魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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4. 佐倉杏子という変数

 翌日、マミは学校を休んだ。

 当然だった。

 

 まどかもさやかも、授業中ずっと上の空だった。ノートには文字があるし、先生の声も聞こえているが、その意味がまったく頭に入ってこない。

 昼休み、さやかは弁当箱を開いたまま、箸を動かさずにいた。

 

「まどか」

「うん」

「昨日の、夢じゃないんだよね」

「……うん」

 

 二人とも、それ以上は言えなかった。

 マミが食べられた。

 戻ってきた。

 魂はソウルジェムにある。

 キュゥべえは、それを今まで言っていなかった。

 

 なのに、キュゥべえがいなければマミは本当に死んでいた。

 その矛盾が、胸の中でぐるぐる回っていた。

 

 放課後、二人はマミの部屋へ向かった。

 扉を開けたマミは、昨日より少しだけ顔色が戻っていた。けれど、目元の疲れは隠せていない。

「来てくれてありがとう」

 その声は優しかった。優しいからこそ、さやかは泣きそうになった。

 

「マミさん、本当に大丈夫なんですか」

「大丈夫、とは言えないわね」

 マミは正直に言った。

「でも、昨日よりは落ち着いているわ」

 

 部屋にはほむらもいた。

 壁際に立っている。昨日と同じように座らない。

「暁美さんも……」

 まどかが驚くと、ほむらは視線をそらした。

「確認することがあるだけよ」

 

 テーブルの上に、キュゥべえが座っていた。

 さやかが睨む。

「何で当然みたいにいるの」

「呼ばれたからだよ」

「誰に」

「巴さんに」

 

 さやかはマミを見た。

 マミは少し気まずそうに微笑んだ。

「話を聞く必要があると思ったの。……嫌だけれど」

「その判断は妥当だ」

「あなたは少し黙っていて」

「分かった」

 

 キュゥべえは本当に黙った。

 ほむらが口を開く。

「佐倉杏子の件ね」

 

 その名前に、さやかが眉をひそめた。

「昨日言ってた子?」

「ええ」

 マミが頷く。

 

「隣町の魔法少女よ。実力は高いわ。けれど、やり方は私とは違う」

「違うって?」

「魔女だけを狩る。使い魔は放っておく。グリーフシードにならないから」

 

 さやかの顔が変わった。

「それって、人が襲われても放っておくってことですか」

 マミは答えに迷った。

 代わりに、ほむらが言った。

「そういうことよ」

「最低じゃん」

 さやかの声に怒りが混じる。

 

 キュゥべえが口を開いた。

「美樹さやか。彼女の行動は、個体維持の観点では合理的だ。グリーフシードの確保は魔法少女にとって必須であり――」

「黙っててって言われたでしょ」

「今の沈黙要求は終了していると思った」

「続いてる!」

「分かった」

 

 マミは深く息を吐いた。

「佐倉さんは、強いわ。もし彼女が見滝原に来て、私が弱っていると知れば、この街の魔女を狩りに来るかもしれない」

「それを止めるんですか?」

 まどかが聞く。

 マミはすぐには答えなかった。

 

「止めたい。でも、今の私が彼女と戦えるかは分からない」

 その言葉に、まどかは胸が痛くなった。

 

 昨日までのマミなら、きっとそんなことは言わなかった。

 自分が守ると言ったはずだった。

 けれど今のマミは、そう言わない。

 言えなくなったのではない。

 言わないことを選んでいるように見えた。

 

 ほむらがキュゥべえを見た。

「あなたは、彼女にも保護外装を渡すつもり?」

「可能ならね」

「信用すると思う?」

「思わない」

 即答だった。

 

 さやかが呆れたように言う。

「じゃあ無理じゃん」

「だから、情報ではなく実利を示す必要がある」

「実利?」

「ソウルジェムを守れる。肉体損壊時の復旧可能性が上がる。グリーフシード配分を安定化できる。魔法少女同士の殺し合いによる損耗を減らせる。佐倉杏子は、そうした話なら聞く可能性がある」

 

 マミは静かに言った。

「彼女を、利用するつもり?」

 

 キュゥべえは首を傾げた。

「もちろん、利用価値はある」

 

 空気が冷える。

 キュゥべえは続けた。

「ただし、彼女にとっても利益がある。協力関係とは、そういうものではないのかい?」

「言い方を考えなさい」

 マミの声が少し強くなった。

 

「分かった。佐倉杏子には協力者としての価値がある」

「それもあまり変わっていないわ」

「難しいね」

 

 ほむらは、少しだけ目を伏せた。

「彼女は簡単には従わないわ」

「従わせる必要はない」

 キュゥべえは言った。

「話を聞かせればいい。彼女がこちらを信用しないのは想定内だ。けれど、彼女は実利を無視するほど愚かではない」

 

 マミは黙った。

 その評価に、反論できなかったのだろう。

 

 まどかは、テーブルの上のキュゥべえを見た。

「キュゥべえは、杏子ちゃんのことも分かってるの?」

「ある程度はね。彼女は生存戦略がはっきりしている。巴マミより現実的で、暁美ほむらより孤立に慣れている」

「なんか……ひどい言い方」

「評価だよ」

「評価って、時々ひどいよ」

「改善する」

 

 さやかが腕を組んだ。

「で、どうやって会うの」

「僕が呼ぶ」

 キュゥべえは当然のように言った。

 

「彼女は僕の声を聞く。来るかどうかは別だけれど、グリーフシードの話をすれば、少なくとも無視はしない」

 マミの顔に、かすかな緊張が走った。

「場所は?」

「マミさんの部屋はだめです」

 さやかが即座に言った。

 

 全員が彼女を見る。

 さやかは少し怯んだが、引かなかった。

 

「ここは、マミさんの家です。昨日あんなことがあったばっかりなのに、知らない魔法少女をここに呼ぶのは違うと思います」

 マミは目を見開いた。それから、ゆっくりと微笑んだ。

「ありがとう、美樹さん」

 さやかは照れたように目をそらす。

「別に、普通です」

 

 ほむらが言った。

「人目の少ない場所がいいわ。逃走経路が多く、遮蔽物があり、万一戦闘になっても一般人を巻き込まない場所」

「そんな言い方すると、ほんとに戦うみたいじゃん」

「戦わずに済む保証はないわ」

 さやかは黙った。

 

 マミが考える。

「廃ビルのある区画があるわ。以前、使い魔が出た場所。今は人もほとんど近づかない」

「そこでいい」

 ほむらが即答する。

 

 キュゥべえも頷いた。

「妥当だね。佐倉杏子も警戒はするだろうけれど、来る可能性は高い」

 まどかは不安になった。

「私たちも行くの?」

 マミが迷う。

 

 ほむらはすぐに言った。

「まどかは来ない方がいい」

「でも……」

「危険よ」

「危険でも、知らないままなのは嫌だよ」

 

 その言葉に、ほむらが黙る。

 さやかがまどかの横に立った。

 

「あたしも行く。まだ契約してないけど、マミさんだけに任せるのは嫌だし、キュゥべえがまた変なこと言ったら突っ込まなきゃいけないし」

「僕の発言管理のために来るのかい?」

「そうだよ!」

「それは助かるね」

「助かるんだ……」

 

 マミは、少しだけ笑った。

 本当に少しだけだったが、昨日から初めて見る笑顔だった。

 

「分かったわ。鹿目さんも、美樹さんも来て。ただし、危なくなったらすぐに下がって。暁美さん」

「分かっているわ」

 ほむらは短く答えた。

 

「二人は私が見る」

 まどかは、ほむらを見た。

「ほむらちゃん……」

 

 ほむらは視線を合わせなかった。

 キュゥべえはテーブルから降りた。

 

「では、佐倉杏子へ接触する。内容は、グリーフシード配分、ソウルジェム保護、魔法少女同士の損耗抑制について」

「そんな言い方で呼ぶの?」

 さやかが嫌そうな顔をする。

「問題があるかな」

「絶対来ないと思う」

 

 マミが苦笑した。

「もう少し、彼女向けの言い方にした方がいいわ」

 

 キュゥべえは少し考えた。

「では、こうしよう」

 

 赤い目が、わずかに光ったように見えた。

「見滝原に、君が損をしない話がある。巴マミも関係している」

 

 ほむらが目を細める。

「煽っているわね」

「事実だよ」

 

 マミはため息をついた。

「佐倉さんは来るわね」

「そうだね」

 キュゥべえは、いつもの声で言った。

「彼女は、損を嫌うから」

 

 部屋の中に、静かな緊張が落ちた。

 巴マミはまだ完全には戻っていない。

 ほむらはキュゥべえを信用していない。

 さやかは怒っている。

 まどかは怖い。

 それでも、次に向かうことだけは決まった。

 

 佐倉杏子に会う。

 

 魔法少女同士が殺し合わずに済むのか。

 キュゥべえの新しいやり方が、本当に通じるのか。

 それを確かめるために。

 

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