魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ 作:折無堂
鹿目まどかの家のリビングで、テレビがついていた。
夕食のあと、家族がそれぞれの時間に戻り、まどかは何となくソファに座っていた。弟はもう眠そうで、母は仕事の電話をしながら別の部屋へ行き、父は台所を片づけている。
テレビの中では、色鮮やかな衣装の少女たちが怪物へ飛び込み、拳を叩き込み、蹴りで押し返していた。
だが次の瞬間には反撃をまともに受け、何メートルも吹き飛ばされる。地面を転がり、それでも立ち上がると、また何事もなかったように前へ出た。
まどかは、ただ何となく見ていた。
その横で、キュゥべえも見ていた。
白い身体をソファの端に置き、尻尾を丸め、赤い目をじっと画面へ向けている。
まどかはしばらく黙っていたが、どうしても気になって声をかけた。
「キュゥべえも、テレビとか見るんだ」
「見ているというより、観測している」
「それ、見てるって言うんじゃないかな」
「君たちの言葉では、そう分類してもいい」
キュゥべえは画面から目を離さなかった。
テレビの中では、少女たちの足元から無数の棘が突き上がった。
一人がかわしきれずに体勢を崩す。隣の少女がその腕を掴んで引き寄せ、別の一人が前へ出て怪物の追撃を受け止めた。
苦しそうに顔を歪めながらも、誰も下がらない。
声を掛け合い、互いの位置を確かめると、もう一度並んで怪物へ向き直った。
キュゥべえは小さく言った。
「もう少しで分かりそうなんだ」
「何が?」
まどかは不思議そうに首を傾げた。
「この子たちは、マミたちと同じ魔法少女だ」
「うーん……同じ、なのかな」
「少なくとも、変身し、通常の人間を超える力を得て、異常存在と戦闘している。分類上は近い」
「そう言われると、そうかも」
「けれど、マミたちよりも強靭だ」
まどかはテレビを見た。
ちょうど、画面の中の少女が敵に吹き飛ばされ、壁にぶつかっていた。普通なら動けなくなりそうな衝撃だった。その子は痛そうな顔をしながらも立ち上がる。
「強いかどうかは分からない」
キュゥべえは続けた。
「倒れない。倒れても諦めない。そこの違いが、感情にあるように思う」
「感情?」
「身体は変身時に強化されている。打撃、落下、衝突への耐性も明らかに上がっている。でも、それだけではない」
キュゥべえは、画面の中の少女たちを見つめたまま言った。
「彼女たちは、自分たちが人間であることを一つも疑っていない」
まどかは、何も言えなかった。
「戦っている。傷ついている。通常の人間より強い。それなのに、自分が自分であることを疑っていない。仲間も、彼女たちを人間として扱っている。マスコットも、少なくとも画面上では、彼女たちを燃料としては扱っていない」
「それは、まあ……そういう番組だから」
「そうだね。けれど、興味深い」
キュゥべえの声は本気だった。
まどかは少し首を傾げた。
どこの世界に、こういう見方でこのアニメを見る人がいるんだろう。
そう思ってから、まどかは少し笑った。
キュゥべえは、人ではなかった。
「何かおかしいことがあったのかい?」
「ううん」
まどかは首を横に振った。
「キュゥべえらしいなって思っただけ」
「僕らしい、という評価はまだ定義が曖昧だね」
「そういうところも、キュゥべえらしいよ」
キュゥべえは少しだけ黙った。
画面の中では、少女たちがまた敵に向かっていく。怖がっていないわけではない。痛くないわけでもない。それでも、前へ出る。
まどかは、その横顔ならぬ横顔を見ながら、そっと声をかけた。
「ねえ、キュゥべえ」
「なんだい、まどか」
「私、たぶん答え分かるよ」
キュゥべえは、ようやくまどかを見た。
「答え?」
「うん。ううん、私だけじゃない。さやかちゃんも、マミさんも、ほむらちゃんも、杏子ちゃんも、きっと分かるよ」
「どうかな」
キュゥべえは画面へ目を戻した。
「美樹さやかは分かっていそうだけれど、他の三人は分かっていない気がする」
「そんな言い方をする時点で、キュゥべえも分かってるんじゃないの?」
まどかは微笑んだ。
キュゥべえは答えなかった。
少しだけ、いつもより長い沈黙だった。
「まだ、答えを出したくない」
「ふーん」
まどかは、それ以上聞かなかった。
テレビの中では、戦いが終わりに近づいていた。少女たちは互いに名前を呼び、手を重ねる。光が広がり、怪物が浄化されていく。
キュゥべえは、それをじっと見ていた。
まどかも、しばらく何も言わずに見ていた。
一話が終わる頃、エンディングの明るい音楽が流れ始めた。画面の中の少女たちは、戦いがなかったかのように笑っていた。
まどかはキュゥべえに声をかける。
「面白かった?」
「そうだね」
キュゥべえは、少しも迷わず答えた。
「これは面白い。絶望していないのに、感情がよく振れている」
「やっぱりそういう目で見るんだね」
まどかはもう一度笑った。
キュゥべえは首を傾げる。
「他にどう見るべきなんだい?」
「楽しかった、とか」
「楽しかった」
まどかは少し驚いた。
「分かるの?」
「分からない。けれど、今の文脈ではそう言うべきだと判断した」
「もう」
まどかは小さく吹き出した。
「でも、ちょっと合ってるかも」
「そうかい」
キュゥべえは、もう一度テレビを見る。
番組は終わり、次の番組の予告に変わっていた。
「まどか」
「なに?」
「彼女たちは、強いね」
まどかは画面を見た。
それから、少しだけ考えて答えた。
「うん」
「身体が?」
「それもあるかもしれないけど」
まどかは膝の上で手を重ねた。
「たぶん、ひとりじゃないから」
キュゥべえは黙った。
まどかは続けた。
「倒れても、誰かが名前を呼んでくれる。自分が自分じゃなくなりそうな時に、違うよって言ってくれる。だから立てるんじゃないかな」
「仲間による自己同一性の補助」
「そういう言い方しちゃうんだ」
「違うのかい?」
「違わないけど、ちょっと違うかな」
キュゥべえは考えるように、赤い目を細めた。
「感情というものは、やはり複雑だ」
「うん」
まどかは優しく笑った。
「でも、キュゥべえはもう少しで分かりそうなんでしょ?」
「そうだね」
「じゃあ、もう少し見てみたら?」
「次回も観測する価値はある」
「見るって言えばいいのに」
「見る価値はある」
「うん、それでいいと思う」
キュゥべえは、なぜか少し満足そうに見えた。
もちろん、まどかにはそれが本当に満足なのかは分からなかったが、少なくともその夜のキュゥべえは、いつもより少しだけ静かだった。