「ツルギ!!その数は流石に不味い!牽制をしつつハスミの狙撃を待って!!」
先生のその指示に合わせ、ツルギは次々と飛来する擲弾を躱しながら近くの瓦礫に身を隠した。
「ハスミ!ランチャーのシリンダーを狙って!誘爆で纏めて無効化したい!」
『お任せください、先生。その程度の狙撃なら朝飯前です』
ハスミは銃のボルトを押し戻し、薬室に弾丸を送り込む。そして血と汗でひりひりと痛む両目を意地でこじ開けながら照準を覗き込み、今まさに装填を終えた前衛のアリウス生徒が握るグレネードランチャーのシリンダーを撃ち抜いた。狙撃されたランチャーは大爆発を起こし、それを使っていた生徒とその周囲の生徒達を纏めてノックダウンさせる。
「陣形が乱れた!今だよツルギ!派手に暴れてあげて!」
『きいえぇぇぇえええ!!!』
ツルギは瓦礫から躍り出ると、いつもの雄叫びを上げながら敵陣のど真ん中で散弾をぶっ放し始めた。苦し紛れで放たれる擲弾の直撃をものともせずに突進して来るツルギに、敵の陣形はあっという間に崩れる。
「良い感じだね。ハスミ、逃げようとする生徒から倒していって」
暴れるツルギの猛攻から逃げようと背を向ければ、ハスミの狙撃の餌食になる。内と外から襲い来る、正義実現委員会の精鋭達による容赦の無い攻撃に、アリウスの生徒達はものの数分で壊滅した。
「…ひとまずは撃退できたね、二人共お疲れ様。こんな状況でなければもっとしっかりした支援が出来るんだけど…」
先生はハスミから借りた無線を口元から遠ざけつつ、足元に安置してあるシッテムの箱を苦い顔で見つめた。
(アロナは爆発の衝撃から私を守ったせいでもう動けない…ここから先、シッテムの箱は使えない…)
キヴォトスの外の人間である自分が、あの大爆発の中心にいたのに傷一つないなんて、奇跡の力を借りたとしてもあり得ない話だ。あの時アロナが守ってくれなければ、自分は今頃消し炭になっていたことだろう。
古聖堂を突如として襲った大爆発と、それに続いて現れたアリウスの大部隊。どうやら彼女達の憎しみと復讐の炎は、ミカの計画が失敗に終わった程度では消えない程、強かったようだ。
(もしこの先で同じようなことがあれば…)
頭に自然と浮かんで来たその妄想を無理矢理振り払ったその時
『先生、新手です!』
ツルギの声に、先生は無線を強く握りしめる。
「あ、れは…?」
直ぐに戦闘の支援をしようとした先生だったが、二人が戦う青白い幽霊のような敵を見て、思考が一瞬停止してしまった。
『ごのおぁっ…!?』
幽霊が放った青白い光の弾丸の直撃を額に受けたツルギが大きく仰け反る。そのまま後ろに倒れ込むかと思われたが、ツルギは何とか踏みとどまり、ホラー映画の悪霊のように上半身をだらりと曲げた。
『ツルギ委員長を止めた!?あれは一体…!?』
「歩く戦略兵器」を怯ませたその威力に、ハスミは息を飲む。
「ツルギ大丈夫!?」
『はい、大丈夫です…』
体勢を整えたツルギは華麗なスピンコッキングで両手のショットガンに弾を込めると、再び幽霊に突撃する。先程は油断していたせいなのか、今度は弾丸の直撃をどれだけ受けてもびくともしない。
「死ぃねええぇぇぇええ!!!」
ツルギは相手の懐に一気に跳び込むと、幽霊の持つ小銃の銃身を力いっぱい蹴り上げた。胴体を晒し、完全に無防備になった幽霊の腹にツルギは容赦なく銃口を押し付け、引き金を引く。散弾の接射を二発同時に受けた幽霊は上半身と下半身が真っ二つに裂け、その姿を煙のような靄に変えながら消えて行った。
「…ヒナタ?」
ツルギが幽霊を倒したのを確認し、安堵の息を漏らした先生はそこで、自分の隣でナギサや他のメンバーと連絡を試みていたヒナタが小さく震えているのを確かめた。
「前に、古書館にあった本で読んだことがあります…あれは、『戒律の守護者』と呼ばれるユスティナ聖徒会の正装です…どうして、今ここに…」
怯えるヒナタを嘲笑うかのように、ツルギとハスミの周囲に、何処からともなく聖徒達が現れた。今の戦闘で二人を脅威とみなしたのか、今度は数十に昇る規模の大部隊だ。
『この数は、流石に…』
『怯むな、ハスミ。やるぞ』
そんなやり取りの直後、二人は襲い来る大量の聖徒達と戦闘を始める。それを援護しようと、先生は無線を口元に寄せる。しかしその時
「先生危ない!!」
「むぐっ…!?」
突然ヒナタが跳びかかって来た。先生を閉じ込めていた瓦礫を持ち上げるその怪力に耐えられる筈も無く、先生はヒナタに力強く抱き締められながら、瓦礫だらけの地面に押し倒された。大小の破片が背中に食い込むその痛みに先生が顔をしかめた直後、二人が立っていた場所に複数の爆発が起きる。
「あれは、さっきの…」
崩れた屋根の上に立ち、こちらにロケットランチャーの砲口を向ける生徒の姿を、先生はヒナタの肩越しに見た。間違いない、今の爆発は彼女が自分を狙って放ったものだろう。
「チッ…これ以上は無理か…ヒヨリも頑張ってくれたみたいだけど…」
屋根から飛び降りる直後、黒いマスクを付けたその生徒がそう口走るのを確かに聞いた。ツルギとハスミは聖徒達との戦闘に釘付け。アロナの護りも無い今ならヒナタを押し退けて自分を殺すことだって出来た筈だ。それなのに、何故―
「先、生…無事だったのね…」
不意に、良く知った声がした。辛うじて動く頭を持ち上げて、先生は声のした方を向く。そして、そこに立つ血塗れ傷だらけの生徒を見て、息を飲んだ。
「ヒナ…!!」
そこには身に着けた制服をボロボロにし、全身の至る所に火傷や切り傷を負っているヒナが、その細い両足を僅かに震わせながら立っていた。
「貴女はゲヘナの風紀委員会の…」
「ヒナ!その怪我…!今すぐ治療をしないと…!」
ヒナタと先生は直ぐに立ち上がり、荒く短い息をするヒナを囲んだ。正直、立っているのが不思議な位の大怪我だ。
「今は…時間が無い…」
ヒナは独り言のようにそう呟くと、先生の近くに転がっていた無線を拾い上げ、通話ボタンを押した。
「正義実現委員会に伝える!私はゲヘナ、風紀委員長の空崎ヒナ!これから先生を安全な場所まで護衛する!」
ヒナが振り絞るような声でそう告げた直後、驚きと戸惑い、そして若干の怒りが混じったハスミの声が返って来た。
『い、今の声はなんですか先生!?そ、そこに本当にゲヘナがいるのですか!?』
「そうだよ、ハスミ。だけど安心して。二人が今いる聖徒達を倒すまで、私はここを動くつもりは無い。待ってて、直ぐに援護を…」
ヒナが持つ無線に顔を近づけ、先生はその意志を二人に伝えた。しかし
『……いいえ。行って下さい、先生。この場は私達だけで凌ぎます。それにゲヘナの風紀委員長ならこの戦火の中でも先生を守り切れるでしょう。大変不愉快なことでは、ありますが…』
『行って下さい、先生。先生の退路は、私達が守ります』
ハスミとツルギの返答に、先生は直ぐに待ったをかけようとする。しかしその前に、ヒナは無線を先生から遠ざけてしまった。
「ヒナ…」
ヒナは何を言うでも無く、首を小さく横に振った。「良いから今は大人しく私の指示に従ってくれ」今の動きは、それを先生に伝える為のヒナなりのやり方だった。
「……」
先生は奥歯を噛み締める。幾ら二人が正義実現委員会の精鋭だからといって、怪我を負っている今の状態でどれだけ持つかは分からない。生徒を置いて自分だけ逃げる。それは、先生として最も唾棄すべき行為だ。
「…分かったよ、ヒナ。ヒナタに無線を渡してあげて」
それでも先生はその選択を選んだ。シッテムの箱が使えない以上、これから先どれだけの支援が出来るか、先生自身も分からない。それに両校の主要メンバーの安否が何一つ分からない中、ここで自分まで倒れたら、いよいよ収集がつかなくなる。たった今スクワッドらしき生徒が自分を攻撃したのも、それを狙ってのことだろう。
「あとは、お願い…」
「はい。道中、どうかお気をつけて」
ヒナの血で汚れた無線を、ヒナタは受け取る。その時、苦しそうな吐息が混じったハスミの声が響いた。
『ガ、ハッ……ふ…風紀、委員長殿…先生を、よろしくお願いします…』
同じ戦闘員として、無線の向こう側の生徒が撃たれたことを、ヒナは直ぐに理解した。ヒナは二つの意味で苦しい顔をしながら、ヒナタの持つ無線に顔を近づける。
「任せて…貴女達も、どうか無事で…」
もはやそこに、トリニティもゲヘナも関係なかった。先生という唯一絶対の存在を守るため、両校の戦闘員同士が一丸となって戦う。この協力関係が銃では無く、ペンと紙を介してのみ成立していれば、どれ程良かっただろう。
「先生、行こう…!私から離れず付いてきて!」
「…うん!」
後ろ髪を引かれる思いで、2人は直ちにその場から離脱する。小さくなっていく2人の背中を、ヒナタは無線を握りしめながら見守っていた。
『先生と風紀委員長、お二人共離脱しました。わ、私に何か出来ることはありますでしょうか…?』
「シスター、ヒナタ…。私達のことはどうかお気になさらず、貴女はご自身の身の安全を第一にして下さい…」
ヒナタにそう返したハスミは一度その場に座り込み、横腹に刻まれた大きな青い弾痕を強く押さえ付ける。不意打ちだったとはいえ、あのツルギを大きく仰け反らせた威力の弾丸だ。覚悟はしていたが、それでも直撃の衝撃と痛みは、ハスミの想像を遥かに超えて来た。
「ハスミ、無事か?」
彼女の苦しい声を聞いたせいだろう、前線で暴れていた筈のツルギが戦闘を中断し、ハスミの前に立っていた。ツルギもまた、ハスミの横腹にできた青い弾痕が、体中に浮かび上がっている。
「問題、ありません…。少々当たり所が悪かっただけです…。全く、今日だけはこの厚くてだらしない脂肪に感謝しなくてはですね…」
「…軽口を叩けるなら問題無いな。立てるか?」
ハスミはツルギの手を借りて立ち上がる。
「倒しても倒してもキリがありませんね…」
ハスミは恨めしそうに、こちらにジワジワと迫って来る青白い波のような聖徒達を睨みつけた。ツルギが戦闘を中断したのを好機と見たのか、聖徒達は容赦の無い弾幕を展開し、着実に彼我の距離を詰めて来る。
「引き続き、援護を頼む」
「当然です」
しかしそれでも尚、二人の闘志は揺るがない。ハスミは銃に弾丸を込め、ツルギは瓦礫に影に身を潜め、弾幕が薄くなるその瞬間を待つ。
が、その時。迫る聖徒達の集団の足元に、突如として爆発が生じた!絶え間ない爆発の応酬に、弾幕を張っていた前衛の聖徒達が瞬く間に煙と化す。
「い、今のは…!?」
突然の出来事に、ハスミは瓦礫の影から顔を出し、慌てふためく聖徒達の様子を伺う。
(ティーパーティーの迫撃砲…いや、違う…流石に迫撃砲の規模じゃない…それにこの混乱の中で、部隊をそんなに早く動かせる筈が…)
聖徒を狙った爆発の正体を冷静に分析していたその時、ツルギは背後に強い気配を感じた。
「コハル…!?」
振り返った視線の先に佇むその姿を見て、ツルギは目を見開いた。そこには背に2丁の小銃を交差させて背負い、更に腰と両手にアリウスの一般兵が使用していたグレネードランチャーを計3丁携えた、重武装のコハルが立っていたのだ。
「コハル!!?どうして貴女がここにいるのですか!?」
「……」
驚愕するハスミに一切の反応も示さず、コハルは2人の先輩を横切りながら、両手のランチャーを放り捨てた。
「今の攻撃は、コハルがやったのか?」
ツルギの問いに、コハルは小さく頷いた。しかし目元を翼で隠し、口も堅く一文字に結んでいるせいで、表情が何一つ読み取れない。その様を不審に思ったツルギは、つかつかと歩き続けるコハルの肩に手を伸ばした。だがそこで、コハルは驚きの行動に出る。なんとコハルはツルギの腕を振り払い、今まさに攻撃を再開しようとしている聖徒達の前に勢いよく躍り出たのだ!
『コハル!!!』
先輩達の悲痛な叫びも虚しく、コハルの小さな体に激痛を伴う青い弾丸が絶え間なく撃ち込まれる。
「……」
しかしコハルは、全身を蜂の巣にされているにも関わらず、痛みに悶えたり衝撃に体幹を崩すような様を一切見せないどころか、仁王立ちの体勢で、背負っていた2丁の小銃を握って反撃を開始した。
正義実現委員会の多くの生徒に配備されている汎用のアサルトライフル。コハルはそれを片手で持ち、まるで拳銃のように軽々しく扱う。セミオートで次々と放たれる弾丸に、数人の聖徒がものの数秒で撃破された。
手数が少ないことを読んだのか、一人の聖徒が銃を乱射しながらコハルに突進して来た。コハルはそれに対して両手の銃を捨てると、迫る銃口を片手で払い除けつつ、もう片方の手でガスマスクを付けた顔面を鷲掴みにし、幽霊の全身を地面にこれでもかと叩きつけた。
「今のはCQC!?」
「…あぁ。それも、2年生以上の生徒に教える上級体術だ」
コハルの見せたCQC。それは日々の訓練によって身体に一定以上の筋肉がつき、それでいて十分な経験を積んだ2年生以上の生徒にしか教えることが許されていない、まともに受ければ受け身などまず取れない極めて実践的な投げ技だった。当然、1年生で且つ入部して直ぐに補習授業部に入れられたコハルが扱えるような代物ではない。
呆気に取られる先輩達を他所に、コハルは足元の銃を器用に蹴り上げて手に取ると、地面に伸びる聖徒に容赦なくとどめを刺す。更にコハルは空いた左手で腰のランチャーを手にし、残りの聖徒達に向けて装填された6発の擲弾を全て撃ち込んだ。再び爆炎が噴き上がり、黒煙が両者の間に壁のように立ちはだかる。
コハルは空になったランチャーを捨て、再び両手に小銃を構えると、その壁の中に突撃していった。
『……』
煙の中から聞こえるのは激しい銃声ただ一つ。コハルの姿は全く見えない。だが2人がコハルを援護しようとしないのは、彼女への誤射を恐れたからではない。実戦経験など数える程しかない未熟な1年生が、ツルギと見紛う程の大立ち回りを見せているというあまりにも現実離れした現実を、受け入れられずにいた為だ。