簡単には拭いきれない、ウッドワード家に対する人生の違和感を払拭するために参加したこの戦い。
魔術師が殺し殺され合う凄惨な条理に従うようなこの戦場で、まだ無価値な俺は一体何を示せるのだろうか。
アイツを呼び出して一日が経った今でも、俺達二人は戦場の偵察を静かに続けている。
一日、静かな偵察が続いているのは、サーヴァントである彼自身が相手を見定めて行動をするのが得意な英雄であったのが推測もできるが、それ以上に戦いは始まったばかりでいまだこれというような派手な戦いは巻き起こっていないから、というのが大きな理由となっているだろう。
そう、戦いはまだ始まったばかりなのだ。
事をそう急かして結論を出すのには、まだ早いもの。
今はとりあえず、勝ち進むことだけを見ていれば良い。
拠点に出来たのは見晴らしの良い場所と言うには程遠いドロミティの街、その中だった。
初日は一人だったこの宿舎には、傍らに視線を移すと今では更に一人増えている。
「ん、如何したか。」
彼こそが先日この手で召喚したサーヴァント、ライダーだ。
ライダーは外へ捜索や偵察をしていたのを終えて丁度、夕刻に帰ってきたところだった。
既に床で豪快にあぐらをかいて座っており、俺は椅子に座ったまま彼を見た。
「街で何か、変化はあったのか?」
「いや、相変わらず誰も動いとらんし誰がどこに居るのかも分かりゃせん。あまりにも変化がないものだから、ここへ戻ってきたというわけだ。まだ平和な戰場の、束の間の休息よ。」
やはりか。
他の陣営は一体何をやっているのだろうか。
我々と同じように偵察行動をしているなら、ライダーは彼らに遭遇するはず。
それに動いていないからこそ、誰がどこに居るのかも分からないという回答なわけだ。
通常とは常識もルールも土台から違う『聖杯戦争』という戦いだからこそ、戦況はやはり読みにくい。
「冴えんなあ。これではどう戦いに備えるかも想定がしにくいぞ。」
「そりゃあそうだろう、何もすぐ行動をすることが必勝ではないのだからな。この時のような休息も、それはそれで大切にするべきぞ。それにしても主よ、この拠点には面白みが欠けている。何か娯楽はないのか、娯楽は。これじゃあただ座るだけの無意味な時に変貌させてしまうものよ。」
召喚して今に到り、その中でやはり彼に対して思うところがある。
何かと彼は『遊戯』や『娯楽』を求める緊張感を薄れさせる発言をしてくる。
そのことは別に嫌というわけではない。
ただ、俺の価値観の問題だ。
周りを見渡すが彼の期待に応えられそうなものは確かに見当たらない。
「ないな。戦いだけを考えていたから、娯楽のことなんか目に入ってなかった。」
「そりゃまずいな。確かに戦いも大事だが、常に戦うのは身が疲れる。何事も豪快に、息抜きを挟むことは大事! 逆を言えば娯楽も戦いの内ということよ!」
ライダーは身振り手振りで熱弁する。
だけどそれは多分、綺麗事に並べてるだけで。
「派手に言ってるが、それは単に君が遊びたいと言いたいだけじゃないのか?」
「当たり前であろう、俺は軍人であった裏腹に娯楽を謳歌した遊び人であるからな。サーヴァントとなりあの時代よりも長らく過ぎた進んでいるこの時代に来て、どのような歓楽が増えたのかを見定めることも楽しみとして捉えたいからなぁ。」
ライダーは顎に手を当てて頬を緩ませながらそう言った。
話を聞いて思う。
ある意味なら、彼は戦いよりも遊びの方でサーヴァントになることを決めたのかも知れない。
「なら探索がてらに、また外を歩き回るか? 俺も街の様子を見ておきたいのでな。」
「おお、それはまた面白い提案なこと。良いぞ、付いて回るとしよう。」
その合意と同時に二人立ち上がる。
「そういや、街に歩きに出るんだったらこれを着てくれ。」
俺はクローゼットの中から替えのジャケットと服を持ち、ライダーへと差し出す。
「何ぞや、これは。」
「普通に俺のジャケットと下の服だ。その肋骨服で街に出歩かれても、ただ注目の的になってしまうしな。」
ああ、如何にも派手派手しいその肩掛けから彼が只者じゃないことは分かってしまう。
それは一般人に対してだけじゃない、この聖杯戦争に参加する他の魔術師に対しても言える。
「そうか、カモフラージュということだな。ならば受け取って着替えるとしよう。」
そう言って俺のジャケットと服を手に取った彼は、すぐに服を着替える。
「ふむ、進代の服というのも存外着心地は良いものだな。この黒い上着も格好が良い。」
ライダーは軽く俺の服を見てそう感想を述べる。
準備が整ったところで、二人は外へ出た。
外へ出た後、二人で並んで街を歩いた。
「主よ、この雑誌の表紙に描かれるこれは鳥ではないように見える。黒く勇ましい煌びやかな図体をするこれは何か?」
「戦闘機だ。人が乗って空を飛ぶ進軍兵、そういうものだ。」
「ほう、進代においてはそのような兵器が確立するのか。面白い、よほど高価な物なのだろうな。」
そのような会話をしながら歩き、ライダーは色々な店に顔を突っ込んでいた。
そして、それに並行してしっかり街中の経路や造形も把握しているようだった。
こうしてライダーと共に、今後の戦闘方針についても少しづつ打算していった。
「我も街は浅くは見回ったが、いまだサーヴァントの戦いは明快に行われていない。敵陣を見つけることが今後の注力点になるであろうな。」
「ああ、理解した。」
敵陣を見つける。
それはどの参加者だろうと、序盤は考えることなんだろう。
だからこそ、俺達が戦いで優位に立つために早く動きたかったのだ。
先手必勝というのは大切だと、そう思いながら動こうと思った。
とりあえず今後も偵察を続けて動くかと考えてライダーを見ると、彼は空に向かって目を細めていた。
「どうした、ライダー。」
「ありゃあ鳥か? ちと動きがゆらゆらとし過ぎているようにも見えぬか。」
そう言われてライダーの目線の先を追う。
そこには確かに、一見すると見た目も鳥のように見える飛行物体がある。
「普通に鳥じゃないのか?」
「いや待て主よ、あれは野鳥ではない。今その確証を得た。」
野鳥ではない?
どういうことだと思いながらもまた鳥らしき物体を見る。
「何がどう違うというのだ。」
「⋯あれは偵察の機能を魔術で施された鳥の使い魔だ、魔力を感じる。これはまた、難儀な技よな。」
「魔術を施された鳥だと?」
なんだ、何かそういうものが街に飛んでいるのか。
早くも聖杯戦争に関する動きが見えた。
「俺達に付き纏っているわけじゃなく、街全体を鳥に監視させているのか。どうする、撃ち落とすか?」
「左様、しかし我にはあの鳥を的確に落とす手段は持ち合わせてないがどうしたものか。」
「とりあえずあの鳥を撃ち落とせば良いんだな、任せてくれ。」
そう言って俺は懐に忍ばせていた拳銃を取り出す。
「鉄砲で撃ち落とすのか、こりゃあ良い! しかし鉄砲には大きな音が伴うがそれはどうする。」
「これはただの拳銃じゃない。」
そう、これは聖杯戦争に参加して敵を効率よく始末するために独自に密造した拳銃。
どのような点で効率が良いかと言うと、端的に言えば音だ。
普通の拳銃をベースに、出来る限り発砲の瞬間に発せられる音を廃した、カスタムされた拳銃というわけだ。
周りに人が居ないことを確認して、動く的に照準を定める。
そして感覚を研ぎ澄まし、狙いを的確にする。
ここだと感じた時、俺はその引き金を引いた。
チャチ⋯。
狙いは良かった。
小さな音で射出されたその弾は、しっかりと使い魔の鳥を撃ち抜き落下を始めさせられた。
「ほう、いまのが弾を撃つ音か! 音は清涼で静かなもの、こりゃあ驚いた。しかも狙いの定めも良い、さすが我が主というものよ。」
「あんなのを撃ち落としてどうかするのか?」
「ああ、とにかく落ちたところへと向かうとしよう。」
そしてライダーは走って、使い魔の鳥が落ちた地点へと行った。
俺も後から追いかけて現場に追いつく。
てっきり魔術の施しを受けているのだから、死んだら肉体も霧散するのかと思ったがそうではなく、しっかりと地面に死骸は残っていた。
「これは質の良い魔力の残穢、上空にも飛んできた跡が残っておる。まだ時間は経っておらん、今すぐ追えば居場所を突けるか。」
「行くのか? ライダー。」
「先の戦略を踏まえると、ここは行くべきであると見た。魔力や魔術の質から見るに魔術師としての程度は高いように思えるが、主も同行するか?」
これは、どうするべきか。
ライダーは相手の予測を魔術師として程度が高いと言った。
その予測が当たるのなら魔術師として、今俺は敵には敵わないだろう。
しかも他二陣営間での戦いは想定したが、その二陣間の一つに俺達がなることなど予測していなかったので今は武装的にほぼ無防備に近い。
確かに俺も彼に同行して戦い、実力をすぐにでも示して見せたい。
だが、それは今の俺には難しい無意味な野垂れ死にだ。
無意味な命の投げ捨ては俺はしたくない。
ここはしかたない。
「いや、同行するのは戦略的に止めておこう。一人で調査を頼めるか、ライダー。」
「そうか、了解した。任せておけ、主を置いて死ぬことはせん。必ず戻ってくると誓おう。」
そうしてライダーは背中を向けた。
そして光に包まれ解放された時には、俺のジャケットから毛皮の肩掛けに衣装が戻った。
元の姿に戻ったライダーは、俺を置いて魔力の跡を追って行った。
「参る!!」
* * *
日の落ちかけた夕暮れ。
夕焼け色に包まれた森は、木々を靡かせて生きているようだ。
そんな深い森の中、走る一つの影。
タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、⋯
立ち並ぶ木を避け、露出する根を避け、彼は空の残穢を気にしながら猛追をする。
残穢は途切れ途切れで出処の方向を単純には読みにくい。
その難点に対し彼は、生前から培っている長年の偵察術からくる直感や推察で進んでいた。
長く深い森の中をしばらく走った彼は、見事にその跡の出処まで辿り着く。
『見えた、あそこか。』
木々の合間から見える先に小屋があるのを見つけた彼は、正面から突撃するのではなく様子見を兼ねて、木の上に登ってから見ることにした。
木に登った彼は木々を飛び移って小屋へ近づく。
木の上において目の前まで来た時、彼は見つける。
『あれは、魔術師か⋯?』
小屋の外には一人佇んでいる。
奴はロングコートを羽織り、髪が長いようで右目はその髪で隠れている。
微動だにせず異様な雰囲気を漂わせる彼は、木の上から小屋を覗く訪問者に気づいているのかさえ分からない。
訪問者の彼は不意にも声をかけた。
「そこの魔術師なる者よ。貴殿が使い魔を街へ放った、その主であるか?」
重厚なその声を、地鳴りの如く森に響かせる。
魔術師の彼はその声に答えるかのように、微動だにしなかった顔を訪問者へと向ける。
「⋯なるほど、貴公か。私の使い魔を屠ったその者は。」
森に響かないほど静かな、されど威厳を持ち合わせる声で言葉を返す。
訪問者と魔術師は、互いに相手の立場を理解し合った。
「もう一つ問おう。貴殿は聖杯戦争のマスター、その一人であるか?」
「ああ、そうだ。貴公のようなサーヴァントが、こんな私に何の用だ。」
「いやあ、聖杯戦争の敵陣を見納めに来たと言うだけさ。お前さんは今、付き添いのサーヴァントは居ないのだな。」
「ふん、さあ。それはどうだろうな⋯。」
二人は互いに、更に相手を探り合う。
声色はそれこそ穏やかなものだとしても、場の空気には確かにただならない緊張感が満ちている。
それはまるで、獅子が斑豹の縄張りに足を踏み入れ互いに一歩も引かない、心理的な攻防戦が行われているかのように。
「それで⋯、貴公は私を殺しに来たのか?」
「正直を言うと、俺はただ様子を見に来ただけなのであるが、そうだなあ。サーヴァントの気配も見当たらない今、貴殿は絶好の鴨。すなわち首を狙えるなら、この今の内に刈り取ってしまおうということにはなるであろうな。」
「そうか、ならばこちらも遠慮はせず対抗するとしよう。」
その言葉と同時に、魔術師は掌を訪問者へとかざす。
そして時を挟まずして、掌から超高密度の魔力の弾丸を一撃放つ。
ーーーダンッ!!!
弾丸の狙いは正確、訪問者の中心目掛け飛翔する。
そしていざ、その体を貫かんとすると、訪問者は腰に携えていた湾曲した刀剣を持つサーベルそのものを引き抜き出す。
引き抜かれたサーベルはそのまま弾丸を目掛け空間を切り裂く。
そして見事に、その刀身で弾丸を堰き止めて見せんとした。
「ほお、こりゃあ大層な攻撃を仕掛けてきたものよ! しかしその攻撃も、敵に我が物にされてしまっては⋯⋯、不調法であろう!!」
訪問者は受け止めたその弾丸をサーベルで発砲者の魔術師へと跳ね返す。
魔術師の下へ返されたその弾丸は、見事的確に着弾する。
ーーードカァン!!!!
粉塵が上がり、視界が悪くなる。
訪問者は魔術師の結果はどうなったのかを見届けようと、目を凝らす。
そして、煙幕が過ぎ去り魔術師が見えた。
彼の結果は地面に野垂れるのではなく、無傷に直立していた。
「さすがは程度の高い魔術師、着弾の前に防壁でも張ったな。今の不意な撃ち返しにも即座に対応してみせるとは。」
「⋯世辞は要らんぞ、サーヴァント。」
「世辞じゃなく本心よ、貴殿はありがたく称賛を貰い受けよ。」
訪問者は木の上から飛び降りる。
そして重い音を響かせて着地をすると、サーベルを片手に魔術師目掛けて突撃を開始する。
「そして我は、その命を貰い受けるとしようか!!!」
間合いを狭め、いざサーベルを魔術師へと振りかざすその瞬間。
ーーーーシュピンッ⋯、ドス!!! ガキンッ!!!
魔術師を切ろうとするそのサーベルの軌道を邪魔するように、魔術師と訪問者の間の地面に空から一振りの槍撃が突き刺さり、サーベルの刃はその槍に直撃した。
「ぬ?」
訪問者は槍の来た空を見上げる。
もう日が落ち、暗くなった空に一つの影が飛翔しているのが見えた。
それは滞空するのでは無く、訪問者と魔術師の間へ目掛けて回転をしながら落ちてきていた。
そしてその乱入者は、槍のように訪問者の彼を邪魔立てせんとその地へ拳を振りかざす。
訪問者は一歩下がり間一髪、直撃を免れた。
地に打たれた拳は、流れるように地を粉砕し舞い上がらせる。
ーーーーバァァン!!!!
訪問者は飛んで後退し、その乱入者と距離を隔てる。
再度粉塵が舞い上がったことで、乱入者の姿はよく見えない。
しかしその影は、先刻突き刺さった槍を引き抜きその槍を身の回りで超速で旋回をして、周辺の粉塵を一掃した。
粉塵が消えたことで、訪問者は乱入者の姿を視認した。
頭にターバンを巻き、鼻から下を覆うフェイスマスク。
布の上着を着て空いた胸の部分は、上着の下に豪華な胸当てを着用しているのが見える。
そして彼の一番不気味な点は、唯一頭部で露出した目元だ。
彼の白目は暗転して黒く、瞳が明るく見えている。
「フフ、フハハハハ!!! そこの槍を携える者よ、貴殿はサーヴァントだな?」
訪問者は笑って乱入者に問い質す。
乱入者は顔色を変えずに、その問いに返答を投げる。
「如何にも。某はサーヴァントランサー、我がマスターの危機に馳せ参じ申した。其方も某と同じか。」
乱入者は魔術師にも似た、冷静な声を響かせる。
そしてその返答を聞き入れた訪問者は、顔を不敵に綻ばせる。
「そうだ、この我はライダーだ。⋯フフ。良い、良いではないか、ランサーよ! 槍兵というのは、こりゃまた血が滾る相手よなあ。」
訪問者は言動から戦闘意欲を滲ませる。
それを見てランサーは、一つの問いを投げた。
「ライダーよ、ここで退くという考えはないのか。」
「ないな、この戦で初めて出会ったサーヴァントだ。すぐに退くのは面白くない。」
ライダーはその言葉とともにサーベル構える。
その応えを受け、ランサーも身構えた。
「そうか、残念だ。ならば其方は、ここで散ってもらおう⋯。」
「⋯であればこちらも、望むところである!!」
号砲の言葉を上げ、ライダーは相手へ目掛け突撃を開始する。
それを迎え入れんとランサーは姿勢を低くして槍を構える。
そうして此処で決戦の幕は、切って落とされた。