カズサ「へー、先生ってベース弾けるんだ」先生「昔ちょっとね」 作:MALUM
トリニティ謝肉祭当日、オープニングステージ楽屋にて。
「はあぁ〜緊張してきた…」
「私も…」
「フッフッフ、ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
「ナツ、あんたも緊張するのね…」
SUGAR RUSHの面々は初のライブに緊張を隠せずに居た。
それもそのはず、トリニティのほぼ全員にステージ上の自分たちを見られるのだ。緊張しないほうがおかしい。
「やべぇピック忘れた」
「どーせケースの底にあるだろ」
「あ、あったわ」
”ピック分厚くね?何ミリ?”
「2ミリ」
「流石お嬢様学校、楽屋飯ある。しかも高級品オーラ放ってる。食って良い?」
”後一時間で本番だぞ”
対して男共、緊張のきの字もない。伊達に何年もバンドマンやってないのだ。
明らかにソワソワしていたり、気を紛らわそうとフレーズの練習をしてミスっていたりと、ガッチガチなSUGAR RUSHに対し、即興でアンマンマン体操弾いたり、ストラトキャスター・シーサイド’22弾いたり、初音ミクの消失歌ったり、練習パッドでラッシュE叩いたりと、各々が自由に過ごしていた。
「先生たち、やけに落ち着いてるね。やっぱり慣れてるの?」
”まぁ、場数は踏んできたからね”
「SUGAR RUSHさん、もうすぐ本番なので準備お願いしますー」
「は、はいっ!」
運営の娘が声をかけると、アイリが上擦った声で返事をする。
こうも緊張していたらできるもんもできないな。
そう思った私は、どうにかリラックスさせられないかと声をかけようとしたその時。
「初めてで緊張しちまうのはしょうがないさ。俺達だって最初はそうだったからな」
「高橋さん…」
中腰になり、優しい声色で気遣いの言葉をかける高橋。アイリも少し安心したのか、少し表情が柔らかくなる。
「ありがとうございます、まだ少し不安ですけど…頑張ります!!」
「あぁ、もし失敗しても気にするな。最後は俺らが全部持ってくからな」
その挑発とも受け取れる言葉にいち早く反応したのはカズサだった。
「へぇ…私たちが失敗すると思ってるんだ」
犬歯をむき出しにし、凶暴な顔で高橋に迫るカズサ。
「やってやろうじゃん。私たちの歌でその自信へし折ってあげる」
カズサのその言葉に頷くように、覚悟の決まった顔でこちらを睨みつけるヨシミ、アイリ、ナツ。
「ほーん。じゃあ聴かせてもらおうか。お前らの本気のロック」
「「「「上等(ッ!)(よ!)(ですっ!)(だよ)」」」」
「SUGAR RUSHさん本番三分前なのでスタンバイお願いします…えっと、何かありました?」
「いや、大丈夫です。それじゃあ、SUGAR RUSHいくよ!」
「「「おぉー!」」」
堂々と楽屋を出ていく四人の背中を見送る。
”…おっきくなったねぇ”
「親戚のおっちゃんかよ。あの子達はこれからまたでっかくなるぞ」
”当たり前だろ。私の生徒だぞ”
「へっ、先生バカ」
「〜〜〜ッ!!」
四本の弦を指で弾きながら声を張り上げるカズサ。
六本の弦をピックでかき鳴らすヨシミ。
十本の指で鍵盤をなぞるアイリ。
二本のスティックと足でドラムを叩くナツ。
まだ初々しさは残っているが、クオリティは全然悪くない。全員練習の成果を発揮できている。
ナツのドラムがリズムで皆を支え、アイリのキーボードが曲に旋律を加え、ヨシミのギターがコードを鳴らし、カズサのベースが厚みを、そしてそれらに支えられるように歌を歌う。
全員が全員に手を差し伸べる、彼女たちらしい曲だった。
「SUGAR RUSHの皆さん、ありがとうございました」
やがて、演奏が終わり、温かい拍手が彼女たちを迎えた。
全員息を切らし、やりきったと言わんばかりの笑顔でステージを後にした。
私は、今までにないような満足感に包まれていた。さっきまでの熱がまだ冷めない。数千人が見守るステージで、今までで一番の演奏ができた自信があった。今の自分達を超えるバンドは存在しないのではないかと、傲慢にも思ってしまうほどだった。
しかし、それはすぐに間違いだったのだと、
先生たちがステージに上がった瞬間、会場が沸き立つのがわかった。さっきの自分たちの時とは比べ物にならないほどの歓声。キヴォトスでの先生の人気を考えれば当然であったが、それでも圧倒的な格差に少し悔しさを覚えた。
”どうも、シャーレの先生でーす”
その一言で再び歓声が沸き起こる。まるで空間が揺れているのではないかと錯覚するほどの歓声に動じず、先生は言葉を紡ぐ。
”このトリニティ謝肉祭のオープニングステージに出場することができて嬉しいよ。今日は楽しんでいってね”
何度でも沸き立つ会場。その三度目の歓声をかき消すように先生は言い放った。
”私は今日このとき、先生をやめようと思う”
一瞬で静まり返る観客たち。そして遅れたように生徒たちの悲鳴が上がる。中には泣き叫びながらステージの柵をよじ登ろうとする生徒までいた。
そんな阿鼻叫喚の景色を、先生は気にも留めずに話を続ける。
”別に先生を辞めるわけじゃないんだ。ただこのステージの上では、シャーレの先生の私ではなく、バンドマンの私として演奏したいんだ”
”色眼鏡抜きで、評価してほしい。もしつまらない演奏だったならブーイングしても構わない。その代わり、もしいい演奏だと思ったらとびっきりの歓声を上げて欲しい”
一瞬の沈黙の後、再び沸き上がる歓声。
”それじゃあ、行くよ”
メガネを外し、足元に投げ捨て――
グシャッ
踏み潰した。
『―スゥッ……俺達はぁ!! BRONZE/BULL !!地獄の業火で抱き殺してやるよぉ!!』
『アイムオン・ファイアァァァァ!!!!』
普段の落ち着いた声とはかけ離れた、暴力的な歪んだ声。
先生のあまりの豹変ぶりに呆気にとられていると、バスドラムの重々しい低音が空気を震わせた。
「ドラムス!!田中ァ!!!!」
恐ろしく早いツーバスに合わせて、スティックが自由自在にドラムの上を駆け回る。あまりにも早く、頭がおかしくなるような変拍子を完璧に叩き切る。一音一音が重々しく、破壊的な威力で繰り出される。
やがてそれに喰らいつくようにギターが掻き鳴らされた。
「ギター!!高橋ィ!!!!」
さっきまで会場を支配していたドラムを食い尽くすように響く極限まで歪んだギター。七本の弦から放たれる極限まで歪まされ、こちらの耳を支配するかのように絡みついてくる激しいギターリフ。早く、正確で、精密なテクニックを多用した強い音。
会場の熱気は最高潮に達していた。お嬢様学校とは思えないような歓声が巻き上がり、そして次の瞬間、ピタリと止んだ。誰も、声を出せなかった。誰も、あのベースの音に息をするのも忘れて耳に全神経を集中させていた。
「お待ちかねのォ!ベェェス!!!!一条ォォォ!!!!!!」
今までに聞いたこと無いようなベースの音。強いベースとも上手いベースとも違う。上手く言い表せない己の語彙力の乏しさに辟易する。ただ一つ言えるのは、先生のベースは全てを圧倒していた。
世界から音が消えた気がした。風の音も、小鳥のさえずりも、生徒たちの喧騒も、何一つ聞こえない。それに、さっきまで圧倒的な存在感を放っていたはずのギターとドラムの音が小さくなったように思える。
ドロップAにチューニングされた6弦の開放弦が空気を震わせる。重々しい低音が心臓に響く。
左手の指が指板を駆け回るたび、右手に握られたピックが上下するたびに、アンプから放たれる音の衝撃波が私たちを震わせる。
観客たちは徐々にビートに乗り始める。誰が始めたという訳ではない。ただ全員が、暴力的で機械的なベースのリズムに乗せられたのだ。
会場のテンションが上がるに連れ、ベースの勢いも増していく。より早く、より複雑に、それでいてリズムを崩さない。そしてそれに喰らいつくように、ギターとドラムの勢いも増していく。
ギターはより前に出ようと走り出す。ドラムは音を支配しようと音量をあげる。それをベースが突き放す。まるで音の殴り合いだった。
会場の盛り上がりが最高潮に達した瞬間、ピタリと音が止んだ。そして代わりに響く、
「ヴォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙オ゙オ゙オ゙!!!!」
まるでこの世のものとは思えない、断末魔のような叫び声。喉の負担を考慮していないからか、ナツが見せてきた動画の人たちよりもずっと迫力があった。
デスボイスが止むと同時に、ドラムスティックが頭上で叩きつけられ、それに合わせて再び演奏が開始した。
疾走感のある激しいギターリフ、それをパワフルなベースが後押しし、ドラムがリズムを崩さず高速でツーバスを踏む。さっきまでとは違い、今の演奏は演奏として成立していた。ギターが前に出て、ベースが後ろから支える構成にチェンジしている。それによって曲の勢いは落ちているが、曲としての完成度が跳ね上がった感じがする。
ふと隣を見ると、三人とも、BRONZE/BULLの演奏に目と耳を奪われていた。観客の方を見てみると、全員がBRONZE/BULLの演奏に合わせて拳を振り上げている。中には興奮しすぎて失神した生徒も居た。
悔しかった。もとより技量で勝っているとは思っていなかった。勝てるだなんて傲ってもいなかった。それでも、ここまでレベルに差があって、足元にも及んでいなかったという事実が、ただただ悔しかった。
自分たちの演奏は過去最高の出来だったが、観客から送られたのは応援だった。頑張っている初心者を微笑ましく思っての応援。
彼らに送られているのは、熱狂。絶対的な神を崇拝するがごとく巻き上がる歓声。
いつもすぐ近くにあった先生の背中が、どこか遠くに行ってしまった気がする。
いつも私たちに向けられる優しい先生の顔が、凶暴で、でもどこか悲しみの混じった笑顔に塗り替えられていく。
あぁ、ダメだ。これ以上聴いていたら泣いてしまう。先生がどこか遠くへ行ってしまう気がする。
気付けば演奏は終わっていた。破れんばかりの拍手喝采に手を振って応える先生。観客からはアンコールを望む声が響いている。
私はまっすぐ目を向けることができなかった。