呪霊操術。それは、取り込んだ呪いを使役し、自由自在に操る事が出来る術式だ。正確には、調伏した呪霊を球状の物体『呪霊玉』にして飲み込み、自在に使役する生得術式だ。階級換算で自分より2階級以上下の呪霊であれば、弱らせたりせずとも触れる又は手を伸ばすだけで調伏できる(特級レベルであれば、準1級以下の呪霊を強制的に調伏可能)。ただし、既に何者かに服従している呪霊の場合、その主従関係が消えるまでは対象の階級に関係なく調伏することができないし、飲み込む際の味が不味かったりと、リスクもそれなりにあるものの、手数の多さと連携力がかなりの強みとなる術式だ。
そんな呪霊操術を、とある別の世界で、呪霊ではなく『妖怪』の存在する世界で、一人の少女が目覚めたのだ。
両親と兄を事故で亡くし、大怪我を負いながらも生還したが、「自分だけが生き残ってしまった」という罪悪感、いわゆるサバイバーズ・ギルトに陥った少女。
そんな彼女は力に目覚め、ある幼馴染みの正体さえも知って尚、比名子は隣に居る事を選んだ。とある正史の世界と違い、少しだけ生きる道を見出したのだ。
但し、それは生きる希望を見出したというより、『生きる希望は持ち合わせていない。ただし、他の誰にも殺されたくはない』という理由から来ている。
美胡と共に、何度も色んな妖怪や怪異と遭遇した。美湖と共に戦った。殺されたくないから。迫ってくる怪異は、逆に取り込んだ。取り込んで自由自在に操る。
そんな最中で、怪異を専門とする様々な機関や知り合いとも出会い、協力関係を結んだ。現地に赴き、共に戦い、怪異を取り込んできた。
時々美胡が倒した妖怪を、『怪異玉』にして飲み込んだ。美胡にも話した、取り込んだ怪異の味。あの日の事故で消えた家族、燃える車、そして海。それを表すような味。『血と油の混ざった海水を口に含んだような味』だ。まるで、今の比名子に刺さるような味。
それでも
誰にも殺されたくないから。
――――――――――――――――――――――
比名子「おはよう、美湖ちゃん」
夏の日差しが暑い季節。比名子にとっては、家族を亡くした忌々しい季節であるが、それでも比名子は海を眺めつつ幼馴染の社美胡と共に登校している。
美胡は、比名子と共に幼いころから付き合いのある、赤髪にキラキラな雰囲気、陽キャの名に相応しい明るい性格をした少女だ。しかし、その正体はこの地を守る土地神であり、改心した元人食いの妖狐だ。かつて、悪逆非道の人食い狐と恐れられたがとある僧侶に戒められ、それ以来嫌々人間達を守ってきたが、そのうちに情が芽生えたことで進んで土地の守護者となり、いつしか「オキツネ様」という土地神として祀られるようになっていった。そうして、自分を祀っている社によくお参りに来る比名子の家族を始めとした地域の人間達ずっと見守ってきた。
ただ、いくら祀られてきたとはいえ彼女に神様のような力は流石になく、八百歳家の旅行前の安全祈願のお祈りを叶えられず、結果的帰ってきたのは心に深い傷を負った比名子だけだった。
それを悔いた彼女は呪いで戸籍等を捏造し、「比名子の大親友の社美胡」として少女に化けて比名子に寄り添い、心のケアに努めていた。
比名子は呪霊操術を身に着けてから、美湖の正体を看破した。しかし、それでも比名子は美胡と共に生きて、美胡が一人で背負い込まないよう自身に目覚めた能力の事も明かした。美胡は比名子が後天的に呪霊操術に目覚めた事を憂いたものの、比名子は美胡の背負う物を共に背負いたいと誓い、美胡はそれ以降比名子と契約を交わし、比名子を守る守り神となったのである。
それ以降、美胡は比名子と共に自身を狙う妖怪や怪異を返り討ちにして、同時に比名子を守ろうとする妖怪や術師達とも交流を深めている。返り討ちにした怪異は、比名子が自ら取り込んで新たな戦力とした。向こうからやって来るならば、ただ待ち構えているだけでいくらでも現れて、2人で戦えば大抵倒して取り込める。しかし、時折強い相手も現れており、そういう時は知り合い達の手も借りて戦った。
とはいえ、長年土地神をしてきた美胡は数百年も人を食べてない。最近では知り合いの伝手で、死刑を執行された死刑囚の血肉を持ってきてもらったものの、それでも比名子が何かの拍子で血を流せば、その香りに衝動を支配されそうになる。
そんな時、比名子の提案で定期的に比名子の血を少しだけ美胡が吸うのだ。その後、精神統一や神社て説法を長々と聞き続けたり、お経を使ったASMRを聴いたりするのだ。
そうする事で、己の欲望をコントロールさせるのである。
美胡「いやー、この前はありがとね比名子!お陰でアタシ、前より衝動収まったよ!」
比名子「うん。前より肌も良くなってるね」
美胡「血を分けてもらったからね。前より力が湧いてくるし、精神統一して落ち着いて来たしね」
美胡は比名子の血を摂取した後、欲望をコントロールする為に必ず精神統一等を行う。そうする事で己の欲望をコントロールし、律する事で力を得る為だ。
お陰で今、比名子と楽しい青春を楽しめている。
すると、登校中に海から気配を感じる比名子と美胡。2人は海を見る時、真剣な顔つきへと変わる。
美胡「比名子、気を付けて」
比名子「うん」
美胡「比名子を狙う奴等、まだ居るかも。アタシだけじゃ守り切れない」
比名子「大丈夫。いざって時、彼等もいるから」
比名子はその手に複数の目玉に足だけの存在を、黒い霧と共に出現させる。また、背後から半透明の巨大なサメのゴーストも出現させた。しかし、すぐに消した。
美胡「でも、油断しないで」
美胡は比名子の手を握る。比名子は美胡の手を握り返し、彼女と共に歩む。
二人は常に一緒だった。怪異と戦う時も、同じ学校に通い、共に助け合って生きてきた。互いの秘密を知っても、それでも共に生きられた。
二人は通学路を歩んでいると、突然背後に気配がした。背後に居たのは、正に美少女。深い海のように透き通った、青い瞳が二人を見ていた。風に僅かに揺れる青みがかった黒髪。肌は人とは思えない程に白みがかっている。白いワンピースも相まってより美しさが際立つ。
???「こんにちは。随分、仲がよろしいようで」
二人は、目の前の少女がただ者ではない事を感じていた。
比名子「は、始めまして」
美胡「どーも………半魚人がなんのようなわけ?」
美胡は目の前の少女を睨む。いきなり正体を見抜いた美胡の睨みに、少女はクスクスと笑いながら答えた。
少女「いえ。今日は挨拶に来ました。それと、半魚人じゃなくて人魚ですよ☆」
少女の答えに、二人は警戒心を隠さない。少女はそんな2人の警戒心を気にもせず、比名子をじっと見てふむふむと下顎に指を当てる。
少女「沢山居ますね。そんなに沢山の怪異を取り込んで、しかも自由自在に操れるなんて」
比名子「っ!そこまで分かるの?」
少女「勿論ですよ。呪霊操術なんて有名ですから。よくそんなものを平気で取り込めますね」
比名子「………」
少女は比名子に手を伸ばす。しかし、美胡が比名子の前に出た。
美胡「おいこの半魚人!比名子に軽々しく触れるな!磯臭いのが移る!」
美胡が比名子を隠すように前に出る。比名子は美胡と手を握ったまま、少女を睨む。
比名子「帰ってください。次は無いですよ」
美胡「行こ、比名子」
二人は歩き出す。
少女「ええっ。それではごきげんよう」
少女は笑って手を振る。二人を見送った後、少女は去っていく2人の様子を、ただ笑って見守るだけだった。
―――――――――――――――――――――――
キーンコーンカーンコーン………
授業終わりのチャイムが鳴る。授業を終えて、ホームルームを終えた生徒達が帰還に入る。
美胡「はぁぁぁ……授業終わったー!」
比名子「美胡ちゃん、最近頑張ってたからね」
美胡「休んだ分のプリントはマジキツいからねー。高野先生もだけど、山下先生気質古すぎー」
比名子「気合いでどうにかなるって思ってるからね」
根性は確かに大切だが、それだけで何とかなる程に世の中は甘くない。美胡も読んでる『ピンクダークの少年』という漫画でも、気合いと根性だけではどうしょうもない時は知恵を振り絞って敵を攻略したりしている。
同級生「美胡ー。山下先生が生徒指導室に来なさいってー」
美胡「うわ、マジ最悪〜ッ」
美胡が涙目で比名子を見る。比名子は美胡の頭を撫でる。
比名子「大丈夫だよ美胡ちゃん。私なら一人で帰れるから」
美胡「……気を付けて。お盆の日も近いし、逢魔ヶ刻もあるから」
比名子「うん」
美胡が同級生達と共に教室を出た後、比名子は鞄に荷物を纏めて教室を出る。
学校を出た後、比名子は海の側を通る。
その時に香るのは、あの人魚の少女に出会った時に感じた海の匂い。
比名子は手を翳し、使役している怪異達を呼び寄せた。比名子の両隣から現れた黒い影から、複数の怨霊達が出現する。
呪霊『『aaa……』』
河合美津子『比名子……』
ゴーストシャーク『ゴポゴポ……』
ムリカベ『ムーリー!』
イボまみれの姿をした呪霊を2体、黒髪ロングでフード付きの黄色いレインコートを羽織っており、ファンシーなうさぎ(MIMIKO)のイラストが入った子供用の赤いポシェットを愛用している。フードを被っていて素顔は分からないが、比名子曰く年相応の可愛らしい顔だ。そして、青白い半透明のサメを両隣に出現させた。そして、前方には大きな壁のような妖怪を出現させる。
サメの怨霊はゴーストシャークと呼んでいる。比名子が調伏して得たサメの怨霊だ。釣り上げられたサメが、恐怖した人達よって撃ち殺された恨みで怨霊となり、ゴーストシャークとなったのだ。海外の怨霊だが、知り合いの伝手で海外へ赴いた時に入手したのである。
そしてゴーストシャークは、その前に呼び出した河合美津子の能力と相性が非常に良い。河合美津子はとあるマンションに巣食う少女の怨霊であり、そんな彼女は水を利用した怪現象に長けており、マンションで水を利用した怪異を起こしていた為、比名子と美胡の手で倒し、比名子が取り込んだのだ。
そんな河合美津子は、ゴーストシャークと非常に相性が良かった。
すると、海から長い髪と共に今朝の少女とは似ても似つかない、複数の腕を持つ女性が這い上がってきた。
磯女『バカな!?いい匂いのするお前を狙い、わざわざ西海道から来たと言うのに!?』
比名子(磯女……西海道と言えば、確か今の九州地方のどこかだったよね?………そんな遠い所にも私の噂が………でも今は、この磯女に殺されるのは嫌だし、とっとと倒そう)
比名子は磯女の伸ばしてきた髪の毛を、壁のような妖怪ムリカベによって阻む。磯女は無数の腕を出してムリカベを掴むと、ムリカベを左右に引き裂いて祓うが、河合美津子が手を翳した途端に海水が磯女を包み込む。やがてゴーストシャークが磯女を包み込む海水の中から現れて、磯女の頭から食らいついてそのまま海水の中へ消える。
比名子は手を伸ばした。頭を食われた磯女は、またたく間に散り散りとなって比名子の掌へ集まっていく。そして、比名子の掌には磯の香りがする青みがかった緑色の球体が乗っかる。そして、比名子はそれを口に含み、飲み込んだ。
比名子「うっ!?」
比名子の口の中に広がる、懐かしくも吐き気のする思い出の味。海水に血と油を混ぜたような、そんな味だ。血も油も、あの日の事故を思い出させる味だ。
比名子「ハァ……ハァ……嫌な味……」
比名子は吐き気を堪える。あの味を味わった後は、口直しに沢山食べたいのだ。でなければやっていられない。
比名子「コンビニスイーツを買わないと……」
少女「どうなるかと思いましたけど、心配無用でしたね」
比名子の背後に現れる、あの時の海の匂いがする少女。
比名子「またですか?一体なんのご用で?」
少女「そう警戒しないでください。私は………君に用があって来ました」
比名子「ストーカーですか?人魚さん」
少女「すとぉかあ?というのではありません。しかし、君に興味があります。だって私は、君を喰べに来ました☆」
すると、比名子は霧散させた河合美津子やゴーストシャークを再び呼び出した。また、背後から下半身の無い上半身だけで動くセーラー服の少女を呼び出した。
テケテケ。元は電車事故に遭って下半身を失った少女が、無くした下半身を探して彷徨う内に亡くなり、以降人間の下半身を狙って襲う怪異となった。比名子の所持する戦力の中でも指折りのスピードアタッカーであり、もし目の前の人魚が自分に向かって攻撃するような行動をすれば即座に攻撃するよう指示している。
少女「血気盛んですね。ですが、今日は挨拶に来ただけです。また機会があれば会いましょう。比名子」
少女はそう言うと、その場から歩いて去って行った。
比名子「……へんなの」
比名子がそう言うと、周りの怪異達は霧のように霧散して消える。
その後、近くのスーパーで夕食とデザートの買い出し後に自宅へ帰り、キッチンで夕食を作り始める。とはいえ、一人で作るのではない。怪異達にも手伝ってもらっている。
伽椰子『ア”ア”ァ”ァ”……』
俊雄「ミャー」
料理で食材を切ってるのは伽椰子。元々主婦だった事もあってか、料理も出来るようだ。息子の俊夫も、テーブルを布巾で拭いている。
彼等は元々、『呪いの家』と呼ばれる場所に巣食う悪霊で、生前の名前は佐伯伽椰子と佐伯俊雄。生前はストーカーだったが、夫の剛雄にとある人物に対する想いや恋心を綴った日記を見つけられた事で殺され、その憎しみで怨霊となってのちに夫を呪い殺した。その後、押入れに隠れた佐伯俊雄もあの世へ連れて行った。
現代怪異の中でも一、二を争うレベルの強敵で、比名子や美胡も苦戦した。当時の比名子も集めてた怪異を殆ど手放した程で、美胡も本来の姿となったにも関わらずだ。当時、霊媒師の常盤経蔵と連れの珠緒の手助けと、呪術高専から派遣された術師達との連携と結界術により、伽椰子と俊雄を弱らせ、こうして呪霊操術で取り込めたのである。
そして現在、伽椰子はキッチンで包丁を握って料理しており、俊雄が皿の準備をしている。とはいえ、彼等は食べる必要がないので、あくまで比名子が食べる分だけしか用意しない。
比名子はフライパンで、今日のご馳走であるステーキを焼く。
特に彩らない、単なる家庭料理。しかし、比名子一人で食べるには充分であった。
テーブルに並べられた料理。伽椰子と俊雄は準備を終えた後に消える。
比名子「今日のメニュー……500円のステーキとご飯を乗せたステーキ丼に、トマトとモッツァレラチーズを挟んだだけのカプレーゼ、豆腐だけの味噌汁。うん、良いかも」
そして、夕食を食べ始める比名子。別になんてことはない。独り暮らしのありふれた夕食。怪異達はあくまで便利なものに過ぎない。
ニュースキャスター『続いてのニュースです。北海道旭川市で――』
テレビに流れるニュース。しかし、テレビ番組ではない。テレビの置いてある棚の下にはゲーム機が置かれており、流れてるニュースはそのゲーム機でダウンロードした動画サイトで見ている。最近の◯チューブはニュースも手軽に見れる上に、為になる解説動画も盛り沢山だ。近くのコントローラーをイジり、別の動画を起動する。
最近見てるのは、主に心霊系やホラゲー実況、グラセフ系のの動画だ。ホラーにはかなり強い比名子は、心霊系の廃墟探索や怪談、ホラゲーをよく見ている。
比名子「あっJSPのゲーム、最新の出たんだ。あの人達もよく許可したよね」
JSPとは、日本事故物件監視協会の略称だ。表向きは廃墟や事故物件等を監視し、侵入者や浮浪者を特定するのが主な仕事だ。たまに心霊系と協力したりもする時がある。しかし、本当の目的はモニターに映し出される不審な現象を発見・報告する業務を行う。午前0時から5時まで監視を継続できれば業務成功。異変を見逃しすぎたり、誤報を繰り返すと業務失敗となる。暗視カメラと通常カメラの2種類あり、どちらかのカメラでしか確認できない異常もある。
比名子や美胡もこのJSPに協力しており、彼等の報告を受けて廃墟や事故物件に赴き、霊媒師を手伝う事もしている。
因みにこのJSPのゲームは、JSPも許可した上で自分達の業務を参考にして出したゲームであり、要は間違い探しゲームである。かなり有名なホラゲーとして話題になっている。
比名子「でも、宣伝も兼ねて出したゲームだから、それだけでも価値はあるかも」
そして、夕食を食べ終えた比名子は片付けた後に入浴を済ませ、宿題を済ませた後に眠りに入る。明日も学校だ。ゆっくり休めなくてはならない。
―――――――――――――――――――――――
翌朝。比名子は美胡と共に登校。教室に入ってクラスメイトに挨拶する。そして、担任教師が入ってきて全員が席に着く。
担任教師「ホームルームを始める前に転校生を紹介するぞ」
夏休み前に転校生。珍しい出来事に比名子も注目する中、教室の扉を開けて入ってきたのは、この学校の女子制服に身を包むあの時の人魚の少女だった。
比名子(あの時の人魚さん!?)
美胡(ハァァァァ!?なんで昨日の半魚人が来るわけ!?)
近江汐莉「
担任教師「席は八百歳の後ろが空いてるな。皆、よろしく頼むぞ〜」
担任教師が暢気にそう言った後、近江汐莉と名乗る少女は比名子の後ろの席へ来た。
汐莉「よろしくお願いしますね?八百歳比名子さん」
名前を知ってる癖に。そう思いながらも、挨拶する比名子。
比名子「お願いします……近江汐莉さん」
汐莉「汐莉でいいですよ」
比名子「……じゃあ、私も比名子で」
汐莉「はい。比名子」
すると、比名子の隣に美胡が立ち、比名子の右腕に抱き着きながら汐莉へ自己紹介をする。
美胡「どーもー!比名子のだーい親友の、社美胡でーす!よろしくね?近江さん!」
汐莉「汐莉でいいですよ」
汐莉は笑ってるものの、目元には陰りがある。美胡と汐莉の間に感じるバチバチとした稲妻のような視線のぶつかり合いを、比名子は無表情で見つめていた。
その後、席が後ほど追加されたが、美胡は担任教師の目の前の席に移された。理由は、比名子の後ろだと授業聞かないからである。
―――――――――――――――――――――――
翌日の学校も終えて、玄関で外履きの靴に履き替える比名子と美胡。
二人は人集りの多さを見つめる中、学校に貼られたポスターを見て今日が夏祭りであると理解した。
美胡「今日夏祭りじゃん」
比名子「夏祭りかぁ………」
美胡「どうする?無理しなくても良いよ」
美胡は気を遣ってくれる。家の近くにある社に住むおキツネ様である彼女は、いつも比名子の傍に居てくれた。比名子にとって、幸せだった頃の記憶と事故の出来事を同時に思い起こさせる夏祭りは、忌避するものだった。
とはいえ、何時までも行かない訳にはいかない。何よりも、ずっと自分を守り続けて来た親友に、寂しい思いをさせたくないから。
比名子「良いよ、美胡ちゃん」
美胡「えっ?でも……」
比名子「うん。今も怖いよ。でも…………殺されるわけじゃないでしょ?それに………美胡ちゃんと楽しみたいの。夏祭り」
美胡「比名子……」
美胡は、比名子の目を見た。トラウマは、未だに引きずっている。その恐怖も消えていない。しかし、その目は決意に満ちていた。
それに、正直に言えば美胡も比名子と夏祭りを楽しみたかったのだ。
美胡「うん!うん!比名子が望むなら!一緒に行こ!!比名子!!」
美胡の元気な姿に、比名子も笑う。
そして、二人は帰宅後に私服へ着替えて、夏祭り会場へやって来た。会場には沢山の人達が来ていて、それぞれ屋台で楽しく遊んだり食べたりしている。
美胡「んー美味しいー!」
美胡は屋台を巡る。イカ焼きやたこ焼き、焼きそばに唐揚げ、トルネードポテトまで沢山購入。
比名子「美胡ちゃん。沢山買ったね」
美胡「お金貯めといて良かったー!比名子も結構あるでしょー?」
比名子は頷きながら、かき氷を食べる。
二人はかなりお金を持ってる。依頼を受けて現地へ赴いて霊媒師や呪術師等の知り合いの仕事を手伝ったりする内に、二人は貯金をかなり貯まっていき、やがて一生遊んで暮らせる程の金額が懐に入るようになった。
二人は京都に存在する呪術高専に所属しているものの、通っているわけではない。あくまで呪術師として登録し、依頼を受ける形にしているだけだ。本分はこうした学生生活である。
比名子「初めてのお仕事が………大島の叔母さんと思ってた人を捕まえる事だったからね」
美胡「だね。比名子はどう?今も、つらくない?」
比名子「ううん、大丈夫。お陰でこうして、美胡ちゃんと夏祭りを楽しめてるから」
因みに、大島の叔母は八百歳一家を昔から知る美胡が、比名子のスマホにあるメッセージアプリのメッセージを見て、呪いによる細工である事を見抜いて正体を明かした。優しくしてきた叔母が、実は昔に接触した人魚(汐莉の事だが、2人が知る由もない)の肉を食べて不老不死になった事で人魚を恨み、復讐の為に全てを利用していた少女だったのだ。
暴かれた後に比名子へ、家族の元へ行けるように殺してあげる代わりに人魚への復讐へ協力するよう願ったが、比名子は『貴女に殺されたくない』と拒否。その後、比名子の取り込んでた無数の妖怪と美胡の力で拘束、京都校へ連絡した美胡の呼び掛けで来た補助監督と呪術師によって、自称叔母ことあざみは連行。不老不死なので殺す事は難しく、呪詛師専用の監獄の中でも秘匿と隔離に長けた施設へ収容された。
その人魚が、まさか幼い頃に比名子が出会った汐莉の事だとは、この時の二人は思ってもいないだろうが。
比名子「………うっ、りんご飴………」
美胡「あっ」
比名子はりんご飴の屋台を見かけた途端、顔色を悪くする。美胡はそれを見た時、冷や汗を垂らした後に比名子の肩を掴んで屋台から離すように付き添って歩く。
美胡「比名子、大丈夫?この後、花火あるけど、やっぱり帰る?」
比名子「……そうしよっか」
美胡「よし。じゃあ帰りに食べ物買って、比名子んちでパーティーでも…………………比名子、もう少し耐えれそう?」
比名子「……うん」
比名子は右側の足元にテケテケを、右肩に小さな子供の姿をした人形を出現させた。チャッキー。警察に追われて負傷した凶悪な連続殺人鬼チャールズ・リー・レイ(Charles Lee Ray)の魂が宿った、子供向けのグッドガイ人形である。これも海外で手に入れた怨霊であり、取り込む際に人形も同時に取り込んだ為に、こうして人形の形で出るようになった。
また、比名子の足元に狼霊の群れを出現させて、比名子の周りを徘徊させる。
此処までの怪異を出して警戒するのは、ただ一つ。
襲撃だ。
それも、比名子を狙う獣のように知性の欠片もない妖怪達の。
二人は祭り会場を後にして、妖怪達を誘き寄せる為に走り出した。
比名子と美胡は、誰もいない神社の境内に足を踏み入れる。
比名子はチャッキーを肩に乗せて、周囲を探らせる。狼霊達は地面の匂いを嗅いで、妖怪達の襲撃を感知して吠える。
その時、空に花火が上がり、周囲を明るく照らし始めた。
狼霊『『ヴォウ!』』
そして、比名子の背後からトカゲのような妖怪達が現れ、彼女に向かって口を大きく開く。しかし、狼霊達が妖怪達へ食らいつき、そのまま喰らいついていく。
比名子は手を伸ばして、妖怪達を怪異玉に変えて手元に招き寄せる。そして、一口サイズの玉を一つずつ飲み込んでいく。今回の味は、以前の磯女と比べて薄い。
また、チャッキーが比名子へ飛びかかる呪霊をナイフで突き刺し、テケテケが馬の頭を持つ蛇の妖怪へ迫り、片腕で頭を引き裂いた。
美胡は尻尾を6つ腰から生やし、尻尾で周囲の呪霊を蹴散らした。呪霊の群れはあっという間に祓われて、霧散して消滅していく。妖怪は肉体をボロボロにされた後、魂だけになってそのまま霧散する。しかし、その内の数体は比名子の手で怪異玉に変えられて、そのまま取り込まれた。
比名子「ふぅ。終わったね」
美胡「あーあっ。折角の夏祭りだったのにー!」
美胡は尻尾を引っ込めた後、元の人型へ戻った。比名子も呼び出した怪異達を引っ込める。
花火は終了したようで、煙の匂いが神社にまで香る。
比名子「花火が終わったから、沢山買って家でパーティーしよ」
美胡「うん!」
そして、二人は夏祭り会場へ戻っていく。その様子を、汐莉は陰から見つめていた。
全て見ていた。怪異を操って戦う比名子と、6つの狐の尾を操って戦う美胡の様子を。
汐莉「あの子は…………あの時と随分変わりましたけど、生きる希望を感じませんが…………あの狐のお陰でしょうか?」
汐莉はそう笑いながら、その場を立ち去って行った。
ED『リリィ(八百歳比名子)』