走り続けたナマモノの二周目 作:須々木三郎
この町よりも更に南、歌わない赤い電車が走り回る辺りで生まれ育ったお母さんは、バイト先で知り合った東南アジア出身の父と恋に落ちたらしい。
親戚たちには猛反対されたらしいが、父が頑張ってそこそこ大きい企業の正社員になれたことがきっかけで、ようやく籍を入れることが認められ、そしてボクが産まれたらしい…
夏に入籍したはずの二人から産まれたはずのボクの誕生日が2月26日なのは、少し普通じゃないような気もするけど。
ボクが産まれてすぐに、父はこの町がある県へ転勤することになった…今考えれば恐らく左遷されたのだろう。
父も薄々感じ取っていたのかもしれない。
だから部屋を借りるのではなく、今住んでる平屋の中古住宅を購入したのだろう。
それでも、ローンの返済はキツかったに違いない。
父は毎晩遅くまで残業し、帰る頃には日付が変わっていたこともザラだったらしい。
そんな父は、ある雪の日の朝、田んぼの中で変死体になっていたのを発見されたそうだ。
解剖の結果、死因は大型車によるひき逃げだったらしい。
犯人は結局見つからなかった…無念だっただろう。
幸いにも父が遺してくれた家と年金のおかげで、少なくとも食べるものには困らなかった。
ただ、小学校のクラスメイトたちがゲーム機やおもちゃを持っている前提で話かけてくるのには毎度困らされた。
なので、ボクは昼休みになると毎回図書室に行くようになった、あそこなら静かだし、勉強は好きだし。
おかげでテストはほぼ常に100点満点だったが、その代償として運動能力で周囲から遅れをとるようになっていった。
後は、体重も少しずつ標準から肥満気味へと移っていった。
それでも、小学生の間は、ボクはまだ平和に過ごせていた。
中学校に通うようになると、小学校の頃よりも通学に大幅に時間がかかるようになった。
周りの中学生たちは、当たり前のように自転車を買ってもらい優雅に通学しているようだが、ボクの家にはそんな余裕はなかった。
それでも、最初のうちはまだ平穏に過ごせていた。
状況は、あの日から突然、最悪の状況になった。
確かその日は、クラスで最初の欠席者が出た次の日だった。
その日も欠席者が一人いた…昨日と同じ子だった。
彼女が学校を欠席したことで、いじめの目的である「クラスからの追放」が成功して、昨日は何かやり遂げた感があったいじめっ子たち。
しかし、次の日になると、攻撃対象がいないことでイライラがたまってきたのだろう。
彼らの一人が、突然こうつぶやいた。
「そう言えば、いね、ってこうやって書くことも出来るらしいね」
奴は、黒板に「去ね」と書いた…ついでに、「去る」だとか「死ぬ」だとか、その言葉の意味までも。
その瞬間から、ボクは次のいじめの標的になった。
教科書やノートがクラスメイトの引き出しにばら撒かれた。
その度に、頭を下げて返してもらった…屈辱的だった。
ある時には、腕自慢のクラスメイトたちに殴る蹴るの暴行を受けた。先生に話しても、そこまで真摯には対応してくれなかった…。
唯一幸いだったのは、ボクが自転車で通学していなかったことだった。
噂で聞いたところ、違うクラスでイジメられている子は、自転車が毎週のようにパンクさせられ、酷い場合は前輪を盗まれたらしい…
置き勉が出来なくなったボクは、全部持って帰るとかなりの重量になる教科書類を、毎回全て家まで持って帰らないといけなくなった。
ただでさえ辛い通学が余計に辛くなった。学校についた瞬間から疲れて眠くて仕方がない。
そんなわけで、不本意ながら授業中に居眠りするようになってしまった…その度にクラスメイトや先生からの評価は下がり、いじめはエスカレートしていった。
ボクの「イネ」は、実りという意味はもちろん、父の故郷では「光」とかそれに近い意味を含む縁起のいい名前らしい。
しかし、今はその名前が忌々しくて仕方がない。
…もう疲れたよ。そろそろボクは「去ぬる」時期なのか。
そう考えて、ボクは家の外に出ようとしていた。
近くの道をぶっ飛ばすクルマにでも適当に轢かれれば、ボクはきっと今よりも楽な場所にいけるだろうから…
そう考えていた時に、家の電話が鳴った。
お母さんはちょうど風呂に入っていたので、ボクが出ることにした…