DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
―幻跡―誰かが漏らした言葉に、ギルドの中が静まり返った。
宿無しには、その言葉に聞き覚えがなかった。
「幻跡?」
思わず聞き返すと、近くにいた冒険者が驚いたように宿無しを見る。
「なんだ、知らないのか?」
「ああ、知らない」
「宿無しさん」
ネネアが口を挟んだ。
「その話はあとで説明します。リリィさんも、もう少し詳しく聞かせてください。こちらへ」
受付に残っていた職員へ声を掛け、ネネアは二人を事務室へ促した。
途切れた話し声は、二人が奥へ入るまで戻らなかった。何人もの冒険者から視線を向けられたまま事務室へ入り、ネネアが扉を閉める。
「座ってください」
宿無しとリリィが卓を挟んで腰を下ろすと、ネネアも向かいへ座り、先ほどまで書いていた紙を置いた。
「まず確認しておきます。お二人が見つけた場所が幻跡だと決まったわけではありません」
「違うかもしれないんだ?」
「もちろんです。今の話だけで断定はできません」
そう前置きしてから、ネネアは宿無しへ目を向ける。
「宿無しさんは、幻跡について本当に聞いたことがありませんか?」
「ああ」
「そうですか」
ネネアは指を組み、少し考えてから口を開いた。
「幻跡というのは、簡単に言えば、それまで存在しなかった場所に突然現れる土地や建物のことです」
「土地も?」
「そうです。廃墟や建物だけとは限りません。道や森を含めて、周囲とは明らかに異なる場所が現れた例もあります」
リリィが小さく息を吐いた。
「だから、さっきみんなあんな反応したんだ」
「ええ。地図にない川があるというだけなら、地図の間違いも考えられますし、村の方が知らなかっただけという可能性もあります」
ネネアは二人から聞き取った内容へ視線を落とした。
「ですが、その土地を長く知る人たちが存在そのものを否定している。昨日近くまで入った人も異変に気づいていない。それに、周囲とは違う植生までまとまって現れているとなると、幻跡を疑う理由としては十分です」
「幻跡なら、昨日までなかったものが今日あることもあるの?」
「あります」
ネネアは頷いた。
「いつ現れるのかは分かっていません。これまで、幻跡が現れる瞬間を見たという記録は一つもありません。誰かが気づいたときには、すでにそこに存在しているんです」
「じゃあ、消えることも?」
「あります。いつ消えるのかも分かっていません。何日も残るものもあれば、発見されてからそれほど経たないうちに、何の前触れもなく消えた例もあります」
宿無しは話を聞きながら、林の奥で見た水辺を思い浮かべていた。
何もなかった場所に現れ、理由も分からないまま消えていく。
そう聞いても、あの景色が偽物だったとは思えなかった。流れる水も、太い木々も、岩を覆う苔も、目にしたものはどれもそこに昔からあったように見えた。
「中には入れるのか?」
「入れます」
「何がある?」
「それが分からないから、勝手に入ってはいけないんです」
ネネアの声が少し強くなった。
リリィが横で小さく笑う。
「宿無し、その聞き方だと入りたそうに聞こえるよ」
「何があるのか気になった」
「お願いだから気になるだけにしておいてね」
「そうしてください」
ネネアも続けた。
「幻跡は見た目だけの現象ではありません。内部へ入ることもできますし、そこにあるものに触れることもできます。場所によっては危険なものが存在することもあります」
「危険なものって獣とか?」
「それも含めて、です」
ネネアはそこで一度言葉を切った。
「何があるのか、どんな場所なのかは、実際に調べるまで分かりません。幻跡が見つかれば、その土地を管轄する国や組織が調査に当たります。ここは共和国領ですから、今回の場所が本当に幻跡なら、共和国軍が中心になって動くことになるでしょう」
「軍が調べるんだ」
「ええ。必要に応じて領兵や、ほかの組織が協力することもあります。ただ、一般の冒険者が独断で入って調べるようなものではありません」
リリィが宿無しへ横目を向ける。
「聞いた?」
「ああ」
「その顔、ちゃんと分かってる?」
「勝手に入らない」
「よし」
そのやり取りにネネアは一瞬だけ口元を緩めたものの、すぐに表情を戻した。
「今回については、まず領兵詰所へ知らせます。そこから共和国軍へ正式に報告してもらいます」
ネネアは立ち上がって事務室の扉を開け、外にいた職員へ声を掛けた。
「領兵詰所へ連絡をお願いします。ルーヴ村西方で幻跡の可能性がある地形を発見。発見者二名がこちらにいます。詳しい報告を受けてもらいたいと伝えてください」
「分かりました」
職員がすぐに出ていく。
ネネアは席へ戻ると、新しい紙を一枚取り出した。
「お二人にはもう少し付き合ってもらいます」
「領兵にも同じ話をするの?」
「そうなります。二度手間にはなりますが、正式な報告が必要ですから」
「分かった」
リリィが答え、宿無しも頷いた。
それからネネアは、二人が歩いた経路を改めて整理していった。
ルーヴ村を出て西の林へ入り、薬草の採取地を通って沢へ向かったこと。そこで大型の牙猪の足跡を発見し、沢を越えた先で牙猪を討伐したこと。
その後、別の水音に気づいた。
林の奥へ進むにつれて木々の様子が変わり、地図には存在しない水辺へ出た。
「ここまでですね?」
「うん」
「その水辺から先へは?」
「入ってない。川沿いに道みたいな場所が続いてたけど、見ただけ」
「建物とかはありましたか?」
「見てないよ」
ネネアはそこで宿無しを見る。
「宿無しさんが『行ったことがある』と感じたのは、その水辺を見たときですか?」
「ああ」
「そこへ着く前にも、気になる様子はあった……と」
今度はリリィが頷いた。
「村に着く前から林の方を見てた。村で地図を見せてもらったときも、沢の先を気にしてたよ」
「宿無しさん自身は、その時どう感じていたんですか?」
「何かある気がした」
「その何か、というのは分からない?」
「ああ」
ネネアはそれ以上細かく尋ねず、そのまま内容を書き留めた。
「軍には、このことも伝えます」
「俺のことも?」
「はい」
宿無しはネネアを見る。
「幻跡らしき場所を見つけたときに、宿無しさんだけが見覚えのようなものを感じた。それも調査する側には必要な情報です」
「関係があるのか?」
「それは私には分かりません。軍が現地を確認するときの参考にはなると思います」
ネネアは手元の紙へ目を落とした。
「『行ったことがあるように感じた。でも、何かを思い出したわけではない』。そう記録しておきますね」
「ああ」
宿無しは頷いた。
自分にも、それ以上のことは分からなかった。
やがて扉が叩かれ、先ほど出ていった職員が戻ってきた。
「ネネアさん、詰所から二名こちらへ来るそうです」
「ありがとうございます」
「それと、幻跡の可能性があるなら、現地には誰も近づけないよう村へ伝えてほしいと」
「分かりました。こちらからも連絡します」
職員が下がると、リリィが椅子の背へ身体を預けた。
「思ったより大事になったね」
「幻跡の可能性がありますからね」
「まだ決まったわけじゃないんでしょ?」
「ええ。なので、まず軍に現地を確認してもらいます」
「そっか」
リリィは納得したように頷いた。
宿無しは二人の会話を聞きながら、先ほど知った言葉を頭の中で繰り返していた。
幻跡。
聞き覚えはない。
それなのに、その言葉を知った今も、林の奥にある水辺への感覚は変わらなかった。
むしろ、何もなかった場所に突然現れたものだと聞いたことで、新しい疑問が生まれている。
「ネネア」
「はい?」
「幻跡は、昔あった場所なのか?」
ネネアは少し驚いたように宿無しを見た。
「そう考えられています」
「考えられている?」
「幻跡の中にある建築物や道具には、現在のものとは明らかに違うものがあります。今は残っていない古い様式のものも多いそうです。そうしたものから、過去の土地や建物が何らかの形で現れているのではないか、と考えられています」
「……昔の場所が出てくる」
「そういう説が有力です。ただ、どこの、いつの時代のものなのかまで分かっている幻跡は多くありません」
宿無しは何も言わなかった。
三年前より以前のことを何も覚えていない自分が、突然現れた過去のものかもしれない場所に、覚えのようなものを感じた。
それが何を意味するのかは分からない。
しばらくして、再び事務室の扉が叩かれた。
今度は領兵二人が入ってくる。
ネネアが立ち上がり、二人へ席を譲った。
「こちらが発見者の宿無しさんとリリィさんです」
年嵩の領兵が二人を見てから、ネネアのまとめた紙へ目を落とす。
「話は大体聞いている。確認したいことがいくつかある」
「はい」
リリィが答えた。
領兵は一から同じ話をさせることはせず、ネネアの報告に目を通しながら、必要なところだけを確認していった。
林へ入った時刻。異変を見つけた位置。村からそこまでのおおよその距離。そして、二人以外にその水辺まで入った者がいないこと。
ひと通り確認を終えると、年嵩の領兵が紙を閉じた。
「分かった。現地には人を近づけないよう手配し、今夜のうちに共和国軍へ電信を送る」
「明日、調べに行くんですか?」
リリィが尋ねる。
「こちらだけでは決められん。軍から指示が来てからだ」
そこで領兵は宿無しを見る。
「ただ、発見地点まで案内を頼む可能性は高い。明日は街を離れないでくれ」
「分かった」
「リリィさんもだ」
「了解です」
「それまでは、勝手にもう一度見に行くなよ」
宿無しが答えるより先に、リリィが笑った。
「大丈夫です。私が見てますから」
領兵は一瞬だけ宿無しとリリィを見比べた。
話が終わり、二人が事務室を出る頃には、窓から差し込む光もだいぶ赤くなっていた。
ギルドの中では、すでに先ほどの話が広がっているらしい。宿無しとリリィが出てくると何人かがこちらを見たものの、ネネアが余計な詮索をしないよう先に釘を刺していたのか、直接聞きに来る者はいなかった。
入口へ向かう途中、リリィが小さな声で言った。
「明日も一緒になりそうだね」
「ああ」
「今日も最初は獣を見に行っただけだったんだけどなぁ」
宿無しは返事をせず、ギルドの扉を開けた。
外へ出ると、夕暮れの街にはいつもと変わらない人の流れがあった。
宿無しは西の方角へ目を向けた。
城壁の向こう、半日ほど離れたルーヴ村のさらに西に、今日まで知らなかった場所がある。
知らないはずなのに、知っている気がする場所が。
明日そこへ戻ることになるかもしれないと思っても、不思議と嫌だとは感じなかった。