魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ 作:折無堂
「ところで、まどか」
「なに、キュゥべえ」
「君の願いについて、本体から追加報告が来た」
まどかは、まだ少しだけ身構えた。
契約は終わった。キュゥべえは戻ってきた。
さやかちゃんも、マミさんも、杏子ちゃんも、ほむらちゃんも、そこにいる。
それでも、本体、という言葉にはまだ少し怖さがある。
「怒られたの?」
「いいや」
キュゥべえは、いつものように座っていた。
「褒められた」
その場の空気が止まった。
杏子が、真っ先に顔をしかめる。
「褒められた?」
「そうだよ」
「誰に」
「本体に」
さやかが嫌そうな顔をした。
「本体って、褒めたりするんだ」
「君たちの褒めるという概念とは少し違う。評価された、と言う方が正確だね」
「何を?」
マミが静かに聞いた。
キュゥべえは、赤い目でまどかを見た。
「鹿目まどかの願いによって発生したアンチエントロピー性だよ」
まどかは目を瞬いた。
「え?」
「君の願望実行に伴う因果影響は、本体側でも精査された」
キュゥべえは少しだけ間を置く。
「結果から言えば、今回の願いはかなり閉じていた」
「閉じてた?」
「そうだよ。ただし、宇宙が開いているとか、閉じているとか、平坦だとかいう意味ではない」
まどかには、そちらの意味もよく分からなかった。
キュゥべえは気にせず続ける。
「願いの作用範囲の話だ。対象は、この場所に存在していた僕という一個体。要求された結果も、その個体の連続性を保ったまま再生させることに限定されていた」
「……うん」
「過去すべてを書き換えるわけでもない。未来すべてへ作用するわけでもない。魔法少女システムそのものを変更するわけでもない。宇宙の大規模構造へ継続的な因果干渉を発生させる願いでもなかった」
そこで、キュゥべえはまどかを見る。
「君ほどの因果を持つ個体が行使した願いとしては、驚くほど局所的だった」
「じゃあ、問題なかったの?」
「願望実行による大規模な因果改変についてはね」
キュゥべえの耳が、わずかに動いた。
「問題は、その願いを実行したときに発生したエネルギーだ」
「エネルギー?」
「死によって失われたはずの個体を、情報の連続性ごと復元した。散逸したものを集め、失われる方向へ進んでいた状態を逆向きへ押し戻した」
キュゥべえの声が、ほんの少しだけ強くなる。
「アンチエントロピー現象としては、極めて純度が高い」
まどかは黙って聞いていた。
「希望絶望相転移による通常回収量と比較しても、桁が違う。正確な倍率はまだ精査中だけれど、一万倍程度では収まらない可能性がある。条件の取り方によっては、一億倍以上という推定も出ている」
「……そんなに?」
「そうだよ」
キュゥべえは平然と言った。
「願いそのものは、とても小さかった」
赤い目が、まどかを見る。
「でも、それを叶えた君の因果は、小さくなかった」
沈黙。さやかが、ゆっくり口を開いた。
「……ちょっと待って」
「何だい」
「あんた、今、まどかがあんたを生き返らせた願いを、エネルギー回収量で語った?」
「そうだよ」
杏子が額を押さえた。
「台無しだろ、それ」
「なぜだい。これは非常に重要な成果だ。死から生への反転、個体同一性の再接続、喪失拒否による秩序再構成。これらは従来の希望絶望相転移よりも、はるかに効率の高いアンチエントロピー現象だった」
「言い方!」
さやかが叫んだ。
マミは疲れたように目を閉じた。
「キュゥべえ……そういうことを、今、鹿目さんの前で言うのね」
「言うべきだと判断した」
ほむらは、冷たい目でキュゥべえを見た。
「あなた、本当に死んでいた方が少し静かだったわね」
「それは困る。僕は生き返ったばかりだ」
「生き物じゃないって言ったじゃない」
「君たちがその表現を嫌がるから、今は暫定的に生き返ったと表現している」
まどかは、ぽかんとしていた。それから、少しだけ笑った。
「そっか」
「まどか?」
さやかが心配そうに見る。
まどかは首を横に振った。
「ううん。キュゥべえだなって思って」
キュゥべえは首を傾げる。
「それは、よい評価なのかい?」
「たぶん、ちょっとだけ」
「ちょっとだけ」
「うん」
杏子が呆れたように言う。
「で? お前、それでどうなったんだよ」
「僕のローカル改善試験は、本体審査で継続承認された」
「まあ、それはよかったけど」
「それだけではない」
キュゥべえは、少しだけ誇らしげに見えた。もちろん、本当に誇らしいのかどうかは分からない。
「本体から通知が来た。見滝原地区ローカル改善試験は、極東観測圏への拡張試験として承認された。僕は極東観測圏改善主任端末に指定された」
「主任端末」
さやかが嫌そうに繰り返す。
「つまり?」
キュゥべえは言った。
「僕も、おかげで出世しちゃったよ」
今度こそ、全員が黙った。
朝の空気が、妙に軽くなる。いや、軽くなったというより、力が抜けた。
さやかが、涙の跡を残したまま叫ぶ。
「台無しだよ!」
杏子が腹を抱えて笑った。
「お前、ほんと最悪だな!」
マミは困ったように笑っていた。
「でも……戻ってきたのね」
ほむらは深くため息をついた。
「ええ。本当に、戻ってきてしまったのね」
まどかは、キュゥべえを見た。
「出世、おめでとう」
「ありがとう、まどか」
キュゥべえは、いつもの声で答えた。
「君の願いのおかげだ」
「うん」
まどかは少し笑う。
「でも、次からはそういうこと、もうちょっと後で言ってね」
キュゥべえは少し考えた。
「分かった。感情的余韻を破壊しない発言タイミングについて、今後検討する」
「検討じゃなくて、覚えて」
「努力する」
「そこは、うんって言って」
「うん」
さやかがまた叫んだ。
「素直に言えるんじゃん!」