走り続けたナマモノの二周目 作:須々木三郎
いつ頃からだろう。
ハンドルを握り続け、ガソリンを燃やし続け、
仕事のため、家族の
そんな毎日が休みなく続くようになったのは。
家族を遊び場に車で送っていって、私は仕事に向かう。
仕事場についたら原付バイクにまたがって、気づいたら隅々まで覚えてしまった街のなかを走り回る。
おやつ時くらいになると仕事の休憩時間になるが、私に職場で留まる権利も、カロリーをとる権利すらもない。
すぐに車に乗って家族を迎えに行き、家まで連れて行く。
そして帰ってきたら、もう60分の休憩時間は終わろうとしている。
車を停めて階段を駆け上がり、タイムカードを遅刻気味で打刻。
その後は、配達が片付くまで、いつ終わるかの目処も立たないまま、ただ一人、誰の助けも借りることなく走り続ける。
配達を片付け終わる頃には、時間も既に23時過ぎ。
直ぐに退勤の打刻をして、タイムカードの写真を撮影して家族に送信したら、5分もしないうちに着替えを済ませて車に乗りこむ。
本当は水、可能ならカロリーが入った飲み物くらい飲みたいが、そんなもの準備する暇があるなら1秒でも早く帰らないと、私の睡眠時間は到底確保出来ない。
家に帰ったら、電気ポットでお湯を注いでカップ麺を作る。
そして食べ終わったら、倒れるようにすぐに横になる。
家族はまだ起きて賑やかに楽しそうに遊んでいる。
私は誰よりも遅く家に帰り、その声を聞きながら、家族の誰よりも早く眠りにつく。
それが私の仕事のある日の日常。
仕事がない日はない日で1日中家族と行動を共にする。
運転を呼吸と同じくらいの疲労度で出来る、
簡単な作業だと思っている彼女たちは、
目的地に着いても私の休憩なんて考慮してくれない。
時には数十キロにもなろうかという荷物を両手に持たせ、
時には目的もなく走り回る子どもの子守りをさせられる。
移動距離は平日の倍、いや3倍になる日もあるかもしれない。
たまに家族が体調を崩して、私も仕事が短時間で終わるときは1日の移動距離が2ケタで済むこともある。
それでも、気づいたら年間の私の移動距離は地球1周を軽く超えてしまっている。
その中で、私が休んだまま移動した距離は100キロにも満たない。
そんな生活を何年…10年は流石に過ごしてなかったはずだが、気がついたら私の意識は身体から抜けてしまっていた。
次に意識を取り戻した時、私は魂だけの存在になっていた。
ただ、景色には全くと言っていいほど見覚えがない。
苔むした火葬場だったと思われる建物。
その周りでは、人が乗っていないコンバインが稲刈りをしていた。
収穫されたコメは、そのまま自動運転のトラックに積まれどこかに運ばれていく。
人の気配が全くない、私には見覚えのない景色だった。
そして、困ったことに私は微塵もこの座標から動けない。
次の日は台風が接近したのか暴風雨になったが、
それでも私が吹き飛ばされることはなかった。
余りにも無力感を感じた私は、考えるのをやめて意識を手放した。
ツレ「こんな人生ごときで死ぬなんて情けない」