※本作は『Fate』シリーズの二次創作小説です。
※オリジナルマスター、オリジナルサーヴァント、独自解釈・独自設定が含まれます。
俺は全力逃走、その始まりの号令の言葉を上げる。
「スゥ⋯⋯、ドンッ!!!!」
体力のことを考えて初手から全力で走るのは避けた。
猶予は十五秒あるので、とにかくセイバーの死角に隠れて少しでも長く逃げようと思った。
走り出した時、後ろからは「一、二⋯」と数える声が聞こえた。
その声が四辺りですぐ聞こえなくなる程に、俺は速めに走った。
足を止めない、とにかく離れる。
後ろなんて振り返る必要は今はない。
自分の出せる全力を、今はセイバーに見せつけるんだ。
フッ、フッ、フッ、と息を漏らす。
少し息を切らした。
それでも辛くなるほどのものではない。
なら大丈夫だ。
そろそろか? もうすぐ十五秒が経つ。
その時初めて振り返った。
木々の中だから、元いた場所は全く見えない。
そうして俺は木々に隠れながら来た方向に目を凝らし、警戒をしていた。
セイバーの凄さはどれほどのものか、自分のできることを尽くそう。
ーーートン。
右の肩に重みが掛かる。
「えっ?」
後ろを振り返る。
そこにはセイバーが立っていて、俺の肩には既に彼女の手のひらが置かれていた。
「タッチです、マスター。」
軽い微笑みでセイバーはそう言った。
信じられなかった。
姿も音も無かったし、気配すら断ち切って俺に近寄ったというのか?
しかも、ここまでの距離は百メートルを超えているはずだ。
ものの数秒で辿り着くとは、いくらなんでもありえない。
この一瞬で、人としてあるべき枠の度外っぷりを思い知らされた。
「⋯速すぎるぞ、セイバー。」
驚愕と感嘆で満たされた小声を漏らす。
セイバーはその言葉を聞いて、困った顔をする。
「何を言いますか、マスター。聖杯戦争においてサーヴァントというのは、こういうものです。手加減はあれど、実践を模したものですから、敵に気配を悟られぬよう近づくのは当たり前のことです。」
「なるほど⋯、これはとても厳しい逃げだな。」
「はい、命を賭けた戦いにはこのような逃げが当たり前だということを覚えておいてください。」
聖杯戦争、舐めてかかったつもりはないがこれに関しては想定外だ。
これが常ならば、どう対応するべきなのかとても困る。
人の範疇に留まる俺が、どうやって人の範疇を超えたものに対応するのか。
それを考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
だけど一度踏み入ったからには通り切るしかない。
「セイバー、もう一回だ。もう一回やらせてくれ。」
「もう一回ですか? 反射力がどの程か確認するための運動だったのですが⋯。」
「今で何か出来ることをしたいんだ、セイバーの足を俺の不足で引っ張りたくない。人の俺に今できることは、セイバーの手から一度でも避けて見せることだと思うんだ。」
「そうですか。ええ、良いでしょう。これも全ては私たちのため、何度でも付き合います!」
そうして、俺とセイバーのお試しがてらに始まった鬼ごっこは、まだ継続することとなった。
二回目。
俺はさっきのように立ち尽くしたのが悪かったのかと、草木に身を屈めて身を隠した。
そうして隠れても、再度のタッチ。
「先程より探すのは面倒な位置ですが、私は木の上だって駆ける。上から丸見えです、マスター。」
またしてもいつの間にか背後を取られていて、何故か俺と同じように身を屈めて手を置いていた。
それでも諦めない。
「もう一回だ!」
「はい!」
三回目。
次は途中まで強く踏み込んであからさまな足跡を作り、他の方向へと向かったように思わせる、いわば視覚的なトリックを作った。
俺はその方向の真反対にあった、今度は上からでも見えにくい囲まれた茂みに身を隠す。
中は薄暗く静かに身を屈めていると、しばらくして微かに足音が聞こえた。
足音は俺と真反対の方向へ向かって小さくなる。
よしっ!
そう思っていると、足音が戻ってきた。
さらには足音が早くなっており、あれは確実に駆けている様子だ。
まずい、俺の位置がバレたか⋯?
しかし足音はまたどこかへと消えていった。
セーフ⋯、だったか?
そう思った途端。
バッ!!
何かが茂みの壁から突然現れて飛び込んでくる。
「なっ!!!!!」
その何かは、セイバーだった。
俺にはもちろん、彼女の手のひらが置かれていた。
セイバーはどうやら頭から茂みへ突っ込んできたらしい。
満面の笑みで少し興奮気味のようだ。
「素晴らしい、マスター! 一瞬であれど、あの足跡に惑わされてしまいました。ですが隠れるという停滞をしているのは改善点です。とはいえ今の知恵は悪くない、一瞬の隙を作るには良い作戦です!」
どうやら多少なりとも褒められたようだ。
だけど捕まっている結果は良くはないし、セイバーは改善点も教えてくれた。
確かにあのままでは逃げられないな。
よし。
「もう一回だ!」
「はい!」
四回目は一回目の轍を踏み、五回目には隠れながら立つが惨敗、そして六回目。
この何回か、改善点を踏まえて動きを封じる屈みを止めて立つことにした。
俺は周りからも、上からも死角の多い場所を見つけ出してその中に立つ。
そして俺がすることは全方位を出来る限り、隈無く注意する。
それだけだ。
そしてしばらくして、後ろの木から何か空気の澱みを感じたので思い切り上半身で振り返りながら、その澱みから離れようと一歩後ろに踏み出していた。
そこにはやはり、セイバーが立っていた。
しかし気づいたのは良いものの、その振り返りと同時に手のひらは俺の胸部に伸ばされて置かれていた。
セイバーは目を見開いて驚いているようだった。
そしてどんどん笑顔になっていき、
「素晴らしい⋯⋯! 今の動きは明らかに私に気づいているもの。まだ通常慣れていない今の段階で、サーヴァントである私の踏み込みを察知してみせた! これは見事だ、我がマスター!」
正直を言うと、俺でも少し驚いている。
まぐれであるかもしれないが、こんなに早くあそこまで常軌を逸する動きに多少反応してみせたことには。
この感覚を忘れないうちに次で捉えてみせる。
「もう一回だ!」
「はい!」
そして七回目、八回目と続き、九回目。
俺は確実に避けて見せる考えをこの二回で固めた。
今回はそれを実践する。
まず俺は、先程から続けている周囲の注意と死角立ちをする。
しかしこれまでの動きからやはりセイバーは背後を取ってくることを踏まえ、今回は木に背を極限まで近づける。
物理的に背後をなくし、迫る範囲を狭めた。
これにより視認できる範囲からセイバーを迎えようという作戦だ。
木を背負えば後ろはないし、上は枝葉で飛び込めない。
セイバーが来るとしたらそれはつまり正面だけだ。
そうしてその体勢のまま注意を張る。
じっと見つめていた正面、その一部分にさっきのような空気の澱みを感じた。
ーーー来た!!
その澱みと同時に木の奥からセイバーが右手を伸ばして飛び迫る。
俺はそれを視認した時、澱みを感じたその瞬間から既に左の方へ体を動かした。
セイバーに狙われていた上半身を、偶然にも俺は下半身より素早く動かしていた。
その動きが功を成し、俺はギリギリのものでも遂にセイバーのその手のひらを避けてみせた。
バン!
木の表面をセイバーの手のひらが叩く。
俺は避けれた喜びから一瞬の油断をしてしまった。
その打ちの体勢から立ち直し、セイバーはすぐに体を俺の方へ向けて左手を既に動かしながら俺に間合いを取り、手のひらを伸ばして当て付ける。
一瞬俺達はそのまま動きを止めた。
「⋯負けたけど、一度は避けてみせたぞ、セイバー。」
俺は敗北感など感じられないほど、今は達成感に満ちている。
たった一回、避けるということにこれほど苦労するとは思わなかった。
苦労の結果、その喜びをそのまま口に出していた。
「ええ、本当に驚異的な成長ですね⋯。背後を無くすことで正面の戦いに持ち込んだ。色々な反省から策略を混ぜ合って、先程まで捉えきれなかったこの手を避けてみせた! 今は実に上出来です、マスター!」
セイバーも本当に嬉しそうに言葉を返してくれた。
俺はそこでそれまでの連続的な鬼ごっこ、夢中になって休憩を挟まなかったことによる疲労にやっと気づいた。
そこから俺は地面に座り込む。
「はあ⋯⋯、疲れたよセイバー。休憩できないか?」
「たしかにそうですね。そうしましょうか、思えば魔術師でないあなたがここまで動いて、それは疲れるのが当たり前だ。さあ、広間に行きましょうか。」
セイバーが座り込んだ俺に手を差し伸べる。
俺は顔を上げてその手を取り、立ち上がる。
そうして広間に俺達は戻った。
セイバーは広間に戻って今後の方針を話した。
「やはりあなたは運動能力が高い。これなら外に出ても、私が常に隣に立てばあなたを守り切れるでしょう。やはりこれからあなたが習得すべきなのは、魔術の方ですね。」
「魔術というのはどのようにやるんだ? 俺は魔術なんて一度も使ったことはない、やり方なんて知らないぞ。」
「そうですね⋯。現状、あなたから感じられる魔力から推測するに、秘めた魔術回路は完全に開いていないのでしょう。まずはその魔術回路を覚醒させると共に、魔術を使うためにその線に流れる魔力を知覚してもらうとしましょうか。」
「要するにその魔術回路ってのを、開くってことか?」
「はい。となると一度、あなたの宿に戻るとしましょう。」
魔術回路を開く。
またも俺の知らない領域へ足を踏み込むのか。
少し⋯怖いな⋯。
単純にそう思うが、それも仕方のないことだ。
やりきってみせるしかない。
しばらく息を整えて、俺達は広間を後にして宿へと向かった。
まだ昼前の日差しが木々を照らす道、いまだ疲れと熱が残る体で歩きながらもこれから訪れる未知への緊張が高まっていた。
* * *
宿に着き、俺はセイバーに今から行われることの説明をするためと席に座らされた。
「魔術回路を開くやり方には直接私の魔力を流す方法もありますが、それはあなたの体を壊すことになるでしょうし現実的ではありません。」
「じゃあどうするんだ?」
「この場合、精神の内から開くのが最も最適でしょう。あなたの精神世界にあなた自身が入り込み、概念として現れる魔術回路の扉をその手で開く。体そのものを直接弄るわけではないので、即死するような事はまずありません。ですが魂の変革は必ず体に強烈な反動をもたらす。高熱や激痛で数日動けなくなるかも知れませんし、魂に直接触れる可能性もあるので失敗すると廃人になりかねませんが。」
「⋯なあ。そんなに難しいこと、俺一人で出来るわけないぞ。」
「安心してください、マスター。私が全力であなたにバックアップをします。それに、あなたの精神世界での旅には私もお供させてもらいますから。」
「セイバーも来られるのか?」
「はい、サーヴァントなので。」
なるほど⋯納得。
それに、セイバーが一緒に手助けしてくれるなら安心感は大きい。
でも作戦自体は本当に恐ろしいものだ。
これから何をするのか具体的に聞くと理解不能だが、同時に絶対にきつい試練のひとつであるに違いはない。
これは、甘く見て臨んで良いものではないな。
そう思って全身に緊張が走った。
「流れとしてはマスターには寝てもらう形で意識を落として、明晰夢の状態にする。そしてその状態にすると共に、私もあなたの世界へ飛び込む。そこからは精神世界での旅となることでしょう。できれば魔術の簡易的な刻印を施したい、上手くいくと良いのですが⋯。」
「⋯だあぁ怖い! だけど俺は怯まないぞ。さあやろう、セイバー。」
怖いものは仕方がないが、やると言ったからにはやらねば。
すぐに心を切り替えるために俺は立ち上がって両手で顔を叩く。
セイバーはその様子を見て驚いていたがすぐに微笑む。
「⋯そうでしたね、我がマスターは心の強い御方だった。はい、やりましょう。」
俺はベッド横に敷かれた絨毯にあぐらをかいて座る。
そして、セイバーも目の前に正座をして同じく座った。
カーテンが閉められて薄暗くなった部屋の中で物音だけが響く。
「マスター、手を出してください。」
「手? はい。」
そう言って俺は右手を地面と平行に上げる。
すると突然、セイバーは手を握ってきた。
しかもセイバーの指が俺の指の隙間に滑り込み、強く隙間無く組み合わされた。
「なっ、なんだ? これも開通の一環か?」
焦ってセイバーに聞く。
「⋯はい、気恥ずかしいですが今は黙って握られてください。」
特に深い説明がなかったが、まあとりあえず言われるがままにした。
「目を閉じて、私の手の体温だけを意識してください。現実の感覚を忘れても、この手の熱さだけがマスターをここに繋ぎ止められる錨となりますから。」
俺は言われた通りに目を閉じて、右手に感じる温もりに意識を集中する。
はじめはただの人の手の温かさだったものが、だんだんと熱を帯びる。
そしてやけに心拍の音が大きく聞こえるようになった。
どんどん自分の感覚が曖昧になる。
握り合っている手は、どこからが自分でどこからがセイバーなのか。
それさえも今は分からない。
真っ暗な瞼の裏で感覚が曖昧になる恐怖は少しばかりか増す。
でも辛抱強く身を委ねていると、突然に背中から全身が引き込まれるような感覚が襲った。
驚いて目を開けようとするけど、もう瞼は上がらなくなっている。
いや、すでに眠りに落ちてるのか。
暗黒に包まれた世界で引力に従っていると、背後から光を感じた。
後ろを振り向く。
そこには太陽のような眩い光が見えた。
俺は、あの光に向かっているのか?
そう思った時、その光は暗黒の世界を真っ白に覆っていく。
セイバーを召喚したあの時のように。
何も見えない、何も感じられない。
そんな白銀の世界の中、不意に声がかけられた。
『マスター、目を開けてください。もうあなたは、既にあなたの世界で立っていますよ。』
その声ではっとして目が開いた。
気がついたときには、そこはもう宿の中ではなかった。
ーーー広大な草原、その地平に俺は静かに直立していた。