魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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11. 画面の魔法少女の強さ

 鹿目まどかの家のリビングで、テレビがついていた。

 夕食のあと、家族がそれぞれの時間に戻り、まどかは何となくソファに座っていた。弟はもう眠そうで、母は仕事の電話をしながら別の部屋へ行き、父は台所を片づけている。

 

 テレビの中では、色鮮やかな衣装の少女たちが怪物へ飛び込み、拳を叩き込み、蹴りで押し返していた。

 だが次の瞬間には反撃をまともに受け、何メートルも吹き飛ばされる。地面を転がり、それでも立ち上がると、また何事もなかったように前へ出た。

 

 まどかは、ただ何となく見ていた。

 その横で、キュゥべえも見ていた。

 白い身体をソファの端に置き、尻尾を丸め、赤い目をじっと画面へ向けている。

 

 まどかはしばらく黙っていたが、どうしても気になって声をかけた。

「キュゥべえも、テレビとか見るんだ」

「見ているというより、観測している」

「それ、見てるって言うんじゃないかな」

「君たちの言葉では、そう分類してもいい」

 

 キュゥべえは画面から目を離さなかった。

 テレビの中では、少女たちの足元から無数の棘が突き上がった。

 一人がかわしきれずに体勢を崩す。隣の少女がその腕を掴んで引き寄せ、別の一人が前へ出て怪物の追撃を受け止めた。

 

 苦しそうに顔を歪めながらも、誰も下がらない。

 声を掛け合い、互いの位置を確かめると、もう一度並んで怪物へ向き直った。

 

 キュゥべえは小さく言った。

「もう少しで分かりそうなんだ」

「何が?」

 まどかは不思議そうに首を傾げた。

 

「この子たちは、マミたちと同じ魔法少女だ」

「うーん……同じ、なのかな」

「少なくとも、変身し、通常の人間を超える力を得て、異常存在と戦闘している。分類上は近い」

「そう言われると、そうかも」

「けれど、マミたちよりも強靭だ」

 

 まどかはテレビを見た。

 ちょうど、画面の中の少女が敵に吹き飛ばされ、壁にぶつかっていた。普通なら動けなくなりそうな衝撃だった。その子は痛そうな顔をしながらも立ち上がる。

 

「強いかどうかは分からない」

 キュゥべえは続けた。

「倒れない。倒れても諦めない。そこの違いが、感情にあるように思う」

「感情?」

「身体は変身時に強化されている。打撃、落下、衝突への耐性も明らかに上がっている。でも、それだけではない」

 

 キュゥべえは、画面の中の少女たちを見つめたまま言った。

「彼女たちは、自分たちが人間であることを一つも疑っていない」

 

 まどかは、何も言えなかった。

「戦っている。傷ついている。通常の人間より強い。それなのに、自分が自分であることを疑っていない。仲間も、彼女たちを人間として扱っている。マスコットも、少なくとも画面上では、彼女たちを燃料としては扱っていない」

「それは、まあ……そういう番組だから」

「そうだね。けれど、興味深い」

 キュゥべえの声は本気だった。

 

 まどかは少し首を傾げた。

 どこの世界に、こういう見方でこのアニメを見る人がいるんだろう。

 

 そう思ってから、まどかは少し笑った。

 キュゥべえは、人ではなかった。

 

「何かおかしいことがあったのかい?」

「ううん」

 まどかは首を横に振った。

 

「キュゥべえらしいなって思っただけ」

「僕らしい、という評価はまだ定義が曖昧だね」

「そういうところも、キュゥべえらしいよ」

 キュゥべえは少しだけ黙った。

 

 画面の中では、少女たちがまた敵に向かっていく。怖がっていないわけではない。痛くないわけでもない。それでも、前へ出る。

 まどかは、その横顔ならぬ横顔を見ながら、そっと声をかけた。

 

「ねえ、キュゥべえ」

「なんだい、まどか」

「私、たぶん答え分かるよ」

 

 キュゥべえは、ようやくまどかを見た。

「答え?」

「うん。ううん、私だけじゃない。さやかちゃんも、マミさんも、ほむらちゃんも、杏子ちゃんも、きっと分かるよ」

「どうかな」

 

 キュゥべえは画面へ目を戻した。

「美樹さやかは分かっていそうだけれど、他の三人は分かっていない気がする」

「そんな言い方をする時点で、キュゥべえも分かってるんじゃないの?」

 まどかは微笑んだ。

 

 キュゥべえは答えなかった。

 少しだけ、いつもより長い沈黙だった。

 

「まだ、答えを出したくない」

「ふーん」

 

 まどかは、それ以上聞かなかった。

 テレビの中では、戦いが終わりに近づいていた。少女たちは互いに名前を呼び、手を重ねる。光が広がり、怪物が浄化されていく。

 キュゥべえは、それをじっと見ていた。

 まどかも、しばらく何も言わずに見ていた。

 

 一話が終わる頃、エンディングの明るい音楽が流れ始めた。画面の中の少女たちは、戦いがなかったかのように笑っていた。

 まどかはキュゥべえに声をかける。

 

「面白かった?」

「そうだね」

 

 キュゥべえは、少しも迷わず答えた。

「これは面白い。絶望していないのに、感情がよく振れている」

「やっぱりそういう目で見るんだね」

 まどかはもう一度笑った。

 

 キュゥべえは首を傾げる。

「他にどう見るべきなんだい?」

「楽しかった、とか」

「楽しかった」

 まどかは少し驚いた。

 

「分かるの?」

「分からない。けれど、今の文脈ではそう言うべきだと判断した」

「もう」

 まどかは小さく吹き出した。

 

「でも、ちょっと合ってるかも」

「そうかい」

 

 キュゥべえは、もう一度テレビを見る。

 番組は終わり、次の番組の予告に変わっていた。

「まどか」

「なに?」

「彼女たちは、強いね」

 

 まどかは画面を見た。

 それから、少しだけ考えて答えた。

 

「うん」

「身体が?」

「それもあるかもしれないけど」

 

 まどかは膝の上で手を重ねた。

「たぶん、ひとりじゃないから」

 

 キュゥべえは黙った。

 まどかは続けた。

 

「倒れても、誰かが名前を呼んでくれる。自分が自分じゃなくなりそうな時に、違うよって言ってくれる。だから立てるんじゃないかな」

「仲間による自己同一性の補助」

「そういう言い方しちゃうんだ」

「違うのかい?」

「違わないけど、ちょっと違うかな」

 

 キュゥべえは考えるように、赤い目を細めた。

「感情というものは、やはり複雑だ」

「うん」

 

 まどかは優しく笑った。

「でも、キュゥべえはもう少しで分かりそうなんでしょ?」

「そうだね」

「じゃあ、もう少し見てみたら?」

「次回も観測する価値はある」

「見るって言えばいいのに」

「見る価値はある」

「うん、それでいいと思う」

 

 キュゥべえは、なぜか少し満足そうに見えた。

 もちろん、まどかにはそれが本当に満足なのかは分からなかったが、少なくともその夜のキュゥべえは、いつもより少しだけ静かだった。

 

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