石炭時代の終りと淑女   作:小沼高希

31 / 31
原子番号九十二より小さい元素の生成可能性
原子番号九十二より小さい元素の生成可能性 1


 中性子(ニュートラオン)関連の文献を世界中から取り寄せている。いや、世界中というのはあまり良い表現ではないな。三陣営から、ぐらいにしておこう。

 

 一応はあれの名付け親である。少し探したらそれ以前から仮説として命名されていた色々なものがあったし、その時の名称は様々だったのだが、各地で主に使われているこの中性子(ニュートラオン)という呼び名は私由来と言っていいだろう。もちろん本来はその功績が帰せられるべきは重要な情報を記録した研究者たちなのだが。

 

 ようやく各地の研究機関に中性子(ニュートラオン)線源が出回るようになってきたのでそのあたりの調査がぼちぼち始まっている、というところである。しかし第一種放射線(アウトビーム)とか各種の水質(ワータシャフト)核とかに比べればまだそこまで研究がされているわけではない。基本的に間接的にしか扱えないから難しいというのもあるのだろう。

 

「このままでは資金が底をつきます」

 

 とはいえ、そんな楽しい思索はミセス・ブラッケンに声をかけられて、出された図を見たことで終わってしまった。支出見込みがこのまま続くと予備費まで食い潰してしまう。いや、予備費なんてものがあることを私は今日初めて知ったのだがこれ私が知ってしまっていていいものだろうか。

 

「通信費。印刷費用。別刷りがない場合もあるし、翻訳も必要となるわけだから……」

 

王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)の図書室か、あるいは博物館付属の図書館に依頼するのはどうでしょうか」

 

「臣民の貴重な税金をそういうものに使うのは十分な効果がないと思うから感心しない」

 

「この数字もその税金なのですがね」

 

 ミセス・ブラッケンは息を吐いた。まあそれはそうなのだが、だとしたら公僕は好きに金を使えなくなるということではないか。そんな馬鹿な話はない。一度振り込まれてしまえば私的な性質を帯びる金になるのだ。

 

「……ただ、その方法はちょっと本格的に考えます」

 

 放射線(アウトビーム)関連の資料であれば、ある程度はダムノニーシャー研究所あたりにあるだろう。必要であれば、本名であそこに行くことはできる。というか普通に在学生だったのだから堂々と行けばいいだろう。問題としてはなぜか王認自然学会(ザ・クウェーンズ・フェローシップ)の講堂の舞台上で司会をやっていたミス・バクスターがそこにいることだが。いや名前変えるのは別に珍しいわけではないからな。ミセスとかマダムになっていないのに変わっていることはおかしいかもしれないが、ほらあれですよ、たぶんすぐ死別してしまったんだ。

 

 架空の夫を殺しながら、私はミセス・ブラッケンの作った帳面と会計士事務所からの書類に目を通していく。こうなれば応用科学取引組合(ワークケン・チャッピング・ボード)を活性化させるべきだろうか。普通っぽい名前で見逃していたが、これが正式名称だという。重複するような法人名はなかったそうだ。よかった。

 

「……あなたがこれをやる必要があるのですか?」

 

 私が書類から目を上げると、ミセス・ブラッケンが言う。

 

「必要は……ない」

 

「でしたら、諦めを持つことも大切です」

 

「そうなんだけどね……」

 

 そりゃあ、私は色々なことを諦めてきましたよ。外交界の華になることも、才媛として学術界で動くことも、あるいは職業女性として働くことも。ただここで諦めたという言い方をするとおそらく少なくない語弊がある。そもそもそこまで望んでいなかったわけだからな。

 

 外交。誰があんなものをやりたがるのだろうか。いや弁務使の人はわかりますよ、彼らには祖国があって、派遣先があって、その中で国益を求めている。その上で個人としての出世とか学びとかもあるわけだし、私に構ってくれた人達はちゃんと慈愛みたいなものもあった。まあ、もちろん実に紳士的ではあったのだがな。

 

 そういう精神まで同盟国から学ばなくていいよという紳士的な発想について聞いたところ、彼らの祖国では伝統的な発想だったようだ。税が九割ってなんだよ。帯剣を許された騎士にして公僕の割合がそれなりにいたので税率が高くなるというのはわかるんだがね。

 

 学術。ああ、確かに私はそのあたりである程度のことはできるだろう。でもそれはある程度に過ぎない。金をもらって報酬としてやるような仕事では楽しめないだろうし、私にはそういう仕事をしなくてもいいだけの立場がある。確かにその地位あってこその発言であるが、それを言えば生者は死者に対して何も言えなくなってしまうではないか。

 

 職業女性。一応大学を出たのでそれなりに知識があるが、現場で使えるようなものではない。計算機を操るだけの指の速さも、丁寧に文字を書くだけの能力もない。というかもしそういう事をするなら今すぐにでも女中訓練学校あたりに行くべきだろう。その手のものは色々とあるし、なにより働き先は色々とある。

 

 結論。私は現実から逃げて、だらだらと過ごしている。世界には働き、戦い、そして自分の立場を決めた人達がいる。私はそうではない。勧められた道を進まないという形で拒み、そしていつの間にか屋敷に籠もっているだけだ。

 

 ということを数字から読まされている。辛い。働いていないのに金をもらっている身で、金が足りないなどと言うべきではないだろう。とはいえ働いたところでこの損失を補填できるわけではない。

 

「……いっそのこと、私が雑誌を作るか?」

 

 馬鹿げた提案だと思う。ただ、それは不可能ではないとは思う。考えなくてはいけないことは多いが、多いだけだ。問題は一つずつ解決していけば、大抵はどうしようもないものだけ残るし、それぐらいになれば無視して突破してもいいのだ。

 

「もしそうするのであれば、何人か紹介できる人がいますが」

 

「いいの?」

 

「植民地省にいた時の人達です。退職後に『女性計算手(レックナー)』の編集者をしている人がいます」

 

「ああ、あの雑誌」

 

 たまにミセス・ブラッケンが読んでいるものだ。内容としては求人に計算の技法、そしてかなり高度な理論まで扱われている。おそらく計算哲学における中心的な議論が行われている雑誌の一つである。そうか、実際にそういうところを見ておくのは重要だよな。




Il dispositivo che ho usato è il seguente: La sorgente di neutroni è costituita da un tubetto di vetro contenente polvere di berillio ed emanazione. Usando circa 50 millicurie di emanazione, che mi sono stati forniti dal professor G. C. Trabacchi che qui desidero ringraziare vivissimamente, si possono così ottenere oltre 100.000 neutroni al secondo, misti naturalmente a una intensissima radiazione γ, che però non dà alcun disturbo per esperienze di questo genere.

私自身が使用した装置は以下の通りである: 中性子源はベリリウム粉末とラドン(エマナチオン)を封入した小さなガラス管から構成されている。ここで深く感謝の意を表したいG. C. トラバッキ教授から提供された約50ミリキュリーのラドン(エマナチオン)を用いることで、毎秒10万個以上の中性子を得ることができる。当然ながらこれには極めて強いガンマ線も混ざっているが、この種の実験においては何ら支障にはならない。

FERMI, Enrico. Radioattività indotta da bombardamento di neutroni. I. La Ricerca Scientifica. 1934, vol. 1, no. 5, p. 283.
エンリコ・フェルミ『中性子照射によって誘発される放射能 I』、1934年
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

超越少女は路を示すが旅をするのは俺達だ(作者:小沼高希)(オリジナル現代/戦記)

【完結】「一兆ドルで重力特異点制御ができますよ」と、アクリル板越しの彼女は言った。それを形にする方法を考えるのは、俺達の役目だった。


総合評価:1346/評価:8.93/完結:250話/更新日時:2026年08月20日(木) 00:00 小説情報

永遠の火は煌々と(作者:紺野遍音)(オリジナル歴史/日常)

1820年、新たな熱源の期待に沸き立つ世界のなかで、エルステッド嬢はふたたび不思議な光線を発見した。▼かくして、人類が火を絶やすことはない。


総合評価:7/評価:-.--/連載:6話/更新日時:2026年09月10日(木) 19:14 小説情報

クソ女大戦(作者:石崎セキ)(オリジナルファンタジー/コメディ)

顔と頭はいいがガチで性格が終わっている聖女たちが、遊び半分でお互いを破滅させようとする話。周囲の脳はなぜか焦がされる模様。


総合評価:427/評価:8.4/連載:5話/更新日時:2026年08月18日(火) 00:09 小説情報

TS転生したら人類の敵だった(作者:生しょうゆ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

私の名前は伊藤桜。前世の記憶がある女子高生!▼そんな私はある日、自分の家族を惨殺し、この世界に原作があることを知ったのだった。▼この作品はカクヨムにも投稿しています。


総合評価:5591/評価:8.41/連載:29話/更新日時:2026年06月11日(木) 01:42 小説情報

ハリー・ポッター 「オーグリーの旗を掲げよ」RTA 1938年シナリオ トム・リドル攻略チャート(作者:魔法省真理部記録局)(原作:ハリー・ポッター)

実績: 「Raise the Augurey Banner(オーグリーの旗を掲げよ)」 イギリスの魔法界元首がDelphiの状態で、「存在の権利」が「魔法族至上」、「存在間隔離」、「文化的排斥」以外である。▼トム・リドルはハゲません。多くの先駆者様に敬意を、そしてみんなも走ろう。


総合評価:2004/評価:8.68/連載:31話/更新日時:2026年09月13日(日) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>