魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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20. ほどけない願い

 皆で駅前へ出かけた日曜日から三日後、水曜日の放課後。

 五人と一匹は、またマミの部屋に集まっていた。

 

 少し前には、次はどこへ行くだとか、誰がどんな服を着るだとか、そんな話で笑っていた場所だった。

 

 今日は、テーブルの上に菓子と紅茶だけではなく、杏子が持ってきたグリーフシードが置かれている。マミが淹れた紅茶から、まだ細く湯気が上がっていた。

 

 まどかとさやかはソファに並び、ほむらはその横に座っている。杏子はいつものように少し崩した姿勢で椅子に腰掛け、キュゥべえはテーブルの端にいた。

 

 集まった理由は、以前キュゥべえが口にしたことだった。

 魔法少女は、魔女になる。

 

 あのときは、マミが一度死に、それでも戻ってきたことだけでも頭がいっぱいだった。聞きたいことはいくらでもあったのに、マミ自身が「あとできちんと説明して」と言って、話はいったんそこで止まった。

 

 今日は、その続きを聞く。

 キュゥべえは、知っていることは説明すると言った。

 そして実際、聞かれたことには一つずつ答えていた。

 

 ソウルジェムがどこまで濁れば危険なのか。

 魔女になったあとに何が起こるのか。

 使い魔と魔女の関係。

 グリーフシードが何をしているのか。

 

 最初に質問していたのはさやかだったが、途中からはマミも、まどかも口を挟むようになった。

 

 杏子はしばらく黙って聞いていた。

 やがて、手の中のグリーフシードを指先で転がしながら、口を開く。

「そもそもさ」

 

「お前ら、なんでそこまでしてこんなことやってんだ?」

「宇宙の熱的死を遅らせるためだよ」

「それは前にも聞いた」

 杏子は眉を寄せる。

 

「だから、その宇宙がどうとかと、あたしらが魔女になるのがどう繋がってんだって聞いてんだよ」

 

 キュゥべえは少しだけ首を傾けた。

「君たちに分かるように説明するなら、宇宙では、使えるエネルギーが少しずつ失われていく」

「なくなるの?」

 まどかが聞く。

 

「正確には、使えない形へ均されていく。エネルギーそのものが消えるわけではない。けれど、温度差も、密度差も、仕事へ変換できる偏りも、長い時間をかけて失われる」

「全部、同じになるってこと?」

「そうだね。それが十分に進めば、新しく何かを起こすことが、ほとんどできなくなる」

 

 まどかが少し考える。

「新しく何かって?」

「例えば、物を動かす。熱を移す。機械を動かす。君たちが身体を動かす。考える。それには全部、利用できるエネルギーの偏りが必要なんだ」

 

 キュゥべえは淡々と続けた。

「十分に均されてしまえば、その偏りがなくなる。生命が活動することも、文明を維持することも難しくなる。極端に言えば、何かを作ったり、動かしたり、考えたりすること自体が成立しなくなっていく」

 

 さやかが少し嫌そうな顔をした。

「……それが熱的死?」

「概ね正しい」

 

 杏子が眉を寄せたまま、しばらく考える。

「じゃあさ」

「何だい」

「この前お前が見てた、あの魔法少女のアニメも見れなくなるのか?」

「そうだね」

 

 あまりにも普通に肯定されて、杏子が一瞬黙った。

「放送設備を動かすにもエネルギーがいる。映像を表示するにも必要だ。そもそも、君がそれを見るためにも、眼や脳の細胞はエネルギーを消費している」

「そこまで説明すんのかよ」

「質問されたからね」

 

 さやかが吹き出しかける。

「プリキュア見られなくなるところは否定しないんだ」

「事実だからね」

「そこだけ聞くと、ちょっと宇宙救わなきゃって気になるの腹立つな……」

 杏子がぼそっと言った。

 マミが口元を緩める。

 

「で」

 杏子はグリーフシードを指先で転がし、話を戻した。

「それと、あたしらが魔女になるのがどう繋がってんだよ」

「感情があるからだよ」

 

 あまりにも簡単に返されて、杏子は一度黙った。

「人間の感情変動には、通常の物理過程とは異なる形でエネルギーへ変換できる性質がある。僕たちはそれを利用している」

「感情って、そんなにすごいものなの?」

 

 まどかが聞く。

「君たちは普段そう考えないだろうね」

 

 キュゥべえは、さやかを見る。

「でも、美樹さやか」

「何?」

「君は願った」

 

 さやかの表情が少し変わる。

「上条恭介の腕を治してほしい、と」

「……うん」

「そして、治った」

 

 誰もすぐには返さなかった。

 さやか自身まで、反射的に自分の手を見ていた。

 恭介の腕が治ったことは、もう知っている。自分が願ったのだから当然だと思っていた。

 

 今、キュゥべえの口から改めて語られると、それがどれほど普通ではないことなのか、少し遅れて実感が追いついてくる。

 

「それまで回復しないと判断されていた機能が、君の願いによって回復した。通常の医療過程でも、自然治癒でもない。因果関係そのものが、願望に沿う形へ組み替えられた」

 

 さやかは、自分の手を見る。

「それって……」

「非常に大きな現象だよ」

 

 キュゥべえは淡々と続けた。

「願いは、単なる報酬ではない。契約者が持つ因果と感情を利用して、通常なら成立しない結果を現実へ押し込む」

 

 ほむらの目がわずかに細くなった。

「だから、まどかの願いは危険なのね」

「そうだよ。鹿目まどかほど大きな因果を持つ個体なら、願望実行そのものが広範囲の現実へ影響する可能性がある」

 

 杏子が腕を組んだ。

「待てよ。そんなことができるなら、もうそこで十分すげえじゃねえか」

「その通りだよ」

 

 杏子が一瞬、言葉を失った。

「……お前が認めるのかよ」

「事実だからね」

 

 キュゥべえは続ける。

「従来方式では、その潜在量をさらに大きく回収するために、希望と絶望の落差を利用していた」

「それが魔女化?」

 マミが静かに聞いた。

「そうだよ」

 

 キュゥべえはマミを見る。

「願いが叶ったとき、魔法少女は大きな希望を持つ。その後、戦闘、損傷、魔力消費、自己認識の破綻、人間関係の変化によって感情状態が反転する」

「……希望から、絶望へ」

「その相転移は、非常に高密度のエネルギーを発生させる」

 

 誰もすぐには口を挟まなかった。

「ソウルジェムが限界まで濁り、グリーフシードへ変化する瞬間、従来方式では特に大きな回収が可能だった。だから、この方式が長く使われてきた」

 

 さやかの顔が険しくなる。

「じゃあ、最初から魔女にするつもりだったんじゃん」

「最終的にそうなる可能性は、想定されていた」

「可能性って言い方」

「全個体が魔女化まで到達するわけではないからね。途中で死亡する個体もいるし、長期間活動する個体もいる」

 

 杏子が舌打ちする。

「それでも、魔女になればでかい。それが得だったってことか」

「従来の評価ではね」

「従来の?」

 杏子が聞き返した。

 

 キュゥべえは少しだけ間を置いた。

「僕は今、それが本当に最適だったのかを疑っている」

 

 ほむらが白い獣を見る。

「なぜ?」

「願いが叶うからだよ」

 

 今度は、誰もすぐには意味を取れなかった。

「君たちは、願いが叶うことを当然のように契約の一部として扱っている。でも、僕にとっても、あれは小さな現象ではない」

 

 キュゥべえは、さやかを見る。

「一人の少女が強く願うことで、現実に存在しなかった結果が成立する」

 

 次に、マミ。

「死にかけた肉体を再構築しても、魂との接続を維持できた」

 

 杏子。

「致命的な損傷を受けた個体を、保護外装によって生存させることもできた」

 

 最後に、ほむら。

「そして、感情負荷を与えても、必ずしも絶望へ向かうわけではない」

 

 キュゥべえは少しだけ黙った。

「それだけ強い系から、最大のエネルギーを取り出すためには、一度壊す必要がある」

 

 赤い目が、五人を順に見た。

「本当にそうなのか」

 

 まどかが、小さく息を呑んだ。

「キュゥべえは、それを調べてるの?」

「そうだよ」

「魔女にしなくてもいい方法を?」

「正確には」

 

 キュゥべえは答えた。

「魔女化を必要条件としない方が、宇宙全体の長期収支にとって有利になる可能性を調べている」

 杏子がしばらく黙っていた。

 

 それから、ふと思い出したように言う。

「……お前さ」

「何だい」

「そこまで全部喋って、上に怒られねえのか?」

「本体には報告しているよ」

「止められてねえの?」

「今のところはね」

「なんでだよ」

「目的は変えていないからだよ」

 

 キュゥべえの返答は早かった。

「僕たちの目的は、魔法少女を魔女にすることじゃない」

 

 杏子の指先で、グリーフシードが止まった。

 さやかも、すぐには何も言わない。

 ここまで聞かされた話だけなら、魔女化こそが最初から目的だったように思える。

 

 キュゥべえは、それをあっさり否定した。

「宇宙の熱的死を遅らせることだ」

 

 杏子は、しばらく白い獣を見ていた。

「……だったら、魔女にしない方が得なら」

「そちらを使う」

「ほんっと、そういう連中なんだな、お前ら」

「そうだね」

 

 杏子はそこで、ふと手の中のグリーフシードへ目を落とした。

 さっきまでとは違う目だった。

 

「……待てよ」

「何だい」

「さやかは、もうその新しいやり方なんだよな」

「そうだよ」

 

 杏子は自分の胸元を指した。

「じゃあ、あたしは?」

 キュゥべえは答えなかった。

 杏子の視線が、そのままマミへ移る。

 

 マミもすでに気づいていたらしい。胸元のソウルジェムへ、そっと指を添えていた。

「私たちは、まだ従来方式のままなのね」

「そうだよ」

 今度は即答だった。

 

 杏子の眉が寄る。

「ってことは、このままなら」

「濁りが限界に達すれば、魔女化する可能性がある」

 

 さやかの表情が強張った。

「ちょっと。それ、先に何とかしなきゃ駄目じゃん」

「だから調べるつもりだった」

「つもりじゃなくて、今やれよ」

 

 杏子は迷いなくソウルジェムを外し、テーブルへ置いた。

「さやかでできたんだろ。あたしらにもできるか見ろ」

 

 マミはその赤い宝石を見てから、自分のソウルジェムを手に取った。

「私もお願いするわ」

「分かった」

 

 キュゥべえは二つのソウルジェムを見比べた。

「ただし、美樹さやかと同じ結果になるとは限らない。君たちはすでに従来方式で契約しているからね」

「それも含めて調べろって言ってんだよ」

「そうするよ」

 

 

 

 マミと杏子の検査は、思ったより早く終わった。

 検査、といっても、病院で行うようなものではない。

 

 マミの部屋で、キュゥべえが二人のソウルジェムを見つめ、時々、意味の分からない言葉を空中に並べるだけだった。まどかには読める文字もあったが、半分以上は図形か数式のように見えた。

 

「……で、何が分かったんだよ」

 杏子が、退屈そうに菓子を噛んだ。

 

 キュゥべえはテーブルの上に座り、赤い目を杏子へ向ける。

「佐倉杏子については、移行可能性が高い」

 杏子の手が止まった。

「へえ」

 

 軽く言ったつもりなのだろう。

 だが、その声はちっとも軽くなかった。

 

 マミも、静かに息を呑んだ。

「私も?」

「巴マミについても、移行可能性は高い。契約時の状況、願いの構造、ソウルジェムへの魂格納状態。いずれも美樹さやかの方式へ近づける余地がある」

「近づける、なのね」

 マミが言う。

 

「同一にはならない。君たちはすでに従来方式で契約している。完全な初期契約とは違う。けれど、魂と肉体の接続を再調整し、ソウルジェムを単独の本体ではなく、制御端末と保護核へ近づけることはできる可能性が高い」

 

 杏子が眉を寄せた。

「つまり、あたしらもさやかっぽくできるってことか」

「かなり乱暴だが、概ね正しい」

「便利な言葉だな、それ」

 

 さやかが少しだけ誇らしそうに胸を張った。

「ふふん。時代はあたし方式ってことだね」

「調子に乗らない」

 ほむらが言う。

 

 さやかはすぐに振り向いた。

「何よ、ちょっとくらいいいじゃん」

「あなたはすぐ調子に乗る」

「ひどい!」

 

 まどかが笑い、マミも笑った。

 杏子も、口の端だけ少し上げた。ほむらは笑わなかった。

 

 キュゥべえが、こちらを見ていないことに気づいたからだった。

 白い獣は、マミと杏子の検査結果を出した後、少しだけ黙っていた。

 

 いつもの顔だ。

 白い身体。赤い目。表情など、そもそもほとんど変わらないが、ほむらには分かった。

 

 渋い顔をしている。

 少なくとも、そう見えた。

 

 そんなはずはない。

 キュゥべえに顔色などない。悩む表情も、苦い表情もない。あるのは発声と沈黙、観測と報告だけのはずだった。

 

 それなのに、今のキュゥべえは、何かを言い淀んでいるように見えた。

 

 思っていたよりも。

 そして、キュゥべえ自身が思っているよりも。

 こいつは、感情的なのかもしれない。

 ほむらは、そう思った。

 

「キュゥべえ」

 名前を呼ぶと、白い獣が顔を上げた。

 

「なんだい」

「私についても調べていたのでしょう」

 

 部屋の空気が少しだけ変わった。

 

 さやかが口を閉じる。

 まどかがほむらを見る。

 マミの表情が硬くなる。

 杏子は菓子を口に運びかけたまま、手を止めた。

 

 キュゥべえは、少しだけ沈黙した。

 それは一秒にも満たなかったかもしれないが、ほむらには長く感じられた。

 

「そうだよ」

 キュゥべえは言った。

「君たち三人の魔法少女について、美樹さやかに適用した方式を展開できるか調査していた」

「そう」

 ほむらは平静を装った。

 装う必要がある時点で、少し失敗している気もした。

 

 キュゥべえは続けた。

「巴マミと佐倉杏子は可能だ。ただ――」

「私は難しいのね」

 ほむらが先に言った。

 

 まどかの手が膝の上でぎゅっと握られる。

 さやかが何か言いかけたが、杏子が目で止めた。

 キュゥべえは、ほむらを見ていた。

 

「できないとは言わない」

「あなたがそういう言い方をする時は、できないに近いという意味でしょう」

「違う」

 キュゥべえは即答した。

 

 その即答が、ほむらには少し意外だった。

 

「できないとは言っていない。ただ、リスクが大きい」

「リスク」

「そうだよ。君の能力は時間遡行に関わっている。君の願いは、鹿目まどかを中心に時間を巻き戻すものだった。能力の起動によって因果が鹿目まどかに集まっているという話は、以前説明したよね」

「ええ」

「君自身も、それに巻き込まれていた」

 

 ほむらは、少しだけ目を伏せた。

「そう」

 

 そして、小さく笑った。

 自分でも驚くほど、薄い笑みだった。

 

「じゃあ、私も強くなっていたの」

 まどかがはっと顔を上げた。

「ほむらちゃん……」

 

 ほむらは、まどかを見なかった。

 見たら、何かが崩れそうだった。

「繰り返すたびに、まどかだけじゃなくて、私も。少しは」

 それを喜ぶべきではないと分かっていた。

 

 因果が絡まることは、危険なのだ。

 

 まどかを苦しめる原因になったかもしれない。ワルプルギスの夜を強めたかもしれない。自分が守ろうとしたものを、遠ざけていたかもしれない。

 

 それでも。

 少しだけ、嬉しかった。

 

 自分がやってきたことが、すべて悪化だけではなかったと思いたかった。

 自分も何かを積み上げていたのだと、信じたかった。

 

 キュゥべえは、それを否定しなかった。

 

「もちろん、それもある」

 ほむらは顔を上げた。

「ただ、それだけじゃない」

 キュゥべえの声は、いつもと同じだった。

 

 ほむらには、少しだけ低く聞こえた。

 

「君の願いは複雑に絡まっている。鹿目まどかを救うという目的。時間遡行。記憶保持。能力発動時の因果再配置。ワルプルギスの夜を終点とする反復。さらに、君自身の魔法少女としての自己認識は、そのすべてと結びついている」

「……そう」

「これをほどくのは難しい」

 

 ほむらは返事をしなかった。

 まどかも、さやかも、杏子も、マミも口を挟まない。

 誰かに見られているというより、自分だけが話の中央へ取り残されたように感じた。

 

 キュゥべえは続ける。

「ソウルジェムとの接続も不安定さがある。通常の従来方式とは違う。巴マミと佐倉杏子は、願いと能力の関係は明確だ。損傷はあるけれど、構造そのものは読める。けれど君は、時間遡行のたびに、自分自身の契約条件を別の因果層へ押し込んできたような状態になっている」

「難しい言い方ね」

「簡単に言うと、君はほどけにくい」

 

 杏子が小さく言った。

「それ、簡単なのか?」

「僕としては簡単にした」

「まあ、分かるけどよ」

 

 ほむらは、少しだけ息を吐いた。

「驚いていないようだね」

 キュゥべえが言った。

 

 ほむらは白い獣を見た。

「そんな気がしていたの」

「なぜ?」

「私は、ずっと例外だったから」

 

 その言葉を言うと、胸の奥が少しだけ冷えた。

 例外。

 それは強さの言葉でもあった。

 孤独の言葉でもあった。

 失敗の言葉でもあった。

 

「あなたたちのやり方から見ても。魔法少女から見ても。まどかから見ても。私はずっと、同じところにいなかった」

「ほむらちゃん」

 まどかが小さく呼ぶ。

 

 ほむらは今度だけ、まどかを見た。

「大丈夫よ」

 そう言った。

 嘘ではなかった。

 少なくとも、今は。

 

 紫のソウルジェムは濁らなかった。

 

 キュゥべえは、それを見ていた。

 赤い目が、ほんのわずかに動いたように見えた。

 

 いつもなら、言っただろう。

 暁美ほむらのソウルジェム濁度に変化なし。

 

 興味深い。

 感情負荷への耐性が高い。

 あるいは、予測済みだったことによる安定化かもしれない。

 そういうことを。

 だが、キュゥべえは何も言わなかった。

 

 ほむらは少しだけ目を細めた。

「どうしたの」

「何がだい」

「何か言いたいことがあるんじゃないの」

 

 キュゥべえは、ほむらを見上げた。

「今は、それを言うべきではないと思った」

 

 部屋の中の誰かが、小さく息を呑んだ。

 さやかだったかもしれない。

 マミだったかもしれない。

 ほむら自身だったかもしれない。

 

「そう」

 ほむらは、いつもの顔で答えた。

 

「あなた、本当に少し変わったのね」

「変わったかどうかは評価中だよ」

「その返答は変わっていないわ」

「そうだね」

 

 キュゥべえは、テーブルから降りた。

 そして、ほむらに近づいた。

 

 いつもなら、ほむらは銃を取り出していたかもしれない。

 少なくとも、警戒して距離を取っていた。

 けれど、今は動かなかった。

 

 白い獣が足元まで来る。

 まどかが心配そうに見ている。

 さやかは黙っている。

 杏子は、何も言わずに壁にもたれた。

 マミは、胸の前で手を重ねていた。

 

 キュゥべえは、ほむらを見上げて言った。

「暁美ほむら」

「何」

「僕は諦めない」

 

 ほむらは黙った。

「君が諦めなかったように、まだできることはある」

 

 声は平坦だった。

 いつも通りだった。

 だが、その言葉だけは、いつものキュゥべえから少しずれて聞こえた。

 

「君の構造は難しい。時間遡行は危険だ。因果の絡まりは、無理にほどけば鹿目まどかにも、君自身にも悪影響を与える可能性がある。それでも、できないとは言っていない」

「そう」

「まず、君のソウルジェムと肉体の接続を安定化する。次に、時間遡行能力の起動条件と、因果集中の経路を分けて観測する。美樹さやかの方式をそのまま移植するのではなく、君専用の方式を作る必要がある」

「専用、ね」

「そうだよ。君は例外だからね」

 

 ほむらは、少しだけ笑いそうになった。

 嫌な言葉のはずだった。

 例外。今のキュゥべえの言い方は、突き放しているようには聞こえなかった。

 

「期待しないでおくわ」

 ほむらは言った。

 

 キュゥべえは、すぐに返した。

「うん。期待していてほしい」

 ほむらは少しだけ目を見開いた。

「期待しないでおくわ」

 

 同じ言葉を、もう一度言う。

 今度は少し強く。

 

 キュゥべえは返事をしなかった。

 反論しなかった。

 訂正もしなかった。

 

 ただ、ほむらを見ていた。

 その沈黙が、ほむらには妙に腹立たしかった。

 そして、少しだけ困った。

 

 さやかが、耐えきれなくなったように言う。

「……あのさ」

 

 全員がさやかを見る。

「なんか、あたしが言うのも変だけど」

 さやかは頭をかいた。

 

「ほむらの分も、ちゃんと何とかしなさいよ。キュゥべえ」

「そのつもりだよ」

「あと、言い方は気をつけなさい」

「努力する」

 

 杏子が鼻で笑った。

「さやか、すっかり先輩面だな」

「ふふん、もっと見習ってもいいのよ。先輩なのは本当でしょ。新方式ではあたしが一番なんだから」

「やっぱ、調子乗ってんじゃねえか」

「乗ってない!」

 

 マミが小さく笑った。

 まどかも、少しだけ笑った。

 その笑い声で、部屋の空気が少し緩んだ。

 

 ほむらは、ポケットの中に手を入れた。

 指先に、小さなものが触れる。

 

 紫の星。

 この前の日曜日、皆で買った色違いのストラップ。

 

 必要性が分からないと言ったはずだった。

 けれど、捨てなかった。

 つけもしなかった。

 ただ、持っていた。

 

 ほむらはそれを、ポケットの中で少しだけ握りしめた。

 硬くて、小さく、何の力もないが、その感触だけで、少しだけ呼吸がしやすくなる気がした。

 

 紫のソウルジェムは、静かだった。

 濁りは増えず、光は揺れない。

 ただ、そこにある。

 

 キュゥべえは、それも見ていた。

 今度も、何も言わなかった。

 そのことを、ほむらは少しだけ評価した。

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