魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ 作:折無堂
翌日、マミは学校を休んだ。
当然だった。
まどかもさやかも、授業中ずっと上の空だった。ノートには文字があるし、先生の声も聞こえているが、その意味がまったく頭に入ってこない。
昼休み、さやかは弁当箱を開いたまま、箸を動かさずにいた。
「まどか」
「うん」
「昨日の、夢じゃないんだよね」
「……うん」
二人とも、それ以上は言えなかった。
マミが食べられた。
戻ってきた。
魂はソウルジェムにある。
キュゥべえは、それを今まで言っていなかった。
なのに、キュゥべえがいなければマミは本当に死んでいた。
その矛盾が、胸の中でぐるぐる回っていた。
放課後、二人はマミの部屋へ向かった。
扉を開けたマミは、昨日より少しだけ顔色が戻っていた。けれど、目元の疲れは隠せていない。
「来てくれてありがとう」
その声は優しかった。優しいからこそ、さやかは泣きそうになった。
「マミさん、本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫、とは言えないわね」
マミは正直に言った。
「でも、昨日よりは落ち着いているわ」
部屋にはほむらもいた。
壁際に立っている。昨日と同じように座らない。
「暁美さんも……」
まどかが驚くと、ほむらは視線をそらした。
「確認することがあるだけよ」
テーブルの上に、キュゥべえが座っていた。
さやかが睨む。
「何で当然みたいにいるの」
「呼ばれたからだよ」
「誰に」
「巴さんに」
さやかはマミを見た。
マミは少し気まずそうに微笑んだ。
「話を聞く必要があると思ったの。……嫌だけれど」
「その判断は妥当だ」
「あなたは少し黙っていて」
「分かった」
キュゥべえは本当に黙った。
ほむらが口を開く。
「佐倉杏子の件ね」
その名前に、さやかが眉をひそめた。
「昨日言ってた子?」
「ええ」
マミが頷く。
「隣町の魔法少女よ。実力は高いわ。けれど、やり方は私とは違う」
「違うって?」
「魔女だけを狩る。使い魔は放っておく。グリーフシードにならないから」
さやかの顔が変わった。
「それって、人が襲われても放っておくってことですか」
マミは答えに迷った。
代わりに、ほむらが言った。
「そういうことよ」
「最低じゃん」
さやかの声に怒りが混じる。
キュゥべえが口を開いた。
「美樹さやか。彼女の行動は、個体維持の観点では合理的だ。グリーフシードの確保は魔法少女にとって必須であり――」
「黙っててって言われたでしょ」
「今の沈黙要求は終了していると思った」
「続いてる!」
「分かった」
マミは深く息を吐いた。
「佐倉さんは、強いわ。もし彼女が見滝原に来て、私が弱っていると知れば、この街の魔女を狩りに来るかもしれない」
「それを止めるんですか?」
まどかが聞く。
マミはすぐには答えなかった。
「止めたい。でも、今の私が彼女と戦えるかは分からない」
その言葉に、まどかは胸が痛くなった。
昨日までのマミなら、きっとそんなことは言わなかった。
自分が守ると言ったはずだった。
けれど今のマミは、そう言わない。
言えなくなったのではない。
言わないことを選んでいるように見えた。
ほむらがキュゥべえを見た。
「あなたは、彼女にも保護外装を渡すつもり?」
「可能ならね」
「信用すると思う?」
「思わない」
即答だった。
さやかが呆れたように言う。
「じゃあ無理じゃん」
「だから、情報ではなく実利を示す必要がある」
「実利?」
「ソウルジェムを守れる。肉体損壊時の復旧可能性が上がる。グリーフシード配分を安定化できる。魔法少女同士の殺し合いによる損耗を減らせる。佐倉杏子は、そうした話なら聞く可能性がある」
マミは静かに言った。
「彼女を、利用するつもり?」
キュゥべえは首を傾げた。
「もちろん、利用価値はある」
空気が冷える。
キュゥべえは続けた。
「ただし、彼女にとっても利益がある。協力関係とは、そういうものではないのかい?」
「言い方を考えなさい」
マミの声が少し強くなった。
「分かった。佐倉杏子には協力者としての価値がある」
「それもあまり変わっていないわ」
「難しいね」
ほむらは、少しだけ目を伏せた。
「彼女は簡単には従わないわ」
「従わせる必要はない」
キュゥべえは言った。
「話を聞かせればいい。彼女がこちらを信用しないのは想定内だ。けれど、彼女は実利を無視するほど愚かではない」
マミは黙った。
その評価に、反論できなかったのだろう。
まどかは、テーブルの上のキュゥべえを見た。
「キュゥべえは、杏子ちゃんのことも分かってるの?」
「ある程度はね。彼女は生存戦略がはっきりしている。巴マミより現実的で、暁美ほむらより孤立に慣れている」
「なんか……ひどい言い方」
「評価だよ」
「評価って、時々ひどいよ」
「改善する」
さやかが腕を組んだ。
「で、どうやって会うの」
「僕が呼ぶ」
キュゥべえは当然のように言った。
「彼女は僕の声を聞く。来るかどうかは別だけれど、グリーフシードの話をすれば、少なくとも無視はしない」
マミの顔に、かすかな緊張が走った。
「場所は?」
「マミさんの部屋はだめです」
さやかが即座に言った。
全員が彼女を見る。
さやかは少し怯んだが、引かなかった。
「ここは、マミさんの家です。昨日あんなことがあったばっかりなのに、知らない魔法少女をここに呼ぶのは違うと思います」
マミは目を見開いた。それから、ゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう、美樹さん」
さやかは照れたように目をそらす。
「別に、普通です」
ほむらが言った。
「人目の少ない場所がいいわ。逃走経路が多く、遮蔽物があり、万一戦闘になっても一般人を巻き込まない場所」
「そんな言い方すると、ほんとに戦うみたいじゃん」
「戦わずに済む保証はないわ」
さやかは黙った。
マミが考える。
「廃ビルのある区画があるわ。以前、使い魔が出た場所。今は人もほとんど近づかない」
「そこでいい」
ほむらが即答する。
キュゥべえも頷いた。
「妥当だね。佐倉杏子も警戒はするだろうけれど、来る可能性は高い」
まどかは不安になった。
「私たちも行くの?」
マミが迷う。
ほむらはすぐに言った。
「まどかは来ない方がいい」
「でも……」
「危険よ」
「危険でも、知らないままなのは嫌だよ」
その言葉に、ほむらが黙る。
さやかがまどかの横に立った。
「あたしも行く。まだ契約してないけど、マミさんだけに任せるのは嫌だし、キュゥべえがまた変なこと言ったら突っ込まなきゃいけないし」
「僕の発言管理のために来るのかい?」
「そうだよ!」
「それは助かるね」
「助かるんだ……」
マミは、少しだけ笑った。
本当に少しだけだったが、昨日から初めて見る笑顔だった。
「分かったわ。鹿目さんも、美樹さんも来て。ただし、危なくなったらすぐに下がって。暁美さん」
「分かっているわ」
ほむらは短く答えた。
「二人は私が見る」
まどかは、ほむらを見た。
「ほむらちゃん……」
ほむらは視線を合わせなかった。
キュゥべえはテーブルから降りた。
「では、佐倉杏子へ接触する。内容は、グリーフシード配分、ソウルジェム保護、魔法少女同士の損耗抑制について」
「そんな言い方で呼ぶの?」
さやかが嫌そうな顔をする。
「問題があるかな」
「絶対来ないと思う」
マミが苦笑した。
「もう少し、彼女向けの言い方にした方がいいわ」
キュゥべえは少し考えた。
「では、こうしよう」
赤い目が、わずかに光ったように見えた。
「見滝原に、君が損をしない話がある。巴マミも関係している」
ほむらが目を細める。
「煽っているわね」
「事実だよ」
マミはため息をついた。
「佐倉さんは来るわね」
「そうだね」
キュゥべえは、いつもの声で言った。
「彼女は、損を嫌うから」
部屋の中に、静かな緊張が落ちた。
巴マミはまだ完全には戻っていない。
ほむらはキュゥべえを信用していない。
さやかは怒っている。
まどかは怖い。
それでも、次に向かうことだけは決まった。
佐倉杏子に会う。
魔法少女同士が殺し合わずに済むのか。
キュゥべえの新しいやり方が、本当に通じるのか。
それを確かめるために。