魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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28. 笑いが止まる

 夜は、終わりかけていた。

 それでも、ワルプルギスの夜はまだ空にいた。

 

 東の空が、わずかに白み始めている。雲の切れ間ではない。嵐の向こう側に、朝が来ようとしているのだ。瓦礫と雨と風にまみれた見滝原の空に、ありえないほど薄い光が差し始めていた。

 ほむらは、ゆっくり息を吐いた。

 まだ立っている。

 

 まず視界の端に、マミがいる。

 黄色いリボンを片手に残したまま、乱れた呼吸を整えていた。帽子は少し傾き、髪も風に乱れている。それでも、もう片方の手には次の銃を形作るための光が集まり始めていた。

 

 その少し前では、杏子が槍を地面へ突き立て、柄に片手を預けている。肩は大きく上下していたが、赤い槍を手放す気配はない。ワルプルギスの夜から目も逸らしていなかった。

 

 さやかはさらに前にいた。

 剣を下げ、膝へ一度手をついていたが、ほむらが見る間に身体を起こす。息を切らしながらも、剣を握り直し、もう一度正面へ向けた。

 

 そして、自分も立っている。

 左腕には盾がある。胸元の紫の光も、まだ消えていない。

 

 誰も無傷ではない。

 誰も余裕があるわけでもない。

 

 それでも、四人ともまだ同じ方向を見ていた。

 

 魔女一体に対して、ここまで戦って、ここまで持っていたことがあっただろうか。

 

――なかった。

 少なくとも、ほむらの知る時間にはなかった。

 

 ほむらは、四人を見たまま過去の時間を思い出していた。

 いつも、どこかで崩れた。

 マミを失ったまま先へ進んだ時間があった。杏子まで届く前に終わった時間もあった。さやかを救えず、魔女になった彼女を倒すしかなかったこともある。

 

 その先で、まどかが契約した。

 

 間に合わなければ、また盾を回した。

 時間を戻して、最初からやり直した。

 

 そうして何度繰り返しても、全員が同じ場所に立ったまま、ワルプルギスの夜を見上げるところまでは来られなかった。

 

 誰かがいない。

 誰かを失っている。

 あるいは、まどかがもう魔法少女になっている。

 

 いつも、そのどれかだった。

 

 今は違う。

 マミがいて、杏子がいて、さやかがいる。

 まどかはまだ、まどかのままだ。

 そして自分も、戻らずにここに立っている。

 

 自分一人で抱えようとしていたことは、やはり間違いだったのだと、ほむらは思った。

 その間違いを認めるのは苦かった。

 だが、今はその苦さすら、足場になっていた。

 

「暁美さん!」

 マミの声。

 ほむらは顔を上げる。

 黄色いリボンが、空へ何本も伸びている。ワルプルギスの夜の周囲を取り巻く歯車、瓦礫、ねじれた舞台装置。その隙間にリボンが入り込み、一本ずつ、静かに、だが確実に絡みついていた。

 

「位置は?」

「次で合わせる」

 ほむらは答えた。自分の声が、驚くほど落ち着いていた。

 

 杏子が、折れた標識の上に立つ。

 赤い槍が長く伸びる。さらに節に分かれ、四方へ打ち込まれる。まるで巨大な杭のように、空中の瓦礫へ、建物の残骸へ、ワルプルギスの夜の外縁へと繋がっていく。

 

「おい、さやか!」

「分かってる!」

 さやかは瓦礫の斜面を駆け上がっていた。

 息は荒い。足も震えている。

 それでも、剣を握る手は落ちていない。

 胸元の青い光は濁っていなかった。

 

「いけるな!」

 杏子が叫ぶ。

「いける!」

 さやかが叫び返す。

 

 まどかは後方で、キュゥべえを抱きしめていた。

 白い獣は、飛び出さなかった。

 ただ、じっと見ている。

 

「四人の接続値が上がっている」

「それ、今言うの?」

 まどかが言う。

「言う必要がある。これは、さっきまでとは違う」

「違う?」

「そうだよ」

 

 キュゥべえの赤い目が、四つの光を追う。

「今の四人は、同じ攻撃をしているだけではない。互いの魔力の欠けた部分を、一時的に補い合っている」

 

 まどかには、難しいことは分からない。

 でも、見れば分かった。

 マミさんのリボンが、みんなの足場になっている。

 杏子ちゃんの槍が、届かない場所を引き寄せている。

 さやかちゃんの剣が、一番前で道を開こうとしている。

 ほむらちゃんが、その全部の時間を合わせている。

 

「みんな」

 まどかは胸の前でキュゥべえを抱いたまま、小さく言った。

「お願い」

 嵐に消えてしまいそうな声だった。

 それでも、四人には届いた。

 

 黄、赤、青、紫。それぞれに灯っていた光が強くなる。

 だが、今度はただ明るくなったのではなかった。

 

 マミのリボンから伸びた黄色い光へ、杏子の槍を走る赤が触れる。二つは弾き合わず、そのまま互いの中へ入り込んだ。そこへ、さやかの剣から溢れた青が重なり、最後にほむらの紫がその全体を縁取る。

 

 四つの魔力が、四つのまま隣り合うのではない。

 互いを通り道にして、流れ始めていた。

 

 ほむらは盾を構えた。

 必要なのは、時間を奪うことではない。

 この流れを、同じ瞬間に完成させることだった。

 

 マミの拘束が深く入る瞬間と、杏子の槍が最も強く引ける瞬間。さやかの足が地面を蹴り切り、剣へ全身の力が乗る瞬間。そして、自分の魔力がそのすべてへ噛み合う瞬間。

 

 ほんのわずかずつ、ずれている。

 ほむらは、そのずれだけを削った。

 一秒を止める必要はない。半秒もいらない。コンマ一秒にも満たない差を、一枚ずつ重なった薄い硝子を揃えるように合わせていく。

 

 黄色が赤へつながる。

 赤が青を押す。

 紫がその流れを時間の中へ固定する。

 

 そして、四つの光がさやかの剣へ集まった。

 刃はもう青一色ではなかった。

 中心には青がある。その周囲へ黄色と赤が螺旋を描くように絡み、さらに外側を紫の光が薄く包んでいる。

 

 四人の魔法が、そこで初めて一つの形を取った。

 

「今!」

 誰が叫んだのか、ほむらにも分からなかった。

 

 その瞬間、マミのリボンがワルプルギスの夜の巨体を締め上げ、杏子の槍が逆方向へ引く。

 だが、それはもう二つの攻撃ではなかった。

 

 拘束も、牽引も、そのまま剣へ流れ込む魔力の一部になっている。

 ほむらが撃った。紫の弾丸は魔女を傷つけるためだけに飛んだのではない。命中した場所から時間のずれを押さえ込み、四人の魔力が逃げる先を一つに絞る。

 

 そこへ、さやかが踏み込んだ。

「届けえええええっ!」

 

 剣が走る。四人分の光が、その一振りに乗った。

 黄色が縛り、赤が引き寄せ、紫が瞬間を固定し、そのすべてを青い刃が一つの魔法として叩き込む。

 

 剣が届いた。音が消えた。

 いや、あまりにも多くのものが同じ瞬間に重なって、まどかにはそう感じられた。

 

 ワルプルギスの夜の外殻に、一本の光が走る。

 

 青だけではない。黄色も、赤も、紫も、その中にある。

 四色は混ざりきって白くなることもなく、それぞれの色を残したまま一本の亀裂となって、これまでどの攻撃も届かなかった奥へ沈んでいった。

 

 笑い声が途切れる。

 空が割れたように見えた。爆発ではない。何かを外から壊したのでもない。

 四人が別々に叩いていたときには触れられなかった層へ、一つに束ねた魔法が初めて届いた。

 

 まどかにも、それだけは分かった。

 今のは、四人の攻撃ではなかった。四人で使った、一つの魔法だった。

 

 キュゥべえが小さく言った。

「入った」

 誰にも聞こえないくらい小さな声だった。

「今のは、入った」

 

 土煙が空へ舞い上がった。空の上なのに、土煙と言うしかないものが広がった。巻き上げられた瓦礫と灰と雲と魔力の残滓が混ざり、ワルプルギスの夜の姿を覆い隠す。

 

 四人は着地した。

 さやかは膝をつきかけ、すぐに剣を地面へ突き立てて踏みとどまった。

 杏子は肩で息をしている。

 マミはリボンを戻しながら、胸元に手を当てた。

 ほむらは盾を下ろさない。

 

 誰も、勝ったとは言わなかった。

 言えなかった。

 

 土煙の向こうから、笑い声が聞こえたからだった。

 

 同じ笑い声。高く、遠く、壊れた舞台の上で鳴るような笑い。

 

 ワルプルギスの夜が、姿を見せる。

 外殻は欠けていた。少なくとも、そう見えた。

 歯車の一部が崩れ、周囲を回る瓦礫の軌道が乱れている。巨大な体の一部には、確かに傷のようなものが走っていた。

 

 それでも、魔女はそこにいた。

 落ちない。

 倒れない。

 まだ、笑っている。

 

「今のでも駄目なのかよ」

 杏子が、槍を地面に突き立てる。その声に絶望はなかった。

 苛立ちと、疲労と、まだ続ける気配があった。

 

 さやかが剣を引き抜く。

「もう一回やってみる?」

 杏子は口の端を上げた。

「ああ。次はもっとでかいのがいけそうだ」

「でしょ」

 さやかは笑った。

 息は荒いし、肩は上下しているが、目は死んでいない。

「こんなに長く戦えるなんて思ってなかったな」

 

 マミが、静かに言う。

「私も、まだやれるわ」

 

 ほむらは、マミを見る。

 マミのソウルジェムは濁っていない。

 杏子も。さやかも。――自分も。

 

 とっくに魔力切れを起こしていてもおかしくない。とっくに足が止まり、判断が鈍り、濁りが溜まっていてもおかしくない。

 それでも、まだ魔力は感知できる。

 四人の光は、そこにあった。

 

「暁美さんは?」

 マミが聞いた。

 ほむらは、ワルプルギスの夜を見上げたまま答えた。

「私も、これからが本番よ」

 

 それは強がりではなかった。

 少なくとも、ほむら自身はそう感じていた。

 

 まだ戦える。

 まだ、戻らなくていい。

 まだ、この時間で前へ進める。

 

 キュゥべえが、まどかの腕の中で言った。

「四人とも、魔力量は予測より大きく残っている。濁度上昇も低い。消耗していないわけではないけれど、従来方式とは明らかに違う」

「それなら」

 

 まどかが言った。

「まだ、いけるんだね」

「そうだね」

 キュゥべえは答える。

「まだ、いける」

 

 その言葉が終わる前だった。

 

 ワルプルギスの夜の笑いが、止まった。世界から音が一つだけ抜け落ちたようだった。

 風は吹いている。高台の木々は軋み、巻き上げられた瓦礫は空でぶつかり合い、遠くでは避難を促す警報も鳴り続けている。

 それなのに、あれほど空全体を満たしていた笑い声だけが消えていた。

 

 四人が、ほとんど同時に顔を上げる。

 

 ワルプルギスの夜が動いた。

 それまでの魔女は、こちらを見ているのかどうかさえ分からなかった。

 逆さまの巨体を空に浮かべ、笑いながら通り過ぎていく。攻撃されれば反応することはあっても、四人を敵として見ているようには思えなかった。

 

 人間も、魔法少女も、街も。

 進路の途中にあるものを、ただまとめて嵐へ巻き込んでいる。

 

 そういう災害だった。

 そのはずだった。

 

 巨大な歯車が、ゆっくり回る。

 逆さまになっていた人形めいた輪郭が傾き、周囲を巡っていた瓦礫まで、その動きに引かれるように軌道を変えた。

 

 ()()()()()()()()

 そう見えた。

 

 本当に上下が反転したのか、魔女そのものの向きが変わったのか、まどかには分からない。

 ただ、一つだけ分かった。

 

 こちらを向いた。

 

 顔と呼べるものがあるのかさえ曖昧なはずなのに、四人のいる高台へ、その巨大な存在の正面が向けられていた。

 

 同時に、魔女の周囲を無秩序に回っていた瓦礫の流れまで変わる。散っていたものが、一つずつこちら側へ弧を描き始めた。さっきまで街全体へばらまかれていた圧力が、細く、鋭く、一点へ集まってくる。

 

 マミが息を止める。

 杏子の槍が、わずかに下がったまま止まる。

 さやかが剣を握り直した。

 ほむらだけは動かなかったが、その目が細くなった。

 

 四人とも、同じことを理解した。

 見られている。

 今まで何を考えているのかさえ分からなかったものが、初めて明確にこちらを選んだ。

 

 まどかの背筋を、冷たいものが走った。

 ワルプルギスの夜に、さっきの一撃で、自分たちの存在を認識させてしまった。

 

「キュゥべえ」

「分からない」

 キュゥべえが、即座に言った。

「でも、何かをする」

 

 ほむらは、すでに盾へ手をかけていた。

 ワルプルギスの夜が笑うのをやめ、こちらを向いた。

 その時点で、来ることだけは分かった。

 何が来るのかが分からない。

 

 瓦礫ではない。突風でも、歯車でもない。

 空の一部がこちらへ倒れてくるように見えた次の瞬間には、地面の方が持ち上がってくるようにも見えた。

 

 距離がおかしい。

 まだ遠くにいるはずのワルプルギスの夜が、一瞬だけ目の前まで迫ったように見え、次にはまた空の彼方へ戻っている。

 

 ほむらは反射的に盾を回した。

 世界が止まる。風が止まり、舞い上がった瓦礫が空中に縫い止められる。マミの髪も、杏子の槍も、さやかのスカートも、その瞬間の形のまま静止した。

 

 それなのに――。

 ほむらは息を呑んだ。

 

 攻撃だけが、一つの場所にいなかった。

 動いているわけではない。止まった世界の中で進んでいるわけでもない。

 ただ、同じ攻撃が、少しずつ違う位置に重なって見える。

 

 高台の上。

 四人の正面。

 頭上。

 さらに、もう通り過ぎたはずの背後。

 

 どれが本物なのかではない。全部が同じ一撃だった。

 昨日、まどかが話していた自分の因果構造を、ほむらは一瞬だけ思い出した。

 前と後ろだけでは整理できない線。見る位置を変えれば上下が入れ替わり、交差していたはずのものが離れて見えたという、あの構造。

 

 似ている。

 

 ワルプルギスの夜の攻撃は、一枚の時間の中に収まっていない。

「……止まらないんじゃない」

 ほむらは呟いた。

 

 時間停止が効いていないのではない。自分が止めたのは、今という一枚だけだ。

 向こうは、その前後までまとめてこちらへ重ねている。

 

 ほむらは時間を戻した。

 

「防御!」

 声を上げたのはマミだった。

 ほむらの説明を待つ必要はなかった。

 

 マミの両腕から黄色いリボンが一斉に走る。

 だが、壁を何枚も作ったのではない。最初の数本は地面へ突き刺さった。

 アスファルトを貫き、その下へ潜り、地中で枝分かれする。根を張るように広がったリボンが魔力で硬化し、何十か所もの固定点を作る。

 

 そこから別のリボンが斜めに立ち上がった。

 一本を一本で支える。さらにその外側から、逆方向へ力を逃がす。

 

 正面には弧を描く層。その後ろには斜交いに張った層。

 さらに後方には、衝撃を地面へ流すための支索。

 黄色い光が一瞬のうちに組み上がり、四人の前へ巨大な立体構造を作った。

 

 ただ受け止めるための壁ではない。

 衝撃を分け、曲げ、地面へ逃がすための防御だった。

 

「美樹さん、正面!」

「はい!」

 さやかが一番前へ出る。

 攻撃の輪郭は見えない。それでも、胸元の青い光が最も強く反応した場所へ剣を叩き込んだ。

 何もない空間を斬ったように見えた。

 次の瞬間、腕全体が跳ね上がる。

 

「っ……!」

 受けたのは点ではなかった。

 剣の刃全体へ、違う方向から同時に力がかかっている。

 

 上から押されながら、横へ引かれ、そのまま手前へ潰される。

 さやかは両足を踏み込んだ。

 ブーツの下で地面が割れる。

 

「杏子!」

「見えてる!」

 赤い槍がさやかの横を抜けた。杏子も攻撃そのものを貫こうとはしなかった。

 槍を地面へ深く突き立て、節を分裂させる。

 一本はさやかの剣へ絡み、もう一本はマミの防御構造へ、さらに数本は別々の方向へ地面を噛んだ。

 さやか一人に集中する力を、槍を通して横へ引き裂く。

 

「何だよ、これ……!」

 赤い槍が弓のようにしなる。

 節の一つが悲鳴を上げる。

 それでも杏子は離さない。

 

 ほむらは再び盾を回した。

 今度は、世界そのものを止めようとはしなかった。

 止めても意味がない。

 

 ワルプルギスの夜の攻撃は、一つの時刻にも、一つの場所にも収まっていない。なら、全部を同じように止める必要もなかった。

 

 ほむらは、重なって見える軌道の一つだけを選ぶ。

 そこへ時間停止を薄くかける。

 

 もう一つは、そのまま流す。

 別の一つは、ほんのコンマ一秒だけ遅らせる。

 

 世界全体ではない。

 攻撃の一つ一つへ、必要な分だけ時間を使う。

 その方が消耗も少ない。そして何より、同時に来るものを同時に受けなくて済む。

 

 ほむらの視界の中で、同じ瞬間へ重なっていたはずの攻撃が、少しずつ前後へずれていく。

 一つ目、次、その次。

 順番などなかったものへ、無理やり順番を作る。

 

 一度に受ければ防げない。

 それなら、処理できる形へ並べ替える。

 

 ほむらは、さらに一つの軌道だけを遅らせた。紫の光が盾の縁を走る。

 重なっていた攻撃の輪郭が、一枚ずつ剥がれていく。

 

「マミ、今!」

「ええ!」

 

 最初の衝撃が黄色い防御へ入った。

 正面のリボンが大きくたわむ。力はそのまま後ろへ抜けず、斜めの支索へ分かれ、地中へ打ち込まれた固定点へ流れた。

 

 高台全体が揺れた。

 一本目の固定点が抜ける。土と砕けた舗装がまとめて噴き上がった。

 二本目。

 三本目。

 リボンそのものが切れるより先に、地面の方が耐えられなくなっていく。

 

「まだ!」

 マミが両手を広げた。

 抜けた固定点のさらに奥へ、新しいリボンが潜り込む。

 

 黄色い構造が崩れながら、その後ろで次の構造を作る。

 一層目が潰れる。二層目が受ける。そこも曲がる。三層目へ流す。

 それでも止まらない。

 

 さやかが剣で一つの流れを逸らし、杏子が別の方向へ引き裂き、ほむらが到達時刻そのものをずらし、マミが残った衝撃を地面へ逃がす。

 

 四人で、一つの攻撃をばらしている。

 それなのに――。

 

 ほむらには分かった。

 まだ全部ではない。

 

 紫の光が軋む。盾の奥まで冷たさが伝わる。

 時間を薄く引き伸ばすたび、別の時刻にあったはずの衝撃が次から次へと現れる。

 

 今までなら、ここまで来る前に終わっていた。

 マミの防御は破られ、杏子の槍は折れ、さやかの身体は耐えきれず、自分の時間停止でもどうにもならない。

 

 誰かのソウルジェムが砕ける。

 誰かがいなくなる。

 まどかが契約する。

 

 自分は盾を回す。

 そうして、また最初へ戻る。

 

 だが、今回は違った。

 誰も離さない。

 

 さやかの剣が軌道を一つ外へ押し出す。

 杏子の槍がそのずれをさらに広げる。

 ほむらが重なっていた時間をばらし、マミのリボンが一層ずつ衝撃を受け渡していく。

 受け止めた。そう思った瞬間だった。

 ほむらの視界の奥で、まだ一枚残っていた。

 

「――まだ来る!」

 最後の一つは、ずらせなかった。

 

 時間の前後も、空間の上下も関係なく、四人のいる場所そのものへ重なってくる。

 マミが反射的に最後のリボンを張る。杏子が槍を地面へ叩き込む。さやかが剣を両手で構える。ほむらは盾を正面へ向けた。

 

 その瞬間、まどかの腕の中でキュゥべえの耳から伸びる輪が開いた。

「保護外装を同期する」

「キュゥべえ?」

 返事はなかった。

 

 まどかの周囲に薄い光が浮かぶ。

 同時に、離れた四人の身体を包んでいた光が一斉に強くなった。

 黄、赤、青、紫。

 

 その四つとは別に、白い光が一瞬だけ全体をつないだ。

 次の瞬間、ワルプルギスの夜の一撃が、高台そのものへ落ちた。

 

 だが、まどかは腕を離さなかった。

 その視界の先で、四人の身体がまとめて高台へ叩き落とされる。

 

 最初に地面へ触れたマミが、転がりながら反射的にリボンを放った。黄色い帯が砕けた舗装へ食い込み、そのまま横へ流される杏子の身体へ絡む。

 

 引かれた杏子は宙で身体をひねり、槍を地面へ突き立てた。穂先が舗装を割り、長い傷を刻みながら二人分の勢いを削っていく。

 

 その脇をさやかが滑った。剣を両手で地面へ押し込み、刃を削りながら無理やり身体を起こす。そこへ飛ばされてきたほむらが盾を傾け、残った衝撃を正面から受けるのではなく地面へ逃がした。

 

 四人の武器が、それぞれ別の場所で地面を噛む。

 黄色いリボンが張り、赤い槍が軋み、青い剣が火花を散らし、紫の盾が砕けた瓦礫を押しのける。

 

 それでも数メートルは引きずられた。地面が裂け、瓦礫が跳ね、張り詰めたリボンが今にも切れそうに震える。

 

 やがて、その全部が止まった。

 荒い呼吸だけが残る――誰も、消えていなかった。

 

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