DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
調査隊の姿が木々の向こうへ消えてから、宿無したちは水辺の手前に残った。
ガーベラたちが進んだ川沿いの道は、少し先で木々の間を緩やかに曲がっている。六人が通ったばかりだというのに、こちらから見えるのは流れる水と古木、それを囲む苔むした岩ばかりで、奥へ向かった人影はすぐに森へ呑まれてしまった。
警戒を任された領兵二人は周囲を確認すると、一人が川沿いの道を見渡せる位置につき、もう一人は少し後ろへ下がって、宿無したちが来た林の方にも注意を向けた。
リリィは近くの岩へ腰を下ろしたものの、宿無しは立ったまま、調査隊が消えた方角を見ていた。
「どのくらいかかるんだろ」
「分からない」
「まあ、そうだよね」
水は絶えず林の奥から流れてくる。その音に風で揺れる枝葉や遠くの鳥の声が混じるだけで、調査隊が進んだ先から人の声は聞こえてこない。
宿無しが道の奥を眺め続けていると、リリィが横から顔を覗き込んだ。
「行っちゃだめだよ」
「分かってる」
素直に答えると、リリィはそれ以上言わなかった。
二人のやり取りを聞いていた領兵が、川沿いを警戒したまま口を開く。
「昨日、ここを見つけたんだってな」
「ああ」
「よく奥まで行かなかったな」
「リリィが戻ると言った」
「なるほど」
領兵の口元がわずかに緩んだ。
しばらくして、リリィは調査隊が消えていった道を眺めながら尋ねた。
「そういえば、幻跡のことって軍はどのくらい分かってるんですか?」
「軍か?」
「はい。突然現れるとか、昔の場所らしいとか、そのくらいなら私も聞いたことありますけど」
領兵は少し考えてから首を振った。
「俺たちが知ってるのも、大して変わらんよ。いつ現れるか分からん、気づけばそこにあって、いつの間にか消える。中には危険なものがいることもある。その程度だ」
「調査した記録とかは無いんですか?」
「共和国軍なら持ってるだろうな。だが、そういうものが全部こっちまで回ってくるわけじゃない。俺たちだって、中に何があるか知ってて来たわけじゃないからな」
「そっか」
リリィも川沿いの道へ目を戻した。
それからは、ときおり短い会話を交わす程度で、四人は調査隊の帰りを待った。陽が高くなるにつれて木々の隙間から差し込む光の向きが変わっていったが、奥から合図が届くことはなく、領兵が何度か時計を確かめても、まだ動くべき時間ではないらしかった。
何も起きていないのなら、それに越したことはない。それでも、六人が入っていった先の様子がまったく分からないまま待ち続けているうちに、最初は時折話していたリリィも次第に口数が減っていった。宿無しも川沿いの道を眺めたまま、ほとんどその場を動かなかった。
どれほどそうしていただろうか。絶えず聞こえていた水音に、乾いた何かがぶつかるような音が一度だけ混じった。
川側を見張っていた領兵がすぐに腰の剣へ手を掛ける。
「今の聞こえたか?」
「ああ」
リリィも岩から立ち上がった。
「何の音?」
「分からん」
全員が耳を澄ませていると、しばらく間を置いて、今度は硬いもの同士が連続してぶつかる音が遠くから届いた。木や岩が崩れただけとは思えず、金属を激しく打ち合わせているようにも聞こえる。
「戦ってるのかな」
「そうかもしれん」
領兵二人は顔を見合わせたものの、その場を離れなかった。
ガーベラから命じられたのは、この場所を警戒し、誰も奥へ入れないことだった。何かあれば報告に走れとも言われているが、遠くで戦闘らしい音がしただけでは、中で何が起きているのかまでは分からない。
やがて音は途切れ、林には再び水の流れる音だけが残った。
さらに時間が過ぎ、陽が頭上を越える頃になると、領兵たちも時計を見る回数が増えていた。調査時間を厳密に決めていたわけではないとはいえ、現地を確認するために入った六人が誰一人戻らず、そのうえ先ほどには戦闘を思わせる音まで聞こえている。
「長いな」
領兵の一人が低く言った。
リリィも道の奥へ目を向ける。
「様子を見に行かなくていいんですか?」
「勝手には動けんよ。ここを無人にするわけにもいかんからな」
そう答えた領兵の声にも、先ほどまでにはなかった緊張が混じっていた。
宿無しが川沿いへ視線を向けたまま待っていると、やがて道の奥で枝が大きく揺れた。
領兵が剣を抜き、もう一人もすぐに身構える。リリィも背負った大剣へ手を伸ばしたが、木々の間から現れた軍装を見て足を踏み出した。
「ラモンドさん!」
戻ってきたのは副隊長のラモンドだった。
軍装には泥と血が付き、腕や頬にもいくつか浅い傷が見える。それでも自分の足で歩いており、深刻なのはラモンドが肩を貸している領兵の方だった。
領兵は片腕をラモンドの肩へ回し、もう一方の手で脇腹を押さえている。大きく裂けた軍装から滲んだ血は腰から腿まで広がり、片脚にも力が入りきらないらしく、ほとんど身体を預けるようにして歩いていた。
待機していた二人がすぐに駆け寄り、ラモンドから負傷者を引き取る。
「ここへ寝かせろ。傷を見てやれ」
「はい」
領兵を岩際へ横たえると、一人が傷口を確かめながら止血を始めた。ラモンドもその場で息を整え、水筒を受け取って喉を潤す。
宿無しは二人が現れた道の奥を見た。
ほかの者は戻ってこない。
「隊長はどうしたんです?」
待機していた領兵が尋ねると、ラモンドは水筒を下ろした。
「……奥だ。俺たちとは分断された」
「分断?」
「ああ。最初から話す」
ラモンドは一度息を吐き、川沿いの道を振り返った。
「入ってしばらく進むと、人みたいな奴らに襲われた。剣や槍を持ってたから、最初はここの住人かと思ったんだが……近くで見たら、皮膚は腐ってるように見えた」
「それ……人なの?」
リリィが眉を寄せる。
「俺にも分からん。声を掛けても返事はしないし、こっちを見つけた途端に武器を持って向かってきた。少なくとも、まともな相手じゃなかった」
「何人くらいいたんです?」
「最初は数えるほどだ。動きも遅かったしそれほど強くもなかったから、一体ずつ倒して、そのまま先へ進んだ」
川沿いの道を抜けるにつれて土地は高くなり、その先で長い梯子を見つけたという。上から何かが待ち構えている様子もなく、ガーベラを先頭に六人で登った。
「上は広場になってた。真ん中に馬鹿みたいにでかい木が一本あって、その周りに石壁や古い建物が残ってたよ。そこでも何人か襲ってきた。弓を持ってる奴までいた」
「じゃあ、さっき聞こえた音はその時の?」
「ここまで聞こえていたのか。ただ、厄介だったのはそいつらじゃない」
ラモンドの表情が険しくなった。
「大木の根元に、白い鎧を着た男が座ってた」
「男?」
「ああ。俺たちが周りの奴らと戦ってる間も、ずっと座ったままだ。こっちを見もしない。片づけてから声を掛けたが、それでも何の反応もなかった」
「死んでたんですか?」
「そう見えた」
ラモンドはそこで少し顔をしかめた。
「近づいても動かなくてな。領兵の一人が生きてるか確かめようと、槍の穂先で鎧を軽く突いた」
「それで?」
「……立ち上がった」
リリィが口を閉じた。
「それまで動く気配なんて微塵もなかったのにな。立ち上がるなり剣を抜いて、いきなり斬りかかってきた」
ラモンドは腕に残った傷へ目を落とした。
「……あれは強かった。それまでの奴らとは比べものにならん。六人でどうにか倒せたが、一人や二人だったら、まず無理だっただろうな」
白い鎧の男を倒した時点で、調査隊にも傷を負った者は出ていた。それでも動けない者はいなかったため、ガーベラは周囲を確認しながら、もう少し先まで調べてから引き返すことにしたらしい。
「それで、広場の奥に狭い通路があった。横に並べるような幅は無くて、一列に近い形で入るしかなかったんだ」
ラモンドはそこで、横たわっている領兵へ目を向けた。
「隊長たちが先に入って、俺とこいつが後ろから続いてた。通路の途中に小さな部屋があったんだが、中は暗くてな。何もいないと思って通り過ぎた」
ラモンドがわずかに眉を寄せる。
「隊長たち四人が先へ抜けたところで、その部屋からいきなり奴らが飛び出してきた」
「隠れてたんですか?」
「らしい。気づいたときには、俺たちの間に入り込まれてたよ。こいつがやられたのもそのときだ」
横たわる領兵が悔しそうに目を伏せた。
狭い通路では敵を避けて横を抜けることもできず、ガーベラたちとラモンドたちの間を数体の敵が塞いだ。前方にも別の敵が現れたため、ガーベラ側はその場に留まることができず、敵を退けながら奥へ進んでいったという。
「俺も何度か前へ出ようとした。だが、こいつを抱えたままじゃ突破できんし、置いていくわけにもいかない。隊長たちももう見えなくなってた」
「それで戻ってきたんですね」
「ああ。このまま続けても合流できないと判断して、いったん退いた」
その判断について、それ以上言い訳を重ねることはなかった。通路の向こうにガーベラたちが残されていることも、それでも退くしかなかったことも、負傷した領兵の姿を見れば十分に伝わった。
「増援を呼びましょう」
待機していた領兵の一人が立ち上がる。
「村まで戻れば馬があります。そこからモトへ走れば――」
「頼む」
ラモンドはすぐに頷いた。
「幻跡内で調査隊が分断された。中には複数の敵性存在がいる。そう伝えてくれ。できるだけ早く人を寄越してもらえ」
「はい」
領兵は必要な装備だけを確かめると、すぐに来た道を駆けていった。
残った一人は負傷した仲間のそばに膝をつき、止血した布を押さえながら傷の様子を見ている。ここには警戒の人間も必要であり、これほど傷の深い者を一人だけ残すわけにもいかない。
ラモンドはしばらく二人の様子を見ていたが、やがて川の奥へ視線を戻した。
報告役が馬でモトへ向かったとしても、増援がここまで戻ってくるには時間がかかる。その間にも、分断されたガーベラたちが奥で戦っている可能性はある。
「俺は戻る」
ラモンドが言うと、負傷者の手当てをしていた領兵が顔を上げた。
「副隊長!」
「増援が来るまで待っていたら遅いかもしれん。隊長たちがどこまで行ったのか、せめて確認してくる」
「ここは俺が見ます。こいつのことも」
「ああ。頼んだ。増援が来たら、俺たちが先に入ったと伝えてくれ」
「分かりました。……俺たち?」
領兵の視線を受け、ラモンドは宿無しとリリィへ向き直った。
すぐには口を開かなかった。
二人は共和国軍の人間でも領兵でもなく、今回ここへ来た理由も、発見地点まで調査隊を案内するためだった。本来なら、この先で何が起きようと軍の都合で危険な場所へ連れていく相手ではない。
それでも今ここで動ける人間は、ラモンドを除けば宿無しとリリィしかいなかった。
「……宿無し、リリィ」
二人がラモンドを見る。
「お前たちには、ここまで案内してもらえばそれで終わりのはずだった」
ラモンドは言いにくそうに一度言葉を切った。
「だが、俺一人じゃ足りない。あの通路を越えた先で何が待ってるかも分からんし、隊長たちがまだ戦ってるなら、俺だけでどうにかできる状況じゃない」
リリィの表情から、それまで残っていた軽さが消える。
「軍人でもないお前たちを巻き込むつもりはなかったんだが……今は他に人がいない」
ラモンドは二人を見据えた。ここで断られる選択肢を与えるわけにはいかなかった。
「現地の指揮を預かる者として命じる。救援に同行してくれ」
「分かりました」
リリィが答え、宿無しも頷いた。
「ああ」
「即答だな。助かる」
ラモンドは微かに微笑んだ。
「目的は隊長たちを連れ戻すことだ。調査は後回しにする。道は俺が分かるから、まず俺についてきてくれ」
「分かった」
ラモンドは剣を抜き、川沿いの道へ向き直った。
「行くぞ」
宿無しとリリィもそれぞれ武器を確かめ、その後に続く。
昨日は水辺まで来て引き返し、今朝もここから先へ足を踏み入れる予定はなかった。
それでも今は、奥に取り残された者を探すよう求められている。
三人は調査隊が消えていった川沿いの道へ入り、流れる水を右手に見ながら木々の奥へ進んでいった。
《官給の懐中時計》
任務の刻限を正しく測るため、領兵たちに配備されている真鍮製の時計。
規律ある行動を重んじる彼らにとって、時間の遵守は絶対の鉄則である。
戻らぬ調査隊を待ち、幾度その文字盤を覗き込もうとも
刻まれる秒針は、未知の森で起きている惨劇を何一つ教えてはくれない。