DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
名門の影と泥の靴
サイラスは街道沿いの巡回依頼を終え、ギルドへ戻った。
肩に担いだパルチザンには戦った跡らしいものもなく、外套の裾と靴に乾いた土が付いているだけだった。依頼された区間を歩き、道を塞いでいた倒木と、荷車の通行に支障が出そうな崩れを一か所見つけて報告したほかには、賊にも害獣にも遭遇していない。
「以上です」
サイラスが報告を終えると、ネネアは書き留めた内容を確認してから頷いた。
「はい、お疲れさまでした。こちらは街道を管理している方へ伝えておきますね」
「倒木は俺でも動かせたと思いますが」
「依頼は巡回と報告です。勝手に作業まで増やさなくて大丈夫ですよ」
「通れなくなっていたら困るでしょう」
「まだ荷車が避けられるくらいの幅はあったんですよね?」
「はい」
「なら、専門の方に任せましょう」
少し納得しきれないものを残しながらも、サイラスは差し出された報酬を受け取った。
その場で硬貨を数えていると、近くの卓から声が飛んでくる。
「また一枚ずつ数えてるぞ、真面目ちゃん」
「確認しているだけだ」
「ネネアが一枚抜いたりしねえよ」
「そんなことは言ってない」
笑われて眉を寄せたものの、サイラスは相手にせず、確認を終えた硬貨を革袋へしまった。
決して多くはない。
宿代と食事、武具の手入れに必要な分を考えれば、残るものはさらに少なくなる。それでも使わずに取っておける分は別の小袋へ移しておいた。
遠く離れたアルケア大公国にあるフロウロット家を、自分の手で再興する。
そのために故郷を出た。
かつて騎士の家として知られていたという名も、今では古びた屋敷と僅かな財産が残っているだけだった。このまま何もせず衰えていくのを見ているつもりはなく、冒険者として功績を立て、金を得て、いつかフロウロットの名をもう一度人に認めさせる。その道筋が具体的に見えているわけではないが、少なくとも家に留まっているより前へ進んでいるはずだった。
小袋を鞄へしまい、壁の掲示板へ目を向ける。
並んでいるのは護衛、害獣の駆除、採取の手伝い、荷運びといった仕事ばかりだった。どれも必要な依頼だということは分かっているし、小さな仕事だからと軽く扱うつもりもない。
それでも、今日の報酬が入った袋を思うと、先の長さを考えずにはいられなかった。
「ネネアさん」
「はい?」
受付へ戻ろうとしていたネネアが振り返る。
サイラスは掲示板を見たまま、ふと思いついたことを尋ねた。
「宿無しは、普段どんな依頼を受けてるんですか?」
「宿無しさんですか?」
「あいつ、ここに三年くらいいるんでしょう?」
「そうですね」
先日の野盗の一件を思い出す。
規則を無視して勝手に動いたことについては、今も正しいとは思っていない。それとは別に、一人で複数の野盗を捕らえて戻ってきた腕まで否定するつもりもなかった。
三年もギルドに所属し、あれだけ戦えるのなら、自分とは違う仕事をいくつも経験しているはずだと思っていた。
「討伐や、遠方の護衛なんかもやってるんですか?」
「うーん……」
ネネアは少し考えてから、掲示板へ目を向けた。
「普段は害獣の駆除が多いですね。あとは荷物を運んでもらったり、採取の手伝いをお願いしたり。人手が足りないときに護衛へ入ってもらうこともあります」
サイラスは聞き間違えたのかと思った。
「それだけ?」
「それだけ、という言い方は依頼してくださる方に失礼ですよ」
「あ……いや、そういう意味じゃありません。三年もいるのに、もっと難しい依頼は受けてないんですか?」
「たまにはありますけど、普段はそんな感じですよ」
改めて掲示板を見る。
さっきまで自分が眺めていた依頼と大して変わらない。
「……受けられないのか?」
「そんなことはありません。宿無しさんの場合、そもそも自分から仕事を選ぶことがあまりありませんから」
「選ばない?」
「ええ。こちらからお願いすると、大抵そのまま引き受けてくれるんです。今日はこれをお願いしますって」
サイラスはしばらく黙ったまま、並んだ依頼票を見つめた。
「報酬が高いとか、実績になるとかは気にしないんですか?」
「そういうところは、ほとんど見たことがないですね」
その感覚が、サイラスにはよく分からなかった。
三年もあれば、もっと先へ進める。
腕があるなら危険な仕事を受け、実績を積み、自分の名を上げることもできるはずだ。それなのに宿無しは、頼まれたから荷物を運び、頼まれたから害獣を追い払い、それが終わればまた次に頼まれる仕事を待っているらしい。
「……何のために冒険者をやってるんだ?」
思わず漏れた言葉に、ネネアが少し困ったように笑う。
「本人に聞いてみたらどうですか?」
「そこまで知りたいわけじゃないです」
「そうですか?」
「そうですよ」
サイラスはそう言って掲示板へ向き直った。
自分には、あんなふうにはできない。
何のために仕事をするのかは決まっている。小さな依頼をこなすことにも意味はあるが、それ自体が目的ではない。その先へ進み、いずれ誰もが認めるだけの功績を残さなければならない。
そうしなければ、ここまで来た意味がなかった。
翌日の依頼を一枚ずつ確かめていくうち、少し離れた村まで荷を運ぶ商人の護衛が目に留まった。危険度も報酬も特別高いわけではないが、今の自分が受けられる仕事の中では悪くない。
紙を剥がして受付へ持っていく。
「これを受けます」
「分かりました。出発は明日の朝ですね」
「はい」
手続きを終えたネネアから受理票を受け取り、サイラスはパルチザンを肩へ担いだ。
家を出たとき、自分なら必ずフロウロットの名を取り戻せると思っていた。今も、そのつもりでいる。ただ、そこへ至る道が思っていたより長いことだけは、少しずつ分かり始めていた。
今日の依頼が小さな一歩なら、明日もう一歩進めばいい。
いつか胸を張って故郷へ戻るために。
今のサイラスには、それ以外の生き方など考えられなかった。