魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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17. さやかの初戦

 魔女の結界は、マミが選んだものだった。

「初めての実戦なら、無理はしない方がいいわ」

 そう言って、マミは見滝原の外れにある古い映画館の前で足を止めた。

 

 看板の電灯は半分ほど切れている。入口には閉館のお知らせが貼られたまま、雨風にさらされて黄ばんでいた。人通りはない。夜になれば、誰も近づかない場所だった。

 

「ここに反応があるの?」

 さやかは胸元に手を当てた。

 まだ慣れない。

 

 ソウルジェムは、身体の外にぶら下がっている感じではなかった。胸の奥にある鼓動と、衣装の表面に現れた青い核がつながっている。触れると、冷たい宝石ではなく、自分の脈に近いものを感じる。

 

「小規模な魔女のはずよ」

 マミは答えた。

「使い魔の発生も少ない。練習には向いていると思う」

 

 杏子はフェンスの上に腰かけ、飴を噛み砕いた。

「まあ、初戦ならそんなもんだろ。さやかがいきなり大物相手に突っ込んでも困るしな」

「突っ込まないし」

「新入りなのに、突っ込まないのか?」

「突っ込まないよ!」

 

 まどかが小さく笑った。

 その笑い声が聞こえた瞬間、さやかの胸元の青い光がほんの少しだけ強くなった。

 

 キュゥべえが見上げる。

「感情的接続による微弱な補助反応を確認」

「始まる前から記録しないでよ」

 さやかが言うと、キュゥべえは首を傾げた。

「始まる前の反応も重要だよ」

 

 ほむらは黙っていた。

 必要なら止める。

 そういう位置に立っている。

 

 さやかはその視線に気づき、少しだけ肩をすくめた。

「そんな顔しなくても、無茶しないって」

「あなたは無茶をする」

「断言された」

「だから見ている」

 

 さやかは言い返そうとして、やめた。

 嫌な言い方ではなかった。

 むしろ、少しだけ安心した。

 

「じゃあ、見ててよ」

 そう言って、さやかは剣を握った。

 

 マミが結界の入口を開く。

 世界が裏返った。

 

 映画館のロビーだったはずの場所は、巨大な映写室になっていた。

 天井から無数のフィルムが垂れている。床には丸いリールが転がり、壁にはいくつものスクリーンが並んでいた。スクリーンには、誰かが走る影だけが映っている。逃げる影。転ぶ影。何度も立ち上がろうとして、また押し潰される影。

 

「……変ね」

 マミの声が硬くなった。

「小規模、じゃなさそうだな」

 

 杏子がフェンスから降りるような軽さで、結界の床に槍を立てた。

 ほむらもすぐに盾へ手を添える。

 

 キュゥべえが言った。

「魔力反応が増大している。観測時より結界深度が上がっているね」

「なんでそんなことになってんだよ」

 杏子が舌打ちする。

「ワルプルギスの夜の接近による環境変化の可能性がある」

「初戦でそれかよ」

 

 さやかは剣を構えた。

 怖くない、と言えば嘘だったが、不思議なくらい呼吸は乱れなかった。

 

 足が地面を捉えている。剣の重さが手にある。胸の奥から全身へ、青い光が流れている。

 身体が、自分の場所にある。

 

「さやかちゃん」

 まどかが不安そうに呼んだ。

「大丈夫」

 

 さやかは振り返らずに答えた。

「たぶん、今のあたしは前に出た方がいい」

 杏子が少しだけ目を細めた。

「へえ」

 

 マミは一瞬迷ったが、頷いた。

「では、美樹さんが前衛。佐倉さんは右を、私は後方から拘束と援護。暁美さんは危険時の介入を」

「分かったわ」

 ほむらは短く答えた。

 

 その時、スクリーンの影が止まった。

 全部の影が、こちらを向く。

 映写機の音が鳴った。

 がたん、がたん、がたん。

 

 奥の暗闇から、魔女が現れた。

 巨大な映写機のような頭部。

 胴体は古い鎧と歯車が絡み合ったような形をしている。腕は太く、先端にはフィルムリールと鉄槌が混ざったものがついていた。

 

 一歩進むたび、床が沈む。

「重そう……」

 さやかが呟く。

 

「見た目通りなら、近づくと潰されるわ」

 マミのリボンが広がる。

「まずは動きを止める」

 

 黄色いリボンが魔女の脚へ絡みついた。

 だが、魔女は止まらなかった。

 

 脚を上げる。

 リボンごと床へ叩きつける。

 結界全体が揺れた。

 

 マミが息を呑む。

「力が強い……!」

「おい、これ一人だったら勝てねえな」

 杏子が苦笑した。

 

 さやかは目を丸くする。

「杏子でも?」

「勝つだけなら勝つ。でも、たぶんどっか持ってかれる」

「初戦で聞きたくなかった!」

「安心しろ。今は一人じゃねえ」

 

 杏子は槍を回し、魔女の右腕を弾いた。

「行け、さやか!」

「言われなくても!」

 

 そう叫びながら、さやかは走った。

 速い。

 自分でも驚くほど速かった。

 でも、制御できない速さではない。足裏が床を掴み、膝が沈み、腰が前へ出る。剣を振るタイミングが、身体の内側から分かる。

 

 魔女の腕が振り下ろされる。

 さやかは横へ跳んだ。鉄槌が床を砕く。破片が頬をかすめた。

 

 痛い。

 痛いのに、怖さで足が止まらなかった。

 

「左!」

 マミの声。

 さやかは反射的に左へ踏み込む。

 そこへ杏子の槍が伸び、魔女の腕を押し上げた。

「今!」

 ほむらの声と同時に、世界が一瞬だけ歪んだ。

 

 次の瞬間、魔女の足元で爆発が起きる。

 ほむらが仕掛けた爆薬が、歯車の脚を浮かせた。

 

 さやかはその隙へ飛び込んだ。

 剣を振る。刃が魔女の胴を裂いた。

 だが、浅い。

 

 魔女の胸部から、フィルムの束が噴き出す。帯のようなフィルムがさやかの腕へ絡みつき、そのまま壁へ叩きつけた。

 

「さやかちゃん!」

 まどかの声が響いた。

 

 衝撃。

 背中から空気が抜けた。視界が白く弾ける。

 普通なら、そこで終わっていた。

 さやかは、そう思った。

 肋骨が砕けてもおかしくない。肩が外れてもおかしくない。首が折れてもおかしくない。

 

 でも、身体はまだつながっていた。

 痛い。

 ものすごく痛い。

 けれど、折れていない。

 

 胸元の青い核から、全身へ光が走る。まどかの声が届いた瞬間、その光が白く瞬いた。背中を包む薄い膜が、壁との衝撃を受け流していた。

 さやかは咳き込みながら、笑った。

 

「痛っ……でも、動く」

 キュゥべえの赤い目が光った。

「衝撃耐性、正常。感情的接続による補助反応、戦闘中にも発生。出力低下なし」

「今は記録より援護!」

 まどかが叫ぶ。

 

「僕に戦闘援護能力はないよ」

「そういうことじゃない!」

 

 杏子が笑った。

「いいじゃねえか、さやか! 立てるなら立て!」

「言われなくても!」

 

 さやかはフィルムを剣で断ち切った。

 

 床に落ちる。

 膝がつく。

 魔女が腕を振り上げた。

 この距離では避けきれない。

 

 マミのリボンが飛ぶ。

 杏子の鎖が伸びる。

 ほむらが盾を構える。

 さやかは、逃げなかった。

 

「さやかちゃん!」

 まどかの声。

 

「美樹さん、構えて!」

 マミの声。

「踏ん張れ!」

 杏子の声。

「今、退かないで。私が止める」

 ほむらの声。

 

 全部が聞こえた。

 さやかの胸元が熱くなる。

 青い光が白く縁取られ、手甲、肩、ブーツ、剣の刃へ走った。身体の内側で何かが噛み合う。怖さは消えないし、痛みもあるが、足は沈まない。

 

 自分を信じる。

 自分を呼ぶ声を信じる。

 

 剣を両手で構えた。

 魔女の鉄槌が落ちる。

 その直前、ほむらの時間停止が入った。

 

 鉄槌の軌道に爆薬が置かれる。

 

 再開。

 

 爆発で軌道がずれる。マミのリボンが腕に絡み、杏子の槍が横から押す。それでも鉄槌は重かった。さやかの剣に、残った衝撃が叩きつけられる。

 

 歯を食いしばると、顎の奥で歯が鳴った。受け止めた衝撃が腕から肩へ抜け、骨まで軋むような痛みが走る。

 それでも砕けない。

 剣は折れず、膝も落ちなかった。

 

「う、ああああっ!」

 さやかは声を上げ、そのまま両腕に力を込める。

 押し込まれていた剣が、少しずつ戻る。

 次の瞬間、鉄槌が大きく跳ね上がった。

 

「今度こそ行け!」

 杏子の声が飛ぶ。

 

 さやかは考えるより先に踏み込んだ。

 受け止めた力の反動ごと前へ返すように、身体が一気に沈み込む。

 いつもより深く。相手の懐へ、そのまま滑り込むほどに。

 

 剣が青白く光った。刃は細いままではない。仲間の声を受けて輪郭が厚みを持ち、受けるだけでなく貫く形に変わる。

 さやかは懐へ潜り込んだ勢いのまま、剣を魔女の胴へ叩き込んだ。

 硬い装甲が一撃で割れる。

 

 刃を引き抜くより早く、身体を捻ってもう一度振るった。重い衝撃が内部まで抜け、噛み合っていた歯車がまとめて砕け散る。

 

 さやかは止まらない。

 踏み込んだ足をそのまま支点にして、三度目を奥へ突き込む。剣先が割れた装甲と壊れた機構を押し退け、そのさらに奥にあった核へ食い込んだ。

 

 魔女が悲鳴を上げる。

 ほとんど間を置かず三度続いた衝撃に、スクリーンの影が一斉に乱れた。逃げていた影まで足を止めて振り返り、どこかでフィルムが焼けるような匂いが広がる。

 

「マミさん!」

「任せて!」

 

 呼びかけに応じるより早く、マミの周囲へ銃が次々と展開した。

「ティロ――」

 

 魔女もそれに気づいたのか、身体を捻って逃れようとする。

 その脚元へ、杏子の槍が飛んだ。

 

「逃がすかよ!」

 赤い穂先が床ごと脚を縫い止める。

 

 魔女の動きが止まった一瞬を、ほむらも逃さない。すでに仕掛けていた爆薬へ、さらに一つ、二つと追加していく。

 さやかは魔女の胸から剣を引き抜いた。

 そのまま横へ飛ぶ。

 

 射線が開く。

「今!」

 杏子の声と同時に、マミが引き金を引いた。

 

「フィナーレ!」

 

 金色の砲撃が真正面から魔女の胸を貫き、その直後、ほむらの爆薬が内側から連続して弾けた。

 光と爆風が重なる。

 縫い止められていた脚が砕け、巨体が揺らぐ。

 次の瞬間、結界そのものに亀裂が走った。

 

 壁が剥がれ、スクリーンが裂け、舞台の輪郭が崩れていく。

 映写機の音が止まった。スクリーンが破れ、影が光の中へほどけていく。最後に、黒いグリーフシードが床へ落ちた。

 

 杏子がそれを槍の穂先で引っかけ、手に取る。

「勝ち」

 さやかは、その場に座り込んだ。

「……勝った?」

「勝ったわ」

 マミが近づいてくる。

 

「美樹さん、怪我は?」

「痛いです」

 さやかは正直に言った。

 

「めちゃくちゃ痛い。でも、動きます」

 

 マミはその言葉を聞いて、少しだけ表情を変えた。

 痛い。でも動く。

 それは、痛みを無視しているのとは違った。

 

 杏子が、手の中のグリーフシードを軽く放った。

「ほら、さやか。使っとけ」

「え?」

 

 さやかは、反射的に受け取った。

 手のひらに収まったのは、黒い種のようなものだった。

 魔女を倒したあとに残り、魔法少女にとって必要になるものだということは聞いている。

 握ってみても、今すぐこれを使わなければならないという感じがしない。

 

 さやかは胸元の青い光を確かめてから、グリーフシードを杏子の方へ差し出した。

「……今?」

 

 杏子は差し出されたものと、さやかの顔を交互に見る。

「今だろ。戦った後に使うもんだ」

「いや、痛いけど。動くし……胸のこれも、そんなに変な感じしないし」

「だからって――」

 

 杏子は少し納得のいかない顔をしながらも、差し出されたグリーフシードを受け取った。

 さやかは胸元に触れる。

 濁っている、という感じはしなかった。

 

 マミが目を細めた。

「美樹さん。ソウルジェムを見せて」

「はい」

 さやかが胸元の光を示す。

 

 マミは息を呑んだ。

「……ほとんど濁っていないわ」

 杏子の顔が変わった。

「は?」

 

 キュゥべえが言った。

「予測通りだね。新方式では、グリーフシード要求量が従来方式より大きく低下する可能性がある」

 

 杏子が、ゆっくりキュゥべえを見た。

「おい」

「何だい」

「どういう意味だ」

「従来方式では、魂をソウルジェムへ格納していた。感情負荷、魔力消費、自己認識の破綻が、すべてソウルジェムの濁りとして蓄積しやすい。グリーフシードは、その濁りを外部へ移すための標準部品だった」

 

「標準部品」

 杏子の声が低くなる。

 

 キュゥべえは続ける。

「新方式では、魂を肉体側に保持している。ソウルジェムは魂の容器ではなく、魔力制御端末、濁度計、非常時保護核として機能する。濁りは発生するけれど、従来ほど魂そのものに直結しない」

 

 さやかは眉を寄せた。

 難しい言葉が一気に増えたせいで、すぐには意味がつながらない。

 それでも、ひとつだけ気になったところを拾う。

 

「つまり、グリーフシードがいらなくなるってこと?」

「不要にはならないよ。魔力消費も、感情負荷も、戦闘による汚染もある。ただし、従来方式ほど頻繁には必要ない可能性が高い」

 

 杏子の手の中で、グリーフシードが軋むように握られた。

「じゃあ、今までのあたしらは」

 

 誰も口を挟まなかった。

 杏子は、噛みしめるように続ける。

「わざわざ、濁るように作られてたってことかよ」

 

 キュゥべえは、少しだけ黙った。

「かなり乱暴だが、概ね正しい」

「最悪じゃん!」

 さやかが叫んだ。

 

 マミは静かに目を伏せた。

「でも、そうでなければ……魔女化による回収につながらないのね」

 

 ほむらが低く言った。

「グリーフシードの奪い合いも、魔法少女同士の衝突も、旧方式では許容された損耗だった」

「標準運用では、そう分類されていた」

 キュゥべえが答えた瞬間、杏子の槍の穂先が白い額に向いた。

 

「お前さ」

「何だい」

「今すぐ殺されたいのか」

「それは困る。美樹さやかの初戦データ整理がまだ終わっていない」

「そういうとこだぞ」

 

 杏子は低く言って、槍を下ろした。

 そして、手の中のグリーフシードをさやかへ投げ返す。

 

「持っとけ」

「え、でも」

「いらねえとは言ってねえんだろ。なら、持っとけ。使わなくて済むなら、それでいい」

 

 さやかは、黒い種を見下ろした。

 今までなら、これを奪い合っていた。

 

 これがないと生き残れなかった。

 そのために、使い魔を見逃すこともあった。

 魔法少女同士が争うこともあった。

 でも今は、少し違う。

 

「……うん」

 さやかはそれを握った。

「でも、できればあんまり使わないで済む方がいいな」

 杏子は鼻を鳴らした。

「当たり前だ」

 

 杏子がさやかの前にしゃがむ。

「初戦でこれなら上出来だろ」

「ほんと?」

「ほんと。つーか、あの一撃受けて膝だけで済んでる時点でおかしい」

「褒めてる?」

「褒めてる」

「じゃあ、もうちょっと分かりやすく褒めてよ」

「調子乗んな、さやか」

 

 さやかは笑った。

 無理に作った笑顔ではない。ちゃんと、笑えていた。

 

 結界がほどけ、歪んでいた景色が古い映画館のロビーへ戻っていく。

 

 ほむらは少し離れた場所から、さやかを見ていた。

 美樹さやかが、笑っている。

 魔女と戦ったあとで。傷ついて、痛みを知ったあとで。

 しかも初戦の相手は、明らかに一人でどうにかできるような相手ではなかった。

 

 それでも立っている。

 ほむらの目が、無意識に胸元の青い光へ向かった。

 濁っていない。呼吸も乱れすぎていない。

 

 仲間の声を聞けば返事をする。

 杏子に何か言われれば、いつものように言い返す。

 怖くなかったわけではない。痛くなかったわけでもない。途中で何度も追い詰められたし、一人だったなら、おそらく勝てなかった。

 

 それでも、壊れていない。

 その事実を確かめるたび、胸の奥が少しずつ騒がしくなる。

 ほむらはそれを、ただの観測結果として整理しようとした。

 

 肉体強度。

 自己認識。

 感情負荷。

 戦闘後の濁度。

 仲間からの声掛けによる安定化。

 

 全部、説明できる。説明できるはずだったが、さやかがまた笑ったとき、ほむらはほんの少しだけ息を止めた。

 

 今までとは違う、そう思ってしまった。

 もしかすると。

 本当に、今度は――。

 そこまで考えて、ほむらは視線を逸らした。

 期待するには、まだ早い。

 そう自分に言い聞かせた。

 

「暁美ほむら」

 足元から声がした。

 

 ほむらは目を向けずに言った。

「黙りなさい」

 キュゥべえは構わず続けた。

「君の感情値が上昇している。希望に近い反応だね」

 

 ほむらはゆっくりとキュゥべえを見下ろした。

「黙りなさいと言ったはずよ」

「興味深い。美樹さやかの安定は、周辺個体にも非絶望型の感情変動を発生させている」

「撃つわよ」

「今の僕を撃つと、美樹さやかの初戦データ整理が遅れる可能性がある」

 

 ほむらは一瞬、本気で迷った。

 それを見て、杏子が笑う。

 

「やめとけ、ほむら。こいつはあとで撃て」

「あとでも撃たれるのかい」

「黙ってろ」

 

 さやかが立ち上がりながら言った。

「ほむら」

「何」

「心配してくれてた?」

 

 ほむらは目を逸らした。

「戦力評価をしていただけよ」

「そっか」

 さやかは笑った。

「ありがと」

 

 ほむらは何も返せなかった。

 胸の奥が少しだけ温かい。

 腹立たしい。

 

 キュゥべえに指摘されたのは不愉快だ。

 でも、嫌な気分ではなかった。

 キュゥべえはその反応も観測しているようだったが、今度は何も言わなかった。

 

 まどかが、さやかの手を取る。

「さやかちゃん、すごかった」

「うん」

 さやかは照れたように笑った。

 

「でも、一人だったら無理だった」

 杏子が鼻を鳴らす。

「分かってんならいい」

 マミも頷いた。

「そうね。今日は全員で勝ったのよ」

 

 その言葉に、さやかの胸元の青い光がもう一度、静かに脈打った。

 どくん。

 

 ほむらはそれを見ていた。

 キュゥべえの仮説。

 仲間との信頼による肉体強度の補助。

 非絶望型の感情変動。

 尊厳。自己同一性。端末ではない魔法少女。

 馬鹿げている。

 不安定だ。

 

 そんなもので運命が変わるなら、どれだけ苦労したと思っている。

 

 それでも。

 目の前の美樹さやかは、確かに立っていた。

 ほむらは小さく息を吐いた。

 

「……もしかするかもしれないわね」

「何が?」

 

 まどかが聞く。

 ほむらは首を横に振った。

「なんでもない」

 

 キュゥべえが言う。

「今の発言も記録対象だね」

「それ以上言ったら、今度こそ撃つわ」

「分かった」

 

 キュゥべえは本当に黙った。

 杏子が呆れたように言った。

「言われりゃ黙れるなら、最初から黙ってろよ」

 

 さやかが最初に笑った。張り詰めていたものが、ようやく抜けたような笑いだった。

 それを見て、まどかもすぐにつられる。

「よかったね、さやかちゃん」

「うん」

 

 そのやり取りに、マミも笑ったが、ほんの一瞬だけ遅れた。

 口元が緩む直前、視線がどこか遠くへ逸れる。

 指先が無意識に首元へ触れかけて、途中で止まった。

 

 まどかは、それに気づいた。

「マミさん?」

 呼ばれて、マミは少しだけ目を瞬く。

 

 それから今度こそ、ちゃんと笑った。

「ええ。大丈夫よ」

 

 ほむらは笑わなかった。

 それでも、さやかとマミを順に見ていた目元から、さっきまでの固さだけが少し消えていた。

 

 杏子はそんな四人を眺めてから、鼻で笑うように息を漏らした。

「なんだよ。勝ったんだから、もうちょい喜べよ」

 

 

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