魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ 作:折無堂
魔女の結界は、マミが選んだものだった。
「初めての実戦なら、無理はしない方がいいわ」
そう言って、マミは見滝原の外れにある古い映画館の前で足を止めた。
看板の電灯は半分ほど切れている。入口には閉館のお知らせが貼られたまま、雨風にさらされて黄ばんでいた。人通りはない。夜になれば、誰も近づかない場所だった。
「ここに反応があるの?」
さやかは胸元に手を当てた。
まだ慣れない。
ソウルジェムは、身体の外にぶら下がっている感じではなかった。胸の奥にある鼓動と、衣装の表面に現れた青い核がつながっている。触れると、冷たい宝石ではなく、自分の脈に近いものを感じる。
「小規模な魔女のはずよ」
マミは答えた。
「使い魔の発生も少ない。練習には向いていると思う」
杏子はフェンスの上に腰かけ、飴を噛み砕いた。
「まあ、初戦ならそんなもんだろ。さやかがいきなり大物相手に突っ込んでも困るしな」
「突っ込まないし」
「新入りなのに、突っ込まないのか?」
「突っ込まないよ!」
まどかが小さく笑った。
その笑い声が聞こえた瞬間、さやかの胸元の青い光がほんの少しだけ強くなった。
キュゥべえが見上げる。
「感情的接続による微弱な補助反応を確認」
「始まる前から記録しないでよ」
さやかが言うと、キュゥべえは首を傾げた。
「始まる前の反応も重要だよ」
ほむらは黙っていた。
必要なら止める。
そういう位置に立っている。
さやかはその視線に気づき、少しだけ肩をすくめた。
「そんな顔しなくても、無茶しないって」
「あなたは無茶をする」
「断言された」
「だから見ている」
さやかは言い返そうとして、やめた。
嫌な言い方ではなかった。
むしろ、少しだけ安心した。
「じゃあ、見ててよ」
そう言って、さやかは剣を握った。
マミが結界の入口を開く。
世界が裏返った。
映画館のロビーだったはずの場所は、巨大な映写室になっていた。
天井から無数のフィルムが垂れている。床には丸いリールが転がり、壁にはいくつものスクリーンが並んでいた。スクリーンには、誰かが走る影だけが映っている。逃げる影。転ぶ影。何度も立ち上がろうとして、また押し潰される影。
「……変ね」
マミの声が硬くなった。
「小規模、じゃなさそうだな」
杏子がフェンスから降りるような軽さで、結界の床に槍を立てた。
ほむらもすぐに盾へ手を添える。
キュゥべえが言った。
「魔力反応が増大している。観測時より結界深度が上がっているね」
「なんでそんなことになってんだよ」
杏子が舌打ちする。
「ワルプルギスの夜の接近による環境変化の可能性がある」
「初戦でそれかよ」
さやかは剣を構えた。
怖くない、と言えば嘘だったが、不思議なくらい呼吸は乱れなかった。
足が地面を捉えている。剣の重さが手にある。胸の奥から全身へ、青い光が流れている。
身体が、自分の場所にある。
「さやかちゃん」
まどかが不安そうに呼んだ。
「大丈夫」
さやかは振り返らずに答えた。
「たぶん、今のあたしは前に出た方がいい」
杏子が少しだけ目を細めた。
「へえ」
マミは一瞬迷ったが、頷いた。
「では、美樹さんが前衛。佐倉さんは右を、私は後方から拘束と援護。暁美さんは危険時の介入を」
「分かったわ」
ほむらは短く答えた。
その時、スクリーンの影が止まった。
全部の影が、こちらを向く。
映写機の音が鳴った。
がたん、がたん、がたん。
奥の暗闇から、魔女が現れた。
巨大な映写機のような頭部。
胴体は古い鎧と歯車が絡み合ったような形をしている。腕は太く、先端にはフィルムリールと鉄槌が混ざったものがついていた。
一歩進むたび、床が沈む。
「重そう……」
さやかが呟く。
「見た目通りなら、近づくと潰されるわ」
マミのリボンが広がる。
「まずは動きを止める」
黄色いリボンが魔女の脚へ絡みついた。
だが、魔女は止まらなかった。
脚を上げる。
リボンごと床へ叩きつける。
結界全体が揺れた。
マミが息を呑む。
「力が強い……!」
「おい、これ一人だったら勝てねえな」
杏子が苦笑した。
さやかは目を丸くする。
「杏子でも?」
「勝つだけなら勝つ。でも、たぶんどっか持ってかれる」
「初戦で聞きたくなかった!」
「安心しろ。今は一人じゃねえ」
杏子は槍を回し、魔女の右腕を弾いた。
「行け、さやか!」
「言われなくても!」
そう叫びながら、さやかは走った。
速い。
自分でも驚くほど速かった。
でも、制御できない速さではない。足裏が床を掴み、膝が沈み、腰が前へ出る。剣を振るタイミングが、身体の内側から分かる。
魔女の腕が振り下ろされる。
さやかは横へ跳んだ。鉄槌が床を砕く。破片が頬をかすめた。
痛い。
痛いのに、怖さで足が止まらなかった。
「左!」
マミの声。
さやかは反射的に左へ踏み込む。
そこへ杏子の槍が伸び、魔女の腕を押し上げた。
「今!」
ほむらの声と同時に、世界が一瞬だけ歪んだ。
次の瞬間、魔女の足元で爆発が起きる。
ほむらが仕掛けた爆薬が、歯車の脚を浮かせた。
さやかはその隙へ飛び込んだ。
剣を振る。刃が魔女の胴を裂いた。
だが、浅い。
魔女の胸部から、フィルムの束が噴き出す。帯のようなフィルムがさやかの腕へ絡みつき、そのまま壁へ叩きつけた。
「さやかちゃん!」
まどかの声が響いた。
衝撃。
背中から空気が抜けた。視界が白く弾ける。
普通なら、そこで終わっていた。
さやかは、そう思った。
肋骨が砕けてもおかしくない。肩が外れてもおかしくない。首が折れてもおかしくない。
でも、身体はまだつながっていた。
痛い。
ものすごく痛い。
けれど、折れていない。
胸元の青い核から、全身へ光が走る。まどかの声が届いた瞬間、その光が白く瞬いた。背中を包む薄い膜が、壁との衝撃を受け流していた。
さやかは咳き込みながら、笑った。
「痛っ……でも、動く」
キュゥべえの赤い目が光った。
「衝撃耐性、正常。感情的接続による補助反応、戦闘中にも発生。出力低下なし」
「今は記録より援護!」
まどかが叫ぶ。
「僕に戦闘援護能力はないよ」
「そういうことじゃない!」
杏子が笑った。
「いいじゃねえか、さやか! 立てるなら立て!」
「言われなくても!」
さやかはフィルムを剣で断ち切った。
床に落ちる。
膝がつく。
魔女が腕を振り上げた。
この距離では避けきれない。
マミのリボンが飛ぶ。
杏子の鎖が伸びる。
ほむらが盾を構える。
さやかは、逃げなかった。
「さやかちゃん!」
まどかの声。
「美樹さん、構えて!」
マミの声。
「踏ん張れ!」
杏子の声。
「今、退かないで。私が止める」
ほむらの声。
全部が聞こえた。
さやかの胸元が熱くなる。
青い光が白く縁取られ、手甲、肩、ブーツ、剣の刃へ走った。身体の内側で何かが噛み合う。怖さは消えないし、痛みもあるが、足は沈まない。
自分を信じる。
自分を呼ぶ声を信じる。
剣を両手で構えた。
魔女の鉄槌が落ちる。
その直前、ほむらの時間停止が入った。
鉄槌の軌道に爆薬が置かれる。
再開。
爆発で軌道がずれる。マミのリボンが腕に絡み、杏子の槍が横から押す。それでも鉄槌は重かった。さやかの剣に、残った衝撃が叩きつけられる。
歯を食いしばると、顎の奥で歯が鳴った。受け止めた衝撃が腕から肩へ抜け、骨まで軋むような痛みが走る。
それでも砕けない。
剣は折れず、膝も落ちなかった。
「う、ああああっ!」
さやかは声を上げ、そのまま両腕に力を込める。
押し込まれていた剣が、少しずつ戻る。
次の瞬間、鉄槌が大きく跳ね上がった。
「今度こそ行け!」
杏子の声が飛ぶ。
さやかは考えるより先に踏み込んだ。
受け止めた力の反動ごと前へ返すように、身体が一気に沈み込む。
いつもより深く。相手の懐へ、そのまま滑り込むほどに。
剣が青白く光った。刃は細いままではない。仲間の声を受けて輪郭が厚みを持ち、受けるだけでなく貫く形に変わる。
さやかは懐へ潜り込んだ勢いのまま、剣を魔女の胴へ叩き込んだ。
硬い装甲が一撃で割れる。
刃を引き抜くより早く、身体を捻ってもう一度振るった。重い衝撃が内部まで抜け、噛み合っていた歯車がまとめて砕け散る。
さやかは止まらない。
踏み込んだ足をそのまま支点にして、三度目を奥へ突き込む。剣先が割れた装甲と壊れた機構を押し退け、そのさらに奥にあった核へ食い込んだ。
魔女が悲鳴を上げる。
ほとんど間を置かず三度続いた衝撃に、スクリーンの影が一斉に乱れた。逃げていた影まで足を止めて振り返り、どこかでフィルムが焼けるような匂いが広がる。
「マミさん!」
「任せて!」
呼びかけに応じるより早く、マミの周囲へ銃が次々と展開した。
「ティロ――」
魔女もそれに気づいたのか、身体を捻って逃れようとする。
その脚元へ、杏子の槍が飛んだ。
「逃がすかよ!」
赤い穂先が床ごと脚を縫い止める。
魔女の動きが止まった一瞬を、ほむらも逃さない。すでに仕掛けていた爆薬へ、さらに一つ、二つと追加していく。
さやかは魔女の胸から剣を引き抜いた。
そのまま横へ飛ぶ。
射線が開く。
「今!」
杏子の声と同時に、マミが引き金を引いた。
「フィナーレ!」
金色の砲撃が真正面から魔女の胸を貫き、その直後、ほむらの爆薬が内側から連続して弾けた。
光と爆風が重なる。
縫い止められていた脚が砕け、巨体が揺らぐ。
次の瞬間、結界そのものに亀裂が走った。
壁が剥がれ、スクリーンが裂け、舞台の輪郭が崩れていく。
映写機の音が止まった。スクリーンが破れ、影が光の中へほどけていく。最後に、黒いグリーフシードが床へ落ちた。
杏子がそれを槍の穂先で引っかけ、手に取る。
「勝ち」
さやかは、その場に座り込んだ。
「……勝った?」
「勝ったわ」
マミが近づいてくる。
「美樹さん、怪我は?」
「痛いです」
さやかは正直に言った。
「めちゃくちゃ痛い。でも、動きます」
マミはその言葉を聞いて、少しだけ表情を変えた。
痛い。でも動く。
それは、痛みを無視しているのとは違った。
杏子が、手の中のグリーフシードを軽く放った。
「ほら、さやか。使っとけ」
「え?」
さやかは、反射的に受け取った。
手のひらに収まったのは、黒い種のようなものだった。
魔女を倒したあとに残り、魔法少女にとって必要になるものだということは聞いている。
握ってみても、今すぐこれを使わなければならないという感じがしない。
さやかは胸元の青い光を確かめてから、グリーフシードを杏子の方へ差し出した。
「……今?」
杏子は差し出されたものと、さやかの顔を交互に見る。
「今だろ。戦った後に使うもんだ」
「いや、痛いけど。動くし……胸のこれも、そんなに変な感じしないし」
「だからって――」
杏子は少し納得のいかない顔をしながらも、差し出されたグリーフシードを受け取った。
さやかは胸元に触れる。
濁っている、という感じはしなかった。
マミが目を細めた。
「美樹さん。ソウルジェムを見せて」
「はい」
さやかが胸元の光を示す。
マミは息を呑んだ。
「……ほとんど濁っていないわ」
杏子の顔が変わった。
「は?」
キュゥべえが言った。
「予測通りだね。新方式では、グリーフシード要求量が従来方式より大きく低下する可能性がある」
杏子が、ゆっくりキュゥべえを見た。
「おい」
「何だい」
「どういう意味だ」
「従来方式では、魂をソウルジェムへ格納していた。感情負荷、魔力消費、自己認識の破綻が、すべてソウルジェムの濁りとして蓄積しやすい。グリーフシードは、その濁りを外部へ移すための標準部品だった」
「標準部品」
杏子の声が低くなる。
キュゥべえは続ける。
「新方式では、魂を肉体側に保持している。ソウルジェムは魂の容器ではなく、魔力制御端末、濁度計、非常時保護核として機能する。濁りは発生するけれど、従来ほど魂そのものに直結しない」
さやかは眉を寄せた。
難しい言葉が一気に増えたせいで、すぐには意味がつながらない。
それでも、ひとつだけ気になったところを拾う。
「つまり、グリーフシードがいらなくなるってこと?」
「不要にはならないよ。魔力消費も、感情負荷も、戦闘による汚染もある。ただし、従来方式ほど頻繁には必要ない可能性が高い」
杏子の手の中で、グリーフシードが軋むように握られた。
「じゃあ、今までのあたしらは」
誰も口を挟まなかった。
杏子は、噛みしめるように続ける。
「わざわざ、濁るように作られてたってことかよ」
キュゥべえは、少しだけ黙った。
「かなり乱暴だが、概ね正しい」
「最悪じゃん!」
さやかが叫んだ。
マミは静かに目を伏せた。
「でも、そうでなければ……魔女化による回収につながらないのね」
ほむらが低く言った。
「グリーフシードの奪い合いも、魔法少女同士の衝突も、旧方式では許容された損耗だった」
「標準運用では、そう分類されていた」
キュゥべえが答えた瞬間、杏子の槍の穂先が白い額に向いた。
「お前さ」
「何だい」
「今すぐ殺されたいのか」
「それは困る。美樹さやかの初戦データ整理がまだ終わっていない」
「そういうとこだぞ」
杏子は低く言って、槍を下ろした。
そして、手の中のグリーフシードをさやかへ投げ返す。
「持っとけ」
「え、でも」
「いらねえとは言ってねえんだろ。なら、持っとけ。使わなくて済むなら、それでいい」
さやかは、黒い種を見下ろした。
今までなら、これを奪い合っていた。
これがないと生き残れなかった。
そのために、使い魔を見逃すこともあった。
魔法少女同士が争うこともあった。
でも今は、少し違う。
「……うん」
さやかはそれを握った。
「でも、できればあんまり使わないで済む方がいいな」
杏子は鼻を鳴らした。
「当たり前だ」
杏子がさやかの前にしゃがむ。
「初戦でこれなら上出来だろ」
「ほんと?」
「ほんと。つーか、あの一撃受けて膝だけで済んでる時点でおかしい」
「褒めてる?」
「褒めてる」
「じゃあ、もうちょっと分かりやすく褒めてよ」
「調子乗んな、さやか」
さやかは笑った。
無理に作った笑顔ではない。ちゃんと、笑えていた。
結界がほどけ、歪んでいた景色が古い映画館のロビーへ戻っていく。
ほむらは少し離れた場所から、さやかを見ていた。
美樹さやかが、笑っている。
魔女と戦ったあとで。傷ついて、痛みを知ったあとで。
しかも初戦の相手は、明らかに一人でどうにかできるような相手ではなかった。
それでも立っている。
ほむらの目が、無意識に胸元の青い光へ向かった。
濁っていない。呼吸も乱れすぎていない。
仲間の声を聞けば返事をする。
杏子に何か言われれば、いつものように言い返す。
怖くなかったわけではない。痛くなかったわけでもない。途中で何度も追い詰められたし、一人だったなら、おそらく勝てなかった。
それでも、壊れていない。
その事実を確かめるたび、胸の奥が少しずつ騒がしくなる。
ほむらはそれを、ただの観測結果として整理しようとした。
肉体強度。
自己認識。
感情負荷。
戦闘後の濁度。
仲間からの声掛けによる安定化。
全部、説明できる。説明できるはずだったが、さやかがまた笑ったとき、ほむらはほんの少しだけ息を止めた。
今までとは違う、そう思ってしまった。
もしかすると。
本当に、今度は――。
そこまで考えて、ほむらは視線を逸らした。
期待するには、まだ早い。
そう自分に言い聞かせた。
「暁美ほむら」
足元から声がした。
ほむらは目を向けずに言った。
「黙りなさい」
キュゥべえは構わず続けた。
「君の感情値が上昇している。希望に近い反応だね」
ほむらはゆっくりとキュゥべえを見下ろした。
「黙りなさいと言ったはずよ」
「興味深い。美樹さやかの安定は、周辺個体にも非絶望型の感情変動を発生させている」
「撃つわよ」
「今の僕を撃つと、美樹さやかの初戦データ整理が遅れる可能性がある」
ほむらは一瞬、本気で迷った。
それを見て、杏子が笑う。
「やめとけ、ほむら。こいつはあとで撃て」
「あとでも撃たれるのかい」
「黙ってろ」
さやかが立ち上がりながら言った。
「ほむら」
「何」
「心配してくれてた?」
ほむらは目を逸らした。
「戦力評価をしていただけよ」
「そっか」
さやかは笑った。
「ありがと」
ほむらは何も返せなかった。
胸の奥が少しだけ温かい。
腹立たしい。
キュゥべえに指摘されたのは不愉快だ。
でも、嫌な気分ではなかった。
キュゥべえはその反応も観測しているようだったが、今度は何も言わなかった。
まどかが、さやかの手を取る。
「さやかちゃん、すごかった」
「うん」
さやかは照れたように笑った。
「でも、一人だったら無理だった」
杏子が鼻を鳴らす。
「分かってんならいい」
マミも頷いた。
「そうね。今日は全員で勝ったのよ」
その言葉に、さやかの胸元の青い光がもう一度、静かに脈打った。
どくん。
ほむらはそれを見ていた。
キュゥべえの仮説。
仲間との信頼による肉体強度の補助。
非絶望型の感情変動。
尊厳。自己同一性。端末ではない魔法少女。
馬鹿げている。
不安定だ。
そんなもので運命が変わるなら、どれだけ苦労したと思っている。
それでも。
目の前の美樹さやかは、確かに立っていた。
ほむらは小さく息を吐いた。
「……もしかするかもしれないわね」
「何が?」
まどかが聞く。
ほむらは首を横に振った。
「なんでもない」
キュゥべえが言う。
「今の発言も記録対象だね」
「それ以上言ったら、今度こそ撃つわ」
「分かった」
キュゥべえは本当に黙った。
杏子が呆れたように言った。
「言われりゃ黙れるなら、最初から黙ってろよ」
さやかが最初に笑った。張り詰めていたものが、ようやく抜けたような笑いだった。
それを見て、まどかもすぐにつられる。
「よかったね、さやかちゃん」
「うん」
そのやり取りに、マミも笑ったが、ほんの一瞬だけ遅れた。
口元が緩む直前、視線がどこか遠くへ逸れる。
指先が無意識に首元へ触れかけて、途中で止まった。
まどかは、それに気づいた。
「マミさん?」
呼ばれて、マミは少しだけ目を瞬く。
それから今度こそ、ちゃんと笑った。
「ええ。大丈夫よ」
ほむらは笑わなかった。
それでも、さやかとマミを順に見ていた目元から、さっきまでの固さだけが少し消えていた。
杏子はそんな四人を眺めてから、鼻で笑うように息を漏らした。
「なんだよ。勝ったんだから、もうちょい喜べよ」