魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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10. 魔法少女の実装形式の再検討

 病院からの帰り道、さやかは一人だった。

 少なくとも、そう思っていた。

 

 見滝原の住宅街から少し外れた歩道橋の下で、白い影が街灯の光を受けていた。

 キュゥべえだ。

 

 ただ、こちらを待っていたわけではなかった。

 白い獣は、家電量販店のショーウィンドウに並んだテレビを見上げていた。閉店後の店内で、無音のままアニメが流れている。

 色鮮やかな衣装の少女たちが、巨大な怪物を相手に跳び、殴り、蹴っていた。

 

「……何してるの」

 さやかは思わず言った。

 キュゥべえは振り返らない。

 

「観測している」

「テレビを?」

「そうだよ」

「いや、なんで」

「この子たち、強いよね」

 

 背後から声がした。

 さやかが振り返るより早く、ほむらが歩道橋の影から現れた。

「何が?」

 ほむらの声は冷たかった。

 

 キュゥべえは、画面の中で少女が敵を殴り飛ばすのを見ていた。

「武器に頼っていない」

「……それが?」

「魔法少女と言いながら、相手をよく殴る。蹴る。投げる。しかも、反撃を受けても即座に致命傷には至らない」

 

 さやかは眉をひそめる。

「いや、それはそういうアニメなんじゃ……」

 

 ほむらも同じことを言いかけたが、途中で口を閉じた。

 

 キュゥべえが言いたいのは、作品の約束事ではない。

 この白い獣は、本気で戦闘運用として見ている。

 

 キュゥべえの声に、特別な抑揚はなかった。

「落下、打撃、衝突、吹き飛ばし。通常の人間なら即時行動不能になる衝撃を受けても、戦闘継続している。精神的高揚も見られる。チーム連携もある。マスコットとの信頼関係も、少なくとも僕と君たちの関係よりは良好だ」

 

「そこは比べなくていいわ」

 ほむらの視線だけが、キュゥべえへ動いた。

 

「むしろ、比べるべきだと思っている」

 キュゥべえは赤い目をほむらへ向けた。

「ソウルジェムを分離しない。それだけでは不十分かもしれない」

 

 さやかの顔が強張る。

「……あたしの契約の話?」

「そうだよ」

 キュゥべえは平然と答えた。

 

「魂を肉体側に保持し、ソウルジェムを制御端末にする。自己認識の破壊は軽減できる可能性がある。けれど、それだけでは肉体の脆弱性が残る」

「脆弱性って」

「人間の身体は脆い」

 

 ほむらは黙っていた。

 その言葉を否定できなかった。

「ソウルジェムも、思っていたより強くない。外装の強さも限定的だ。巴マミは保護できた。佐倉杏子も即時破壊を免れた。けれど、どちらも余裕があったわけではない」

「だから、肉体そのものを強化するつもり?」

 ほむらが問う。

 

「検討している」

 ほむらはすぐには続けなかった。

 少しだけ視線を落とす。何かを確かめるように、自分の手を見た。

 さやかは、その横顔をちらりと見る。

 

「……感情は耐えられるの」

 今度の問いは、少し違って聞こえた。

 強くなるかどうかではない。

 その身体で戦い続けて、自分を自分だと思っていられるのか。

 

 さやかは、ほんの少しだけ目を瞬いた。

 この子、そんなことまで気にするんだ。

 

 キュゥべえが、ほんの少しだけ首を傾げた。

「それが分からない」

「分からない?」

「肉体強度を上げれば、戦闘損耗率は下がる。あまりに人間離れした身体感覚を与えれば、自己認識に影響する可能性がある」

 

 さやかは唇を噛んだ。

「つまり、強くなりすぎても、自分が人間じゃないって思うかもしれないってこと?」

「君たちの言葉で言えば、そうなる」

「……ほんと、面倒くさいね」

「感情というものは、思っていたよりずっと繊細だ」

 

 キュゥべえは、画面の中で少女たちが笑い合うのを見た。

「正しく扱わないと、今までと同じになる」

 

 ほむらの目がわずかに揺れた。

 今までと同じ。

 魔法少女が願い、戦い、濁り、壊れる。

 その繰り返し。

 

「暁美ほむら」

 キュゥべえは言った。

「君は、どちらがよいと思う?」

 ほむらは眉をひそめた。

 

「なんで私に聞くのよ」

「分からないから聞いている」

 

 あまりにも当然のように言われ、ほむらは一瞬答えに詰まった。

 キュゥべえは続ける。

 

「君は複数の時間軸で魔法少女の戦闘と破綻を観測している。僕よりも主観的な情報を持っている可能性がある」

「主観的、ね」

「そうだよ。僕には不足している」

 

 ほむらは、テレビ画面を見た。

 少女たちは、敵を殴り飛ばし、倒れても立ち上がり、仲間に手を伸ばしている。

 あれは物語であって、現実ではない。

 

 けれど、キュゥべえが見ているものは分かる。

 

 戦えること。

 戦っても、簡単には壊れないこと。

 たとえ傷ついても、その痛みの中で自分を失わずにいられること。

 

「……強くするなら」

 ほむらはゆっくり言った。

「身体を武器にするためじゃない方がいい」

 

 キュゥべえは黙って聞いている。

「殴れることが大事なんじゃない。痛みに耐えられることでもない。自分の身体が、まだ自分のものだと思えること。その感覚を壊さないこと」

 

 さやかが、少し意外そうにほむらを見た。

 もっと短く、必要なことだけを言う子だと思っていた。

 こうして話していると、案外ちゃんと考えて、案外ちゃんと喋る。

 

 ほむらは、その視線に気づいて眉を寄せた。

「何?」

「いや。別に」

 

 ほむらは画面に目を戻した。

「身体が脆すぎれば怖い。強すぎても怖い。人間じゃないと思ってしまえば、結局同じよ」

「なるほど」

 キュゥべえは短く答えた。

 

 さやかが、わずかに目を瞬いた。

 ほむらも何も言わなかったが、白い獣へ視線を向ける。

 今の「なるほど」は、少しだけ妙だった。

 分からないものを観察するときの言葉ではない。

 聞いたことを、そのまま自分の考えへ組み込んだような。

 

「肉体強化の目的は、攻撃力の増加ではなく、自己同一性を維持できる範囲での損傷耐性向上」

「事務的にまとめないで」

「まとめないと設計に使えない」

「……そう」

 ほむらは小さく息を吐いた。

 

「美樹さやかに適用するなら、再生能力に頼らせないことね」

 さやかが顔を上げる。

 

「あたし?」

「あなたはきっと、無茶をする」

「何よ、それ」

「事実よ」

 

 ほむらの声は淡々としていた。

「痛みに耐えられる身体を渡せば、あなたは痛みを無視する。壊れても治ると思えば、自分を使い潰す。だから、強くするなら、防御と制動を優先した方がいい」

 さやかは言い返そうとして、言えなかった。

 

 恭介の病室で思ったことが、まだ胸の奥に残っていた。

 治したい。

 でも、何を犠牲にしてもいいとは、まだ言えない。

 

 キュゥべえは頷いた。

「有用な意見だ」

「褒められている気がしないわ」

「褒めてはいない。評価している」

「なお悪いわね」

 

 画面の中で、少女たちが必殺技を放った。

 光が広がり、敵が浄化される。

 キュゥべえは、じっとそれを見ていた。

 

「このマスコットは、契約条件を十分に説明しているようには見えない。それでも信頼されている」

「またそこ?」

 さやかが呆れる。

 

「わけがわからないよ」

 キュゥべえは本当に不思議そうだった。

 

 ほむらは少しだけ目を細めた。

「少なくとも、あの子たちを燃料にはしていないでしょうね」

「僕も、今はその運用を推奨していない」

「今は、ね」

「そうだよ」

 

 さやかは、白い獣を見下ろした。

「キュゥべえ」

「何だい」

「あたし、契約するって言ったら、まだ待てって言われるの?」

 

 キュゥべえは、さやかを見上げる。

「現時点では、少し待ってほしい」

「やっぱり」

 

「君の願いは否定しない。上条恭介の腕を治すことはできる。でも、契約方式を改修中だ。魂の分離を避けるだけではなく、肉体強度、自己認識、痛覚、再生、ソウルジェム外装の連携を調整する必要がある」

「なんか、すごく大げさになってない?」

「君を壊さないためには必要だ」

 

 さやかは、息を止めた。

 キュゥべえはすぐに付け加える。

 

「ただし、僕が君に優しくなったわけではない」

「分かってるよ」

 さやかは少しだけ笑った。

 

「でも、今の言い方はちょっと優しかった」

「そうなのかい?」

「そうだよ」

 

 キュゥべえは、何かを記録するように一瞬だけ黙った。

「今の表現は有効だった可能性がある。今後も使用を検討する」

「台無しだよ!」

 

 ほむらは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 すぐに消えた笑みだった。

 でも、さやかは見た。

 キュゥべえも、見た。

 

「興味深い」

「言わなくていい」

 ほむらが即座に言った。

「分かった」

 

 キュゥべえはテレビへ向き直る。

 画面の中の少女たちは、戦いが終わって笑っていた。

 

 キュゥべえは、まるで理解できないものを見るように、それを見続けていた。

 






※マミを復元した時点で今さらですが、ここから改変の方向がだいぶ大きくなります。

キュゥべえが見ている魔法少女アニメは、プリキュアです。

ただしクロスオーバーではありません。
プリキュアのキャラクターが出てくることはなく、参考資料として見ているだけです。
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