DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
川沿いの道へ入って間もなく、三人は古木の根元に倒れた人影を見つけた。
擦り切れた革鎧をまとい、傍らには刃こぼれした剣が転がっている。手足の形も身につけているものも人間と大きくは変わらないが、露出した皮膚はひどく乾いて黒ずみ、痩せ落ちた頬には生きた者らしい色がなかった。
「こいつだ。さっき話した奴らの一人だよ」
ラモンドが歩調を緩めると、リリィも距離を残したまま覗き込んだ。
「これが動いてたの……?」
「ああ。死んでるように見えても、まだ動く奴がいるかもしれん。近づくなよ」
ラモンドはそのまま先へ進み、リリィも大剣を抜いて後に続いた。
宿無しは歩き出す前に、もう一度だけ古木の根元へ目を向ける。
顔にも装備にも覚えはない。それでも、この姿そのものには昨日水辺で感じたものと似た引っ掛かりがあった。目の前に倒れている者を知っているのではなく、こうしたものを以前にも見たことがあるような、曖昧な感覚だった。
「宿無し?」
先を行くリリィに呼ばれ、宿無しも二人を追った。
水際には道らしい整備もなく、苔のついた岩や地面から張り出した木の根を避けながら進んでいく。その途中にも同じようなものが何体も倒れており、ガーベラたちがここを戦いながら進んだことが分かった。
「思ったより多いね」
「奥へ行くほど増えていった。動きは鈍いが、まとめて来られると面倒だ」
「帰りには?」
「新しい奴は見てない。だが、増えないとも言い切れん」
川から離れるにつれて土地は高くなり、やがて太い木の根が這う斜面へ出た。その上には古びた長い梯子が伸び、頭上の石壁まで続いている。
「これだ。昇ると、さっき話した広場に出る」
ラモンドが先に梯子へ取りつき、リリィも大剣を背へ戻して続いた。
宿無しも手を掛けようとして、ふと上を見る。
どこへ続いているのかも、その先に何があるのかも知らない。それなのに、この梯子を登るという行為には妙な馴染みがあった。
「宿無しー? 置いてくよ」
「ああ」
上から聞こえた声に答え、宿無しも梯子を登った。
上へ出ると、それまで木々に閉ざされていた視界が一気に開けた。
広場の中央には一本の巨大な木が立ち、その太い根が石畳を押し上げながら周囲へ伸びている。その向こうには高い石壁と崩れかけた建物が連なり、さらに奥には林の中からでは見えなかった大きな塔がそびえていた。
「……こんなに広かったんだ」
リリィが周囲を見回す。
「ああ。俺も最初は驚いたよ」
「これ、砦どころじゃないよね」
広場には先ほどまでと同じ敵の死体がいくつも残されていたが、巨大な木の根元に倒れている一体だけは明らかに様子が違った。
「ねぇ。もしかして、あれが……」
「さっき話した奴だ」
白い鎧をまとった男には幾つもの傷が刻まれ、胸や肩にも剣を受けた跡が残っていた。兜に隠れて顔は見えず、動かない今だけを見れば、木陰で眠っている人間にも見える。
「今度は動かないよね?」
「倒したあとにも確認した。死んでる」
「そう言われても近づきたくないなあ……」
「俺も勧めんよ」
ラモンドは通り過ぎたが、宿無しは白い鎧からすぐには目を離せなかった。
先ほどのものより、ずっと強い引っ掛かりがある。白い鎧も、傍らの剣も、まったく知らないものには見えない。それでも名前も、どこで見たのかも浮かんではこなかった。
「宿無し。こっちだ」
ラモンドの声に促され、広場の奥へ向かう。
そこには崩れた石壁の間を抜ける狭い通路があり、入口から数歩も入れば陽の光は届きにくくなった。
「ここで分断された。気をつけろ」
「敵は?」
「まだ残ってると思った方がいい。俺が前に出る。二人は後ろを頼む」
三人は間隔を詰め、薄暗い通路へ入った。
ほどなく右手の石壁が途切れ、小さな部屋へ続く入口が現れる。中は暗く、通路からでは奥まで見通せない。
「ここだ。隊長たちが通り過ぎたところで、あの中から出てきた」
「何もいないように見えるけど……」
「俺たちもそう思ったよ」
ラモンドが中を窺った直後、暗がりの奥で金属が石を擦る音が響いた。
「来るぞ!」
人の形をしたものが勢いよく飛び出してくる。
擦り切れた革鎧の隙間から土気色に乾いた皮膚を覗かせ、濁った目をラモンドへ向けると、身体ごと叩きつけるように剣を振り下ろした。
ラモンドが正面から受け止め、狭い通路に金属音が響く。
宿無しは刃が噛み合った脇へ踏み込み、敵の腕の付け根へ剣を走らせた。骨を断つ感触とともに剣を握った腕が落ちたが、それは悲鳴すら上げず、残った手で宿無しへ掴みかかってくる。
「……っ」
後ろでリリィが息を呑んだ。
宿無しは伸びてきた腕をかわし、首へ剣を入れる。それでも一歩踏み出してきたため、もう一度同じ場所を斬ってようやく身体から力が抜けた。
「まだいる!」
暗がりから二体目が現れ、倒れた仲間を踏み越えて迫ってくる。
宿無しが刃を受ける横から、リリィが大剣の柄を短く持って敵の腕を石壁へ叩きつけた。
「宿無し、どいて!」
宿無しが場所を空けると、リリィは肩口から胸へ大剣を押し込む。それでも前へ出ようとしたところへラモンドが首元へ剣を叩き込み、ようやく身体が崩れ落ちた。
「……こいつらだ。あのときはもっと数がいて、隊長たちとの間を完全に塞がれた」
ラモンドが倒れたものを見下ろす。
「ここで出られたら、前と後ろで助け合えないね」
「ああ。俺たちは広場側へ残されて、隊長たちは奥へ行くしかなかった」
部屋の中にほかの敵がいないことを確認し、三人は分断地点を越えた。
そこから先は床や壁に残る戦いの跡が増え、倒れている敵の数も多くなった。ガーベラたちは四人になってからも戦いながら奥へ進んだらしい。
その痕跡を追っていたリリィが、壁際に倒れた人影を見つけた。
「待って。あれ……」
「……領兵だ」
ラモンドが駆け寄り、膝をついて首元へ指を当てた。
槍は手元から離れ、軍装には幾つもの裂け目がある。周囲にも何体か敵が倒れていた。
しばらくして、ラモンドが手を下ろす。
「駄目だ」
「ここで残ったのかな」
「たぶんな。隊長たちを先へ行かせるために足止めしたんだろう」
短く目を伏せたあと、ラモンドは立ち上がった。
「……今は連れて帰れん。増援に回収してもらう」
三人は領兵を残して先へ進んだ。
狭かった通路を抜けるにつれて遺構は大きくなり、崩れた壁の向こうにも高い石壁や別の建物が幾重にも見えるようになった。広場から見えていた塔も近づき、一帯すべてがただの砦とは思えない規模だったことが分かる。
やがて塔へ辿り着き、入口近くに倒れた敵の間を抜けて中へ入ると、外の明るさが急に遠のいた。
崩れた壁から差し込む陽光の中、部屋の一角では一本の剣が地面へ突き立てられ、その周囲で小さな炎が揺れていた。
「……あれ、なんだろう?」
リリィが足を止める。
薪を積んだ様子もないのに、火は消えることなく剣を包むように静かに燃え続けている。
宿無しもその炎から目を離せなかった。
ここまでにも覚えに似た感覚は何度かあったが、この火はそれらよりずっと近い。かつてこの前に腰を下ろし、何かをしたことがある――そう思えるほど馴染み深いのに、その先だけが抜け落ちている。
「宿無し?」
「この火を知ってる気がする」
「これも?」
「ああ」
リリィが改めて炎へ目を向けたところで、部屋の奥から物音がした。
三人が武器を構える。
「……ラモンド副隊長?」
石壁の陰から姿を見せたのはアロエだった。
「アロエ!」
ラモンドが剣を下ろして近づく。
服は血と埃で汚れ、額にも乾いた血が付いていたが、深い傷はないらしい。その後ろ、壁際には記録係が横たわっていた。
「……間に合わなかったか」
「少し前に亡くなりました」
アロエが小さく首を振る。
「隊長は?」
「先へ行きました。この人の傷が深くて、私が残りました。隊長もかなり傷を負っていたんですが、ここに留まるより外へ出る道を探した方がいいと」
「一人で行かせたのか?」
「止めました。でも、聞いてくれませんでした」
アロエは奥へ続く梯子を見る。
「もうかなり経っています。まだ戻ってきません」
ラモンドも同じ方向へ目を向けた。
「俺たちは隊長を追う」
「なら、私も――」
「いや、ここにいてくれ。増援は呼んでる」
ラモンドは記録係へ目を向ける。
「ここまでの敵はほとんど片づけた。増援が来たら、この人を任せて一緒に戻れ」
アロエはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「……分かりました。隊長はあの梯子から下へ行きました。それより先は分かりません」
「十分だ」
三人はアロエを残し、塔の奥にある梯子を下りた。
先頭のラモンドが下の石床へ足をつけた直後、横から長い槍が突き出される。
「敵だ!」
ラモンドは身体を捻って穂先を弾いた。
傷だらけの盾を持つ人型が槍を突き出しながら迫ってくる。狭い足場で長柄を相手にしながらラモンドが注意を引き、降りてきた宿無しが槍の内側へ踏み込む。さらにリリィが側面から大剣を叩き込み、三人で首と胴へ傷を重ねてようやく動きを止めた。
「……ほんと、どこまでやれば止まるの」
「分からんから厄介なんだよ」
ラモンドが周囲を見回す。
梯子の下は狭く、すぐ脇から石床が大きく途切れていた。柵もなく、足を踏み外せばそのまま下へ落ちる。
「ここで戦ってる間に落ちたらひとたまりもないね……」
リリィが縁から下を覗き、不意に動きを止めた。
「……ねぇ、あれ」
かなり下の暗がりで、巨大なものが蠢いていた。
太い胴体を低く伏せ、短く頑丈そうな四肢で地面を這っている。蜥蜴にも似ていたが、三人が知るどんな獣よりも大きかった。
「何だ、あれは……」
ラモンドが呟いた直後、怪物が頭を持ち上げ、口の奥に赤い光が灯る。
吐き出された炎が暗い穴を照らし、向かいの石壁へ叩きつけられた。
「火を吹いた……」
リリィが数歩下がる。
「……あんな生き物、見たことない」
「俺もだ。幸いあの場所は関係ないみたいだな」
ラモンドは穴から離れ、石床に残る血痕へ目を向けた。
赤い跡は怪物のいる下層へは向かわず、別の通路へ続いている。
「隊長はこっちへ行ったみたいだな」
歩き出したラモンドを追おうとして、宿無しは反対側の壁際に開いた大きな扉へ目を向けた。
その敷居の向こうにも血が落ちている。
「待て。こっちにも血がある」
ラモンドが戻ってしゃがみ込み、二つの血痕を見比べた。
通路へ続くものはすでに乾き始めているのに対し、扉の向こうに落ちた血にはまだ鮮やかな赤みが残っている。
「……こっちの方が新しいな」
「じゃあ、隊長は最初にあっちへ行って、どこかを回って戻ってきたってこと?」
「そう考えるのが自然だろうな。新しい方を追うぞ」
三人は開いた扉を抜けた。
敷居を越えた宿無しは、すぐ左に口を開けた深い縦穴へ目を向ける。壁には太い鎖と大掛かりな機構が組まれていたが、本来そこにあるはずの昇降台が見当たらない。
「昇降機か」
「みたいだね。でも、台がない」
鉱山や倉庫にあるものとは構造が違っていたものの、何のための設備なのかは二人にも分かった。
ラモンドが暗い縦穴を覗き込む。
「壊れて落ちたか?」
「いや。下に降りてる」
宿無しの答えに、二人が顔を向けた。
「昇降台が?」
「ああ」
「見えるのか?」
「見えない。でも分かる」
自分でも説明はできなかった。
縦穴の底へ伸びる鎖と壁際の機構を見た瞬間、台は失われたのではなく、今は下にあるのだと理解できた。
宿無しは古びた機構へ近づく。
「呼び戻せる」
「この仕組みを知ってるのか?」
「知らない」
「……知らないのに?」
「使い方は分かる」
ラモンドは宿無しと機構を見比べたが、それ以上は尋ねなかった。
宿無しが壁際の金属の棒を押し込むと、内部で重いものが噛み合う音が響き、縦穴の底から低い軋みが返ってきた。
「本当に動いた……」
太い鎖が震え、暗闇の底から四角い昇降台がゆっくりと姿を現す。
三人のいる高さまで上がってきた台が鈍い音を立てて停止すると、その床にはまだ新しい血が残っていた。
「隊長はこれで下へ行ったんだな」
ラモンドが先に乗り込み、リリィは昇降台よりも宿無しを見た。
「これも、昨日からのと同じ感じ?」
「たぶん」
「そっか」
それ以上尋ねず、リリィも台へ乗った。
宿無しが最後に乗り込み、機構を動かす。
鎖が軋み、昇降台はゆっくりと下降を始めた。
頭上の光が遠ざかり、四方を囲む石壁が三人の周囲を滑るように上へ流れていく。
宿無しは暗い縦穴の底へ目を向けた。
この先に何があるのかは分からない。
それでも、この昇降台に乗って下へ降りたことがある。
その感覚だけは、これまでよりもはっきりしていた。
《記録係の羊皮紙と墨瓶》
調査隊に同行した記録係が持ち込んだ、簡素な筆記用具。
羊皮紙には、途中までの正確な見取り図と整然とした文字が遺されている。
剣も振るえず、身を守る術を持たぬ者が、己の務めを果たすべく握りしめた道具。
乾ききった墨の痕は、暗がりの部屋で息絶えた男の
静かな最後の証言である。