魔法少女まどか☆マギカ [異編] 反逆のキュゥべえ   作:折無堂

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6. 君たち女子中学生はすぐ早合点する

「で」

 杏子が、瓦礫の上に腰を下ろしたまま言った。

 

「話は聞いてやる。けど、その前に一つだ」

 赤い槍の柄で、床を軽く叩く。

「それで、あたしに何の得がある」

 

 まどかは、思わず杏子を見た。

 マミが生きていること。ソウルジェムのこと。キュゥべえがこれまでと違うこと。

 それだけで、もう十分すぎるほど大きな話に思えた。

 

 杏子はそこから入らなかった。

 得か、損か。

 それが彼女にとって、まず確かめるべきことなのだと、まどかにも少しだけ分かった。

 

 キュゥべえは答えた。

「まず、ソウルジェム保護外装を提供できる」

 

 杏子の眉が少し動く。

「さっきのやつか」

「そうだよ。完全な防御ではない。割られれば終わりだ。それでも、奇襲や接近戦での即時破壊率は下げられる」

「ふうん」

 

 杏子は槍を指で回した。

「他には」

「グリーフシード配分の調整。魔女の発生予測情報の共有。魔法少女同士の戦闘による消耗の抑制」

「要するに、あたしに縄張り争いをやめろってか」

「無意味な争いはね」

「意味があれば?」

「その時は再評価する」

 

 杏子は鼻で笑った。

「ほんとムカつくな、お前」

「それは先ほども聞いた」

「何回でも言ってやるよ」

 

 杏子は菓子の包みを取り出し、口で乱暴に開けた。廃ビルの中に、乾いた包装音が響く。

「で、何で今さらそんなことを始めた。今までのやり方で困ってたのは、あたしらの方だろ。お前らは困ってなかったはずだ」

「困っていなかった、という評価は正確ではない」

「じゃあ何だよ」

「困っていることを、困っていると分類していなかった」

 

 杏子は一瞬だけ手を止めた。

「……お前、やっぱり面白えな」

「面白さを目的にしているわけではないよ」

「知ってるよ。だから面白えんだ」

 

 キュゥべえは、杏子を見上げた。

「理由は、鹿目まどかとの契約が必ずしもアンチエントロピー的に最善ではないと判断したからだ」

 

 まどかは、自分の名前が出たことに気づくのが少し遅れた。

「……私?」

 

 さやかが一歩前に出る。

「なんでそこでまどかの話になるのよ」

 マミも顔を上げた。

「鹿目さんとの契約が、最善ではない……?」

 

 ほむらだけは動かなかった。

 ただ、空気が変わった。

 

 杏子が菓子を噛み砕きながら言う。

「話がでかくなってきたな。分かるように言えよ」

「努力する」

 

 キュゥべえは、まどかを見た。

「鹿目まどかは、通常の契約候補者ではない。魔法少女としての潜在出力が異常に高い。従来方式なら、最優先で契約を成立させる対象だ」

 

 ほむらの指が、わずかに動いた。

 盾ではなく、銃へ。

 だが、まだ抜かない。

 

 キュゥべえは続ける。

「けれど、出力が高すぎる。願望実行後の影響範囲、魔女化した場合の災害規模、周辺の因果構造への干渉。どれも通常の収支計算に収まらない」

「つまり?」

 杏子が言う。

 

「契約すれば大きなエネルギーを回収できる。だが、その後に生じる損失と再試行リスクを含めると、宇宙全体の長期収支にとって有利とは限らない」

「何言ってんのか半分くらい分かんねえけど」

 杏子はまどかを見た。

 

「要するに、こいつを契約させたら、でかすぎて後始末が面倒ってことか」

「かなり乱暴だが、概ね正しい」

「概ね正しいんだ……」

 

 さやかが青い顔でつぶやいた。

 まどかは、何を言えばいいのか分からなかった。

 

 自分は普通の中学生のはずだった。

 魔法少女に憧れて、マミに憧れて、何か自分にもできることがあるのかもしれないと思っていた。

 それが急に、宇宙とか、収支とか、災害規模とか、そんな言葉で語られている。

 

 怖かった。

 でも、一番怖い顔をしていたのは、ほむらだった。

 

「キュゥべえ」

 ほむらの声は冷たかった。

「あなた、何をどこまで知っているの」

「最初から完全に知っていたわけではないよ」

「答えなさい」

「答えている。先に観測されたのは、鹿目まどかとの契約が異常な収支を示すという事実だ」

 

 キュゥべえは、ほむらを見た。

「普通の中学生である彼女が、なぜそれほどの因果を持っているのか。その説明として、最も整合的だったのが君の時間遡行だ」

 

 まどかは息を止めた。

 さやかが目を見開く。

 

「時間……?」

 マミは、ほむらを見た。

 杏子は、低く口笛を吹く。

「へえ。そういう話かよ」

 

 ほむらは動かない。

 ただ、目だけがキュゥべえを射抜いていた。

「言わないで」

「情報を秘匿しても、状況は改善しない」

「言わないで!」

 ほむらの銃が抜かれた。

 まどかが叫ぶより早く、さやかが反応しかける。

 けれど、杏子の槍がそれを制した。

 

「待て、あんた」

「あんたって言うな!」

「今は黙ってろ。こいつ、肝心な話してる」

 

 さやかは歯を食いしばった。

 キュゥべえは、ほむらの銃口を見ても声を変えなかった。

 

「暁美ほむら。君の願いは、鹿目まどかを中心に時間を巻き戻している。君は記憶と経験を保持したまま、同じ期間を繰り返している」

 

 ほむらは撃たなかった。

 撃てなかった。

 マミが小さく言う。

「暁美さん……それは、本当なの?」

 

 ほむらは答えない。

 沈黙が答えだった。

 

 まどかの声が震えた。

「ほむらちゃん……?」

 

 ほむらは、まどかを見なかった。

 見られなかった。

 キュゥべえは続ける。

「君の目的は鹿目まどかの救出だ。だから、因果の中心は彼女に集まる。繰り返すたび、彼女の契約出力は増大している」

 

 杏子が舌打ちした。

「おい。それって、こいつがまどかを守ろうとするほど、まどかがやばくなってるってことか」

「その可能性が高い」

 

 ほむらの指が震えた。

 銃口がわずかに下がり、また上がる。

 

「黙りなさい」

「さらに」

「黙りなさいと言っているの!」

 

 キュゥべえは黙らなかった。

「ループの終点には、常にワルプルギスの夜がある」

 

 ほむらの表情が凍った。

「……何を」

「鹿目まどかほどではないにせよ、反復される因果の終点側にも影響が蓄積している可能性がある。つまり、ワルプルギスの夜も、最初の時間軸より強くなっているかもしれない」

 

 音が消えたようだった。

 廃ビルの外で、風が何かを鳴らしている。遠くで車の音がした。

 この場の誰も動かなかった。

 

 杏子が、低く言った。

「おい」

 いつもの軽さが消えていた。

 

「それ、やばくねえか」

「かなり深刻な可能性だね」

「可能性で済む話かよ」

「確証はない。けれど、考慮しない理由もない」

 

 ほむらの胸元で、紫のソウルジェムが鈍く光った。その内側に、薄い靄が差す。

 まどかはそれに気づいた。

 

「ほむらちゃん!」

 マミも顔色を変える。

 

「暁美さん、落ち着いて」

 

 ほむらは聞いていなかった。

 自分の手が震えている。

 自分がまどかを強くしてしまった。

 それだけではない。

 まどかを殺す夜まで、強くしていたかもしれない。

 

 救おうとしていた。

 ただ、救いたかった。

 そのたびに、条件を悪くしていたのだとしたら。

 

「私が……」

 ほむらの声は、ほとんど息だった。

 

「私が、全部……」

 

「暁美ほむら」

 キュゥべえが言った。

 

「君たち女子中学生は、すぐ早合点する」

 

 全員がキュゥべえを見た。

 杏子が一瞬、変な顔をした。

 

「お前、今それ言うか?」

「今言う必要がある」

 

 ほむらは、ゆっくり顔を上げた。

「何ですって」

「早合点だよ。僕は、君の願いがすべてを悪化させたと言ったわけではない」

「同じことでしょう」

「違う」

 

 キュゥべえは、ほむらを見上げる。

「君がその願いを持たなければ、この僕は現れなかったかもしれない」

 

 ほむらの目が揺れた。

「あなたが……?」

「そうだよ。僕が標準運用から逸脱している理由は、純粋な現場観測の結果かもしれない。あるいは、君の時間遡行によって形成された因果の近傍に、僕が居続けた影響かもしれない」

 

 杏子が口の端を上げた。

「つまり、こいつが何度もやり直したせいで、お前まで変なやつになったかもしれないってことか」

「変なやつ、という表現は曖昧だね」

「だいたい合ってんだろ」

「概ね正しい」

「ほらな」

 

 さやかが、泣きそうな顔で怒った。

「概ね正しいじゃないでしょ! それ、ほむらが悪いって言ってるみたいじゃん!」

「悪い、という価値判断ではない。結果の話だ」

「その言い方が悪いの!」

 

 キュゥべえは少しだけまばたきした。

「修正する。暁美ほむらの願いは、危険な副作用を生んだ可能性がある。しかし同時に、現行システムの欠陥を疑う僕を生んだ可能性もある。結末はまだ見えていない」

 ほむらのソウルジェムの靄は、それ以上濃くならなかった。

 

 キュゥべえは続けた。

「本体と同じように、君も今回がどうなるか見届ける責任がある」

「責任……」

「そうだよ。ここで再び時間を巻き戻せば、鹿目まどかの因果量はさらに増える可能性が高い。ワルプルギスの夜も同様だ。ならば、少なくとも今回の時間で何が起きるかを見届けるべきだ」

 

 ほむらは、しばらく黙っていた。

 やがて、銃を下ろす。

「最初から、そのつもりだったわ」

 

 声はいつものように冷たかった。

 けれど、まどかには分かった。

 少しだけ、無理をしている。

 

「ほんとかな、ほむらちゃん」

 ほむらが顔を上げる。

 

「まどか」

「だって、今のほむらちゃん、ちょっと苦しそう」

「そんなことはないわ」

「あるよ」

 

 まどかは一歩近づいた。

 ほむらは退かなかったが、近づかれることに慣れていないように、ほんの少しだけ肩を固くした。

 

「ごめんね、ほむらちゃん」

「どうして、あなたが謝るの」

「分からないけど……でも、ほむらちゃん、ずっと一人で頑張ってたんだよね」

 

 ほむらは何も言えなかった。

 まどかは、困ったように笑った。

 

「ごめんね。何も知らなくて」

 

 紫のソウルジェムの靄が、ほんの少し薄くなった。

 キュゥべえがそれを見た。

 

「興味深い。鹿目まどかの謝罪によって、暁美ほむらのソウルジェム濁度が低下――」

「キュゥべえ」

 

 マミが静かに言った。

「今は、黙っていて」

「分かった」

 

 キュゥべえは黙った。

 本当に。

 杏子が小さく笑う。

「お前、言われりゃ黙れるんだな」

 

 キュゥべえは黙ったままだった。

 さやかが目を丸くする。

「ほんとに黙ってる……」

 

 ほむらは、まどかを見ていた。

 何度も見た顔だった。

 何度も失った顔だった。

 守ると決めて、守れなかった顔だった。

 

 この時間のまどかは、まだ契約していない。

 そして、何も知らないままではない。

 

 それが救いなのか、もっと大きな罠なのか。

 まだ分からない。

 

 それでも、ほむらは銃をしまった。

「……話を続けましょう」

 

 その声は、さっきより少しだけ静かだった。

「ただし、キュゥべえ」

 

 白い獣は黙っている。

「もう話していいわ」

「分かった」

 

 キュゥべえは、即座に答えた。

「では、現時点での結論を述べる。鹿目まどかとの契約は、少なくとも今は推奨しない。暁美ほむらの再ループも推奨しない。ワルプルギスの夜は撃破よりも、通過、逸脱、損耗回避を優先すべき対象だ」

 

 杏子が眉をひそめる。

「倒さねえのか」

「倒せる保証がない」

「ずいぶん正直だな」

「正直でなければ、契約品質が下がる」

「契約しねえって話してんだろ」

「そうだね」

 

 さやかが深くため息をついた。

「こいつ、ほんと何も分かってないようで、変なところだけ分かってる……」

 

 まどかは、ほむらの横顔を見た。

 ほむらはまだ硬い顔をしている。

 それでも、さっきより少しだけ、ここにいるように見えた。

 

 この時間を見届ける。

 たぶん、それが最初の約束だった。

 誰とも交わしていない。

 でも、今ここで生まれた約束だった。

 

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