旅行会社というのは実に素晴らしいものだと思う。汽車と船と宿の手配を一通り、そして各地のそれなりに美味しい食堂の案内に各種の担当者への配慮、その上でどこを通過したかまでちゃんと電報でこちらに教えてくれる。金はかかるわけだが、それだけの価値はあるだろう。なにせ、
馬車を降りたゴロヘシュト氏は思ったより痩せていて、これで登山をしているのだろうかと思ってしまった。マダム・トーワードの見すぎだな。というより現地で生まれてずっと暮らしているのであれば、過酷な登山ではなく日常の移動となるのかもしれない。
というわけでゴロヘシュト氏に対して色々と事情聴取をするのである。学会の応接室で恐縮しているらしい彼の向かいにはリードフィントン教授。総帥は別件で忙しいとのことで、話をするのは彼である。これについて特に異論はない。なお顔を合わせるのは初めてであるし、私はリードフィントン教授のことを何も知らないという顔をしている。
小さな机を四人で囲むようにする形だ。私は
議論はすぐに技術的な話になる、かと思いきやまずは世間話から始まった。講演会は四日後の予定である。それまではのんびりと
「ほう、といいますと普段は汽缶の整備とかも?」
リードフィントン教授の言葉がマダム・トーワードを通り、そしてゴロヘシュト氏に投げられる。
『ああ、一気に圧力を下げるためには精密さが必要。それに寒い場所で脂が固まることもある。条件を整えるのはなかなか難しかった』
あー、これ世間話かな。多分世間話だ。きっとそうだ。話が微妙に飛んだ気もするが、私はひとまず割り切って、相手の概念を学んでいく。そして具体的な装置に議論が滑らかに変わっていた。
『だから、ここで磁石を使えば出てきた二つの粒子が曲がる。一個が陽に帯電してて、もう一個が陰に帯電。もともと電圧をかけて引き剥がそうと色々頑張ったんだがとても無理で、だから磁石を使った』
「なるほど……」
リードフィントン教授が感心している。私もそれなりに感心している。やっていることは比較的わかりやすい。上からやって来た熱量を抱えた粒子が鉛板に当たると何かが飛び出る。しかし、その過程でどうやら二種類のものが出ているらしいことが明らかになった。普通に考えれば電子と鉛の核とかになるが、振る舞いが似ている感じがあった。そして二種類だとわかるのもかなり最後の方、散乱で運動熱量を失った結果としてだ。
その過程で電荷の差があるんじゃないかとなり、片っ端から試して膨張と写真撮影を同期させることでなんとかそれらしいものの撮影に成功した。相当な
「ところでどうやってそれだけの現像を?」
『鳥類や高山植物の調査者、あるいは景色の撮影者がいる。彼らがする現像のための山小屋を使った。薬品の管理などをやり、あとは小屋の駐在者となる。そうして冬の間ずっと、昼は撮影、夜は改造を繰り返した』
なるほど。いやしかしまだ答えにはなってないぞ。偶然の撮影ならあそこまで複雑な機構はいらないはずだ。それについて聞くべきかどうか悩んでいると話しが勝手に他のところへ進んでしまう。いや今回の私は質問者ではなくてあくまで記録担当だからいいんだけれどもね。鍵盤を叩いていると少しだけ不満も出てくるものだ。とはいえ裏方なので黙っておこう。
『つまり、その……電子と、逆電子が同時に出てきて、それを撮影したくなった。それをうまく行かせたのが、これ』
私が持ってきた雑誌をゴロヘシュト氏が開く。この本はサーロウ図書館から総帥に貸し出したものであり、もし紛失したらそれなりの対価を払ってもらうという約束になっている。別に総帥を信じていないわけではないが、フィーマがそうしておかないと後で泣き寝入りすることになると言って譲らなかったのだ。総帥も署名はしてくれたんだがね。
「ふむ。霧箱の向こう側に検出用の放電管を置くわけか」
放電管の原理はそう難しくはない。中に適当な気体を入れて、両側の電極に電圧差をかけておく。そこで
これ単体で動かせる電気仕事は微々たるものだが、例えばそれを電磁石系の仕掛けを使って増幅したり、あるいはまた別の放電管と組み合わせることでより大きな電気仕事に変換し、そして撮影装置に持っていく。これ自体は他の論文でも見たことがあるものだ。
『ああ、放電管は二つ置くんだ。一つは電子を、一つは逆電子を』
「同時計数……」
私の呟きに三人ともこちらを見てきた。ああいえ、すいません続けてください、と私は手で促す。訝しげな視線は去って、また通訳を挟んだ二人の議論が始まった。
この種の方法は確か光が孤立波として現れる可能性について論じたときのものだったはずだ。それまで
しかし光と電子を同時に計測する手法ができたことでこの仮説は否定された。この時の振動説が微小振動力学に繋がっているのでまた面白いところであるが。この種の同時計数は
そのような実験は、例えば二本の針計数管を用い、そのうち一方が反跳電子に、他方が散乱放射に応答するようにすれば、我々にとって十分に実行可能であると思われる。確かに第二の計数管におけるエネルギー変換量は、この計数管が放射の影響のもとで計数管の内部へと放出される光電子のみを検出するゆえにわずかとなるであろう。これらの理由および他の理由から、いかなる場合にも欠落のない完全に連続した同時計数が期待され得るわけではない。しかし、二つの計数系列の間にそもそも何らかの統計的依存関係が存在するのか、あるいは存在しないのかを決定することに成功しさえすれば、このことは問題にはならない。この証明の明確さを決めるのはパルス間の平均の時間的間隔と、相続く二つのパルスがもはや区別できなくなるような臨界時間間隔に対する比率である。この比率は、適切な実験配置(同一の記録帯紙上への両計数系列の写真による記録)によって、容易に十分に大きくすることができる。もし二つの計数系列の間に依存関係が確実に結果として認められるならば、エネルギーおよび運動量保存則の統計的な解釈を維持することはほぼ不可能となるだろう。
BOTHE, Walther; GEIGER, Hans. Über das Wesen des Comptoneffekts; ein experimenteller Beitrag zur Theorie der Strahlung. Zeitschrift für Physik, 1925, 32.1: 639-663.
ワルター・ボーテ、ハンス・ガイガー『コンプトン効果の本質について; 放射理論への実験的貢献』、