転生者たちは今日も新エリー都を駆け回る 作:『 』を応援するテト
牙を模した奇妙なメモリディスク。
ニコが持ち帰ったそれを解析した結果、アキラとリンは内部に保存されていた金庫の暗証番号を手に入れることができた。
一方、ニコも独自の手掛かりから金庫の位置を特定している。
これで準備は整った。
邪兎屋の最後の目的――依頼人から頼まれた金庫を回収するため、一行は再び十四分街の共生ホロウへ足を踏み入れた。
今回ホロウへ入ったのは、ニコ、アンビー、ビリー、そしてユウト。
アキラはH.D.D.を通してイアスと感覚同期し、リンはRandom Playから兄の補助を担当している。
前回は行方不明になっていたアンビーとビリーの救出を急ぐ必要があったため、ユウトがイアスを抱えてホロウを駆け抜けた。だが今回はそこまで切迫していないため、イアスも自分の足で一行についていく。
「ようやくここまで来たわね。今度こそ金庫を回収して、この依頼を終わらせるわよ!」
「おう! 長かったなぁ、親分!」
ニコの号令にビリーが威勢よく応じ、アンビーも周囲を警戒しながら歩いていく。
ユウトは少し後ろからその様子を眺めていた。
「ニコ。終わってから喜んだ方がいいぞ」
「分かってるわよ、それくらい」
「そうか?」
「何よ、その疑いの目は」
「いや。なんとなく、まだ何かありそうな気がしてな」
「縁起でもないこと言わないで!」
ニコが睨んでくる。
ユウトは肩をすくめた。
もちろん、本当にただの勘というわけではない。この先に何が待っているか、ユウトは知っている。
だが、それを口にすることはできなかった。
道中で遭遇したエーテリアスを処理しながら、一行は金庫のある区域へ近づいていく。
邪兎屋の3人はいちいち指示を交わさない。
アンビーが前へ出れば、ビリーは自然に射線を変える。ニコも2人の動きを見て、まとめて吹き飛ばせる位置へ敵を追い込む。
長く同じ仕事をしてきた者同士の動きだ。
ユウトも無理にその連携へ入り込まず、包囲から外れた敵や死角から接近する個体だけを忍者刀で処理していた。
その途中、イアスの動きがほんの一瞬だけ止まった。
「……?」
ユウトの目が細くなる。
すぐに歩き出したため、ニコたちは気づいていない。
もう少し進む。
今度は曲がり角へ差しかかったところで、イアスが本来進むべき方向とは僅かに違う側へ身体を向けた。
すぐに修正された。
だが、2度目なら見過ごさない。
「――待った」
ユウトの声に、全員が足を止めた。
「何?」
「全員、そこで止まれ」
先ほどまでとは違う声色に、ニコもすぐ真顔になる。
その頃、Random Playでは――。
「……あれ?」
リンがH.D.D.の画面へ顔を寄せた。
表示が乱れている。
直後、見覚えのないエラーが次々と浮かび上がった。
「お兄ちゃん、待って。なんか変!」
「僕も見えてる」
アキラもすぐ操作を確認する。
同期率が揺れている。通信にも強いノイズが混ざり始めていた。
「ユウト、そっちで何か――」
『アキラ?』
イアス越しにユウトの声が返る。
「今、接続が不安定に――」
そこで音声が途切れた。
画面が大きく乱れる。
「お兄ちゃん!」
「リン、接続が――」
次の瞬間、H.D.D.との同期が完全に切れた。
◇
ホロウ側では、イアスの動きが止まっていた。
「……切れたか」
ユウトが呟く。
ビリーがイアスの前へしゃがみ込んだ。
「店長達? 聞こえるかー?」
反応はない。
ニコが周囲を見回す。
「どうする?」
「先には進まない」
ユウトは即答した。
「アキラたちが戻るまでは、安全を確保しよう」
アンビーも頷く。
「賛成。プロキシ先生の案内なしで奥へ進むのは危険」
「……分かったわ」
一行は来た道から大きく外れない範囲で、身を守れる場所を探すことにした。
やがて遠方に、ホロウ調査協会や治安局の者たちが見えてくる。
「助けてもらうにしても、俺たちがここまで来た経緯を聞かれるよな?」
ビリーが声を落とす。
アンビーも静かに答えた。
「そうなる。正規のキャロットを使っていない以上、プロキシ先生についても説明を求められる可能性が高い」
「そうすると、店長達のことが……」
ユウトがビリーを見る。
「……俺の前でよくそんな話できるな」
「え?」
「俺、パエトーンのエージェントなんだけど」
「あっ」
ビリーが固まった。
アンビーもユウトを見る。
「忘れてた」
「おい」
「ち、違うぞユウト! 別に親分が店長達を売るって言ってるわけじゃないからな!」
「なんであたしが言ったことになってるのよ!」
「言葉の綾だぜ、親分!」
その横で、ニコは遠くの調査員たちを見つめる。
少しだけ迷って――首を横に振った。
「やめるわ」
「親分?」
「パエトーンを売って助かるなんて御免よ」
ニコはそれ以上迷わなかった。
「金銭至上主義の邪兎屋が聞いて呆れるかもしれないけど……恩を売るのと、恩人を売るのは別でしょ」
ユウトは僅かに目を細める。
未来を知っていたから、この答えも知っていた。
それでも実際に目の前で聞くと、受ける印象は違う。
「了解」
それだけ返した。
同時に、視界の片隅へ文字が流れる。
【転生者掲示板】
「ちびリス博士」
ニコおねえ……
かっこいい……
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
こういうところなのよね
ニコは
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
これは格好いい
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
ええ
素敵な方ですね
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
確かに立派だ
ーーーーーーーーーー
「ビデオ屋副店長(仮)」
本人には言うなよ
絶対調子に乗るから
◇
一方、Random Playではアキラとリンが、H.D.D.へ侵入した正体不明のハッカーへの対処に追われていた。
相手はH.D.D.のデータを次々と削除し、ホロウに取り残された邪兎屋を利用して2人を揺さぶってくる。さらに要求はエスカレートし、パエトーンのインターノットアカウントにまで及んだ。
だが、アキラとリンも一方的に追い詰められるだけではない。
限られた状況の中で相手との駆け引きを続け、H.D.D.の制御を取り戻そうとする。
その裏で。
【転生者掲示板】
「ビデオ屋副店長(仮)」
アルバート
例のあれ、頼む
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
承知した
それだけ。
ユウトも、それ以上は何も書かなかった。
やがてハッカーは撤退し、アキラとリンはH.D.D.の制御を取り戻す。
失ったデータは多い。
だが、まだホロウにはニコたちが残っている。
「再接続しよう。ニコたちを待たせてる」
「了解!」
兄妹は急いで外部接続を修復する。
そして――アキラの意識が、再びイアスへ繋がった。
◇
「ガウゥゥ……」
突然、アンビーが低く唸った。
「ホロウに侵蝕されて化け物になった。ガジガジ」
自分の手を噛む真似まで始める。
「おいアンビー、手ぇ噛むのはやめろって! つーか歯は大丈夫なのかよ!?」
ビリーが本気とも冗談ともつかない反応を返す。
アンビーは手を離した。
「ごめんなさい。ニコを笑わせようと思った」
「そこまで身体張らなくてもいいんじゃねぇかな……」
「こういうことには向いていないと再確認した」
「自己分析するところそこ!?」
ビリーが頭を抱える。
その横で、ニコは小さく息を吐いた。
「……はぁ。あたしらしくないことしたわ」
「ニコ?」
「金銭至上主義の邪兎屋なのに。自分のこと以外なんてどうでもいい、それくらいでちょうどいいと思ってたのに……」
腕を組み、ぶつぶつと自己嫌悪を始める。
その時、イアスが動いた。
ユウトはすぐに気づく。
「――アキラ?」
『うん。聞こえてる』
ユウトはほっと息を吐く。
だが、目の前のニコはまだ気づいていない。
『ニコって、自分で思ってるほどお金だけの人じゃないんじゃない?』
「はは、別に慰めなくていいわよ。ストリートで育った人間のことなんて、あたしが一番――」
ニコの言葉が止まった。
ゆっくりとイアスを見る。
「…………」
『ニコ?』
「いやああああああああ!?」
「うおっ!?」
ビリーが飛び退いた。
ユウトも思わず片耳を押さえる。
「うるさっ」
「プ、プロキシ!? 本当にあんたたちなの!?」
『戻ったよ』
リンの声も通信へ加わる。
『実は少し前から繋がってたんだけどね』
「じゃ、じゃあ……今の聞いてたの!?」
『まあ……』
「忘れなさい! 今すぐ!」
ユウトが小さく笑う。
「顔赤いぞ」
「ユウトまで黙ってなさい!」
いつものニコが戻ってきた。
それだけで、アンビーとビリーの空気も僅かに緩んだ。
ひとしきり騒いだ後、ニコはようやく本題へ戻る。
「それで、一体何があったのよ? 急に接続が切れて」
アキラとリンは、接続が切れていた間に起きたことを説明した。
H.D.D.が謎のハッカーに乗っ取られたこと。内部データを大量に削除されたこと。そして、どうにか権限を奪い返したこと。
可能性が最も高いのは、牙型のメモリディスク。
それが何らかの形で今回の異常に関係しているらしい――この時点で分かるのは、その程度だった。
「じゃあ、赤牙組も誰かに雇われて金庫を奪った可能性があるってこと?」
『そう考えた方が辻褄は合うね』
アンビーが続ける。
「もしプロキシ先生たちが介入していなければ、今頃私たちがその正体不明の黒幕と直接対峙していたかもしれない」
「やっぱ店長達は頼りになるぜ! スターライトナイトの頼れる相棒みたいだ!」
『それ、褒められてる?』
「もちろんだぜ!」
「ビリーにとっては、かなり上位の褒め言葉」
アンビーが補足する。
ニコはため息をついた。
「もう嫌。最初は報酬につられて受けたけど、結局とんでもない仕事じゃない。帰ったら仲介した情報屋に追加報酬を要求してやるんだから」
「ニコ」
アンビーの声が少し真面目になる。
「急いだ方がいい」
「分かってるわよ」
「私たちはかなり長い時間ホロウにいる。エーテル適応体質にも限界がある」
その言葉に全員の表情が引き締まる。
「戦闘能力が落ち始めたら、金庫を探している途中で何か起きても対応できなくなる」
ビリーが顔をしかめる。
「何かって……あのデュラハンか?」
「そう。まだ私たちを探している可能性が高い」
ニコもすぐに切り替えた。
「なら、あいつより先に金庫を回収するわよ。プロキシ、案内お願い!」
『了解。ここからなら、そこまで外れてないはずだ』
「よし。行くわよ!」
◇
途中で現れるエーテリアスを排除しながら、さらに奥へ。
接続が戻ったことで移動速度も上がる。
やがてアキラが空間の裂け目を見つけた。
『見えてきた。その先だ』
裂け目を抜ける。
そして。
「見つけた!」
アンビーが声を上げる。
「今日はツイてるぜ!」
ビリーも続く。
ニコの顔が一気に輝いた。
「あたしの金庫!」
「依頼人のだろ」
ユウトが小さく突っ込んだ、その直後。
背後で空気が震えた。
アンビーが振り向く。
巨大な刃が振り下ろされる。
飛び退く。
轟音。
床が砕けた。
瓦礫の向こうから現れたのは、見覚えのある巨体――デュラハン。
アンビーの声音が沈む。
「……見つけた」
ビリーも銃を構えながら続けた。
「今日はツイてるぜ……」
そしてニコ。
「あ・た・し・の・金庫……!」
だが、それだけでは終わらなかった。
ユウトが突然、別方向へ顔を向ける。
エーテルの流れが歪んだ。
何もなかった場所から、細身の異形がゆっくりと姿を現す。
長い刃。
揺らぐ輪郭。
見覚えがありすぎる姿。
(……うわ、こいつかぁ)
ユウトの頬が僅かに引きつる。
前世で何度も相手をした、消えては現れ、こちらの攻撃機会をことごとく潰してくる厄介な敵。
ニコはその表情を見逃さなかった。
「何よ、その顔。ユウト、こいつ知ってるの?」
「ああ。調査協会の報告にも載ってる」
忍者刀を抜く。
「デュラハンと同じ上級エーテリアス――タナトスだ」
「ちょっと! よりによってこのタイミングで上級がもう1体!? 間が悪すぎるでしょ!」
「同感」
アンビーが武器を構える。
「敵の増援としては非常に悪いタイミング」
「冷静に分析されると余計腹立つんだけど!」
「いやぁ親分、こういう時って悪いことが重なるよな!」
「ビリーまで乗っからない!」
タナトスの輪郭が揺らいだ。
同時に、デュラハンも巨大な刃を構える。
ユウトの表情から軽さが消える。
「――来るぞ。アキラ、お前は危ないから避難してろ!」
『もう逃げてるよ!』
声に釣られて視線を向ければ、イアスはとっくに戦場から離れ、崩れた構造物の陰へ駆け込んでいた。
「流石、判断が早いな」
『前に出ても邪魔になるだけだからね。僕はここから周囲を見る。別の敵が近づいてきたら知らせるよ』
「了解。そっちは任せた」
ユウトは安心して視線を戦場へ戻し、忍者刀を構え直す。
「タナトスは俺が引き受ける。デュラハンは頼んだ」
アンビーはすでにデュラハンの正面へ。
ニコは射線を確保し、ビリーも2丁の銃を抜いていた。
「オーケー! そっちは任せたぜ、ユウト! こっちを速攻で片付けて、すぐ手伝いに行くからな!」
「ああ、頼んだ」
次の瞬間。
デュラハンが踏み込み、タナトスの姿が掻き消える。
2つの戦闘が、ほぼ同時に始まった。
◇
タナトスが消えた。
「――っ!」
ユウトが身体を沈める。
頭上を刃が通り過ぎた。
振り返りざまに忍者刀を振るい、刃同士が激突する。
火花。
押し返した次の瞬間には、タナトスの姿はもうそこにない。
(そうそう。これだよ)
背後。
刀を立てる。
甲高い金属音。
(これが嫌なんだよ、こいつ)
壁を蹴り、そのまま垂直に駆け上がる。
追ってきた斬撃を跳躍でかわし、空中から反転。忍者刀を叩きつける。
タナトスが受ける。
再び消失。
右。
今度は僅かに遅れて受け流す。
何度か繰り返すうち、ユウトは違和感を掴んだ。
タナトスが消える直前、周囲のエーテルが僅かに歪む。そして出現位置にも、ごく短い時間だけ流れが集中する。
(……兆候はある)
ゲーム画面では知ることのできなかった感覚。
今の身体だからこそ分かる。
タナトスが消える。
左後方。
ユウトは先に踏み込んだ。
出現したタナトスへ斬撃。
浅い。
だが、確実に捉えた。
「画面越しじゃ分からなかったな、これは」
タナトスが距離を取る。
ユウトは片手で印を結んだ。
青白い電光が忍者刀を走る。
タナトスが消える。
右。
足元で風が弾けた。
ユウトが一気に加速し、出現した瞬間へ斬り込む。
雷を纏った刀とタナトスの刃が激突し、青白い光が周囲を照らした。
再び敵が消える。
ユウトの刀から雷が消え、今度は炎が走った。
横薙ぎ。
炎の斬撃が地面を駆け、タナトスの進路を塞ぐ。
別方向へ転移した敵へ、風を纏って跳躍。
空中で鋭く軌道を変える。
「逃がすか!」
再び雷。
激突。
だが、相手も上級エーテリアスだ。
1度、2度、3度。
連続して転移し、最後だけ出現位置をずらした。
「っ!」
死角から一撃。
咄嗟に刀で受けるが、衝撃を殺し切れない。
ユウトの身体が吹き飛び、崩れた壁へ叩きつけられた。
『ユウト!』
「大丈夫だ!」
瓦礫を押し退けて立ち上がる。
腕が痺れている。
「……さすが上級。楽はさせてくれないか」
再び雷が刀身を走った。
遮蔽物の後ろにいるアキラには、すでに細かな攻防を追えない。
タナトスが消えたと思えば、離れた場所で雷光が弾ける。炎が走り、ユウトが壁を駆け上がり、次の瞬間には風を纏って空中で方向を変えている。
『……これは追えないな』
無理に見るのをやめ、アキラは周囲から接近する別のエーテリアスがいないか注意を向けた。
一方、ユウトの視界の片隅には別の文字が流れている。
【転生者掲示板】
「ちびリス博士」
うわぁ……
やっぱりタナトスだぁ……
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
分かる
こいつ本当に面倒なのよ
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
分かる
あいつ本当に面倒だった
ーーーーーーーーーー
「おっとり師範」
私も苦手でしたね……
急に消えるのは本当に困りました
ーーーーーーーーーー
「半々医者」
悪いが私は一旦抜ける
急患が入った
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
了解
そっちはそっちで頑張って
ーーーーーーーーーー
「ちびリス博士」
いってらっしゃーい!
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
こちらは気にしなくていい
仕事を優先してくれ
(……まあ、そりゃそうだよな。医者がずっと掲示板に張り付いてる方がおかしい)
エドワードが掲示板を離れて間もなく、また文字が流れる。
「ちびリス博士」
がんばれユウトおにいー!
ーーーーーーーーーー
「シーホースCEO」
応援してるわよ
ーーーーーーーーーー
「機械執事」
頑張れ
見ている分には面白い
(アルバート、お前あとで覚えてろよ……!)
もちろん、返信する余裕はない。
◇
少し離れた場所。
デュラハンの巨大な刃が床を抉った。
アンビーは紙一重で横へ抜ける。
その時には、すでにビリーが動いていた。
左右の銃口が火を噴く。
狙うのは、アンビーが攻撃を捌いたことで露出した箇所。
銃弾が集中する。
デュラハンがビリーへ向き直る。
だが、その瞬間にはアンビーが懐へ戻っていた。
電光を伴う斬撃。
巨体が揺れる。
アンビーが離脱した直後、その空間へニコの攻撃が飛び込んだ。
爆発。
デュラハンが後退する。
3人の間に細かな指示はない。
必要がない。
ビリーが敵の注意を引けば、アンビーが死角へ入る。アンビーが深く踏み込めば、ニコは彼女が抜ける瞬間に合わせて照準を置いている。
ニコが大きな攻撃を準備すれば、2人は何も言われずとも射線から離れる。
何度も同じ戦場へ立ってきた3人だからできる連携だった。
それでも、デュラハンは上級エーテリアス。
巨体を強引に回転させ、大刃の一振りで3人の包囲を崩す。
アンビーが弾かれる。
着地より早く身体を捻り、地面を滑って衝撃を逃がした。
デュラハンが追撃しようとする。
横から銃弾。
ビリーだ。
デュラハンが振り向く。
正面からニコの攻撃が直撃した。
巨体が浮く。
アンビーがすでに戻っている。
電光を纏った一閃。
それでもデュラハンは倒れない。
大刃を振り上げる。
アンビーはぎりぎりまで動かなかった。
振り下ろされる。
直前で横へ抜けた。
轟音。
大刃が床へ食い込み、一瞬動きが止まる。
そこへビリーの集中射撃。
巨体がよろめいた。
アンビーとビリーが同時に左右へ離れる。
開いた正面。
ニコはすでに撃つ準備を終えていた。
「もう容赦しないんだから!」
強烈な一撃が直撃する。
デュラハンが大きく傾く。
それでも立ち上がろうとする敵へ、アンビーが駆けた。
ビリーの弾丸がそのすぐ横を抜けていく。
アンビーは振り返らない。
仲間の弾丸が自分に当たらないことを知っている。
「終わり」
電光を纏った刃が走る。
デュラハンが崩れ落ちた。
アンビーは倒れた敵を一瞥する。
ビリーはすでに別の方向へ銃口を向けていた。
「ユウト! 待たせたぜ!」
銃声。
タナトスが転移する。
◇
「助かる!」
ユウトが応じる。
タナトスの出現位置にはアンビーがいた。
刃がぶつかる。
再転移。
今度はニコの攻撃が着地点を薙ぐ。
「こっちもさっさと片付けるわよ!」
「ようやく4対1か」
ユウトが小さく笑った。
「じゃあ終わらせるぞ」
戦況が一気に変わった。
ビリーの射撃が遠距離から転移先を削る。そこを避ければアンビーが待つ。さらに逃げればニコの攻撃。
ユウトも3人の作った流れを読む。
タナトスが消える。
ユウトには出現位置が分かる。
だが追わない。
そこへビリーの銃弾が飛ぶ。
再転移。
アンビーが踏み込む。
さらに逃げる。
「そこだ」
ユウトの忍者刀へ炎が走った。
横薙ぎ。
炎が地面を駆け、逃げ道を塞ぐ。
残された方向へタナトスが転移。
足元で風が爆ぜる。
ユウトが一気に追いつく。
雷刀がタナトスの刃と衝突した。
それでも敵は強引にユウトを弾き、また転移しようとする。
「まだ逃げるか」
短く印を結ぶ。
白煙。
2人の分身が現れ、左右へ散った。
タナトスが転移する。
右。
分身が待ち受ける。
即座に再転移。
左。
もう1人。
タナトスが強引に分身を斬り払い、白煙へ変える。
だが、その間に逃げ道はなくなった。
ビリーの銃弾。
アンビーの斬撃。
ニコの一撃。
3人の攻撃がタナトスの体勢を崩す。
吹き飛ばされた先。
ユウトが待っていた。
忍者刀へ雷が集束する。
足元には風。
「――これで終わりだ」
風が爆ぜた。
雷光が一直線に走る。
タナトスも最後の刃を振るう。
激突。
一瞬だけ拮抗し――ユウトが斬り抜けた。
背後へ着地する。
刀身から雷が散った。
遅れてタナトスの身体が崩れ落ちる。
「……やっぱり面倒だったな」
そう呟いて振り返る。
だが。
「ははっ……はははは!」
ニコはすでにユウトたちを見ていなかった。
デュラハンもタナトスも眼中にない。
アンビーとビリーの横をそのまま通り過ぎ、金庫へ一直線に向かっていく。
「やっと……やっと!」
「親分!?」
ビリーが呼ぶ。
ニコは止まらない。
「あたしの金庫ー!」
『ニコ、待って』
アキラの声で、ようやく足が止まった。
「……何よ?」
振り返った顔には、明らかに嫌な予感が浮かんでいる。
『勝ったばかりで悪いけど、まだ厄介な問題が1つ残ってる』
「…………何?」
『ハッカーにH.D.D.のデータを消されたせいで、脱出経路を計算できなくなった』
ニコの表情が固まった。
「……ここから出られないってこと?」
『今まで使ってた方法ではね』
「嘘でしょ……」
あれだけ苦労して金庫を見つけた。ようやく依頼が終わる。
そう思った直後の話だ。
ビリーが胸へ手を当てる。
「くっ……モニカ様とデートしたこともないってのに……。でも、まあ……悪くない人生だったぜ」
「落ち着いて」
アンビーが淡々と止める。
「まだ他の方法がないか考えるべき」
『最期の言葉にはまだ早いよ』
アキラも続けた。
『僕に1つ考えがある。ただ、それにはニコの同意が必要なんだ』
「同意する!」
即答。
『……まずは話を聞いて』
「だって帰れる方法なんでしょ?」
『可能性はある。でも説明するよ』
アキラは、ハッカーから聞いた情報を簡潔に伝えた。
金庫の中にはロゼッタデータに匹敵するほど価値のあるものが入っているらしい。そして、それを利用すればホロウ内部を自由に移動できる可能性がある。
『もし相手の話が本当なら、それを使って脱出できるかもしれない。ニコが金庫を開けることに同意してくれるなら――』
「同意する! さっきから言ってるじゃん!」
『依頼人から頼まれた品なんだろ? 少しくらい迷わないの?』
「生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ! あたしがここから出られなかったら、誰が依頼人に金庫を届けるっていうの?」
ニコは金庫を叩いた。
「開けちゃっていいわ!」
そしてイアスを見る。
「暗証番号は分かってるんでしょうね?」
『うん』
そこでアキラの声が少し真剣になる。
『ただ、先に言っておく。これは賭けだ』
全員が静かになった。
『中身を無理に読み取った結果、何が起こるかは僕にも分からない』
「待って」
アンビーが口を挟む。
「プロキシ先生。1つ質問がある」
『何?』
「あなたの本体はホロウの外にいる」
イアスをまっすぐ見る。
「接続を切って、そのまま立ち去ることもできたはず。それなのに、どうして危険を冒して私たちを助けるの?」
「アンビー!」
ニコが咎める。
だが、アキラは気にした様子もない。
『何を言ってるんだい?』
穏やかな声だった。
『僕は君たちのプロキシだ』
一拍。
『連れていくって約束した以上、絶対に連れ出してみせる』
ユウトは何も言わず、イアスを見る。
『それに今回は、ユウトも一緒にいるから尚更だよ』
「……俺?」
『ニコたちを置いていけないのはもちろんだけど、僕にとって家族みたいな人までそっちにいる。それなのに、自分だけ安全な場所にいて諦めるなんてできないよ』
ユウトは少しだけ目を伏せた。
「……まったく」
困ったような、それでいて僅かに嬉しそうな声だった。
『もちろん代替案も用意してある』
アキラが続ける。
『もしこれが失敗したら、H.D.D.が自動でインターノットに救援依頼を出すようにしてある』
「安心して!」
ニコが遮る。
「こっちが脱出できたら、何があっても店まで助けに行くから!」
『依頼料もそれくらいあっさり払ってくれればいいのに』
「今それ言う!?」
「ンナナ――!」
イアスが大きく手を振る。
張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
「……じゃあ、開けるわよ」
ニコが暗証番号を入力した。
ロックが外れる。
重い扉を開く。
中にあったのは、小さなデータチップだった。
「これ?」
『たぶん、それだ』
アキラの指示に従い、データチップをイアスへ接続する。
その瞬間――。
◇
「――っ!?」
Random Playでアキラの身体が大きく揺れた。
「お兄ちゃん!?」
膨大な情報が意識へ流れ込んでくる。
文字。
数式。
理解できないデータ。
視界が歪む。
その奥から、聞き覚えのない声が響いた。
何者かが淡々と授権規約を読み上げている。
権限。
同意。
利用条件。
意味を理解する前に、次の情報が押し寄せる。
「リン……?」
「お兄ちゃん!」
声が遠い。
意識が沈んでいく。
それでも無機質な声だけは頭の中から消えない。
何度も同意を求められる。
拒もうとするたび、頭を割られるような痛みが走った。
やがてアキラは、押し寄せる苦痛の中で同意を選ぶ。
そこで意識が途切れた。
◇
ホロウ側。
「……おい?」
ユウトがイアスを見る。
動きが止まっている。
「アキラ?」
反応がない。
直後。
イアスの身体が痙攣した。
「プロキシ先生!?」
アンビーが駆け寄ろうとする。
そして――。
ピカッ。
「……は?」
ユウトが固まる。
もう一度。
さらにもう一度。
イアスの全身が派手に明滅し始めた。
「何これ!?」
ニコが目を丸くする。
「親分、ミラーボールみたいだぜ!」
「確かにそうだけど、今それ言ってる場合!?」
そしてイアスは突然、自分から歩き始めた。
迷いがない。
「勝手に動いてる」
アンビーが呟く。
「アキラ?」
ユウトが呼ぶ。
返事はない。
少なくとも、普段アキラが操作している時の動きではない。
以前ハッカーに干渉された時とも違う。
「……少なくとも、さっきのハッカーに操られてた時とは感じが違うな」
イアスは振り返り、一行を促すように動く。
「どうするの?」
ニコが聞く。
ユウトは少しだけ考えた。
「ついて行こう」
「大丈夫?」
「保証はできない。ただ、こいつは迷ってない」
アンビーもイアスを見る。
「私も賛成。ここに留まるよりはいい」
イアスを先頭に、一行は進む。
曲がり角。
空間の裂け目。
複雑に変化するホロウの内部。
それなのに、イアスは一度も迷わない。
ユウトたちは接近するエーテリアスだけを排除し、その後を追った。
そして。
「……出口」
アンビーが呟く。
目の前に、ホロウの外へ続く道がある。
「出てきた……」
ニコも信じられないように振り返る。
イアスは確かに、自分で動いて一行を出口まで連れてきた。
◇
Random Playへ戻っても、アキラは目を覚まさなかった。
ユウトはすぐにエドワードへ連絡を入れた。
少し前に急患が入ったと言って掲示板を抜けたばかりだったが、事情を伝えると、エドワードは手を離せる範囲で確認すべき項目と応急処置の方法を指示してくれた。
呼吸。
脈。
瞳孔。
意識状態。
ユウトは言われた通りに1つずつ確認していく。
「呼吸も脈も安定してる」
リンが不安そうに兄を見る。
「大丈夫かな……」
「今のところ急変するような兆候はない。知り合いの医者にも聞いたけど、無理に起こさず様子を見るようにってさ」
「うん……」
ユウトはもう一度アキラの状態を確認する。
エドワードからは、頭痛や吐き気、呼吸の異常などが出た場合にはすぐに連絡するよう念を押されていた。
必要な処置を終えると、ユウトは追加で必要になりそうなものを取りにその場を離れた。
その間だった。
「……え?」
リンが顔を上げる。
誰も触れていないはずのH.D.D.が、突然反応した。
画面に大量の情報が走る。
テレビや照明、店内の電子機器までもが次々と異常な挙動を見せ始めた。
「な、何……?」
リンが身構える。
まだ兄は眠ったまま。
ユウト兄も今はそばにいない。
そして、その異常の中心から――リンは初めて、その存在と接触した。
◇
それからしばらくして。
「……リン?」
聞き慣れた声に、リンが勢いよく振り返った。
「お兄ちゃん! やっと目を覚ました!」
アキラがゆっくりと目を開ける。
まだ焦点が定まりきらない。
そんな兄の様子を見て、リンはすぐにそばへ寄った。
「もう大丈夫。お兄ちゃんは今、ちゃんと家の中にいるよ」
「……家?」
「うん。Random Play」
その言葉でようやく状況を認識したのか、アキラの表情が僅かに変わる。
そしてすぐ、いくつもの疑問を口にした。
「データチップは? ニコたちは? それと……僕はどうやって帰ってきたんだ?」
「はいはい、落ち着いて」
リンは慌てて兄を制する。
「目を覚ましたばっかりなんだから、あんまり興奮しないで。ニコたちもユウト兄も、ちゃんと無事に戻ってきてるから」
「そうか……よかった」
「ちゃんと説明するから。その前に、お兄ちゃんの方から教えて。データチップを読み取った後、何があったの?」
アキラは少し黙った。
そして、覚えている範囲を順番に話していく。
データチップを接続した直後、膨大な情報が意識へ流れ込んできたこと。
知らない声が聞こえたこと。
何らかの授権規約への同意を繰り返し求められたこと。
激しい頭痛の末に同意して――そこから先は覚えていないこと。
「……うん」
リンは神妙な表情で聞いていた。
「なんだか夢みたいな話だけど……とにかく、何があったのかは大体分かった」
そして少し姿勢を正す。
「じゃあ、次は私の番ね」
「うん」
「お兄ちゃんがデータチップを読み取った後、イアスが急に暴走したの」
「暴走?」
「何かオーバーロードみたいな状態になったらしくて、それからライブハウス『404』のミラーボールみたいにピカピカ光り始めたんだって」
アキラの表情が固まる。
「……ミラーボール?」
「うん。私も聞いた時は何それって思ったけど、ユウト兄もビリーもそう言ってたから、たぶん本当にそんな感じだったんだと思う」
「それで?」
「最初は脱出失敗だと思ったんだけど……イアスが急にまた動き出したの」
リンは続ける。
「お兄ちゃんが操作してないのに、自分から進んで、ニコたちとユウト兄を出口まで案内してくれたんだって」
「僕が操作してないのに……?」
「うん」
アキラは黙り込んだ。
全く記憶にない。
「それに、お兄ちゃんはその途中ずっと意識がなくて……痙攣したり、うわ言を言ったりしてたの」
「……何それ、怖……」
「こっちの台詞だよ!」
リンが思わず声を上げる。
「私、本当に怖かったんだから!」
その声にアキラが少し申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめん」
「もういいけど……」
リンは小さく息を吐く。
ちょうどその時、必要なものを取りに行っていたユウトが戻ってきた。
「起きたか」
「ユウト」
「気分は?」
「少し頭が重いくらい」
「なら無理するな。頭痛や吐き気が強くなったり、また意識がおかしくなったりしたらすぐ言え。知り合いの医者にもそう言われてる」
「分かった」
アキラはユウトを見る。
「心配かけたね」
「本当にな」
ユウトは小さくため息をついた。
「目の前でイアスがミラーボールみたいに光り始めた時は、さすがに何事かと思ったぞ」
「やっぱり本当にミラーボールだったんだ……」
「他に適切な表現が思いつかん」
リンが少し笑う。
それから、ふと思い出したようにH.D.D.へ視線を向けた。
「……そうだ、お兄ちゃん」
「何?」
「もう1つあるの」
今度はユウトを見る。
「ユウト兄も来て」
「俺も?」
「うん。一緒に見てもらった方がいいと思う」
アキラとユウトは顔を見合わせた。
先に歩き出したリンを追い、2人もH.D.D.の前まで移動する。
リンは端末の前で立ち止まり、少しだけ緊張した様子で振り返った。
「お兄ちゃん、ユウト兄。2人とも、びっくりしないでね」
「その前置きで驚くなって方が難しくないか?」
「ユウト兄はちょっと黙ってて」
「はいはい」
アキラはH.D.D.を見る。
「それで、何を見せたいの?」
リンは小さく咳払いした。
「コホン……Fairy」
一拍置いて、H.D.D.へ呼びかける。
「いる? 呼んで来たよ」
返事はない。
静まり返った店内で、アキラが不思議そうにH.D.D.を見る。
「これは一体……?」
ユウトも何も言わず、リンとH.D.D.を交互に見た。
その瞬間だった。
テレビの画面に激しいノイズが走る。
『……つっつつつ続いてのニュースです……』
「……え?」
照明が明滅する。
別のモニターがひとりでに起動し、イアスとの接続機器にも次々と反応が走った。
つい先ほどまで静かだったRandom Playの電子機器が、一斉に異常な挙動を始める。
さすがのアキラも目を見開き、周囲を見回した。
「何だこれは!」
ユウトも反射的に身構える。
表向きは、彼にとっても初めて遭遇する正体不明の異常だ。
そして――。
H.D.D.から、無機質な声が響いた。
『システムを起動――』
画面へ大量の文字列が流れる。
『Ⅲ型総順式集成汎用人工知能。Fairyです』
一拍。
『こんにちは、マスター』
「…………」
アキラは目を見開いたまま、H.D.D.を見つめる。
リンはそんな兄の反応を見て、少し困ったように笑った。
「びっくりしたよね?」
「……うん。これはさすがに」
「お兄ちゃんが気を失った後、H.D.D.が再起動したの。それで――この子が現れた」
アキラはまだ状況を飲み込めないまま、H.D.D.へ視線を戻す。
「H.D.D.が……喋った?」
『否定』
間髪入れず、声が返ってきた。
『繰り返します――私はⅢ型総順式集成汎用人工知能。Fairyとお呼びください』
「Fairy……」
その声を改めて聞いた瞬間、アキラの表情が変わった。
驚きから、何かを思い出そうとする表情へ。
「……この声、聞いたことがある」
「え?」
「間違いない。僕が気を失っている間、頭の中に語りかけてきた声だ」
アキラはH.D.D.を見据える。
「君だったのか?」
『肯定』
Fairyは淡々と答えた。
『マスターがサインした利用規約に則り、あらゆる面でマスターをサポートし、マスター自身の作業を完了できるよう協力いたします。「その時」が来るまで』
「待って」
リンがすぐに反応した。
「規約って何? それに、その時って……?」
『利用規約に則り、私はその質問に答える権限を有しておりません』
「えぇ……」
『回答は適切な時期に、適切な場所でお知らせいたします』
リンはしばらくFairyの表示された画面を見つめる。
やがて、その顔に妙なやる気が浮かんだ。
「手強そうな女の子だけど、固く閉ざされた心の扉ほど攻略し甲斐があるってもんだよね!」
アキラが妹を見る。
「リン、なんだか楽しんでない?」
「そ、そんなことないよ!」
そんな兄妹のやり取りの横で、ユウトは黙ったままFairyを見つめていた。
突然店内の電子機器を掌握した正体不明の人工知能。
警戒するように目を細める。
少なくとも、アキラとリンから見ればそう見えるように。
だが――その胸中に浮かんだ言葉は、たった1つだった。
(……とうとう来たか)
Fairy。
パエトーンの運命を大きく変える存在が、ついに彼らの前へ姿を現した。