開始の合図と同時に、比名子が怪異を大量召喚。比名子の周りから黒い影のような模様が浮かび上がる。先程見せてきた怪異も含めて、複数の怪異が比名子の周りに揃う。
比名子「五条さん、行きます!」
比名子が手を翳す。
しかし五条は慌てない。
五条「おっと」
一歩も動かず、迫ってきた怪異達を見ている。
比名子「……!」
テケテケ、アクロバティックサラサラ、百々目鬼、牛鬼。
複数方向から同時に襲わせる。
テケテケが前方から、アクロバティックサラサラが五条の背後に回り込み、百々目鬼が腕を伸ばして砂塵を五条に向けて放つ。牛鬼は砂塵に紛れて、五条に向けて人間の体格より遥かに大きい棍棒を振り上げる。
ところが――全部、五条に届かない。
テケテケの腕が、アクロバティックサラサラの爪が、百々目鬼の両腕が、牛鬼の棍棒が、五条に届く直前で止まってしまったのだ。
無下限呪術。
どれだけ距離を詰めても、五条との間に存在する「無限」が攻撃を阻む。
五条「うんうん。数で押すだけじゃ駄目ってことは分かってるみたいだね」
比名子「……だったら」
そこで比名子が指示を出す。
比名子「美津子!」
比名子が美津子を足元に呼び出した途端、美津子の足元から水が噴き出し、一気にグラウンド全体へ広がる。
五条「お?」
水面からゴーストシャークが飛び出す。青白い半透明のサメが、五条に向かって噛み付こうとする。
しかし――届かない。
ゴーストシャークの巨体が、鋭い牙と顎が、五条の目の前で停止する。
五条「残念」
そして五条が軽く手を払う。ゴーストシャークが吹き飛ばされ、洪水の中へ戻る。
比名子「まだです!」
水流そのものが五条の周囲を包囲する。美津子が両手に水泡のようなオーラを纏い、グラウンドを覆う水の渦を形成する。
美津子が水を操り、ゴーストシャークがその水を媒介に次々と出現。
水の中から無数の方向へ襲撃する。それだけではない。水生の怪異が渦の中を泳いでおり、水筒を持つ河童のノガッパ、比名子が遭遇した磯女、猫のような顔をした下半身が魚の巨大な困り眉に大きな目のセイレーン、セイレーンにくっついて行動する汐莉とは別の三匹の人魚、水で出来た流動体の妖怪ミズミズ魔人、前に走る金蟹と銀蟹の兄弟(弟がデカい)等の水の中で活動出来る怪異達が、泳ぎながら五条を取り囲む。
五条「へぇ。水場を作って、ゴーストシャークの出現地点を増やしたわけか。それに、水生の妖怪達も数多く居るね」
比名子「はい。でも――」
五条「ん?」
汐莉「私もいますよ」
五条「へぇ」
汐莉が突っ込む。金蟹、銀蟹が口から泡を吐き出す。渦は中心に向かう為、五条を泡が包み込む。
そして五条の無下限に触れようとする汐莉。
当然、止まる。泡も、汐莉の鋭い爪も、五条に届く前に止まる。
五条「君も無理だよ?」
汐莉「でしょうね」
ところが汐莉は止められたまま、にっこり笑う。
五条「……?」
汐莉「比名子!」
比名子「うん!」
ここで本命の連携。
汐莉自身を囮にして、五条の注意を引く。
その隙に、水生の怪異達が攻撃を仕掛ける。
セイレーン&人魚3匹『『ハァァァァァッ!!』』
セイレーンと人魚3匹の歌声が響く。水没したグラウンドから植物が生えて、五条を覆い尽くす。
ミズミズ魔人が五条を覆い尽くす。周りは水なので、美津子の操作で水が尽きる事がなく、ミズミズ魔人の弱点である地面への接触も意味を無くす。そして金蟹と銀蟹が泡攻撃『カニバブル』により、五条は完全に包みこまれた。
その隙に、くねくね、トビー、高谷さな、ヴァラク、バスシーバなどを一斉に展開。
五条の周囲そのものを怪異の能力で包囲する。くねくねが周りを歩くように、但し左右に体をくねらせながら移動する。トビーとバスシーバ、ヴァラクが周囲を取り囲む。高谷さなが周囲にノイズを走らせる。
五条「……なるほど」
ここで五条の表情が変わる。
『怪異そのものではなく、怪異同士の能力を組み合わせて僕を攻略しようとしてる』と理解する。
五条「じゃあ、こっちも少しだけ速度上げようかな」
次の瞬間。
比名子の目の前に五条。
比名子「――ッ!?」
反応する暇もなく、五条の突っ張りを腹に受けてしまい、吹き飛ばされる。グラウンドの水面を転がるが、ミズミズ魔人が受け止めた。しかし、五条が跳んできた。
しかし、ムリカベが間に割り込む。
五条「お」
ムリカベ「ム~リ~!!」
五条「なるほど。壁役か」
五条に殴られたムリカベが、遥か彼方へ吹き飛ばされる。
その後ろから牛鬼。さらに百々目鬼。さらにテケテケ。さらにアクロバティックサラサラ。怪異が倒されるたび、次の怪異が出てくる。
五条「へぇ……」
ここで五条が笑う。
五条「いいね」
そして比名子が初めて大技を投入。
比名子「行って。戀鬼」
怨霊鬼・戀鬼。おぞましい外見をしており、その姿は完全に落ち武者。蒼白な顔に口は大きく裂け、目は赤く吊り上がり、肩には合戦で受けたと思われる折れた矢が刺さっている。
49mの巨体がグラウンドの空中に出現。着地の瞬間に、大きな水飛沫が発生。比名子にも水が降りかかるが、比名子は気にしなかった。
五条「デカッ」
戀鬼『どうして我等を引き裂こうとする……否、今や我が主に尽くすのみ』
戀鬼が鞘から抜いた刀を、五条に目掛けて振り降ろす。
五条は片手で自分より大きな刀を止める。戀鬼は『なにっ!?』と驚いていた。
五条「これ、かなり強いね」
比名子「まだです!」
そこへ魔鬼物。巻物に手足が生えた姿をした妖怪であり、強い怪異相手によくお世話になる妖怪だ。
妖力、又は呪力を吸収する光線を放つ。
五条「……へぇ」
五条が初めて警戒した。五条もその妖怪の能力は知っており、呪術師にも通用しかねない危険な切り札だ。
ただし、六眼で能力の性質を見切り、射線から回避した。五条は光線を避けた後、比名子の元を向いた。
五条「それ、僕に当てたら結構面倒そうだね」
比名子「当てられるなら、ですけど!」
五条が怪異を突破して比名子へ接近。
五条「さて、術師本人がどう動くかな?」
比名子「……!」
比名子は逃げない。
むしろ五条へ向かって走る。
五条「お?」
比名子「来てください!」
五条の拳。
比名子の目の前まで迫る。
五条「これで終わり――」
その瞬間、比名子の背後から汐莉が現れた。
汐莉「まだですよ」
そして、汐莉がグラウンドに蹴りを入れる。水を媒介にゴーストシャークが現れる。それも、汐莉の蹴り上げた僅かな水滴から出現し、五条の背後に回り込む。
五条「うわっ」
五条の背後からサメ。
前には比名子。
左にはノガッパが飛び掛かろうとし、右からは口を大きく開けたセイレーンと歌いながら木々を伸ばす人魚3匹の姿が。
上空にはヴァラクが居る。ヴァラクの背後から戀鬼が口を開き、炎を五条に向けて吐いた。
下には美津子の水。その中を磯女を含めた水生の怪異が取り囲んでいる。
完全包囲。
五条「……なるほど」
ここで五条が笑う。
五条「君たち、結構いいコンビじゃん」
そして、五条が包帯を少しだけ取って、片目だけ露出した。
五条「少しだけ、マジになってあげる」
片目を露出した瞬間、空気が変わる。
比名子「……っ」
汐莉「これは……」
さっきまで余裕を見せていた五条が、初めて真正面から二人を見る。
五条「じゃあ――」
五条が手を前に出す。
五条「こっからは、ちゃんと僕を倒すつもりで来てね」
次の瞬間。
ドンッ!!
凄まじい衝撃。
水面が一瞬で吹き飛び、周囲の怪異達がまとめて後退する。
比名子「きゃあっ!」
汐莉「比名子!」
汐莉が比名子を抱えて着地。しかし、五条はもう目の前にいる。
比名子が驚く。
比名子「……全部、見抜いてる……!」
五条「六眼なめないでよ」
そして五条が一瞬で比名子の懐へ。
五条「君が怪異を指揮するなら――」
比名子「!」
五条「指揮官を潰せば終わりでしょ?」
拳が迫る。
しかし――
ぱ「ぱ」
ぱが割り込む。能天気で鈍そうな妖怪が目の前に立ちはだかり、五条は構わず殴る。
しかし、予想外の事が起きた。ぱは、何ともないように水を飲み出す。
五条「何っ!?」
しかし。
ぱ「ぱ」
ドゴォ!!
ぱが吹き飛ばされ、遥か彼方へ飛ばされた。ぱは、鈍い妖怪。今のように壁役として使う事で、比名子への攻撃を防ぐのだ。
その瞬間、比名子が叫ぶ。
比名子「今!」
汐莉が突っ込む。さらに、その時発生した水滴の内の一滴からゴーストシャークが飛び出す。
五条「おっと!」
今度は五条が避ける。
ここで初めて、五条が「攻撃を受け止める」のではなく「避ける」のを選んだ。
比名子「……避けた?」
五条「うん」
五条が笑う。
五条「それ、結構嫌だったから」
しかしそれは、比名子達を安心させるものではなかった。
五条「術式反転――」
比名子「……!」
五条の右手の人差し指に、赤い渦のようなエネルギーの塊が展開。
五条「『赫』」
ドォォォン!!
それがグラウンドに放たれた瞬間、グラウンドを覆っていた水、植物、怪異がまとめて吹き飛ばされた。
比名子も吹き飛ばされる。
しかし――
汐莉「比名子!」
汐莉が比名子を受け止める。
比名子「……まだ……!」
汐莉「ええ。まだです」
ここで二人が立ち上がる。
五条「……まだやる?」
比名子「もちろんです」
五条が少しだけ笑う。
五条「じゃあ、これで終わりにしようか」
両手を構える。
五条「術式順転――『蒼』」
空間が歪む。
怪異も水も、全部五条へ引き寄せられる。
比名子「うわっ!」
怪異達が一か所に集められる。
そして、
五条「術式反転――『赫』」
反発。
引き寄せられた全てを一気に吹き飛ばす。
ただし――
五条は最後の瞬間、比名子と汐莉には直接当たらないように軌道を調整する。
二人はグラウンドの端まで吹き飛ばされるものの、生存。
五条「はい、終了」
そして戦闘終了。結果は、五条の無傷で終わった。消耗させる事すら叶わなかった。
比名子「……はぁ……はぁ……」
汐莉「……もう、動きたくありません……」
戦闘終了後。
五条「いやぁ、楽しかった」
五条は包帯を巻き直す。
比名子「……はぁ……はぁ……」
汐莉「結構疲れました………」
五条「でも分かったよ」
比名子「何がですか?」
五条は少しだけ真面目な顔になる。
五条「君の呪霊操術は――」
少し間を置いて話す。
五条「『一人で戦う術式』じゃないんだね」
比名子「……」
五条「怪異一体一体を武器にするんじゃない。水場を作る奴、壁になる奴、索敵する奴、足止めする奴、攻撃する奴……その全てを組み合わせて、一つの戦術にする」
そして五条が笑う。
五条「だから面白い」
比名子「………まあ、中には自我のある怪異もありますし、夜蛾先生に言われた通りの、戦術を鍛えるトレーニングはしてますから」
比名子の言うトレーニングとは、実戦形式の訓練だけではない。ボードゲームを利用した脳トレも熟しているのだ。例えば、将棋やチェスが典型的だ。囲碁やトランプ、双六等もやっている。これは、単なる遊びでは無い。
―――――――――――――――――――――――
比名子が中学二年生の頃。
美胡の許可を得て、比名子は呪術高専を訪れていた。
但し、正式な生徒ではない。
あくまで『留学体験』という形で、呪術師や怪異について学ぶための短期的な滞在だった。
その中で、比名子の教育を担当した人物がいる。
夜蛾正道。現高専学長が、直々に名乗り出たのだ。
ある日のこと。
夜蛾は比名子を校舎の一室へ呼び出した。
机の上には、一枚の盤が置かれている。
夜蛾「八百歳」
比名子「はい」
夜蛾「お前の術式は、駒が多い」
比名子「……はい」
夜蛾「だがな」
夜蛾は将棋盤を指差す。
夜蛾「駒が多いということは、それだけ指揮が難しいということでもある」
比名子は盤上の駒を見る。
比名子「……将棋ですか?」
夜蛾「ああ」
比名子「私、あまりやったことないんですけど……」
夜蛾「構わん」
夜蛾は淡々と駒を並べていく。
夜蛾「一体一体の強さだけを見るな」
比名子「……」
夜蛾「全体を見ろ」
その言葉に、比名子は顔を上げた。
夜蛾「お前の術式は、一体の怪異が強ければ勝てるというものじゃない。足の速い奴。守れる奴。相手を探せる奴。動きを止められる奴。攻撃できる奴。相手の術式を邪魔できる奴。それぞれに役割がある」
比名子「……」
夜蛾「ならば、その役割をどう組み合わせるかを考えろ」
夜蛾が将棋の駒を一つ動かす。
夜蛾「戦場では、相手もお前の駒を見ている」
比名子「……だったら、相手が予想していない駒を動かす」
夜蛾「そうだ」
比名子「囮にしたり、別の怪異の能力を利用したり……?」
夜蛾「そういうことだ」
比名子は盤面をじっと見つめる。
夜蛾「遊びだと思うなら、それでもいい。だが、戦場でお前が動かすのは、これより遥かに多い駒だ。まずは戦略を学べ」
それからだった。
夜蛾が比名子のために用意したのは、将棋だけではなかった。
チェス。囲碁。トランプ。双六。UNO。さらには、その時期流行しているカードゲームまで。
比名子は最初こそ「こんなにゲームをやっていていいんだろうか」と思っていた。しかし、夜蛾の意図は明確だった。ただ勝つためではない。
『この駒は何ができるのか』『この駒を失ったら、何ができなくなるのか』『弱い駒をどう使えば、強い駒を生かせるのか』『相手がこちらの意図を読んでいるなら、次に何をするべきなのか』
そうした思考を身につけさせるためだった。
そして、それは夜蛾自身の術式とも無関係ではなかった。
呪骸を生み出し、複数の存在を扱う夜蛾だからこそ、比名子の術式に潜む可能性と危険性を理解していた。
駒が多い。
だからこそ強い。
しかし。駒が多いからこそ、使い方を誤れば全てが無駄になる。
夜蛾「八百歳」
比名子「はい?」
夜蛾「術式に使われるな」
比名子「……?」
夜蛾「術式を使え」
比名子は、その言葉の意味をすぐには理解できなかった。
だが、後になって何度も思い返すことになるとは、この時は思いもしなかった。
夜蛾はそれ以上、何も言わなかった。
ただ、将棋盤を片付けながら、心の中で一人の教え子を思い浮かべていた。
夜蛾(……傑。お前と同じ術式だからこそ、この子には、お前と同じ道を歩んでほしくない)
それは、夜蛾が口にすることのなかった願いだった。
――――――――――――――――――――――
五条に連れられ、比名子と汐莉は高専の図書室へとやって来た。
比名子「……凄い」
扉を開けた瞬間、比名子は思わず足を止めた。
そこには、古今東西の呪術や怪異、妖怪、都市伝説、悪魔、民間伝承に関する資料が、所狭しと並んでいる。
一般の学校の図書室とは、明らかに違っていた。
高専に来た事はあるものの、図書室に入った事は無かった比名子。
比名子「こんなに……?」
五条「呪術に関係するものなら、大体あるよ」
汐莉「随分と物騒な図書室ですね」
五条「まあ、高専だからね」
五条は軽い調子で答えながら、棚を眺めていく。
五条「フレディについては、今の僕たちには直接的な対抗手段がない」
比名子「……夢の中に入られるから」
五条「そう。現実でどれだけ強くても、夢の中で戦う方法が分からないなら、話にならない」
五条は比名子へ視線を向けた。
五条「だから探そう。夢に干渉するもの。夢を食べるもの。精神世界に干渉するもの」
比名子「分かりました」
比名子は本棚を見渡し、しばらく考え込む。
比名子「……なら、条件を分けましょう」
五条「お?」
比名子「夢に入る能力。夢から出る能力。夢そのものを消す能力。精神を守る能力。それから、夢の中で戦える能力」
汐莉「……全部探すんですか?」
比名子「一つしか見つからなかった時のためだよ」
五条「へぇ」
五条は感心したように、少しだけ笑った。
五条「戦闘だけじゃなくて、こういうところでもちゃんと考えてるんだね」
比名子「夜蛾先生に教えてもらいましたから」
そう答えると、比名子はすぐに本を探し始めた。五条はその様子を静かに見守り、汐莉も妖怪に関する資料を漁って文字を読み始める。
しばらくして、比名子はとある資料を見つけた。
比名子「……ありました」
比名子は棚から一冊の古い資料を取り出した。
比名子「『獏』……」
汐莉「獏?」
比名子「人の悪夢を食べるとされている存在みたいです」
五条「なるほどね」
比名子はページをめくりながら、記述を追っていく。
比名子「夢そのものに干渉する怪異……」
その文字をじっと見つめる。
比名子「これなら……」
五条「フレディへの対抗手段になるかもしれない?」
比名子「はい」
しかし、五条は指を一本立てた。
五条「ただし、忘れちゃいけない」
比名子「?」
五条「これは『伝承』だ。実際に存在するのか。存在したとして、君が取り込めるのか。それは別問題だからね」
比名子「……分かってます」
比名子は静かに頷いた。
比名子「でも、手掛かりにはなります」
さらに資料を探していく。
妖怪。悪魔。都市伝説。夢魔。精神世界。様々な項目を調べていく中で、汐莉が一冊の資料を手に取った。
汐莉「比名子。これ……」
比名子「何ですか?」
汐莉「『贋夢』……?」
比名子が本を覗き込む。
そこには、夢の中で活動する夢魔について記された記録があった。
比名子「夢の中で活動できる……」
汐莉「精神世界で相手を傷つけることができるみたいですよ」
比名子「……!」
比名子の目に、はっきりとした光が宿る。
比名子「これも使えるかもしれない」
五条「面白いね」
五条も資料を覗き込む。
五条「つまり、獏が『夢に対する防御』だとしたら――」
比名子「贋夢は『夢の中で戦うための手段』」
汐莉「……フレディと、同じ土俵に立てる?」
比名子「そういうことらしいね」
比名子は二冊の資料を机の上に並べた。
一冊は、夢を食べる存在。
もう一冊は、夢の中で戦う存在。
比名子「……決まりました」
五条「何が?」
比名子は資料から顔を上げた。
比名子「探します」
五条「……」
比名子「この二つの怪異を」
五条は少しだけ目を細めた。
そして、いつもの笑顔を浮かべる。
五条「そっか」
五条「じゃあ――次は『夢の中で戦える仲間』を探しに行こうか」
比名子「はい」
汐莉「……私も行きますよ」
比名子「ありがとう、汐莉さん」
三人は再び資料へ目を向けた。
フレディ・クルーガー。
夢の中から襲ってくる怪異。
その怪異に対抗するための、最初の手掛かりが見つかった。
資料を印刷機でコピーした後、廊下を歩く比名子達だったが、其処で七海が廊下の奥から歩いて来た所で出会う。
七海「五条さん。八百歳さんと近江さんも一緒なら丁度良かったです。お二人に見ていただきたいものがありました」
比名子「七海さん?」
七海「此方を見てください。つい先程、貴女の地元で起きた出来事です」
七海が見せたのは、スマホに映るとあるニュースだった。
キャスター『続いてのニュースです。愛媛県伊予市の塩美橋にて、6歳の宝多真由美さんが飛び降りして以降、行方が分からなくなりました。目撃した地元の人によると、橋の下で誰かと話すように身を乗り出しており、止めようとした途端に橋の下へ吸い込まれるように落ちたとの事です。しかし、遺留品等は見当たらず、警察が橋の周辺の捜索を続けていますが、未だに発見には至っておりません』
比名子「……七海さん。これ、普通の失踪事件じゃないと思います」
七海「私もそう考えています」
五条「へぇ?」
七海「問題は、現場周辺で目撃された存在です」
比名子「存在?」
七海「……ピエロです」
ここで一瞬、比名子と汐莉が止まる。
五条「ピエロ?」
七海の説明によると、以下の通りだ。
最初は、ニュースで報じられた宝多真由美の失踪。
「愛媛県伊予市、塩美橋にて――」という一般向けの報道だけなら、警察も事故や事件として捜索している。
しかし、高専側には別の情報が入ってくる。
『窓』からの通報。
一般人として生活しながら怪異を視認できる協力者が、橋の周辺で明らかに異常な存在を目撃していた。
そしてほぼ同時に、JSPからも監視記録が届く。
内容は一致していた。
五条「橋の下に……ピエロがいた?」
七海がスマートフォンを見ながら確認する。
七海「はい。『窓』からの証言と、JSPの記録が一致しています。どちらも、橋の下にピエロがいたと」
五条の表情から軽さが少し消える。
五条「ピエロ、ねぇ……」
そして報告書には、さらに気になる証言がある。
橋の下にいたピエロが、少女へ近づいた。
そして――人間では到底あり得ないほど口を大きく開いた。
長い舌のようなものを伸ばし、少女を捕らえる。
そのまま橋の下へ。
目撃者が慌てて橋の下を確認した時には、少女の姿も、ピエロの姿もなかった。
残されていたのは、少女の所持品だけ。
明らかに人間の仕業ではない。
4人は空き教室で情報を纏めていた。
五条「……もし仮に、ピエロがフレディと手を組んでいたとしたら?」
汐莉「なる程。妖怪は人の恐怖に敏感です。恐怖を煽って力を得ようとしてるのでしょうか?」
七海「可能性としては否定できません。しかし、現時点では判断材料が足りません」
五条「まあ、そうだよね」
七海「それに妙なのは、ピエロの目撃証言が複数あるにもかかわらず、フレディ本人を見たという証言が一件もないことです」
比名子は報告書へ目を落とす。
比名子「……確かに」
七海「もし本当にフレディと手を組んでいるのであれば、何らかの関連性が残っていてもおかしくない」
五条「つまり?」
七海「二体が協力しているとは限らない、ということです」
汐莉「……別々に動いている可能性も?」
七海「ええ」
五条は腕を組み、少し考える。
五条「でも、子供を狙うピエロか……」
その言葉を聞いた瞬間、比名子の表情が変わった。
比名子「……待ってください」
五条「ん?」
比名子「『子供を狙うピエロ』という条件に、心当たりがあります」
比名子は報告書の写真を拡大する。そこには、塩美橋の周辺を撮影した監視映像が映っていた。
暗い橋の下。
その奥に、赤い風船が、一つだけ浮かんでいる。
比名子「……これ」
七海「風船?」
比名子「はい。でも……」
比名子は映像をじっと見つめる。
風船は風に流されていない。
まるで誰かが持っているかのように、橋の下で静止している。
五条「……なるほどね」
五条の声から、いつもの軽さが消える。
五条「ピエロだけじゃない」
比名子「……赤い風船」
汐莉「……何者ですか?」
比名子は一度だけ息を呑む。
そして、ゆっくりと口にした。
比名子「……ペニーワイズ」
その名前が出た瞬間、スマートフォンの画面が、突然暗転した。
七海「……?」
画面が再び点灯する。
しかし、そこに映っていたのはニュース映像ではなかった。
暗い橋の下。
そして――
こちらを見て笑う、ピエロの顔。
比名子「……っ!」
映像の中のピエロが、ゆっくりと口を開く。
そして画面が、唐突に真っ暗になった。
五条「……随分と自己紹介が早いね」
七海「五条さん。これは」
五条「うん」
五条はスマートフォンを見つめたまま答える。
五条「向こうも、僕達に気付いたみたいだ」
五条は、先程比名子が「ペニーワイズ」と呼んだピエロの姿を思い返していた。六眼によって見えていたものは、ただの外見ではない。
その存在が纏う異質な力。
姿を変える際に生じる力の流れ。
そして、その奥にある「何か」。
五条「……なるほどね」
比名子「?」
五条「奴が子供を襲う理由は、単純だよ」
五条はスマートフォンに映ったピエロの姿を見る。
五条「子供が一番怖がるからだ」
比名子「……」
五条「しかも、あいつは実在する生物だけじゃない。想像上の生き物、故人、ゾンビ、悪魔……人が『怖い』と思うものなら、かなり自由に姿を変えられるみたいだ」
七海「つまり……」
五条「敵対する相手が一番恐れている姿になることもできる」
五条は画面の中のピエロを指差した。
五条「今ピエロの姿をしてるのは、あくまで一種の擬態だよ」
七海「……なるほど」
七海は腕を組む。
七海「それをフレディが利用しようとしたのでしょうね」
五条「うん」
七海「ペニーワイズが人々、とりわけ子供たちに恐怖を与える。そして、その恐怖によってペニーワイズ自身が力を得る」
七海は続ける。
七海「その一方で、フレディもまた、人々が恐怖を抱くことで夢を通じた影響力を強められる」
比名子「……」
七海「互いの性質を利用すれば、双方に利益がある」
比名子「酷い……」
その隣で、汐莉は楽しそうに笑った。
汐莉「合理的ではありませんか♪」
比名子「汐莉さん……」
汐莉「怖がってくれれば、それだけ強くなれるのでしょう?」
汐莉は何の悪気もなく言う。
汐莉「でしたら、ペニーワイズは子供を食べられて、フレディは悪夢の力を高められる。お互いに得をするんですから――」
にこり、と笑う。
汐莉「Win-Winみたいですし♪」
比名子「……私は、そういう考え方はできないよ」
汐莉「ふふっ。比名子は本当に人間らしいですね♪」
比名子「……それ、褒めてる?」
汐莉「もちろんですよ♪でも、比名子に手は出させません。比名子は、私の獲物ですから♪」
七海は二人の会話を聞きながら、僅かに眉を寄せる。
七海「……問題は、ペニーワイズとフレディが本当に協力関係にあるのかどうかです」
五条「そうだね」
五条は再び画面を見る。
五条「それに――」
五条の目が細くなる。
五条「ペニーワイズって奴が、誰かの言うことを素直に聞くタイプにも見えないんだよね」
比名子「……」
汐莉「ふふっ♪」
汐莉だけが、どこか楽しそうに笑っていた。
五条「多分、どっかでタガが外れるよ」
七海「しかし、放置する訳にも行きません。何者にもなれるという事は、何かしらの方法で高専に間接的に入ろうとする筈です」
五条「その為にも、先ずは比名子達には強くなって貰わないと。滞在期間の間に、『獏』と『贋夢』を探し出す。で、ペニーワイズもフレディも倒す」
汐莉「分かりやすくて良いですね」
五条「というわけで、比名子にはこれから滞在期間中に、それなりに近接戦闘も覚えなきゃだから、ミッチリと扱きます!」
比名子「はい」
汐莉「頑張ってくださいね、比名子♪」
七海「……五条さん。くれぐれも無茶はさせないように」
五条「分かってるって」
比名子は小さく息を吐く。
『獏』。 『贋夢』。 フレディ。 そして、ペニーワイズ。
まだ何も終わっていない。
だが、今度は逃げるだけではない。
自分の怪異達を使うだけでもない。
自分自身が戦う力も身につける。
比名子「……よろしくお願いします、五条先生」
五条「任せてよ」
こうして――
比名子の滞在期間を利用した、特訓が始まった。
登場怪異
ノガッパ:『妖怪ウォッチ』
水辺に住むカッパだが歩くのが好きでよく散歩をしている。疲れると水筒の水をお皿にかけてリフレッシュ!今時なカッパと言った感じの妖怪。赤い水筒をかけている。泳ぎが得意であり、寿司や野菜が好物でハンバーガーのようなジャンクフードは苦手。敵の頭上から滝を落とす『メガ滝落とし』が必殺技。