「良ーし!そしたら改めて、作戦内容を確認するよ!」
シャーレの当番からちょうど1週間後の休日。学校の最寄り駅の前に立つモモイは威勢よくそう告げた。
今日は遂に行われるエデン条約締結の日。学園都市中の電光掲示板やニュース番組はその話題で一色になり、多くの生徒がリアルタイム中継で、トリニティの古聖堂に続々と集まる両校の陣営を見守っていた。
しかしその中でも、モモイ達ゲーム開発部の関心はそんな政治的なニュースに微塵も向けられていなかった。何故なら今日は、待ちに待った大人気ハンティングアクションゲームの新作、「モンスターバスター:ダブルエックス」の発売日だからだ。
「今日の私達のターゲットは言わずもがな、モンバスダブルエックスのパッケージ版!それも今回の新モンスターのフィギュアが付いてくる店舗販売限定のDXバージョン!今作はメインの新モンスターが全部で5体だから、皆で手分けしてコンプリートを目指すよ!!」
『おーッ!!』
モモイの号令に合わせ、残りの3人も元気いっぱいに拳を掲げた。
「じゃあ事前の作戦通り、ユズとミドリはミレニアムの自治区のお店でタマキツネとゴムードのフィギュアを、アリスはレイクと一緒にトリニティの自治区のお店でノイローゼクスとキノバルドのフィギュアを、私はD.U.でハルハルクのセットを狙うよ!アリス、レイクと連絡はついた?」
「はい!自室の件、もう少し時間がかかりそうだから先に行ってて欲しいそうです!お店の開店時間には間に合わせるそうなので、置いて行っても大丈夫だと思います!」
アリスは笑顔でモモトークを開き、レイクとの個人チャットの内容を見せた。
モモイ達を含めたほぼ全ての生徒が寝泊りしているミレニアムの学生寮。本来ならレイクもそこの一室を使えて然るべきなのだが、レイクはその特殊な出自と性別により、セミナーが専用の一室を用意してくれるまでの期間、ゲーム開発部の部室を寝室として使っていた。
「今日から夜になったら部室にレイクいないんだね…」
同居人がいなくなるということを改めて実感したユズは、少し寂しそうに空を見上げる。「レイクも生徒である以上、プライベートの時間をしっかり確保出来る空間が必要よ」というユウカの意見は至極真っ当なので、専用の部屋を用意するということに反対はしなかったが、それでも夜中にゲームをする際、部室に自分しかいない時間がこれから確実に存在するという事実は、彼女の心に冷たいすきま風を吹かせた。
「大丈夫大丈夫!もし寂しくなったら『一緒に徹夜でゲームしよう』って言って部室に縛り付けとけば良いんだから!」
「モモイの言う通りです!それにレイクは私達の大事な『掃除屋』です!ユウカに部屋が汚いと怒られない為に、これからも部室に居て貰わないと困ります!」
「あ、アリスちゃん…レイクの扱いが結構雑になって来たよね…」
アリスの発言に、ミドリは思わず苦笑いをした。無名の司祭によって生み出されたロボットという共通の出自を持つからなのか、互いの記憶は無くとも、アリスは最近良くも悪くもレイクを実の弟の如く扱うようになっていた。誰に頼まれた訳でも無いのに暇さえあれば部室の掃除をしてくれる勤勉な彼を「掃除屋」と呼ぶのも、それ故である。
「あ、そろそろ電車来るよ!アリス、ホームに行こう!」
「分かりました!勇者アリス、これよりクエストを開始します!」
「行ってらっしゃい、お姉ちゃん!」
「アリスちゃんも頑張って!」
何時もと何も変わらない澄んだ青空の下、モモイとアリスはユズとミドリに見送られながら、モノレールの改札を通っていった。
「…あ、姉さんから電話だ」
モモイ達がモノレールに乗った数十分後、予定していた時刻のモノレールに何とか間に合ったレイクのスマホに、アリスからの着信が入った。
「ごめん、今電車だから無理っと」
アリスからの着信を切ったレイクは直ぐにモモトークを開き、電話に出られない旨を伝えた。メッセージを送ると直ぐに既読が付き、紫色のスネイルが「あっかんべー」をしているシュールなスタンプが送られて来た。
「なに、このスタンプ…」
レイクはお返しとばかりに勇者がスネイルを一刀両断しているスタンプを送ると共に、「ゲーム屋さんには開店前に着けそうです」というメッセージを追加した。直後、魔王が「褒めてつかわそう…」と呟いているスタンプが送られて来る。
「はぁ、なんか最近姉さんからの扱いが雑になってるような気が…『姉弟ならそれが普通だよ~』ってモモイは言ってたけど、そんなものなのかなぁ…」
スマホを閉じたレイクはそれをズボンのポケットにしまい、揺れる電車の壁にもたれかかりながら、ドアの上に設置されたモニターを眺め始めた。普段なら学園都市で起きた些細なニュースや広告がループして流れているモニターだが、今日だけは特別に、エデン条約の中継映像が字幕付きで放映されていた。
「ふふっ、このシノンってキャスターさん好きなんだよね」
トリニティの古聖堂へと向かうゲヘナの飛行船の映像を前に、ニュースキャスターらしかなぬ失言をいつも通り溢しまくるシノンを、レイクは愉快そうに眺める。
飛行船がトリニティに到着したところで、レイクはモニターから目を離し、今度は外の景色を眺め始める。
(きっとあそこに、コハルさんもいるんだ)
モノレールは既にミレニアムを離れ、トリニティの自治区に入っていた。その為高架の上を進むモノレールからは、広大なトリニティの校舎を見ることが出来た。ズボンのポケットに手を入れ、エメラルドグリーンで彩られた校舎の屋根をぼんやりと見つめながら、レイクはあの場にいるであろうコハルの姿を想像する。自分と話していた時は何処か落ち着きのない様子のコハルだったが、自分からエリートだと名乗っていたのだから、古聖堂の警護をしているコハルはきっと冷静沈着に、厳かな締結の場を見守っているのだろう―
〈時が来た〉
真剣なコハルの顔を想像していたその時、不意にそんな声が聞こえて来た。
(え、なんだ今の声…)
〈我らが主が遺した光の矢、破壊と混乱の呼び声が、聞こえる〉
〈時が来た〉
〈融解の熱が、そこまで来ている。これほどの僥倖が、あろうか〉
レイクは窓から視線を外し、慌てて周囲を見回すが、周りの客は何食わぬ顔で、自分のスマホを見つめ続けている。今の声が聞こえたような素振りをしている者は、誰一人していない。
(気の、せいかな…)
レイクがそう思った刹那、凄まじい衝撃がモノレールを襲った!車両が激しく揺れ、あちこちから悲鳴が立ち昇る。
『極めて強い揺れを感知しました。安全の為、車両を一時停止致します。お客様にはご不便をおかけしますが、安全が確認されるまで車内での待機をお願い致します。尚、緊急停止に付き車内で発生したやむを得ない負傷については、連邦生徒会及び本路線の運航を行っているハイランダー鉄道学園のいずれも一切の責任を負いませんので、予めご了承下さい』
そのアナウンスと共に、モノレールが急停止した。慣性に耐え切れず、レイクは危うく頭を扉に思いっきりぶつけそうになる。
「おい、見ろ!校舎が!」
車内の何処かで、誰かが叫んだ。それに従い、レイクは外を見る。そして飛び込んで来た光景に、息を飲んだ。
校舎が、炎に包まれていた。先程までのゴシック様式の荘厳な姿は既にそこには無く、包まれた巨大な炎によってどす黒い影をまるで亡霊のように写し出されている。更にその炎によって生まれた大量の黒煙が、澄んだ青空を侵食し、焦がしていく。
この世の地獄。そう形容するに相応しい程の、惨状だった。
(一体、何が…)
何が起きたのか理解が追い付かないレイクは、呆然とした顔で、次々と崩落していくとんがり屋根を見ていた。その時、またあの声が聞こえていた。
〈友を救え〉
〈大人を救え〉
〈苦痛から救え〉
〈死から救え〉
「な、なんなんだよ一体…!誰が喋っているんだ…!?」
レイクはつい、そう口に出してしまう。だが幸い車内の混乱のお陰で、その挙動不審に眉をひそめる者は居なかった。
〈救え〉
〈救え〉
〈救え〉
〈救え〉
声達はレイクの問いには答えず、ただひたすらに「救え」と連呼し続ける。
(救え、って……ハッ!?もしかして…)
レイクは何かを察したように、炎上する校舎を凝視する。
あそこには、コハルと先生がいる
その事実を改めて認識したレイクは、全身に電流が走ったかのような緊張を感じた。
「冗談、だろ…」
〈救え〉
〈救え〉
〈救え〉
〈救え〉
声達は変わらず、「救え」と唱え続ける。まるで、「あの地獄に飛び込め」と、レイクに命じているかのようだ。
「……」
レイクは生唾を飲み込む。先程校舎から目を離した隙に何が起こったのかは、分からない。だが少なくとも、何かとてつもなく異常で不吉なことが起きていることだけは、確かだ。
「僕に、何が出来るんですか…?」
そう言ったレイクの声は、ひどく震えていた。
恐ろしかった。炎と煙に焼かれ、崩れてゆく校舎。そしてその足元で起こっているであろう阿鼻叫喚。そこに飛び込んで、先生とコハルを救うだけの勇気と度胸など、持ち合わせていなかった。
〈救え〉
声の語気が強くなるのが、分かった。まごまごして動けずにいるレイクに苛立っているかのようだ。と、次の瞬間
「え」
レイクが張り付いていたドアが、勝手に開いた。ドアに体重を預けていたレイクは何の抵抗も出来ずに車内から零れ落ち、数十メートル下のアスファルトの地面に吸い込まれ始める。
「うわあああぁぁぁぁ!!!!」
突然の出来事に、レイクは悲鳴を上げながら空中で手足をバタバタさせる。しかし、そんなもので重力に逆らえるはずも無く、レイクは顔面から高架下の道路に激突した。
「い、たい…」
前半身に走る痛みに耐えながら、レイクは何とか体を持ち上げる。既にモノレールは遥か頭上、もう戻ることは出来ない。
「と、取り敢えず連絡を…」
レイクはポケットからスマホを取り出す。しかし
「クソッ…!画面が…付かない!」
彼のスマホは落下の衝撃で液晶が割れ、使い物にならなくなってしまっていた。これではもう、誰に連絡を入れることも出来ない。
「やるしか、ないのか…」
レイクはスマホを捨て、代わりに震える手で腰に付けたペンシルノヴァを手に取る。
(先生、コハルさん…)
2人の笑顔が、いやに鮮明に蘇る。
ヒマリやアリスと共に、自分を孤独から救い出してくれた先生。第一印象こそ悪かったけれど、慣れていない自分に丁寧に仕事を教えてくれたコハル。そんな二人が今、あそこにいる。
(僕は、アリス姉さんの…勇者の弟だ…だったら、やることは決まってる…2人を、助ける…!)
レイクは恐怖心を抑え込むように、力いっぱい歯を喰いしばった。
(クソッ、ビビんなよ…!預言者だって倒してみせたんだ…!僕なら、出来る…!そうだろう…!)
そう自分に言い聞かせつつ、レイクはミサイルの爆心地へと足を進め始める。これから自分に降りかかる運命など、知る由も無しに。