで魔術師であるといえるだろう。
だが、見た目や行動に幼さが混じっているようで、私には彼女も守るべき子どもにしか見えない。
そんな彼女が、聖杯戦争という戦いに参加しようとしていることがどうしても見過ごせない。
「⋯⋯了解した。マスターからの頼みだ、サーヴァントとして応えられるよう尽力しよう。」
そう堅苦しく言い表したものの、本心としてはただ子どもとして見ていた彼女に手を差し伸べたかったというだけだ。
その幼い顔にずっと冷淡な顔を浮かべていた彼女が、始めて笑顔で私を見る。
「ありがとう、アーチャー。」
ただ感謝をされたというだけなのに、その一連の仕草に私は照れてしまった。
子どもに頼りにされてしまったという嬉しさが込み上げてしまったのだ。
それを隠すために振り向いて、壁に面を向ける。
そしてすぐ、彼女は続きを喋り始める。
「それからアーチャー。聖杯戦争の戦略について話しておきたいことがあるの。」
「戦略?」
そして二度目に、その戦略についての話で驚かされた。
「私がホムンクルスであること、あなたはもう気づいているとは思うのだけど。」
「ああ、そのようだな。だからこそ驚いたものだ、ホムンクルスがなぜそのような形をしているのかもな。」
「全身を魔術回路で埋め尽くされているからよ。それに、私はイリヤの保険体だから聖杯の器としての機能が施されているから体の成長は止められているの。歳は十三だけど、魔術師としての教養はあるから気にしないで。ああ、今の話はすべて話さなくても良いものね。ごめんなさい。」
あまりの告白の惨さに、私は一瞬放心状態になった。
見た目だけでなく、実の年齢までもが幼いことにも。
その幼さにして、大きすぎる業を背負わされていることにも。
たった数秒のうちに語られたことには、彼女の背負う闇深さが垣間見えた。
アインツベルン家、なんと恐ろしい族なものか。
また、惨憺たるなんとも言えない感情が沸き立つ。
だが何も言葉を返せないまま、戦略の話に引き戻された。
「私の体、令呪が右腕に余るほど刻まれているの。」
そう言って彼女は長袖をまくった。
そこにはずらりと朱く、『令呪』が並んでいた。
「さっきも言ったように、私は全身を魔術回路で埋め尽くされている。その魔術回路自体が令呪として機能するような造形が施されているわ。この令呪というのは、本来マスターのみ権限が与えられる代物だけど、今回の聖杯は不完全な偽物。」
さっきから意味不明な現実のみを突きつけられて脳が破裂しそうになる。
極力冷静を保って、理解に勤しむ。
「訳がわからないが、何をするつもりだ。」
そう言葉をひねり出して帰ってきた言葉は、
「あなたにこの令呪の使用権を許可したいの。」
「出来るわけ無いだろうそんなこと、正気か⋯!?」
サーヴァントが令呪を使用する。
それは、聖杯戦争の理を無視する行動だ。
出来るわけがないと思い、そのまま口に出てしまった。
「ええ、そうね。本来の聖杯戦争なら出来るわけない、無理な戯言よ。だけど、もう一度言うけど今回の聖杯は不完全な偽物。作り手も魔術に疎いところだから、本物よりシステム改ざんなんて容易なはず。何も無理な話じゃない。」
確かに、あまりの難しい話の連続に今回の聖杯が偽の物品であったのを忘れていた。
それを踏まえて、私は彼女のその論理的な説明にあっさり納得してしまった。
そうして、その戦略を聞いた後。
アインツベルン家は、秘密裏のシステム改ざんを行いまさか本当に説明を実現してみせた。
私の右腕には模造された聖杯戦争のシステムの裏をかいて、サーヴァントにあるまじき『令呪』、厳密には彼女の朱印の幻影を浮かばせてみせた。
その計略も済んで、私は今に至った。
見つめた朱印、今でも本当なのか疑うものだ。
今回の戦い、始まる前から驚きの連続である。
理を捻じ曲げても成したいことが、あの家系にはきっとあるのだろうな。
それに、クラウディア。
ホムンクルスであれど、子どもである彼女にあまりに重大すぎる業を背負わせるようなこの状況。
アインツベルン家も悪い、だがそれを見過ごすこの世界はもっと悪いものだ。
この戦い、迅速に済ませて早く本物の聖杯を追いに行かねばならんな。
そう、戦いに意欲が湧いてきたところで山荘からの微かな音が、少し騒がしくなった。
「⋯⋯起きたか。」
山荘内を見ると、まっすぐにこちらへ向かっている様子だ。
私は迎え受けようと思って木に座した体を立ち上がらせた。
* * *
「大丈夫ですか、マスター。」
命のやり取りが起き、三枚刃の男ともう一人の男を見送った後、騎士が俺に振り返り手を差し伸べる。
マスター、というその呼び方は分からないがとりあえず手を取った。
「ありがとう。どこから来たのか分からないけど、あなたが現れてくれて助かった。」
「いえ、私はあなたのサーヴァントですから。」
また、訳のわからないことを口にする。
サーヴァント、さっきも騎士がサーヴァントセイバーとか言っていたよな。
「すまないがサーヴァントって何なんだ、あなたの名前か? それにマスターってのも、俺のことを呼んでいるのか?」
騎士は呆けた顔を見せる。
え。俺は今、何かおかしなことでも聞いたのだろうか。
そう考えていると、騎士が喋り始める。
「転んで意識がまだ朧げなのでしょうか。拠点はありますか? 一度拠点に戻って休んだほうが良い。」
また真剣な顔に戻って、俺に拠点の有無を聞いてきた。
「拠点? ああ、宿泊している宿なら街にあるけど⋯。」
「では、そちらに行きましょう。大丈夫、私もついていきますから。」
「こんな夜道についてきてくれるのはありがたいが、どうしてついてくるんだ?」
「どうしてって。私はあなたのサーヴァントですから。」
理由になっていない。
結局サーヴァントについても教えてくれなかったし、ありがたいがそこまで俺に良くしてくれるのは何故だろうか。
まあ、理由なんて後でいくらでも聞くことは出来る。
まずは安全な宿に戻るのが先決だ。
俺は気を取り直して歩こうとする。
すると、左の足首がズキッと痛んだ。
さっき引っ掛けた方の足だ。
これじゃあ歩くのもままならなくなりそうだ。
片足を引きずる形で歩みを進める。
その光景を見かねたのか、騎士が声をかけた。
「足を痛めてるようでしたら、肩を貸しましょう。」
「え、ああ。」
騎士は俺の腕を取って肩に回す。
騎士は俺とあまり身長が変わらなかったためか、ありがたいことに支えられたことでとても歩きやすくなった。
「ありがとう、ええっと。」
騎士をどう呼ぼうか迷って、言葉に詰まる。
それを見た騎士に聞かれる。
「⋯どうかしましたか?」
「いやぁ、ええと⋯。あなたをなんて呼べばいいかわからなくて⋯。」
このままでは会話が続かないと思い、素直に白状することにした。
すると、騎士は微笑んで自身の呼び方を教えてくれた。
「そうですね⋯。では今は、セイバーと呼んでください。」