Fate/spurious calix   作:sorsan

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第八話「自ら選んだ定めを」

草がゆらゆらと揺れ、緩やかな高低差のある草原。

まるで海原かのように青く澄んだ空。

ある意味、これは幻想的な世界だった。

スケッチに描かれたように色は濃く、現実ではないことははっきり分かる。

 

「良かった。マスター、成功しましたよ。」

 

風景に浸っているとすぐ隣から声が掛かる。

右に目を向けるとセイバーが立っていた。

セイバーを見るときに同時に、まだ右手を降ろした腕の肘から直角に上げていることに気がついた。

その上には、今もセイバーの手が握られたままだった。

 

「手は⋯、繋いだままなのか?」

 

俺がそう言うと、セイバーは驚いた顔をしてスッと握った手を解いた。

手は離れたが、まだ手のひらは温かみを持っていた。

これは離れてすぐだからというわけでもなく、未だに手を握られているかのような感覚だ。

まあそんなこと、今はどうでもいいか。

 

「マスター、お体に異常はありませんか?」

 

セイバーがそのように聞いてきたので、俺は軽く手を振ったり足を振ったり、体を動かす。

あまり調子は変わってないように思える。

 

「今のところは問題はなさそうだ。」

 

「そう、それは良かった。」

 

周りを見渡す。

草原が広がっていることに変わりはないが、一際目立つ大きなものを見つける。

 

「あれは?」

 

そこには、とてつもなく大きな木が見えたのだ。

それもただの木じゃない。

大きな根が地面上にまで露出しているようだ。

あれはいつか読んだ北欧神話、その本に出てきた『世界樹』そのものに見える。

 

「この世界もそうですが、あれも凄い巨木ですよね。想定通りなら、あのような単純に分かるものが重要な概念になりやすい。おそらくはあれが我々が目標にする魔術回路、それに等しいもの存在なのでしょう。」

 

「つまり、今からあの木に向かうのか?」

 

「あの巨木が魔術回路だという確定的な情報はないですが、とりあえず何も分からない今は行ってみる方が良いでしょう。」

 

そう言ってセイバーは、フサフサと草原を歩き始める。

それを見て、俺もセイバーの後ろについて歩き始めた。

精神世界というもののせいだろう。

足取りは軽く、空気も信じられないほど澄んでいる。

あの木は遠いがこの様子じゃあ、すぐに木の下に着いてしまうだろう。

そう思いながら、俺は奥の巨木を見ていた。

 

「マスター、質問をひとつ良いでしょうか。」

 

セイバーは歩きながらそう言って、俺は戸惑いながらも「ああ。」と返した。

 

「今の状況には深く関わりのない質問ですが、マスターは何故、聖杯戦争に参加することを決意なさったのですか?」

 

「聖杯戦争の参加理由?」

 

「はい。聖杯戦争とは聖杯を賭けて魔術師が争うもので、本来あなたのような魔術への対抗策を持ち合わせない非魔術師が参加する事はもとよりない。多少イレギュラーがあったものの、あなたには一度、非参加権利の一案も呈した。けどあなたは最終的にその権利を選ぶことはなかった。何か渇望する願いもないというのに、何故身を挺してまで戦いに参加するのか。私はその真意について、あなたの言葉を聞きたい。」

 

⋯そうだな。なんでだろう、思えば確かに理由のない戦いかもしれない。

それに今までの状況だって意味不明だ。

『あるものはある』の精神で押し通していたが、実際信じたくもない現実を抱えている。

これまでの人生で昨日の今頃までにはまだ、こうなることは想定などしていなかった。

魔術云々は前提として、一般常識から脱している話なのでそれは当たり前に予測や予見など、出来るはずもあるまい。

だけど俺は、想定外の世界に足を踏み入れた上で昨日の夜、決めたんだ。

 

「俺が聖杯戦争に参加する理由なんて、自分自身のために決まってるだろう。」

 

「自分自身のため、ですか?」

 

「ああ。昨日考えたんだ、どうせあんたの一案を選んだところで、あの印象的な出来事や戦いを忘れられるわけがないって。それに俺自身が戦いを放棄したところで、聖杯戦争っていうのは終わりはしないし、俺はマスターとして敵陣に狙われ続けるんだろう?」

 

「⋯それはそうですが、これも言ったはずです。私があなたのための盾になることを誓うと。」

 

「盾になってもらうだけじゃ、聖杯戦争の話を聞いていると不安を拭いきれないってのもある。結局俺は臆病で、震えて縮こまるだけなんだ。そんな自分を、俺は求めていない。」

 

ああそうだ、その通りだ。

その考えは、今の俺の戦う粗末な理由のひとつ。

歩みを進めない旅人を、笑わない人は居ない。

そうならないためにと願い行動するだけでも、旅を進むことの一歩となる。

そしてもう一つ、大事なことはある。

 

「それになセイバー、あんたのために戦いたくなったというのも、理由の一つに当てはまる。」

 

「私ですか?」

 

「昨日願いがあるか聞いただろう? その時セイバーはあるって言った、だけど俺が戦いを放棄するなら諦めると言った。正直驚いた、セイバーは優しすぎるって。普通の人は、そんな英雄を一人にして日常に戻れるものか。」

 

セイバーがこちらに顔を向けた。

 

「それだけじゃない、俺は不遇だけどマスターに選ばれたんだ。確かに選んだ定めは正しくないのかも知れない、だけど与えられた役は出来うる限り全うしたい。それは俺の信条だ。」

 

セイバーを一人にして戦いを放棄することが出来なかったこと。

信条に従い、マスターの責務を極力果たしたいこと。

出るべくしてこの結論は生まれたのだ。

 

「俺は痛い思いをしてでもその道は進みたいと思えた、それが俺の真意だ。」

 

正義や大義を張るつもりはない、だが責務を手放すつもりはもっとない。

それだけが俺の真意なんだと思う。

そうして、俺の真意を聞いたセイバーは立ち止まった。

 

「⋯なるほど。力量は見合ってませんが、その心の強さは並の魔術師をも凌駕するほどです。不器用で誠実で、おそらくはそれがあなたなのでしょう。」

 

「それは、褒められたのか?」

 

「ええ、褒めたつもりです。実に嬉しいことだ、かなり芯のあるマスターに私は引いて貰えたようですから。」

 

そりゃどうも。

セイバーはまた前を向いて歩き始める。

思いがけなかったが、すぐに決意を再確認することになってしまったな。

そう思いながら、また俺もセイバーの後ろについて歩き始めた。

 

風景は変わらず、空気も変わらず。

歩いても歩いても、周りの環境は何も変わらない。

本当に夢の中だな。

変化があったのは、歩き始めてしばらくした時。

あの巨木に近づくたびに、足に重りがつくように歩きにくくなったのを感じて足元を見た。

そうして気づいたのは、足がいつの間にか草原の草に絡みつかれていた事だった。

 

「なんだ、これ。」

 

試しに足を前に引っ張ると、草はすぐ千切れた。

だけど次の一歩を踏んだときに、また足に絡みつく。

それを繰り返してたために、自分の足取りを悪く感じていたようだ。

さっきまで足に草が絡んでくることなんて無かったのに、何故だろう。

とりあえずセイバーに遅れを取らないよう、俺は草を気にせず進んでいた。

 

意外と長らく歩き、巨木がもうすでに目の前まで来た頃。

足に絡みつく草の千切りにくさも格段と上がり、歩くのが疲れてきた時にやっと目的のその近くまでたどり着いた。

 

「⋯大きすぎるな、これじゃあやっぱり『世界樹』そのものじゃないか。それで、これは魔術回路そのものなのか?」

 

「ええ、やはりこれが魔術回路の概念で間違いないようです。」

 

そうか、この木が。

俺は目の前に聳える世界樹に目線を向け、下から上へゆっくりとなぞるように見上げていった。

軽く百や二百のメートル、それを上回っているであろう高さだ。

枝も幾多と分かれて先々に、葉が生い茂っている。

それはそれは大層な樹木なことだ。

だけれどひとつ気になる点がある。

 

「⋯⋯なあセイバー。この世界樹、⋯凍ってないか?」

 

表皮が岩のようにゴツゴツしている、それは当たり前なのだが確実に生きているような色をしていない。

本当に、木が氷に囚われて凍結されたように見えた。

 

「それは、そうですね。あなたはこれまで一般の民として魔術回路を開かずに生きてきた。ですから機能が止まっているのは当然のことです。」

 

そうか、確かにそうだ。

今回は凍るという現象で、機能が止まったということを概念化しているというわけか。

つまり、魔術回路を開くためには。

 

「つまり、魔術回路を開くためには凍結をどうにか溶かして、この世界樹に活動を促せば良いってことになるのか。」

 

「素晴らしいです、マスター。そうですね、あの凍結を溶かすことが我々の戦いの起点になるはずです。」

 

なるほどな⋯。

だけど、さあどうしたものか。

 

「あの凍結は、どうやったら溶けるんだ? このあたりに、アレを溶かせそうな火なんてありそうにないぞ。」

 

セイバーはその言葉を聞いて考え込む。

そして世界樹を見上げて口を開いた。

 

「ここはマスターの精神世界なので私の場合、むやみに直接干渉は出来ない。あの世界樹の凍てつきはこの世界の想像主たるあなた自身にしか溶かせない代物ですが、あなたが自分自身で行えるきっかけを作ることなら私にも出来るかもしれません。」

 

「それはどういう⋯?」

 

「マスター。もう一度、私に右手を差し出してくれませんか?」

 

なんだ、また手を繋ぐのか?

そうしていまだ温もりを感じていた右手を上げる。

セイバーは目を瞑って胸に握った拳を当てた。

すると、セイバーの拳は火を纏うように明るく琥珀色に輝いた。

そして目を開いたセイバーは輝く手を開き、俺の手を握ろうとする。

 

「セ、セイバー? それは大丈夫なやつなのか⋯?」

 

「安心してください。熱くはありませんし、手が焼けることもありませんよ。」

 

「⋯そ、そうか。」

 

そうして光った手で俺の手を掴む。

触れた手はただ温かくてセイバーの言う通り、極度に熱くも焼けるというような感覚もなかった。

これもまた魔術なのか? それにしてもこれ、一体どうするんだ。

そう思っていると、今度はセイバーの手が炎のように少し燃え盛った。

その炎は俺の手まで飲み込んで燃え盛り、不思議な雰囲気をもたらした。

燃えているのに、感覚は何もないようだったから。

そうして炎を見つめていると、セイバーが握った手を解いて離す。

しかしその手に先程見た輝きはなく、元の手に戻っていた。

逆に、俺の手には燃え盛る炎が残ったままだ。

 

「⋯良かった。私の種火を、その手に渡すことは出来たようです。」

 

セイバーは微笑んでそう言う。

俺は燃えているように見える手を横目に、セイバーを見る。

 

「その炎はあなたの内に秘めす、生命の源を呼び起こす炎です。その炎では凍結を溶かす効力はありませんが、あなたがその糧を基に手に力を入れ、生命力を引き出せばその灯火には効力があるはずです。多少の目眩はあるかも知れませんが、そこは己が精神力との戦いです。」

 

「ここからは俺一人の戦い、というわけか。」

 

今の俺はたしかに冷静に理性を保っているが、緊張のキャパシティは最大になりかけている。

とうとうここまで来たか。

昨日まで無知だった俺は、たった一日で進みすぎているような気もする。

周りの環境は俺を情報で殺そうとしているようだ。

まあ、それをこれまですぐに許容出来ているあたり、俺もすこし狂っているのかもしれないが。

逸れた話を振り切って、俺は一息の深呼吸をする。

⋯よし、やるぞ。

思いっきり右手に力を込める。

すると炎は今までより白く輝いて更に少し燃え盛る。

そして、力を入れているのは右手だけのはずなのに、胸の奥に鋭利な痛みと熱い感覚を感じた。

同時に炎の揺らぎは、より速く盛んになり息も走っていないのに絶え絶えになり始める。

頭を殴られたように、意識が朦朧としかける。

だけど覚悟を決めている俺の気丈さは、その飛かける意識を必死に捕まえていた。

耐えるように目を細めたその瞬間。

強まっていた光は爆発した後のように突発的に静まる。

炎の盛りは収まり、手の周りをゆらゆらと浅葱色に変わってまた揺らぎ始める。

 

「⋯⋯これが?」

 

「成功です、マスター。それがあなた自身の生命力だ。それにしても並大抵の民ならば、気が朦朧になってそれこそ力を引き出すのに時間が掛かるというのに、覚悟があるあなたは我を留める精神力も高いようだ。」

 

「かもね⋯。」

 

引き出したまでは良いものの、この炎を持つのは本当に辛い。

ずっと走っているように、体力への負荷が続くのだ。

それは生命力って名前なのだから、考えてみれば当たり前だろう。

早く事を済まさなければこちらの体力が続かない。

そうして俺は、世界樹の方へ歩き始めた。

さっきまで気にしなかった草の絡みは、先程よりも強くなっているようで今になってとても邪魔に感じる。

ああ、うざったらしい。

冷や汗をかきながら俺は力強く歩を進める。

なんとか露出した根の表皮、その目の前までたどり着くことができた。

ここまで来ると簡単には足が動かない。

草の絡み強さは最大限だ。

だが、もう既に手に届く距離に表皮はある。

後は手を当てる、ただそれだけで良い。

体力の制限時間は刻一刻と迫っている。

早く終わらせねば。

手を伸ばす。

表皮に平が当たろうとする、その瞬間だった。

足に絡まっていた草がどんどん伸びて俺の伸ばす腕を止める。

な、なんだ!?

腕を動かそうとしても動かない。

なんなら、腕がゆっくりと表皮から離されているようだ。

何故だ、何故、邪魔をする?

そう思って動かない腕を見た。

そうして気づいたが、俺の腕は震えていた。

 

「⋯そうか、俺はまだ恐怖しているのか⋯。」

 

これまでずっと押し殺していた未知への恐怖。

それをこのとてつもなく恐ろしい局面において、殺し切ることは出来なかったわけか。

そう思った途端、頭の中に『足を踏み込みすぎた結果の恐怖』、『この事が失敗した時の恐怖』、『命を落としてしまう恐怖』、それらが一気に押し寄せる。

必死に見ないようにするも、振り返り切ることが出来ない。

汗だって止まらない。

この邪魔をする草だってそうだ。

思えばこの世界は、俺の精神に基づいた世界。

そうなればつまり、これまで俺を邪魔していたのではなく。

草は本能的に俺を止めようとする、殺しきれていなかった俺の恐怖というわけか。

冷静さが欠け始める。

恐怖と真正面から向き合ったその時は、こんなにまで自分を害するものなのか。

俺はもう既に、俺の腕を押そうとする力が失われていた。

体力もどんどんすり減り、焦りが滲んでいたその時。

 

「マスター! 恐怖に屈してはならない! 自分の真意を、私と共に進むと決めた誓いを思い出してください!」

 

俺の目が見開く。

セイバーの声だ、俺を鼓舞している。

そうだ、俺にはセイバーが付いている。

俺が今恐怖しているこの未知の世界で、それでも歩むことを支援してくれる人がいる。

俺は一人で歩いていないんだ。

それに思い出せ、さっきセイバーに臆する俺は求めていないと言ったばかりだろう。

決めたんだ、『痛い思いをしてでもこの道を進む』って。

ならその自ら選んだ定めを、突き進むべきなんだ。

俺は⋯⋯退きなぞするものかっ⋯!

俺は恐怖以上に決意を持って力を振り絞る。

引き離さんとする草に対し足を踏ん張り、全身の体重を腕にかけて俺は腕を押す。

行けっ!!

浅葱色の炎を纏った俺の手は、草の邪魔を無視して突き動く。

そしてその世界樹の凍結した表皮に、遂に全霊のひと手を押し当てることは叶った。

触れた瞬間、表皮に浅葱色の閃光が移る。

ジュッ⋯⋯バリバリバリッ!!

炎は凍結していた表皮を、計画通りに溶かし始める。

炎が広がり始めたその時、背中が突然痛む。

なんだ!?

その痛みは更に強くなり、俺を苦しめ始める。

 

「マスター、大丈夫ですか!?」

 

いつの間にか、セイバーが後ろに立っていた。

どうやら心配して走ってきたようだ。

 

「こ、こりゃあ痛すぎるぞ⋯! ま、まずいかもな⋯!」

 

痛みは全身に広がって強まる。

まるで百万の電圧をかけた電気風呂に見を投じたような痛みだ。

いや、これは痛みと言えるのか?

 

「唐突に魔術回路に微量ながらも魔力を通したので、今は想像を絶する痛みでしょう。だがもう少しの辛抱です、頑張って下さい、マスター!」

 

セ、セイバーのやつ、鬼畜の極みまで超えている。

確かに痛みは許容すると言った、だがここまでとは⋯⋯。

と、とにかく今はこの試練を乗り越えるしかないんだ⋯!

俺は体を屈めて、今にも気絶しそうな痛みを耐える他無かった。

そして、遂に体を地面に横たわらせた。

セイバーも屈んで俺に腕を回した。

今もかろうじて気は保っているが、それと同時に痛みも続いている。

痛みに耐えながら横たわっていると、細まった目で世界樹を捉える。

世界樹に灯した炎はいつの間にかかなり上まで燃え盛っていて、その凍結を綺麗に溶かしていった。

どうやら炎は氷でしか燃えておらず、燃えきった後に現れる解放された表皮には、幹から枝葉の先々へ向かって鮮やかな浅葱色の青白い光の道筋が現れている。

その光の道筋は一気に脈動しながら、上へ上へと駆け上がっていく。

幻想的な風景は大人しく見れるものなら見たかった。

だが今は痛みに包まれている真っ最中。

俺は歯を食いしばって耐えていた。

 

しばらく耐え続けて、あの信じられない痛みはゆっくりと引いていった。

どうやら俺は、気を失わずに耐えきれたようだ。

本当に⋯疲れ切ってしまったな。

俺は横たわりながらまた、世界樹を見た。

世界樹は黄金と青の光に包まれ、精神世界そのもの眩しい光で包み始める。

 

「よく耐えきった、我がマスター。あなたは事を成し遂げてみせた。この功績を、あなたは誇るべきだ。」

 

セイバーは優しい声でそう言った。

俺はなんとも言えない気持ちになる。

考えてみると、これはまだ始まりの一歩に過ぎないのだから。

だが、確かに一歩は進んでみせた。

 

「⋯お、俺は⋯、旅人だから⋯。」

 

旅人だから一歩を踏んだ。

その言葉を聞いて、セイバーは笑った。

 

「⋯見事です、マルセイ。」

 

その声が聞こえた時、世界は世界樹の輝く光で見えなくなった。

この旅は始まったばかりの旅人の人生で、良い意味でも悪い意味でも一番印象に残る旅だろう。

だけどこれはきっと、旅人としての俺の人生に刻まれるものではなく。

この旅はきっと、魔術師としての俺の始まりに刻まれるものなんだろう。

ああ⋯俺って、イカれてるんだろうな。

そうして夢に落とされたときのように、白銀の世界は闇に包まれていった。

 

 * * *

 

精神世界から現実に戻った時、最初に見たのは私に倒れこむ彼の姿だった。

 

「⋯っ、が⋯っ⋯!」

 

マルセイ、彼は本当にとんでもない人間だ。

最悪難しそうならば、潔く諦めようと思っていた魔術回路の開通。

その難所をたとえ私の手助けがあろうと、自分の力で乗り越えてみせた。

私はもう既に、彼に尊敬にも似た好感を抱いている。

彼は純粋無垢な民で、言動や行動からも人と信条を大切に出来ている人格者だ。

事実、彼は私をサーヴァントとしても、人としても大切に向き合ってくれている。

 

「⋯まるで、弟のようだ。」

 

であれば私も、出来る限り彼を大切にしてあげねば。

私は精神が起きるまでずっと繋いでいた左手を優しく解いた。

そして無意識に、彼を抱きしめていた。

 

「何を心配する必要がある。彼はきっと、裏切らない。」

 

彼の前で、妄執に引きづられることは止めよう。

それを胸に、私は彼をさらに強く抱きしめた。

もう絶対、裏切られることがないことを信じて。

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