DARK SOULS 〜AFTER STORY〜   作:OSPND

13 / 13
2.幻跡

 ―幻跡―誰かが漏らした言葉に、ギルドの中が静まり返った。

 

 宿無しには、その言葉に聞き覚えがなかった。

 

「幻跡?」

 

 思わず聞き返すと、近くにいた冒険者が驚いたように宿無しを見る。

 

「なんだ、知らないのか?」

 

「ああ、知らない」

 

「宿無しさん」

 

 ネネアが口を挟んだ。

 

「その話はあとで説明します。リリィさんも、もう少し詳しく聞かせてください。こちらへ」

 

 受付に残っていた職員へ声を掛け、ネネアは二人を事務室へ促した。

 

 途切れた話し声は、二人が奥へ入るまで戻らなかった。何人もの冒険者から視線を向けられたまま事務室へ入り、ネネアが扉を閉める。

 

「座ってください」

 

 宿無しとリリィが卓を挟んで腰を下ろすと、ネネアも向かいへ座り、先ほどまで書いていた紙を置いた。

 

「まず確認しておきます。お二人が見つけた場所が幻跡だと決まったわけではありません」

 

「違うかもしれないんだ?」

 

「もちろんです。今の話だけで断定はできません」

 

 そう前置きしてから、ネネアは宿無しへ目を向ける。

 

「宿無しさんは、幻跡について本当に聞いたことがありませんか?」

 

「ああ」

 

「そうですか」

 

 ネネアは指を組み、少し考えてから口を開いた。

 

「幻跡というのは、簡単に言えば、それまで存在しなかった場所に突然現れる土地や建物のことです」

 

「土地も?」

 

「そうです。廃墟や建物だけとは限りません。道や森を含めて、周囲とは明らかに異なる場所が現れた例もあります」

 

 リリィが小さく息を吐いた。

 

「だから、さっきみんなあんな反応したんだ」

 

「ええ。地図にない川があるというだけなら、地図の間違いも考えられますし、村の方が知らなかっただけという可能性もあります」

 

 ネネアは二人から聞き取った内容へ視線を落とした。

 

「ですが、その土地を長く知る人たちが存在そのものを否定している。昨日近くまで入った人も異変に気づいていない。それに、周囲とは違う植生までまとまって現れているとなると、幻跡を疑う理由としては十分です」

 

「幻跡なら、昨日までなかったものが今日あることもあるの?」

 

「あります」

 

 ネネアは頷いた。

 

「いつ現れるのかは分かっていません。これまで、幻跡が現れる瞬間を見たという記録は一つもありません。誰かが気づいたときには、すでにそこに存在しているんです」

 

「じゃあ、消えることも?」

 

「あります。いつ消えるのかも分かっていません。何日も残るものもあれば、発見されてからそれほど経たないうちに、何の前触れもなく消えた例もあります」

 

 宿無しは話を聞きながら、林の奥で見た水辺を思い浮かべていた。

 

 何もなかった場所に現れ、理由も分からないまま消えていく。

 

 そう聞いても、あの景色が偽物だったとは思えなかった。流れる水も、太い木々も、岩を覆う苔も、目にしたものはどれもそこに昔からあったように見えた。

 

「中には入れるのか?」

 

「入れます」

 

「何がある?」

 

「それが分からないから、勝手に入ってはいけないんです」

 

 ネネアの声が少し強くなった。

 

 リリィが横で小さく笑う。

 

「宿無し、その聞き方だと入りたそうに聞こえるよ」

 

「何があるのか気になった」

 

「お願いだから気になるだけにしておいてね」

 

「そうしてください」

 

 ネネアも続けた。

 

「幻跡は見た目だけの現象ではありません。内部へ入ることもできますし、そこにあるものに触れることもできます。場所によっては危険なものが存在することもあります」

 

「危険なものって獣とか?」

 

「それも含めて、です」

 

 ネネアはそこで一度言葉を切った。

 

「何があるのか、どんな場所なのかは、実際に調べるまで分かりません。幻跡が見つかれば、その土地を管轄する国や組織が調査に当たります。ここは共和国領ですから、今回の場所が本当に幻跡なら、共和国軍が中心になって動くことになるでしょう」

 

「軍が調べるんだ」

 

「ええ。必要に応じて領兵や、ほかの組織が協力することもあります。ただ、一般の冒険者が独断で入って調べるようなものではありません」

 

 リリィが宿無しへ横目を向ける。

 

「聞いた?」

 

「ああ」

 

「その顔、ちゃんと分かってる?」

 

「勝手に入らない」

 

「よし」

 

 そのやり取りにネネアは一瞬だけ口元を緩めたものの、すぐに表情を戻した。

 

「今回については、まず領兵詰所へ知らせます。そこから共和国軍へ正式に報告してもらいます」

 

 ネネアは立ち上がって事務室の扉を開け、外にいた職員へ声を掛けた。

 

「領兵詰所へ連絡をお願いします。ルーヴ村西方で幻跡の可能性がある地形を発見。発見者二名がこちらにいます。詳しい報告を受けてもらいたいと伝えてください」

 

「分かりました」

 

 職員がすぐに出ていく。

 

 ネネアは席へ戻ると、新しい紙を一枚取り出した。

 

「お二人にはもう少し付き合ってもらいます」

 

「領兵にも同じ話をするの?」

 

「そうなります。二度手間にはなりますが、正式な報告が必要ですから」

 

「分かった」

 

 リリィが答え、宿無しも頷いた。

 

 それからネネアは、二人が歩いた経路を改めて整理していった。

 

 ルーヴ村を出て西の林へ入り、薬草の採取地を通って沢へ向かったこと。そこで大型の牙猪の足跡を発見し、沢を越えた先で牙猪を討伐したこと。

 

 その後、別の水音に気づいた。

 

 林の奥へ進むにつれて木々の様子が変わり、地図には存在しない水辺へ出た。

 

「ここまでですね?」

 

「うん」

 

「その水辺から先へは?」

 

「入ってない。川沿いに道みたいな場所が続いてたけど、見ただけ」

 

「建物とかはありましたか?」

 

「見てないよ」

 

 ネネアはそこで宿無しを見る。

 

「宿無しさんが『行ったことがある』と感じたのは、その水辺を見たときですか?」

 

「ああ」

 

「そこへ着く前にも、気になる様子はあった……と」

 

 今度はリリィが頷いた。

 

「村に着く前から林の方を見てた。村で地図を見せてもらったときも、沢の先を気にしてたよ」

 

「宿無しさん自身は、その時どう感じていたんですか?」

 

「何かある気がした」

 

「その何か、というのは分からない?」

 

「ああ」

 

 ネネアはそれ以上細かく尋ねず、そのまま内容を書き留めた。

 

「軍には、このことも伝えます」

 

「俺のことも?」

 

「はい」

 

 宿無しはネネアを見る。

 

「幻跡らしき場所を見つけたときに、宿無しさんだけが見覚えのようなものを感じた。それも調査する側には必要な情報です」

 

「関係があるのか?」

 

「それは私には分かりません。軍が現地を確認するときの参考にはなると思います」

 

 ネネアは手元の紙へ目を落とした。

 

「『行ったことがあるように感じた。でも、何かを思い出したわけではない』。そう記録しておきますね」

 

「ああ」

 

 宿無しは頷いた。

 

 自分にも、それ以上のことは分からなかった。

 

 やがて扉が叩かれ、先ほど出ていった職員が戻ってきた。

 

「ネネアさん、詰所から二名こちらへ来るそうです」

 

「ありがとうございます」

 

「それと、幻跡の可能性があるなら、現地には誰も近づけないよう村へ伝えてほしいと」

 

「分かりました。こちらからも連絡します」

 

 職員が下がると、リリィが椅子の背へ身体を預けた。

 

「思ったより大事になったね」

 

「幻跡の可能性がありますからね」

 

「まだ決まったわけじゃないんでしょ?」

 

「ええ。なので、まず軍に現地を確認してもらいます」

 

「そっか」

 

 リリィは納得したように頷いた。

 

 宿無しは二人の会話を聞きながら、先ほど知った言葉を頭の中で繰り返していた。

 

 幻跡。

 

 聞き覚えはない。

 

 それなのに、その言葉を知った今も、林の奥にある水辺への感覚は変わらなかった。

 

 むしろ、何もなかった場所に突然現れたものだと聞いたことで、新しい疑問が生まれている。

 

「ネネア」

 

「はい?」

 

「幻跡は、昔あった場所なのか?」

 

 ネネアは少し驚いたように宿無しを見た。

 

「そう考えられています」

 

「考えられている?」

 

「幻跡の中にある建築物や道具には、現在のものとは明らかに違うものがあります。今は残っていない古い様式のものも多いそうです。そうしたものから、過去の土地や建物が何らかの形で現れているのではないか、と考えられています」

 

「……昔の場所が出てくる」

 

「そういう説が有力です。ただ、どこの、いつの時代のものなのかまで分かっている幻跡は多くありません」

 

 宿無しは何も言わなかった。

 

 三年前より以前のことを何も覚えていない自分が、突然現れた過去のものかもしれない場所に、覚えのようなものを感じた。

 

 それが何を意味するのかは分からない。

 

 しばらくして、再び事務室の扉が叩かれた。

 

 今度は領兵二人が入ってくる。

 

 ネネアが立ち上がり、二人へ席を譲った。

 

「こちらが発見者の宿無しさんとリリィさんです」

 

 年嵩の領兵が二人を見てから、ネネアのまとめた紙へ目を落とす。

 

「話は大体聞いている。確認したいことがいくつかある」

 

「はい」

 

 リリィが答えた。

 

 領兵は一から同じ話をさせることはせず、ネネアの報告に目を通しながら、必要なところだけを確認していった。

 

 林へ入った時刻。異変を見つけた位置。村からそこまでのおおよその距離。そして、二人以外にその水辺まで入った者がいないこと。

 

 ひと通り確認を終えると、年嵩の領兵が紙を閉じた。

 

「分かった。現地には人を近づけないよう手配し、今夜のうちに共和国軍へ電信を送る」

 

「明日、調べに行くんですか?」

 

 リリィが尋ねる。

 

「こちらだけでは決められん。軍から指示が来てからだ」

 

 そこで領兵は宿無しを見る。

 

「ただ、発見地点まで案内を頼む可能性は高い。明日は街を離れないでくれ」

 

「分かった」

 

「リリィさんもだ」

 

「了解です」

 

「それまでは、勝手にもう一度見に行くなよ」

 

 宿無しが答えるより先に、リリィが笑った。

 

「大丈夫です。私が見てますから」

 

 領兵は一瞬だけ宿無しとリリィを見比べた。

 

 話が終わり、二人が事務室を出る頃には、窓から差し込む光もだいぶ赤くなっていた。

 

 ギルドの中では、すでに先ほどの話が広がっているらしい。宿無しとリリィが出てくると何人かがこちらを見たものの、ネネアが余計な詮索をしないよう先に釘を刺していたのか、直接聞きに来る者はいなかった。

 

 入口へ向かう途中、リリィが小さな声で言った。

 

「明日も一緒になりそうだね」

 

「ああ」

 

「今日も最初は獣を見に行っただけだったんだけどなぁ」

 

 宿無しは返事をせず、ギルドの扉を開けた。

 

 外へ出ると、夕暮れの街にはいつもと変わらない人の流れがあった。

 

 宿無しは西の方角へ目を向けた。

 

 城壁の向こう、半日ほど離れたルーヴ村のさらに西に、今日まで知らなかった場所がある。

 

 知らないはずなのに、知っている気がする場所が。

 

 明日そこへ戻ることになるかもしれないと思っても、不思議と嫌だとは感じなかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。