それからレイクは混乱に包まれたトリニティの街を全速力で駆け抜け、遂に校舎の前へと辿り着いた。あまりに夢中で走っていたので、途中暑いからと腰に巻いていた学校の上着を何処かに落としてしまっていたが、そんな事を気にしている余裕などこれっぽっちも無かった。
(本当に、何が起こったんだ…?)
崩壊し、もはや原型が分からなくなった門の前で、レイクは再び唾を飲み込んだ。もしかしたら今頃ニュースではこの惨状の原因を報道しているのかもしれないが、スマホが使えない以上、それを知る術はもはや無い。
(落ち着け、落ち着くんだ…先ずは銃の確認を…)
息を整えたレイクは始めに銃身から一度弾倉を引き抜き、弾詰まりの無いよう真っ直ぐ差し込み直す。続いてバッテリーの残量を見、そして最後に、銃身横のカバーを外して薬室に異物が入っていないか確かめる。小型とはいえ、エンジニア部の技術の粋が詰まったレールガン。最低限それだけの確認をしておくだけで、動作不良を起こすことは万に一つも有り得ない。
「それじゃあ、行くぞ…!」
意を決し、レイクは校舎に足を踏み入れる。しかし目の前の瓦礫に足をかけたその瞬間、足元で激しい爆発が起こった!
「うわぁっ!?」
爆風に煽られたレイクは空中で一回転した後、背中から地面に叩きつけられた。尖った瓦礫が幾つも背中に食い込み、レイクは鈍い呻き声を上げる。
「待て!そいつ、ミレニアムの制服を着ているぞ!」
「関係あるか!この場にいる者は全て敵だ!構わず撃て!」
その声の直後、爆音で鈍った耳に「カションッ!」という聞き馴染みのある音が届いた。
(今、のは…)
レイクの周囲に再び爆発が起きる。衝撃で、今度は鉄筋が剥き出しになったコンクリートの壁に叩きつけられた。先程の落下の衝撃と違わない程の痛みに、一瞬意識が飛びかける。
(今のはグレネードの爆発だ…そしたらこの状況はもしかして、襲撃…!?)
レイクは痛みを堪え、近くの瓦礫の影に隠れると共に、周囲に向かってデタラメにペンシルノヴァを発砲した。
「反撃して来たぞ!散開だ!」
狙い通り、敵が周囲に散ったようだ。「敵が複数でこちらに迫っている時は、敵に発砲音だけでも聞かせることでこちらに武力があることを知らせ、その進行を多少遅らせることが出来る」以前ネルから教わったその知識が早速役に立った。
(話し合える相手じゃなさそうだ…強行突破も多分無理…やらないと、こっちがやられる…!)
瓦礫を背に、銃を構える。
(先生もヒマリ先輩も今はいない、それに敵は複数…目だけに頼っていたら、負ける…)
レイクはゆっくり目を閉じる。すると彼の瞼の裏に、4つのぼんやりとした、陽炎のような靄が浮かび上がった。氷海で魚雷とゲブラを見分けたその力を、レイクは既に使いこなしていた。
(敵は4。正面と左右にそれぞれ一人、そして真上に……真上!?)
レイクは慌てて目を開け、顔を上げる。見上げると、ガスマスクを着け、ゆったりとした白い戦闘服を着た生徒が瓦礫の上に立ち、こちらにグレネードランチャーの丸い銃口を向けていた。
『……!!』
タッチの差で、レイクが引き金を引くのが早かった。直撃を顔面に受けた生徒は粉々になったガスマスクの破片を散らしながら、瓦礫の向こう側へとゆっくり落ちて行った。
(足が速い!)
残った3人が自分を囲うように動いているのを、レイクは確かめた。しかし下手に動けば、かえって敵の攻撃に身を晒すことになる。
(ウタハ先輩はあまりやるなって言ってたけど、仕方ない!)
レイクはハンドガードの中にあるツマミを指で回し、射出時の出力を最大に調整すると、今しがた倒した生徒が足場にしていた瓦礫から数歩程距離を置き、ノヴァを構えた。再び両目を閉じ、瓦礫の奥から、こちらに向かって来る靄を確かめる。
レイクは再度引き金を引き、瓦礫に向かって発砲した。電磁レールシステムの最大出力で撃ち出された弾丸はなんと、分厚いコンクリートを容易く貫き、こちらも瓦礫の向こう側へと消えた。
(よし、これで二人目)
靄が消えたことで、レイクは命中を確信した。ウタハが「ロマンがあるのは承知の上。それでもバッテリーが弱るからあまりやらないで欲しい」と言うペンシルノヴァの最大出力による射撃。それはコンクリートや鉄板を貫き、敵を防弾シールドや遮蔽物越しに攻撃出来る代物だった。
「残りもこのまま倒して……って、あれ?」
三度両目を閉じた時、こちらに向かっていた筈の二つの靄が何故かどんどん遠ざかっていくのを、レイクは確かめた。
『ア…コ様が…調印に…成功…た…だ』
『…解した。ではこの場…は…例の…に…任せ……』
ノイズ混じりの無線が聞こえて来る。恐らく、倒した生徒が所持しているものから漏れて来ているだろう。その間に、敵意のある靄は既に、感知が出来ない程遠くに行ってしまった。
(今の無線…別の何かが、こっちに来る…?)
何故、残った二人はこちらの攻撃を中止したのか。無線の内容からして、何か戦力として足り得るものが、新たに攻撃をしてくるのか。そう思った、次の瞬間
「があッ…!!?」
突然レイクの背中に、痺れるような激痛が走った!全身を小さく痙攣させながら、レイクは前のめりに倒れ込む。
「な、何だよ、コレ…!?」
それは今まで経験したことのない痛みだった。まるで体の芯から噴き上がって来るようなそれに耐えかね、レイクはその場で小さくうずくまる。
(な、なんだ今の…?)
視界の端に何か青白いものを、レイクは捉えた。感覚が鈍くなり始めた全身を何とか動かし、レイクはその正体を見る。
「…は?」
自分に向かって小銃を構えるそれを見た途端、レイクは思わず間の抜けた声を上げてしまう。ガスマスクを着けた、青白いシスターの幽霊。それは、そう形容するしかない姿形をしていた。
幽霊の小銃の銃口が、静かに輝き始める。このままでは撃たれる、そう直感したレイクはその一瞬だけ痛みを忘れ、近くに転がっていたペンシルノヴァに跳びかかった。
幽霊の銃から、同じく青白い光線が放たれた。それを間一髪で躱し、レイクは反撃とばかりに引き金を引く。瞬間、幽霊の身体が上半身と下半身で真っ二つに別れた。弾丸が、腹に直撃したようだ。幽霊は悲鳴や怒号を上げることもなく、全身を青白い煙のような気体に変えながら消えていく。
(コイツ、感知が出来なかった…一体、何者…)
レイクはのそりと立ち上がると、崩壊していく幽霊を見ながら、大きく息を吸う。するとなんとそれに合わせ、煙となった幽霊がレイクの口と鼻に吸い込まれていった!
「うぐッ!?」
ひんやりとした感覚が喉を通り抜けたかと思ったのも束の間、レイクは突然、息が出来なくなってしまった。
「か…ハ…ッ!」
喉を抑え、声にならない声を上げながら、レイクは何とか呼吸をしようと試みる。しかしどれだけもがこうと、呼吸の為の空気が流れ込んで来ることは、無かった。
次第に意識が薄れていく中、レイクは再び倒れてしまう。既に鈍くなっていた体の感覚が、いよいよ無くなっていく。
(僕…死ぬんだ…)
レイクはゆっくりと目を瞑る。すると頭の中で、例のあの声が響いた。自分にしつこい程「救え」と告げて来た、あの声達だ。
〈神秘によって施された封印を解くも、また神秘である〉
〈やはりそれに、間違いは無かった〉
〈戒律と掟によって顕現する、聖徒ユスティナ〉
〈その神秘を拝借し、これを以て、融解と再誕の時とする〉
閉じられたレイクの両目が、これでもかと力強く開く。アリス達を見つめる優しい眼差しは既に無く、盛夏の太陽と見紛う程のギラギラとした眼光が、そこには蓄えられていた。
〈湖は再び水を湛え、新たな主が、その淵に座した。しかし、これではまだ足りぬ〉
〈偽りの王女を排し、鍵を呼び起こす〉
〈その為には、より多くの神秘を拝借する必要がある〉
〈それが
レイクは操り人形のように、脚の関節を異様な方向に曲げながら、不格好に立ち上がった。
〈新たな王子よ、戦いの時だ〉
〈条約の調印によってカタコンベより目覚めた無数の聖徒の複製。それを成立させる”血”を持った者が、この地にいる〉
〈それを屈服させ、そして湖に取り込むのだ〉
〈その為の姿を、これより用意しよう〉
くるくるとしたレイクの黒い巻き髪が、急激に伸び始め、毛先がじわじわとピンク色に染まっていく。元々細かった四肢が、さらに細く、華奢になっていく。垂れた眉が特徴的な、先生に似た端整なその顔が、粘土のように醜く歪みながら、その形を変えていく。更に衣服までが、黒と赤を基調とした、女子生徒用の制服へと変わっていく。
〈先刻お前が接触した、偽りの神〉
〈その姿ならば、この災禍の中でも十全に働けるだろう。事が済んだ後に、王女達が疑心を抱くことも無い〉
〈変異した肉体の代償として、お前は今から物言わぬ人形となり、湖の助けをすら得られなくなる〉
〈だがそれ故にお前は、これからの戦いに没頭することが出来る。真に、誂え向きの肉体だ〉
コハルの姿になったレイクは、頭の小さな黒い羽を使い、その目元を完全に隠した。が、その時、ユスティナ聖徒の集団が音も無く周囲に現れ、怒涛の銃撃を彼に浴びせた!
ただの一発でレイクをうずくまらせた青い光の応酬。しかしそれを、彼は何食わぬ顔で浴び続ける。弾丸の雨に打たれ、青い光の飛沫を滴らせながら、レイクは足元に転がるペンシルノヴァに手を伸ばす。
「……」
ノヴァを片手で構え、レイクは聖徒達に次々と発砲する。淡々かつ正確無比なその射撃に、聖徒の集団はあっという間に全滅した。消えゆく聖徒達の前で、レイクは大きく胸を張る。すると先程と同じように、煙と化した聖徒の肉体が鼻と口を通し、彼の体内へと吸い込まれていった。
「……」
レイクは開けた口を再び一文字に結ぶと、銃撃によって乱れた帽子を静かに直す。そして、弾が切れた愛銃をその場に捨て置き、校舎の中心部へ向かってゆっくり、ゆっくりと歩み始めた。